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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第四章第四節 砂砂漠 識別不能な問いと正誤不明の解答
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唯人天秤則 青年錘問 一度垣間見たかのような未開 Ⅴ

 私はけん制のつもりでその一撃を放った。ただ、自身の身を守るため、と。そして、その一撃が殺傷には到底至らず、それどころか損傷にも至らない。そう考えて放った。殺意も害意も無しに放った。つまり、これは、私を縛るルールの外をく一撃。


 あのルールと設定の紙片群。私はあれについて引っ掛かりがあった。それはルール破りの判定と、そもそも、ルールと唯の設定との境界はどこであるかということ。


 そして、あの中にどれだけ嘘が散りばめられているかということ。


 攻撃についての記述。あれは特に怪しかった。私からの物理攻撃の禁止。物理。これが今回付いたすき


 私の知っている言葉で書かれたルールと設定。つまり、そこに使われる単語の定義は、私の知識の中の基準に留まる。


 そうでなければ、あのルールも設定も意味を成さない。全く。


 ルールの中で、ごまかすことができないものが存在しているからだ。それについては曇りがあることは許されない。


 勝利条件と敗北条件。それについての記述が私の知る言語で書かれており、その他の部分もそれと同じ言葉で書かれている地点で、誤解を誘導するような処置はされていても、矛盾は許されない。


 そこに関しては、揺らぎがあってはならないのだから。


 そして、物理攻撃についての記述は、設定ではなく、ルールに相当する。嘘を含んではいけない部分。


 だから、ここでいう物理攻撃。それは以前の私がいた世界で通用した物理法則。それだけが相当する。


 ここで起こした、物理に反する、大質量の物体の衝突を、周囲に衝撃をまき散らすことなく止めた。そして、それをその三倍程度の速度で返した。少し手を加えて。


 以前の私のいた世界ではあり得ないことだ。物理法則がそれをさせないのだから。衝突のエネルギーを止めた際の運動エネルギーも、丸太の進行を遮った何かとの間に発生するはずの熱エネルギー、抵抗は?


 そんな一切を無視した現象。ここが、夢の世界であると悟っているからこそ起こる現象。それは断じて物理法則とは言えない、何か、である。


 反撃、どころか、唯の現象、として私は自身のやったことを俯瞰ふかんしたのだ。そうすることで、これはどう見ても攻撃の一種にはならない。それが攻撃と判断するのは、結局、私。なら、自身の認識をそんな風に都合良く解釈すればいいだけの話。


 状況に呑まれず、考えられれば、どうとでもなるのだ。そうさせないのが、これまでの状況の流れだと、この世界を用意した悪魔の取る作戦であると気付けば。






 と、なると、これで終わりとも思えない。この世界を用意した悪魔の次の仕掛けが作動するはずだ。


 この状態は、勝利条件を達成したとは到底言えないものなのだから。


 私は後ろに数歩、さっと退く。


 先ほどの矢返しの際に数歩駆けたときに分かった。この体は、夢の外の私の体よりもずっと性能が高い。それでいて、操作に違和感はない。ほとんど想像通りに動く。外の現実の体などよりずっと、馴染むのだ。


 だからあんなスローモーションの中、意識も体の動きも、間に合ったのだ。


 そうして、私の予想通り、次なる脅威が姿を現す。だが、それは、私の予想のどれとも違う形を、していた……。


「う"ぉぉぉぉぉぉぉぉ」


 甲高い、まるで野生のおおかみのような慟哭どうこく。それに加え、声の主の体格。それが何であるかはすぐに分かった。


 空想上の巨大(おおかみ)、フェンリル。


 両親(仮)たちはその姿を留めることなく、そんな化け物へと、変化したのだ。混ざり合うように、溶け合うようにして、明らかに別のものになり果てたのだ。


 すくまずに済んだ、が、これは……、無理、だ……。


 抵抗の手段が思いつかない。これと対峙するなら、言葉ではどうにもならない。攻撃を加えなくてはならない。抗わなければならない。つまりもう、私は、手を出せない。唯、やられるのを待つか、先延ばしにするしかできなくなった。


 兵士たちを丸め込むのも無理だ。彼らは例外なく、その場で恐怖によって動けなくなっている。つまり、彼らにとっても想定外。そう設定された事柄なのだ、これは。


 この世界を形成した悪魔は、私に一切の反撃を許さず、確実に仕留める、負けさせる為の札を用意していたということだ。


 それも、私の早まった、浅い行動によって、そんな展開になるよう、知らずに自発的に私が誘導に乗るように……。


 どうして、気付けなかった……。こんなにも回りくどい手段を取った、ということは、そうせざるを得なかったということだ。悪魔にも制約はあったのだ。私が思っていたよりもずっと強い制約が。


 決してこれはワンサイドゲームではない。私にもこの世界の悪魔にも、勝ち目が等しく存在する、もやの悪魔の裁定が存在する、ルールある戦いなのだ。


 悔し……い……。ここまでやって、このざま、か……。負ける、の、か……。これは自滅ではない。知恵比べで、私は、負けたのだ……。


 なら、私の選択肢は二つ。抗うことなく、負けを認めるか、最後までやるか。当然のように私は後者を選んだ。ここで、全てが終わりになる訳ではないのだから。






 この幻獣を打ち倒すことはできなくとも、全身全霊でこの幻獣を止めようと食らいつかなくてはならない。この場合の、抗う、というのはそういうことだ。


 そうやって思考している間のも飛んで来る攻撃。だが、通常であれば避けられないであろうそれは、私の反応も、肉体操作も、間に合うのだ。


 前へ向かって転がり込むように回避行動を取りながら考える。


 私の記憶の中からフェンリルという概念を抽出された、とするべきだろう。この姿は、余りに、私が知識として知っているそれとうり二つだ。だが、それでいて、フェンリルの動きは、化け物染みていない。


 そもそも、私が対処できている地点で可笑しい、のだ。化け物とは、人一人ではどう足掻いても対処できはしないからこそ、化け物なのだ。人が徒党を組んで、集団になって、軍団になって、それでやっと渡り合えるもの。


 つまり、そこから分かるのは、目の前の存在は、幻獣の皮を被った獣でしかない、ということ。


 フェンリルは強大なけものでありながら、知性を持つ。老(かい)であり、こちらの話なぞ通じない。一時的にだますことはできても、必ずそれは解け、最終決戦へと誘われる。


 知性ある存在であるはずなのだ。だが、明らかに、知性の片(りん)すら見られない今、私の目の前のけもの


 こちらに力と知恵があれば、フェンリルは殺せる。複数人で策を弄せば、無力化できるのだ。一時的であり、永(ごう)には程遠いとはいえ。


 なら、このフェンリルの姿をしただけの唯の獣は、もっと、容易い。仕留める手段は確実に、用意されている。想定されている。ワンサイドゲームでないのだから、必ず。


 私のこの世界での勝利条件は、両親の説得。何でめているかは不明だが、説得。つまり、ここでこの、融合して幻獣と化した二人を殺してしまえば勝利条件の達成は不可能になる。


 厳密にそれが敗北条件になっているわけでもないことからして、即終わり、私の完全敗北というわけではないかも知れないが。


 だが、やりようは、ある、のだろう。


 あきらめることは、もう、止めだ。






 思考しながらも、動きは止めない。目はつぶらない、背けない。大振りな動作であったが故に、そして、私の想像した通りの動きだった故に、避けられた。


 だが、それは戦いの立ち上がりに過ぎなかったから。この後、フェンリルの反応速度はどんどん上昇しており、手がつけられなくなりつつある。


 神の如き力を持つ、神そのものか、それに類する者でなければ勝利は極めて困難。生き延びることすらも。


 知性が垣間見えないこと以外は、私の知識の中のそれに、どんどん近づいている。獣の域から出つつある。


 私は幻獣フェンリル擬きのぎ払うようなみ付きの数十発目をそうして辛うじて避けきり、距離を取って対()する。


 数百メートル。


 フェンリルにとっては、一歩の距離。私にとっては、どこまでも遠い距離。


 それだけの距離があっても次来る一撃を回()できるかはあやしいものとなっている。


 遮蔽しゃへい物は、()()、無い。


 私とフェンリルの間には、もう誰も立ってはいないのだから。






 周囲は青い血と死体であふれている。地形はまるで、馬車の車輪のわだちの跡のようなえぐれを刻まれていた。ひどにおいだ……。地面がぬかるみになる液体の数々をことごく吸い切ってくれているのが幸いか。


 フェンリルの一撃目からつい今しがたの十数撃目までの間、私を包囲していた兵士たちが、私が回避行動を取る度に、動けない彼らが食となっていった。粗方が、一撃で両断されるか、その口に収められるかしていた。特に、初撃での犠牲となった数が余りに多かった。洞窟どうくつの反対側の兵士たちの一撃での全壊。私はそれを見て、フェンリルの攻撃範囲が、見掛け以上に広い、物理を無視したものだということを知った。防げない、と思い知った。


 そこで兵士たちは、私にとっても、フェンリル側にとっても、死兵と化した。そして、それが味方、よりによって、彼らの指揮官以上の立場である者が姿を変えた化け物によるもの。当然、崩れる。敗走するかのように、背中を向け、蟻のように逃げ出すことすらできず、その場で崩れ落ちて狼狽うろたえるばかりとなった残りの兵士たちは、私の回避行動とフェンリルのみ付き攻撃に巻き込まれ、今に至る。


 兵士を味方として取り込むことはできなくなったが、包囲は解けた。一つの障壁がある意味解けた、ということになるのだが……、同時に、順当な方法での勝利の道筋が一つついえた。






 私と対峙するフェンリル。黄金の陽の下、荒野にて。美しい白いその毛並みに付着したしたたる青い鮮血ですら、それを際立たせる。


 どこまでも強く、美しい、それでいて知的そうでありつつもそうでない、脅威へと化けた、幻獣の皮を被った、獣。


 自身がそれに見蕩みとれていることに気付き、私はめ息をいた。


 獣がその素体が持っていた知性を取り戻す気配は無い。味方として動かせる、利用できる肉壁はもう無い。


 なら、やはり、使うべきは、知恵だ。


 勝ち筋は消えはしない。消えたのなら、ここでもう終わりだろう。だが、そうでないかも知れない。未だ勝ち筋は残っているかも知れない。何と言うか、これまでの人形の世界で遭遇した、どうしようもない、終わりの気配、それが未だ感じられないのだから。

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