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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第五章第二節 書海真名真姿 剥奪叡智の書海
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書海真名真姿 剥奪叡智の書海 簒奪蒐集の書庫 意思を持つ無名の本 Ⅰ

 私は数分間、固まっていた。


 そしてようやく、頭の中が真っ白な状態から復帰した。というのも、彼女は私の想定したどのような反応も取らず、瞬き一つのような微動だにせず、じぃぃぃっ、と私を見つめていただけだったからだ。


 だから、こんな、全く想定していなかった復帰の仕方をすることとなったのだ。


 復帰してそのまま、落ち着いたまま、思考を巡らせることができる。


 よく考えると、別に威圧感も感じてはいないのだから、頭を真っ白にして、固まるなんてことになる必要はなかったのだ。


 そして、彼女は、まるで、私の反応を待っているかのように見える。私が固まっている間に、彼女は体を起こし、私の方を向いて女の子座りをして、先ほどよりは開いているが、未だ何かねむそうな感じの目で、私をじぃぃぃ、と見ている。彼女はそうやって座ってから微動だにしない状態で、私を見続けている。私の顔を、目を、見ているように思える。その横長の二重垂れ目で。


 やけに強い目力をしているのは、まつ毛による額縁効果だろう。未だ少々眠そうなのは、元からそういう目付きなのだろう。


 問題は、その目からは感情の類は読み取れないということだ。唯、無表情で、じぃぃ、と私を見ているだけとしか思えない。


 なら、こうしよう。


 私は何事も無かったかのように、手を退き、一歩下がり、片(ひざ)を立ててしゃがみ込み、布をかたに引っ掛け、隠すべきところを隠した状態であるが前側が結構な露出状態で、女の子座りをして、少し上を向くように私を見つめている彼女の顔をのぞき込むようにしながら、たずねた。


「君は先ほどのあの灰色の本かな?」






 本というものは、目に近づけて読むものだ。だからそうしてみたのだが、彼女は返事を返さない。


 先ほどよりもしっかりと目を開いているが、それでもまだどこか眠そうで無気力そうな感じではあるが、彼女の灰色の虹彩が、光を宿し始めている。


 私の発した言葉の意味を理解できていないということも、無視しているということも、聞こえていないということも無さそうだ。


 それでも彼女は立ち上がろうとも、声または首で返事をしようともしない。


 もしかして……、彼女は、人の形をしていようとも、本ということか?


 何か書け、ということか?


 先ほどの羽根ペンを懐から出し、私はペン先を彼女の方へ向け、そこで動きを止めた。どこに、どう、書くべき、だろうか……。






 彼女は本だ。人の性質と本の性質が混じり合い、人寄りになっている、本だ。なら、文字を書き込めば意思疎通は恐らくできるだろうが、何処に書くか、だ。


 彼女の体の部位が、本形態の彼女の何処に対応している?


 ああ、分からない。全く分からない。果たして、触れて得た感覚を頼りにしていいのか……。唇と髪と爪は、とにかく駄目だ。それらは表紙成分を含んでいる。


 なら、ほほ、か? だが、ほほが、白紙のページに相当するのか、ページの余白に相当するのか、刻まれた文字の上に相当するのか、判断する材料は、無い……。


 それに余白か白紙のページを運よく引き当てても、そこが、彼女が書かれることを許す部分かどうかは分からない。


 そして、それを尋ねてもきっと、答えは返ってこないと容易に予想できる。


 どうする……。


 やはり、再び、触るしか、無い……。これは危険だ。この上なく危険だ。もし彼女の起源を損ねでもしたら、何がどうなるか全く予想がつかない。


 だが、だが……、だが、それでも! やるしか、ない!


 大丈夫だ、大丈夫。どうせ大丈夫だ。


 大事なところに触れなければいい。きっとそれは、女性的な象徴部と一致するはずだ。彼女の持つ布が、隠す為のそれを持つことがその証拠。


 なら、大丈夫だ。


 くちびるクリックでも結局、何故か大丈夫だったのだ。だからきっと、問題は、無い。


 ドクドクドクドク――――!


 私の心臓はバクバクだった。手汗もわき汗も、湿るというより、濡れるという感じのあふれ具合だ。額から流れ出る汗は、さっきからたきのようで、収まる気配がない……。


 それでも、大丈夫だ。やるのだ。触れるのだ。まずは、背中だ。背中なら、でん部まで下がらない限り、いける。いけるはずだ。でん部以外なら、くちびるよりずっと安全。


 ごくり。


 口に水を含むが如く、あふれてきていた液を一気に飲み込み、私は、のそり、と立ち上がった。


 そして、彼女の頭の左側前方に移動し、一旦静止する。


 彼女は首を傾け、私の方を向く。そして、また、不動で私をじぃぃ、っと見つめている。



 やはり、このままでは後ろに回り込めない。そうすればきっと、後ろを彼女は向こうとするだろう。姿勢が崩れる。なら、流石に何か起こってしまう気がする。


 布が邪魔だ。それを取り払わないといけない。幸い彼女は体の大切な部分を隠すその布を、かたから引っけているだけだ。彼女がそれを次の瞬間、手で握ってしまわないという保障なんて無い。


 なら、一気に、やらなければ。


 布を外し、前側へ引っ張るように、ばさっと浮かせ、彼女の大事なところを見ないようにしながら、布の位置を大胆に調整、背中全露出を目指す。


 チャンスは一度。そう思っておいた方がいいだろう。


 やるぞ。


 片(ひざ)を立てて座った状態のまま、彼女との距離をじりりとめる。間隔僅わずか数センチ。私の息が届くような至近距離。白黒モザイクを発する布の下に手を入れる。


 ぱらり、


 モザイク布は、彼女の肩からすべり落ちてしまった。それも舞うように、彼女から離れていくように。そして、私の両手から、両(ひじ)内側に落ちて、右へとふわりと滑り落ちていき、地面に……、


 バサァ。






「……」


 私は声一つ上げず、余りの不味さに、その場で固まった。彼女の秘部含め、全てが、露わになっている……。


 今度は十秒掛らず私は復帰した。


 彼女がかごの世界の黒羽根のように妖艶ようえんでなく、悪魔であった黒羽根よりも人から遠い感じであったというのと、先ほど一度頭が真っ白になったばかりだったというのが幸いした……。


 で、か、彼女は……、


「……」


 何も、言わない。表情一つ変えず、私をじぃぃ、と見たままだ。だが、少し、瞳孔どうこうが先ほどまでより大きく開いて、目の開き具合も、少しばかり大きくなっているような……。


 私は、何事も無かったかのような振りをして、肩の裏側にある、布に近い自身の右手を外して、その布を彼女のその、年齢相応よりも少し薄めの胸の少し上へと手早く引っ掛けて、隠すべき場所を隠そうとしたが、


 するり。


 とまたすべり落ち、私から見て右側に着地……。足りなった。引っ掛けておくには、胸が……。


 ああ、不味い。不味い、不味い、不味い、不味いぃぃぃい!


 すぐさま再び布をつかみ、今度は彼女の左肩かたに引っ掛けた。


 するり。


 ああ……、で、かた……。


 先ほどと同じような軌道。彼女の胸を経由して、私から見て右側に布はすべり落ちた……。


 急いで再び布をつかみ上げようとすると、


「うう、ぐすっ、ぐすん、」


 これ……は……、


「ぐすっ、ぐすっぐすっ、うああああああああああああんんんんんんん――――!!!」


 あぁ……、終わっ……た……。

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