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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第四章第四節 砂砂漠 識別不能な問いと正誤不明の解答
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唯人天秤則 青年錘問 一度垣間見たかのような未開 Ⅲ

 機が、訪れた。


 やけに長かった時間の流れ。それがようやく動き出したのだから。


 洞窟どうくつ側の原始兵の一部が私から目線を切る。この包囲から抜けるには今しかない。そう思ったときが、機だった。


 私は一歩、二歩、三歩、……そこで止まった。無駄であると悟ったからだ。悪魔に似た巨大な気配が、洞窟どうくつの上にある山からただよってきたからだ。


 恐る恐る、首を、目線を、上げる。尖った岩から成る山肌が見える。周囲の空気がよどんで見える。


 首が、目が、重く重く、感じられる。


 込み上げてくる。


 不味い……。


 どうして、気付かなかった……。どうして、その可能性を、除外していた……。


 それは、泣き叫びたくなるような痛々しい後悔ではない。だが、根本は同じ。甘い見通しによる、避けられた後悔だ。






 洞窟どうくつの出入り口は岩地から成る山に存在していた。その上には、岩山がひたすら、続いているのだ。私の今の位置から洞窟どうくつ側を見ると、その視界の一面が連なる険しい岩山で占められているのだ。


 だから私は想定していなかった、いや、油断したというのが正しいだろうか。


 それは安易な決めつけだった。見切りだった。


 これなら、後ろからの奇(しゅう)はない。前から何かやってきても、洞窟どうくつを利用したろう城戦が展開できる、と。


 だが、その予想は外れた。ただそれだけのこと。


 そうやって、自身に言い聞かせるが、後悔はそう簡単に止まってはくれないらしい。そんなところまでこれまでと同じ流れをなぞっているところが、何ともいえないやるせなさだ……。


 変わらなくては、変わっていなくてはいけないのに……。


 そんなことで、私は、この先――……、いや、駄目だ、その思考に意味は無い。そう無理やり頭に思い描き、強く強く首を振った。


 考えるべきは目の前の状況。後悔はもう避けられないが、後にすればいい話だ。






 だがそれでも、思考は後悔に引っ張られる。


 本来、統率された兵が、指揮官無しで私を囲っているように思えた状況から想像すべきだったのだ。


 そんな矛盾ある訳が無い、と。指揮官は、いる。そう遠くない何処かへ。なら、気付けたはずだ。洞窟どうくつの上のがけを、思考の範囲から外すなんてことは愚行であるということに。


 私の周りの彼らの指揮官たる者が不意の奇(しゅう)ではなく、威圧を周囲にばらきながらある意味真正面から現れることを選んだ。


 つまり、彼らの指揮官の脅威度数は、極上。


 極……上……?


 悪魔そのものでも分体の類でもないようだが、力と知恵を兼ね備えた存在である者が持つ空気を彼らの指揮官は持っている。


 それは違いない。


 なら、どうして、浮かんだのが、極上という評価なのだ?


 今与えられているこの体に意識が引っ張られているのだろうか? 少し……違う。


 ……。


 何、だ……。そんな、こと、か。そんなことだったのか。


 私は原始の世界を巡っていた頃の私とは、違うのだ。違っていたのだ。どれ程かは分からない。だが、明らかに、違うのだ。


 状況の違いもあるだろう。


 失敗による危険が無い、力試し。自身の知恵の引き出しを少々見せる以外には何も消費することなく、全力で挑める。そんな今の自身の状況と、与えられた試練の大きさが、丁度良いのだ。


 ある意味、原始の世界と似た、ここ。つまり、あの頃の私と、今の私を比べることができる。自身の変化を、これまでに積み重ねてきたものを振り返ることができる、ということだ。今の自分を測ることができるということだ。


 変に後のことを気にすることはないのだ。


 だが、それだけとも思えない。いや、確実に、それだけではない。違うのだ。今の私には、目的がある。ここを攻略するという近い目的も、この先にある大きな目的も。ちゃんと、持っている。


 やるべきことがある。それの形も見えてきている。


 私には、唯、死にたくない、消えたくない、悲(さん)な目にいたくない、なんてものとは違う、目的があるのだ。


 それは、唯、与えられたものではなく、自分でそうしたいと心から思えたもの。


 そしてこの空間では、何一つ犠牲ぎせいとなるものはない。なら、おびえる必要なぞどこにある? 無いだろう。そんなもの。


 以前の私に会うのだ、私は。そして、尋ねるのだ。私は上手くやれたのか、と。そして、全ての事のあらましを、私は知りたい。そうして、以前の私に返すのだ。全てを。


 ここが負けてもいいところであったとしても、ここまで私が進んでくる為にいしずえとなってくれた者たちの為にも、者であってはならないのだ。


 私はそう、ずっとずっと、心の奥底に忘れず大志を抱き続けていられていたのだ。その想いは、最初と比べ、ずっとずっと、大きくなっている。意識の表層にれ出てくる程に。


 ならもう、反省を促す以上の尾を引く後悔なんて、意味は無い、な。


 空間の歪みは消えた。


 この光景を見ているであろう、この世界を支配する悪魔め、望み通りやってやろう。私の引き出し、見せてやる。そして、知れ。私は決して、浅くは無いぞ。


 私は、どんより重い圧の中でほくそ笑む。


 自然と、口元が、り上がるように引きまった。






 ドォォォォォン、ゴゴゴゴゴゴゴゴ!


 岩山の上の方から、その気配のかたまりは振ってきた。それと同時に地面が揺れる。地震か、と錯覚する程に。


 だが、違う。その発生源は、この()()からだ。一人でなかった。司令官は、二人、いる。


 司令官が二人であると今この瞬間まで気付けなかったのは、その二人が余りにも息が合っていたから。二人とも同質の圧をまとっていたから。長年のパートナー、相棒、夫婦。まるでそんな風に見える。


 身長2メートルを超えた、周囲の兵よりも一際巨大な男女二人組が立っている。二人揃そろって私を見下ろしている。


 影が差しているかのようにその二人の顔は見えない。きっとその影のようなものは、幻影だ。彼らの圧がそう見せているのだろう。


 空気の歪みは消えていようが、彼らがそれ程に強大な存在であることは変わりはない。それは幻想でない感覚なのだから。


 彼らが明らかに周囲の兵たちよりも巨大に見える。倍とはいかないが、1.5倍程度はあるかのように。


 兵士たちは実際のところ、そう小さくはない。原始兵たちの身長は180程度はあるのだ。それに加え、兵士たちは屈強な体つきをしている。食料に全くきゅうしていない、栄養に恵まれたことに加え、しっかり鍛え上げられて、筋骨隆々(りゅうりゅう)とした肉体を保持していると一目で分かる。


 だが、彼らとの対比対象となる、この二人……。


 本当に、周囲の原始兵たちと同じ種族か、こいつら……。






 原始兵たちと同じような青い皮()。だが、召し物の形状が違う。


 女性の方は、やたら布地、いや、わら地の少ないわらのビキニ、としか言いようがないというか、まさに、それというべきな代物を着て、色々(こぼ)れそうになっている。


 男性の方は、ブーメランパンツにしか見えない、わらわら地をまとっている。


 ごくり。


 私は生(つば)を呑みこんだ。


 それはひとえに、緊張しているからだ。断じて、それ以外の意味は、ない。


 その女性の顔は、潰れた草()のように平坦で、顔のパーツが中央に寄り過ぎ、左右非対称に崩れた、そう、私の記憶の中における、抽象画の類、つまり人をモチーフにした、人ならざる何かであるかのようだったからだ。


 男性の方は逆に、やけに整っていて、化(しょう)でもしているのかというほど、その肌艶はだつやや顔の造形が素晴らしかった……、同性であるが、やけにかれる……。まるで美化された彫刻ちょうこくのよう。


 私にはそちらの趣味があるということなのか? なのか……。


 ひとえに、私が緊張しているからだ。断じて、それ以外の意味は、ない。ない、と、思いたい……。


 どちらも、逆ベクトルで人外じみているのだから……。






「我が息子よ」


 高い声。だが……、その声を発しているのは、男の方だった。


 動揺すべき状況、動き出した展開。だが、私はかえって落ち着いた。私には、あのワンルームの家の中で得た事前情報があるのだから。


 だから、大きな存在との対()による緊張など、男が発した言葉からして、茶番に過ぎないことだったとあっさり理解できたのだから。


 ああ、そういうこと、か……。


 そうそっけなく、私は気持ちを冷ました。


「我が息子よ」


 今度は少しばかり動揺した。違和感が凄い。


 ず太い声。女の方が発したとは思え……、納得した……。


 ちぐはぐ感からか、何とも言えない気持ち悪さを感じずにはいられない。更に、それによって自身の肌に立った鳥肌を見て、更に少しばかり余計に気持ち悪くなる。


 そう思って視線を再び前へ戻すと、もっときつい絵面が……。彼らから感じるちぐはぐ感は、見れば見る程に、強くなっていく。


 結局、自分の鳥肌が立った腕を見ているほうがましに思えてしまい、私は仕方無く、自身の腕の鳥肌へと視線を落とした。

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