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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第五章第二節 書海真名真姿 剥奪叡智の書海
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書海真名真姿 剥奪叡智の書海 簒奪蒐集の書庫 Ⅱ

 赤い文字ですらすら浮かぶ言葉。それが恐ろし気に見えたというのもあるが、それだけでもない。


 それは、とても、人っぽかった。女性型であるようだ。


 それでいて、……、うっ。


 のどから込み上げてくるものを辛うじて飲み込んだ。


 まるで奴、もやの悪魔や、籠の世界で遭遇した黒羽根に心をのぞかれたときと似た感覚を感じた。


 見せたくないものを一方的に見られる、ぞくりとする感覚。


 奴が渡してきたものであると目に見えていたのだから、そもそも不用意に開くべきではなかったか……。


 あの文の調子。口調も、意的なものを感じずにはいられない……。


 全く同一という訳ではないが、似せている。似通わせている。かごの世界の、上品さを装いつつ、毒を内包した言葉をすようにささやき、年不相応な危なげな惑をにおわるあの、黒い少女のものに……。


 心の傷が開いていくような……、ならば、


 バンッ。


 私は本を乱暴に閉じた。それを右手に持って立ち上がり、本棚を越えて何処かしら向こうへと飛んでいくように投げつける。体にだるさは残っていたが、思いっきり。


 ガッ、ガガッ、バサッ。


 遠くで小さく音を立てて、その本は見えなくなった。本(だな)と本(だな)の間の迷路のような通路の何処かに落ちたのだろう。


 すっきりした。した、が……、手汗が凄いことになっていた……。


 もやの悪魔め……。


 私は心の中でうなりながら、その場に再び座り込み、体を本(だな)に預けるように、もたれかかった。






 奴は卑怯ひきょうで陰湿で悪趣味ではあるが、唯単純に(だま)すだけの悪意のある嘘はつかない。


 これまでの奴の言葉は、私をひどい方向へ誘導し、やたらに私の精神をかき乱したりはしたが、一方的な裏切り、約束の反故、一つの嘘すら、私は受けていない。


 中に、私に伝えたい、もしくは私の役に立つ、利益になる情報が潜ませられてあるはずだ。奴は意味のないことはしない。


 おろか者、という言葉を嫌う奴が、無駄というおろかな行動を自ら積極的に取るはずもない。


 それにこれがちょっかいや悪戯の類だとすると、これまでと比べてあまりに小規模で、そう、悪意が足りない。


 ……。


 妙に心が不安定な気がする。もろく弱くなったかのように。各世界を攻略し、人としての位階を登ったことによる、心に生じた変化に対応できていないのだろう。


 痛みを感じ始めるようになる少し前から、あの、籠の世界を越えた辺りから、それが顕著になっているような気がする。


 疲れの取れる速度もずい分遅くなった。そもそも、まともに疲れを継続的に感じるという状況にはこれまでなっていなかったのだから。


 "蛍色の液体"の、禁断症状。その線もある。もう燃やしてしまったのだから、後戻りはできない。なら、その毒が抜けるまでは、当分このままか。下手をすればこの旅が終わるまでそれは続くのかも知れない。


 やめよう。また、体が、頭が、重くなった。不安が不安を呼ぶ。そんな連鎖が、こちらの世界では、どうしようもなく、かせとなるのだから。体の欠損以上に。


 それを私は身を以て知っているはずだというのに、どうして、このもやのような不安を、ぬぐえずにいるのか、分からなくて、どうしようもなく気持ち悪かった。






 できる限り何も考えないようにして、ぽけーっと時間を過ごした。これまで一度もしなかったその行為は、私の疲れを再びまともに活動可能な程度まで回復させてくれた。


 だが、それはそれで問題が新たに生じる。


 やることがない。


 周囲にある本を調べようとしても、数が多過ぎて、ひどい重労働となってしまう。もやの悪魔が私の前に姿を現す気配は今のところ、全くない。


 なら、さっき投げた本でも、となるが、さて、どこへ行ってしまったのか。落ち着いて考えてみると……、いや、そんなに考える必要もなく、あれは重要そうなものではあった。本来、投げ捨てるなんてことすべきものではなかった。


 余りに短(らく)的だった。そもそも、どうしてあんなにも思いっきり、あの本を投げ捨ててしまったのだろう? 


 確かに気味が悪かった。それに、もやの悪魔が私に渡したものであったことからして、ろくでもないことになると思った。そして投げた。だが、そうなるなら、あの本を掴んだ地点で、そうなっているはずなのだ。投げるなんて単純な方法で逃れることはできないようにされているはずなのだ。


 だから逆説的に、別にあれはそんなに危険でもなく、面倒でもない代物、ということになる。






 そうと決まれば、探す、か。


 私は立ち上がり、本棚の間の通路から出て、第二層の端の手()り越しに、第一層の恐らく本を投げたであろう方向を見下ろす。


 本棚の間の通路は迷宮染みていた。見てもそう分かりそうにない。飛んでいった方向は恐らくそう外れてはいないだろうから、それを目安に地道に探すしかないだろう。


 第二層から第一層へのスロープを下って、下の段へと向かっていく。どの辺りに落ちたのだろうか? 


 あのときの音からして、何度か本棚だなで跳ね返ったのだろう。だから、本(だな)が密集してある場所があやしい。この辺りであるはずなのだが……。






 あら方の予測地点を探し終えた。だが、未だ目当ての本は見つかっていない。


 私は本の落下予測地点周囲をくまなく探し終えるところだった。そう、ここで最後。本棚迷路の行き止まりのうちの一つ。


 これで見つからなければ、あの本は自(りつ)行動能力でもあり、勝手にひとりでに本棚に収まっているなんていうことも考えられる。


 そんなことを考えながら、その最後の候補地へと足を踏み入れた。


 その部分は、通路の幅が凡そ3メートル程度と周囲よりも広かった。目先真っ直ぐ長さ20メートル程度に行き止まり本(だな)がある通路。


 そして、……。


 本らしきものは、見当たらない。()()


 だが、そこには()()()()があった。扱いに困りそうなものであることは間違いない……。無視する訳にもいかないような、あやしげな雰囲気ふんいきかもし出している。


 よくは見えない。その行き止まりの終着点はどういう訳か周囲よりかなり薄暗い、灰色のもやが濃く漂っていて、それの発生源らしい何かを覆い隠している。


 危険そうな、近寄ってはならない感じではないとはいえ、みょうに気になる。自然と目をかれるような……。識別できない何かとしかいえないそのようなものに。


 大きさや輪郭、それすらつかめない。


「はぁ……」


 私は大きくめ息をく。


 当初の本探しよりもずっとずっと面倒なことになりそうだ。だが、退屈よりはましかも知れない。






 私はそれに向かって、ゆっくりと歩き出す。


 ごくり、と一度、まったたばみこんで。


 以前の私が私の中に残してある記憶映像に創作の類ではあるがこの状況に似たような話がいくつかあったが、その全てが例外なく全て面倒な展開の始まりとなっている。


 以前の私の第三者視点の記憶映像には本当に助けられている。どうして彼自身の経験的教訓的記憶は残さず、このように第三者視点のただの映像群として私に残してくれていたのか。


 その理由について、私はこれまで、私という人格の独自性、自由な成長性という実利的なものかと考えていたが、これは以前の私から今の私へのこの旅への手向け、つまり、以前の私なりの好意ではないのかと、ふと今思った。


 答えを与えるでもなく、誘導するでもなく、使い方は自由だと、私が自由に使える助けを用意してくれた。そう考えると、それを不安の材料なんかとして処理してしまっているようではお笑い草だ、と私は今一度、気を強く持ち直した。


 よし、もう大丈夫だ。


 そしてまたすぐに、私は足を止めることとなった。


 というのも、私がその"何か"の前、凡そ1メートル程度の地点で立ち止まると、灰色のもやが、どういう訳か、すっと消えたのだ。


 消えたのだが……、その姿を捕(そく)したのだが、……私にはそれが何であるか、即座には判断できそうになかった。


 展開に頭がついていけていない。これは完全に想定外だ。幾ら何でも、創作話染みすぎている。


 まだ、その"何か"の周囲が、天井からの光に対して半端に遮蔽しゃへいしているかのようなに薄暗くて見えにくいから、というわけではない。


 私はそれの姿を、全体を、輪郭を、しっかりと自身のひとみに映していた。そこにあったのは当然、あの本ではない。判断に困っていた。


 私は困惑しながら、それを観察するように凝視しつつ、見下ろす。()()()()()()()()()()()

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