第二の問い Ⅰ
「【そこは、『くだらない』、若しくは、『意味が無い』と答えるところではないか? それが、君の心に最初に浮かんだ感情ではないのかな?】」
「……」
私は沈黙する。
くだらない? 確かにそうだ。そうではある。あるのだ……。この第一の試練。それに私は意味を見い出せなかった。楽しめたことは楽しめた。だが、重要なのは、それをそもそもやる意味があったかどうかあって、私の感情云々ではないのだから。
「【なら、君は愚か者だ】」
だから――――
「それはお前だろうがぁぁ!」
叫ぶ。自分でも頭がくらりとくるほど、強く、大きく。天に吠える。特に考えも無しに、衝動的に私はそうしてしまったのだ。
何故だろう……。そうしてしまった理由が、自分には分からない……。
「【ふははははは。君が愚か者でなかろうと、第一の問いでの君の示した答えは正解としておこう】」
私は怒りに震える。だが、その対象は目の前にはいない。
……、あぁ……。だからこの拳を振り下す宛ては無いのだ。
ズサリ。
私は砂の上に倒れ込む。仰向けに。大きく息を吐きながら大の字に寝そべって、空を恨めしく見つめる。
「【では、第二の問いだ。今度はおまけ《・》はしない。第一の問いは余興であったが、これは違う。君が私に届きうるか、計るための問い。だから、心して答えよ】」
ふざけた空気が消える。
空が、空気が、暗く重くなる。
「【私の声を聞くと君の心は乱されるらしい。だが、今は、君の全てを使って、考えて欲しい。だから、こうすることとしよう】」
私は驚いて、眼を見開いて、体をぴくりとさせる。
胸元から熱を感じる。暖かい、オレンジ色の光を私のジャケットの中、胸元辺りから放っている。
【私が以前渡したそれを使うこととしよう。書かれてある質問は以前の通り。君は答えをそこに至る過程を思い浮かべながら、紙片を握るだけでいい。正解に誤認を含むことなく辿り着いていたら、君を我が前へ招くとしよう。今の位階の君であれば、その刃は私に通じるのだから】」
声と威圧感は止み、私はそれ、オレンジ色の暖かな光を放つ一枚の紙片を取り出した。こんなものいつの間に入れたか、入れられたか。覚えていないが、まあそんなこと、今はどうでもいい。
【四つの世界を繋ぐ空間である神秘の庭園。四つの世界には序列がある。上位世界と下位世界。四層からなる世界。その序列を根拠を付けて述べよ。】
紙片にはそんな文字列が浮かんでいた。
奴が以前私に出した問い。その答えがふと浮かんだ。どうということもないこと。ヒントは十分にあった。
最後の鍵。それはお前が彼女に話させたこと。
お前が彼女に対して行った干渉。上から下へ。そして、私が以前お前から聞かされた、下から上への干渉はできないという法則。そして、四つの台座の文字の意味。
序列とは、つまり、位階のことを指す。
"physiological"→"safety"→"love/belongingness"→"esteem"。
ここまでで半分。
加えて、各世界の支配者たる悪魔を倒した際に現れる水晶球。その順序。悪魔、元人間である彼らがその世界において、最も高い位階にいたとすれば。
庭園にいた、まだ、自己をしっかりと確立していなかったような私は、"physiological"の位階の下、人間未満だった。
"safety"の世界で初めて感じた、本能的、性的感覚は、"physical"の位階を完全に物にして、得たものだとして。
"love/belongingness"で心の機微を学び取り、痛覚を実感できるようになったということを、この""
私は人の位階を、悪魔を倒しながら昇っていたと考えれば。
"physiological"の世界の悪魔は、人として成立する為の前提となる位階。
"physiological"の世界の悪魔は、"safety"の位階に最も近い。
"safety"の世界の悪魔は、"love/belongingness"の位階に最も近い。
"love/belongingness"の世界の悪魔は、"esteem"の位階に最も近い。
"esteem"の世界の悪魔は、賢者といえる存在である。
そして、庭園が、どう見ても、自然物ではなく、人の手による人工物にしか見えないこと。人の理によって、成立した庭園。庭園の周りに配置された四つの世界をそれぞれ象徴する単語。
それらの単語に、世界に位階があるとするならば、それは何者かが定めたものだ。
人は最初、"physical"の位階にいて、"safety"、"love/belongingness"、"esteem"へと、高次に、人として洗練されていく。
この世界は、それを形にしたもの。唯一つ、庭園と世界の配置に偽りがあるとすれば、四つの世界には高低差、つまり、序列差があるということ。
以上が私の解答だ。
私の思索の速度よりも、紙片に文字が浮かぶ速度はだいぶ遅く、私の思索の最後までそこに記述され終わるには、それなりに時間が掛かりそうだった。
浮かぶ文字を目目で追っていく。
なるほど。
頭に浮かべた絵も、記述されるのか。
私が論理と共に頭に浮かべた無骨な図が、注釈付きで絵として出力されていく。こうして見てみると、情報量が多い。
ごぎゃごちゃと、繰り返しが目立つ。矛盾らしいものは今のところ見つかっていない。
紙片に答えを刻ませるということは、正解の判定は奴が行うのか、それとも奴の作ったシステムの類が行うのかどちらなのだろう?
そう悩み始め、文字を追うのを止める。
もう既に、自身で解答を閉じてしまっているのだ。それに、部分で直して全体で大きな矛盾が出ないとも限らない。
だから、ただ、待つのだ。
暫くして。
オレンジ色の光を一際強く、眩しいほどに放ち、紙片は一瞬で消えた。記述し終わったようだ。判定は如何に。
私は空を見上げ、判定を待つ。
遅い。遅い遅い遅い。
いつまで待たせる。
いつ声は降ってくる。
あ……。
空をひたすらじっと見上げていた私は立ち上がる。するとそこは、初めて来たときの、あの崖の上だった。
やられた……。この変に間延びした待ち時間は、奴にとっての些細な悪戯。
だが、私にとっては……、いや、まともに受け取るのはやめよう。精神衛生上良くない。
にしても……。正解なら正解とたったと言えよ……。
結局そうやって、尾を引くように、終わったことを引き摺りつつ、項垂れるように溜め息を吐いた私は、足元に一枚の紙片が落ちていることに気付いた。
【では、見せるとしよう。真の、この場所の光景を。"剥奪叡智の書海"の真姿を。そして歓迎しよう。相も変わらず愚か者な君を。目を覚ましたら先ずは、この、正面の建物に入りたまえ。】
私はその紙片をピリピリピリとバラバラに破り捨てた。
頭が痛む。軋むように、張るように、割けるように痛む。頭痛。それに加え、目が霞む。
忽然と目の前に現れ始める巨大な建物……、いや、そうか、本当に……? 今一つはっきりしない。それが蜃気楼なのではないかと疑ってしまうほどに。
とにかく、私の視界いっぱいに広がるくらい大きいということしか分からない。色も、ほとんど、白。はっきりしない……。
ふらつきながら前へと進む。
ガコッ!
ずっ、ガサァァ。
何かに引っ掛かるようにぶつかるように、私は転んだ。
目眩が強くなる。頭が割れたのかと錯覚するかのように、痛む。その痛みの発信源に触れてみるが、血は付着しない。
だが、眠りたくはない……。それが恐ろしいことに思えるから。
私はぶつかった物の正体を確認する。
白い看板だったようだ。ぽきりと折れている。文字が表示してある側を至近距離で確認する。
【↑"bibliotheca tes ……(後半部は目が霞むからか文字がかすれているか分からないが識別できない)】
以前の私が元いた世界の旧い言葉で、"図書館"。だが、何の、図書館……だ……? それを書いて……ある……後半部、が……、読み取れ……な……い……。
目を細め必死に凝視するが……、プツリ。
何かが切れる音がした。