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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第五章第三節 その為唯けの贄の山
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書海真名真姿 剥奪叡智の書海 幻館仮想地下通路 汝の望みし真実と Ⅰ

 "なんじの望みし真実"。


 私は質問を彼女に投げかけることで、質問という形で知りたいと望むことを伝え、彼女から答えという形で真実を聞く。


 私はそう解釈した。だからこそこの形式を選んだ。彼女は、本形態で最初の続きのようにやるかどうか聞いてきたが、せっかくだから私はこちらの形式を選択することにした。


 人形態の彼女と、会話するように問答することを。


 彼女はそれを聞いたとき、少し驚いた顔をしたが、すぐに、とても嬉しそうに笑った。


「私は君と会話がしたいのさ」


 彼女は『気を遣ってくれてありがとう』だとか言っていたが、私にはそんなつもりは微塵もなかった。


 別に狙ったわけではない。はかったわけでない。ただ、自然と、素直にそう思ったからそう言っただけ。


 私の記憶の中の参考映像を確認して、思う。そもそも、私がそんな気遣いができる男だったとしたら、彼女を複数回悲しくさせて泣かせるなんてことにはなっていない。






「では、最初の質問だ。君はどうして、本からその姿になったのかな?」


 本題に入る前の軽い質問。


「それはね、わたくしが最初に貴方の心を読んだとき、貴方がそれを感じ取り、心が乱れたから。その理由は三つ。二つは貴方は自身で気付いているわ。でも一つは無意識」


 無意識で思っていることが、私の心を乱していたのか? さて、それは大きなものなのか、小さなものなのか。


 まあでも、順序立てて教えてもらったほうがよさそうだ。


「一応全部聞かせてくれないか」


「ええ。貴方が自覚していた二つとは、主様がわたくしというようなのを貴方の前に出したこと、私が貴方の心を読むということに対して感じた不快感のこと。それと、その下にさらにあった、貴方の不安。貴方が空間に保存して、出さないようにしている道具の中の、貴方に神と名乗った者と貴方との契約の証である本」


 雲行きが変わった。


「【"revelation of imitation"。あの本のタイトルはたしかそういう感じだったかな? "模倣啓(ほうけい)示"という意味なのだが、」


 ああ、まただ。また、あの本を無性に出したくなった。今すぐ空間を開けて、確認したい。表紙を確認したい。そして、開いて、新たな記述がないか、確かめたい。確かめたい、確かめ――――






「……ぇ、……ぇ、…………っ……ら、ね……、」


 んん、何だ?


 何をしているんだったか、私は?


 ああ、あの本を出して、開かなくては、けい示……、受けなく、て、は。本、本、……本? 何か、忘れているような……?


 まあいい、あの本を出さなくて、は。


「ねぇ、……ぇったら、…………! あぁぁっ、それは、駄目ぇぇぇぇぇええええ!」


 ああ、そうだった、か。


「はは……、どうしたのだ、ティア? そんな大声を上げて。……、また私は君を泣かせてしまったのか?」


 妙に重く感じる体を起こし、起こす。


 どうやら、自身の意識が飛んでいたらしことは何とか把握したが……。


 いつの間にか、彼女は私の向かい側にではなく、そばにいたのだから。私の側面左側、2メートル程度の距離、というところか。


 激しく息を上げながら、彼女は涙をこぼす。


 私は再び、子に背を預け、


「さて、どうして泣いているのかな」


 私は彼女を刺激しないように、できる限り柔らかく彼女に尋ねると、彼女はくちびるめて、口から赤いインクを流す。流れ落ちたインクが文字となる。


"後悔"、"自責"、"謝罪"、"失意"。そういった意味の文字が現れては消えた。彼女の視線は、私にではなく、子の側面へと、手()りから垂れた私の左手に向けられているようで……、


「おぉ……、いつの間に?」


 気が付けば、私は""revelation of imitation"の書"の背をつかんで持っていた。何も握っている感覚は先ほどまで無かったのだが。


 まあ、いいか。丁度いいところに出てきてくれたものだ。私はつい、今までそれのことを強く考えていた。


 背表紙でタイトルを確認する。


 合っているな。"revelation of copy"で。……、"copy"?






 それに私が気付いたとき、本が、赤黒く染まり始めた。それはとても禍々《まがまが》しいものに見えて、とにかく今すぐ手から放して遠くにやってしまいたい、と思って投げつけようとしたのだが、


 離れない……。


 恐る恐る、左手を見ると、浮き出た血管のような脈打つ管が、本から生えて、私の右手のてのひらや手首内側と繋がっていた。そこから送り出されていく、赤黒い、液体……。


 私の左手は、黒く黒く、禍々《まがまが》しく、染まっていく。変質していく。異形のものへと。


 ものの数十秒で、ひじのところまで上がってきた。思っていたよりもずっと遅いが、それでもこのままでは……、どうなるのだ、私は。


 痛みがあるわけではない。ただ、恐ろしいのだ。私が私でなくなっていくようなそんな感覚が、私を私でたらしめている場所まで、押し寄せようとしているかのような。


 そして、その恐怖は、ある種の快楽を含んでいて、思わず恍惚こうこつしてしまう。私は子から崩れちた。受け身も取れず倒れ、血が流れているから、痛むはずだというのに……、痛みがある今の私には……、それは、とても、心地よかった……。()()()()、は……。私の心はその得体の知れない現象に、降りかかる異常に、恐怖して震えていたのだから。


 誰か、誰でもいい、誰か、あぁ……、そう……だ……。


 そうやって私はおろかにも彼女の方を向く。そして、ただ、震えるようにしゃがみ込んで、(うずくま)るように体を丸めて、耳を抑えて、ただ、自責と謝罪の言葉を羅列するかのようにつぶやいていた彼女に向かって、右手で彼女に触れながら、すがる。



 彼女は、涙(まみ)れの恐怖した顔を上げた……。それでも私は……、


「ティア、私の左腕を、かたから切り落としてくれない、か……。あぁ、駄目だ。このまま、沈みそうだ、快楽に、悦に。そしてそれはとても心地が良いことだ、と……、ぃぃかぁくぃぃ、頼め、る、かはぁ、な……」


 そうしようもないようなこん願を、した……。して、しまった……。


 彼女は、私を見て、思いつめた顔をして、そして、涙を抑えて、


「分かった、わ。わたくしは、貴方の為に創られた本なのだから。貴方のその、のろい、わたくしが、解くわ」


 震えを残した声でそう言った。


 呪い、呪い、か……。納得だ。これはそういう類の、理不尽な異常、だ……。そして、切り落とす、ではなく、のろいを解く。想定していたよりもずっと穏便で、私の苦が小さい解決策。


 れた目をうるませつつも、何やら覚悟したかのような彼女は、私の侵食された左手へと自身の手を徐々に、徐々に、伸ばしていく。


 待て……。なら、どうして、もっと早く動いてくれなかった? 何か、あるというのか、リスクが、彼女に……?


 そして、気づいてしまう。


 震えていた、彼女の手は。見るからに大きく、震えていた。その、私の呪いとやらに手を伸ばす、彼女の指先は。こちらを向いた顔は、くちびるは、どうにかなりそうな位に震えていた……。


 彼女の左手が到達した。して、しまった……。


「すまない、そして、ありがとう」


 なんて私は、卑怯ひきょうなのだ……。


 両目を閉じるように、私は大粒の涙を流し始める。そんな資格なんて、無いというのに……。痛みと快楽が、急速に引いていくのを、感じた……。






「ここは?」


 ゆっくり目を開けて、頭を上げた私は、目の前の、私の左手というより、左腕を抱えるように握っていた彼女に尋ねた。私の姿勢は、目を閉じる前と同じ、片膝ひざを立てて、もう肩膝を地面に着けて。そんな中(ごし)の状態のままだった。


 灰色のもやが私と彼女を中心として、たつ巻のように強くうず巻いて、周囲の様子は分からない。だが、子と机が周囲から消えていることくらいは分かる。私が気絶したわけでも、眠ったわけでもない。


 

 左腕は異形と化したままだが、左腕からい上がって来る恐怖を含んだ禍々《まがまが》しい圧が消えていた。彼女の体にさえぎられてよくは見えないが、浸食は一応停止したらしい。右手に付着した異形の痕跡は消えており、あの本も今私に見える範囲には見当たらない。だが、左手は完全に元に戻っている訳ではないのだから、安心してはならない。


 のろいは、未だ解けていないのだから。


 彼女は未だ質問に答えず、私の左腕を抱えたまま、頭を上げない。彼女は起きているのだろうか? 寝ているのだろうか?


 彼女が嘘をつくとは思えない。それに、彼女ができないことを言うとは思えない。本とは、道具としての側面がある。道具は自身の職分を、手に負える範囲を見誤りなんてはしない。だから、これからこの場所で解いていく、ということになるだろうと予想できる。


 だからここは先ほどとは別の場所。転移した、と考えるべきだろう。のろいを解く何かがある、そんな場所だろう、と。






 もやが薄れてきたらしい。


 どこか建造物の中であり、屋外ではないと言うことは分かる。そして、私と彼女を中心とした半径1メートル程度の範囲は、渦の中心のように、靄が消えていた。そこから見える天井らしきものの一部と、床らしきものの一部から、ここが地下であるということが分かる。


 薄暗い、黄土色の石造りの地下。それでいて、湿気は無い、乾いた場所。風の流れは無く、土(くさ)さも無い。


「貴方はこの場所を知っているはずよ?」


 ようやく、彼女は私に声を掛けてきた。一見、何とも無さそうに見えるが……、少々無理しているようにも見えなくもない。


「ティア……、君は大丈夫、なのか?」


「えぇ」


 やはり無理している。


 彼女はまだ、目をらしたままで、涙も目に貯めたままだった。そうして彼女は、抱えていた私の腕から離れて、女の子座りのままで私の方を向く。


 私は彼女に向かい合うように、座(ぜん)を組むように座り直した。

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