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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第五章第二節 書海真名真姿 剥奪叡智の書海
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書海真名真姿 剥奪叡智の書海 簒奪蒐集の書庫 Ⅰ

「うぅ……」


 ズキンッ。


 私はうなりつつ、半覚(せい)し、頭に残る鈍く重い痛みで覚(せい)し、目を開けた。


 今の憂鬱ゆううつな気分にはそぐわない、雲一つ無く晴れ渡った青空が視界一杯に広がっていた。


 気絶していたようだ。そして私は今、仰向けの姿勢で、固い地面の上に横たわっているらしい。


 奴は、本当に滅茶苦茶だ……。気絶について奴が以前言ったことが本当なのだとしたら、このやり方は幾ら何でも……無いだろうが……。


 だが、もうやられてしまった後なのだ。悔やんでも仕方は無い。


 そうして起き上がった私は、気絶する前に見た、蜃気楼しんきろうかと疑った建物がもう歪んで見えたりしておらず、実体があるものだと判断した。


 地面は白い石畳で敷き詰められており、その巨大な石造りの建物へ向けて道が伸びている。


 き出しの地面ではなかった、少々(あら)い白い石のゆか面に触れる。ざらざらした手触り。大理石ではないのは間違いない。石灰岩だろうか? だとすると、前来たときに見た、書海、図書館であったあの場所よりも旧い? いや、あれこそ、幻影だったのではないか?


 気絶する前に聞いた奴の言葉から判断するとそういうことになる。


 建物の全景は、この距離では見えない。この場所の全景も、この場から見渡した範囲では収まっていない。


 後ろに下がって、全体を把握しておくべきだろうか? いや、止めておこう。体力も、精神力も、そう余裕は無いだろうから。


 まだ、頭が痛む。それに、未だ体に気(だる)さが残ったままだ。


 以前の私のいた世界。そこにおいて存在する、巨大な円柱状の柱によって支えられた、旧暦の時代の著名な石灰岩で造られた宮殿、パルテノン。それが形を留めていたらこのようだったのだろうか、と私は自身の記憶の中に用意されていたそれと見比べる。


 横にやたらに長いそれなりの段数の石の階段を昇り、中へ入る前に。


 心がけておかなくては。


 奴の言動や行為に、怒りを感じるな! 今度は奴の前で倒れることとなるぞ、と。


 自分に強く戒め、ゆっくりと、石段を昇り始めた。数十数段の、一段20センチ程度の階段を。






 石の階段を登り終え、内部へと足を踏み入れると、


 ブゥオンッ!


 という音とともに、視界が一瞬黒で覆われ、


 ブゥオンッ!


 二度目のその音ともに、新たな空間、つまり、別の場所にいた。


 後ろを振り返っても、今しがた通ってきた、石の階段も、石の柱も、存在していないのだから。


 そこは、外とは違って、ぽかぽかと快適で、明るい自然な光に照らされた、優しい色をした場所。


 天井を見上げると、体育館のような、角度のゆるい、三角屋根。それが端から端まで広がっている。


 やたらに高い天井。もう一層分どころか、二層分くらい階を作れるのではないかというほど、高い天井。


 天井と屋根の一帯構造。巨大な格子状になっている。格子の中は、ガラスの窓になっていて、自然な明るい光が差し込んできている。


 格子の交点でない部分にも補助として照明が取り付けられているようだが、メインの光源は、窓から入る自然光だろう。


 なお、窓はその角度を自動的に回転させ、光を最も効率よく取り入れるようになっているようで、時折動くのが見えた。


 その巨大な屋根を支えるように、格子部分の交点にあたるように館内に等間隔で立っている柱。それは、先ほどの石の柱の太さの10分の1ほどしかない。私の体よりもずっと、細い。


 コンクリート製であることは、見ただけで分かる。中に鉄筋も入っているに違いない。


 私が立っているのは、その図書館の中心辺りであるようで、殆ど木でできていて、手摺や柵、そして、本棚の補強にだけ金属が使われている。


 階段ではなく、スロープで、階層の移動をする方式になっているらしい。


 そして、この建物は、一層。


 屋根と同じように、角度のゆるい三角に沿って、棒グラフが左右対称に並んでいるかのような、そう、中央が最も高くて、端に行くほど低くなっていくような段丘のような形状をしているのだ。


 それぞれの段と段を坂、つまり、スロープで接続している。段とスロープの接続部でない淵には、落下の恐れがないように低めの壁とその上に落下防止の手()りがついている。


 やたらに広く、開放的で、大量の本(だな)が並んだ、図書館。天井の格子に垂直もしくは平行に迷路のように本棚が並んでいるのだ。


 私しかおらず、静まりかえっている。






 私は周囲を見渡し、この場所には出入り口がないことに気付く。


 スロープを降りて、最も低い場所の壁を近くで見る。出入り口が隠されているだけ、という可能性を求めて。


 四方の壁は木製の斜め格子を何層もずらして重ねたような構造をしていて、ぎっちりと固定されているようで、壁の向こうは見えない。


 密度が高く、剛性と弾性が高いという、建築資材としてすきのない、私の知らない種類の木材を使用しているようで、私が体当たりしてもびくともしない。


 火をつけるわけにもいかない。


 火元になりそうなのは、天井のライトくらいだが。それを取るのは困難であり、そもそも、火をつけるというのは現実的ではない。


 壁が焼き落ちて出口ができる前に、私自身が蒸し焼きになる。痛みという感覚をどういうわけか得たようである私は、先ほど看板にぶつかったときもそれなりに痛みを感じた。


 だからきっと、もう捨て身はとれない。


 火というのは太古から、人が利用しつつも、恐れてきたもの。燃える痛み。それは歴史上、数多の聖人、魔女を殺してきた。


 耐えられない痛みと、たとえ耐えきっても残る痛々しい痕跡に対する恐怖。半端に壊れし肉体、という恐怖。


 回復手段を失い、痛みを得てしまった私が、それを浴びて、無事でいられるとは到底思えない。


 だから、やめた。


 ここは書庫。これだけ沢山の本があるのだ。何処かに何か、参考になるものがあるかもしれない。だが、どこから手をつければいいのか……。


 本棚は、私の背丈より少し高い程度の高さしかなく、手を伸ばせば、最上段からも本は取り出せる。


 本棚は全て、天井斜面に垂直、もしくは平行に並んでいる。各層において、本棚の規格は同じ。


 だから、棒グラフのようになっている、と私は思ったのだ。


 本棚には何の番号も文字も符号も絵も書いておらず、どれも一緒。中に並ぶ本には私の読めない文字で書いてあるものが殆ど。


 最も床が低い部分の本棚の本から順に調べ始め、何か置いてある本の傾向、分類分けを推測しようとしたのだが、どうしようもなさそうで。


 疲労だけを貯め、広大な書庫の中心へと戻り、私は本(だな)の一つにもたれかかる。


 パラリ。


 その音に反応した私は、足元に落とされた紙片を拾い上げる。本(だな)にもたれかかったまま、手を伸ばして。その紙片は本(だな)の上から落ちてきた訳ではないのだろう。きっと、私の頭上の何もない空間から、こつ然と現れ、落ちてきたのだ。


【どうかな、私が造り上げた、この空間は。君が望むものも、望まないものも、各種、取り揃えてあるとは思うが、何か試しに手に取ってみたりはしないのかな?】


 私はそれを片手で握りつぶす。ゆっくりと。


 スッ、パラリ。


 すると、私の手からぐしゃりとなった紙片は抜け落ちて、何事もなかったかのように、しわのない状態で、また私の足元に落ちた。


 仕方なく拾う。


【私のお勧めを置いていこう。読んでみたら如何かな? それなりに興味をく内容ではあると思うよ。そうして待っていてもらおうか、もう少し。準備に手間取っていてね。なに、すぐ済む。そうしたら、君をそこから出して、出迎えてあげよう】


 スゥァァァァァ、


 紙片は灰色の砂となり、


 ドンッ。


 表紙から中のページまで見掛け上では一体化しているかのような一(さつ)の灰色の本となって、それは私の足元に物音を立てて、落ちた。


 手に取ってみる。


 表表紙にも、裏表紙にも、背表紙にも、タイトルは書かれていない。装飾も何もない。表紙は紙ではなく、砂でできているかのようにざらざらとしていていつつも、薄い石の板のように硬かった。


 開くのか、これは……。と思ったが、普通の厚紙の表紙や布の表紙の本と同じように、開くことができた。


 中身との付け根付近しか曲がらないようだが、まあ、これなら読めなくはない。読みにくくはあるが。


 表紙を開いて最初のページ


 灰色の紙でできているようだ。ぴらりと曲がるし、折り曲げられる。


 ただ、何も書いていない。


 私はめ息をついて、それを閉じようとする。すると、赤色の文字が浮かび上がる。


【"なんじの望みし真実示す書"】


 私は閉じるのをやめ、ゆっくりと、ページめくった。






 何も書かれていないページがひたすらに続く。


 何が、私が望む真実示す書だ。文字も絵も、何一つ書かれていないではないか……。せいぜい、この表紙の……、消えている……。


 本の表表紙と背表紙に書かれていたタイトルはそんなもの最初から無かったかのように跡形も無く消えていた……。


 コトッ!


 どこからともなく、羽根ペンが落ちてきた。小さな紙片がそれに巻き付けてあるので、取り外し、確認する。


【なら、君から何か尋ねてみたらいいではないか。言わないと気持ちは伝わらないものだよ。】


 いらっときた。


 私はだからその気を晴らすかのように、乱雑に、適当に、ペンを走らせる。適当に開いた頁に、意味も無く、もやの悪魔への不平不満を、汚い字で、数(ページ)しばらくの間、書き殴った。


 そうしていると、


【疲れるからそれ、やめてくれないかしら、ねぇ。】


 突然、ペン先が接しているページの中央辺りに、その文字列は現れた。赤い文字で。


 私はペンを止め、その辺に置いた。


 まさか、この本は人格を持っていて、この本に私は疑問をぶつければいい、ということだろうか? だが、特に聞きたいことがある訳でもない。聞いても素直に答えてくれるとは思わない。


 この本は間違いなく、あのもやの悪魔が用意したものなのだから。


 ああ、くそ……。


いやしでも求めてるのかしら、貴方は。何か面白いことでも書いてあるなら読んでやらないでもないけれど、今はのんびり、休みたい、って……。ねぇ、貴方、何様ぁ? わたくしを開いておいて、それぇ?】


 ぞくり、と寒気がした。

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