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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第五章第二節 書海真名真姿 剥奪叡智の書海
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書海真名真姿 剥奪叡智の書海 簒奪蒐集の書庫 意思を持つ無名の本 Ⅴ

 取り敢えず許してもらえて、互いの名を教え合った。なら、ここからは本題に入りたいところだが、まだ一つ、その前にやっておかないといけないことがある。


 彼女の服だ。


 いつまでも布で前だけ隠すなんて状態で放っておく訳にもいかない。彼女がふと後ろを向いたり、背中を向けたり、立って座ったりの動きの際に右か左かに流れたり、多分ないだろうが強い風でも吹き抜けたらまた丸見えだ。


 羞恥しゅうち心を持ちつつ、服装に無頓着なのはどうかと思うが、そこは彼女の本としての性質、見られてこそ意味がある、というところが出ているのだろう。


 別に私は何とも思わないが、彼女は自身の裸体を見られるのは嫌であるらしいのだから手を打っておくべきだろう。


「なあ、ティア。一応、今のままでも大丈夫とは思うが、念のために、その布、服に造り変えてしまったほうが良くないか?」


「そうね。じゃあ、悪いけれど、少し後ろを向いていてくれないかしら」


 思っていた以上にあっさり、彼女はそれを理解し、受け入れた。


 私は彼女の言葉に従って後ろを向く前に、


「あと、悪いことは言わないから、下着もきっちり作るのを忘れないように」


 と、まあそんなことはないだろうなと思いつつ忠告したが、


「……、ええ」


 どうやら下着のことには気が回っていないようだった。


 こいつ、大丈夫なのだろうか……、と少し心配になりながらも、彼女がもういいと言うのを、彼女に背を向けて座り込んで、私は待った。






「もうこっち見てもいいわよ、名無しさん」


 彼女のその声を聞いて、私は立ち上がり、彼女の方を向いた。


「ほぅ、そうきたか」


 思わず感心した。


 最初に浮かんだ印象は、よう精。そして、次に浮かんだのは、やけに露出気味であるということ。


 かなり気合を入れて作り込んだようではあるが、それは服というよりも衣装という風だった。


 てっきり、古代ローマ風の布巻いた系か、本のラッピング的ななんともいえない系でくると思っていたが、最悪、服の体を成さないものでもまとっているかと思っていたが、これはこれは良いセンスである。


 パリコレ等の芸術系で来た、か。あのキワモノにしか見えないようで、高すぎる芸術性を含んだもの。私は数回その参考映像を見ていたが全く理解できていない。


 でもこれは、あり、かなと素直に思えた。高い次元で芸術性と服としての意義を両立しているのだから。


 さしずめ、本の妖精、というところだろうか?


 全ての布地は、彼女がまとっていた点滅するモザイク状の布が変換されてできたものであるのだろう。だから、色は白から灰色までのグラデーションだけ。だがそれでもやたらに複雑に見えるのは、その布地の素材感である、厚み、透け、色の組み合わせ、形状、それがかなり色々だったからだ。


 ベースはおそらく、そで無しのロングワンピース。2センチから3センチ程度の縦プリーツが密に並んでいるかのようになっている。


 その上から、彼女のかたよりも大きい、かなり白に近い薄い灰色地に小さな本のイラストが白抜きで描かれた、透け感のあるストールをつけている。ストールは背中側で括っているらしく、くくった端の部分を、よう精の羽のように、斜めに垂らしている。


 少し丸めるように垂らしてあるためか、ワイヤーでも入っているのか、へにゃらず、しっかり羽の形をしている。前後一対の二枚羽だ。






 続いて、その複雑なロングワンピースを細かく見ていく。これだけ凝った服なのだから、そうすべきだろう。


「一度、ゆっくりくるりと回ってくれるかな?」


 私がお願いすると、彼女はゆっくり、バレエで見せるような回転を二周やってくれた。トウシューズを履いているわけでもないのに、軸をぶらすことなく、ゆっくりと。


 側面と、前後面(へそ)より上部と、前後面(へそ)より下部で素材パーツが違う。


 前後面(へそ)より下部である幅2センチから3センチ程度の密度の高い縦プリーツスカート部分は、キルトなどの厚めの素材みたいで濃い灰色をしていて、その中に大きめの水玉の白抜きが総(がら)になっているが、全くけない。それでいて、スカートのプリーツ部分は固さの中に、エアリーな柔らかさを含んでいる。


 前後面(へそ)には、ベルトが巻いてある。肉厚で、しかし、太さは2センチから3センチ程度の、一際濃い灰色に染められたベルトを。その上を、白色のベルトループが通っている。

 

 前後面(へそ)より上部にも同じ素材で途切れることなくプリーツは続いている。胸の上部と肩は露出されていて、少々そで無し部分のカーブが深く、肩の下の胸部の上端が出ているが、それより内側と下側は問題なく隠れてある。


 そして、肩と胸より上は肩紐かたひもの部分以外、完全に肌が出ている。まあ、その上をけ感のあるストールが覆っているので、露出し過ぎにはぱっと見、思わないが、しっかりと、かた付近のはだの部分は見えている。


 右(かた)と左(かた)に白いひもがかかって、ずれ落ちないように固定されている。プリーツが厚手でしっかりしているのもずれ落ち防止に一枚買っている。


 そして、側面部分。これがかた以上に露出度を高めている。やたらにける、薄い薄い、薄い灰色のけの生地。それが空気を含んでいて、少しふわっとしている。へそより下部はその生地と同じけ生地での2センチから3センチ程度の幅のプリーツが続いているので、スカート部分が上部のようにふっくらふくらみはしないが、スカートとしての形は保っている。


 だが、横から見ると、はだが丸見え……、とはならない。


 私の指摘通り、下着を身に着けているようで。これはけないようにちゃんとしているようだ。濃い目の灰色の単色のものであるようで。


 下は至ってシンプルなパンツらしい。だが、サイドがひものパンツ……。それでどうして、上はタンクトップなのか……。


 タンクトップは、かなり首が深めで、ストラップがひもであるものを着用しているようだ。よく見ると、肩紐かたひもに重なりが見えた。






 鑑賞を終えて、彼女を私はベタめした。それが非常に難度の高いことであり、高いセンスが必要なことであると分かるからだ。奇抜であるが非常に上手くまとめている。やはり、コンセプトに合っているのが大きい。


 だが、どうして彼女が比較的露出度高めのこのような服装を選んだのかが気になった。やはり、彼女の本としての性質出ているから、というのでは理由として不十分な気がする。そうであれば、羞恥しゅうちなど、必要ないはずなのだから。


 たずねてみると、面白い見方の答えが返ってきた。


「本はね、全裸は嫌なのよ、だって、本って、表紙をいっつも付けてるものでしょ。これは理解できた?」


「なるほど。それで?」


「でもね、開いて中を見て欲しいの。わたくしたち、本は、見られてこそ、意味があるのだから。だから、露出多めってわけ」


「興味深いものだ」


 つまり、私は半分までしか分かっていなかった、ということだ。


「ふふ、うれしいわ。そんな風に言ってもらえて。だからもう、脱がすのはやめてね」


 彼女はそう、最後にちょっとおどけてみせた。


 脱がせたというより、脱げた、と言う感じだったと思うが、ここは取りえず、彼女の言葉に乗っておくこととしよう。


「ああ、気をつけよう」


 私は微笑みながらそう言った。そして、


「さて、ではそろそろ大丈夫そうだな」


 私は確認を取って、


「ええ。待たせてしまって御免なさいね」


 彼女に本題へと移ってもらうことにした。






 私たちは本(だな)の迷路を一度出て、書庫の中央にあるテーブルに、向かい合わせで座っていた。それなりに長い話になりそうだったから。


 彼女はすっと、メモ用の紙片の束とペンを出してくれた。それはやけに、私が使っていた"緑の代用紙片"と"黒枝樹液筆"に似ていて、


「読み取って再現させてもらったわ。こればっかりは、手に染む、慣れたものの方がいいと思って。わたくし、本だから、こういうところには手を抜きたくなくて……」


 私の浮かべた疑問に答えつつ、彼女はそれを私に渡した理由を言葉にした。最後申し訳なさそうにしたのは、その為に私の心を読み取ったことに対するものだろう。


 だが、そういう目的なら、悪くない。それは、心を読んだというより、気(づか)いの一種だ。


「ティア、ありがとう」


 私は微笑みを浮かべながら、お礼を言った。

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