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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第四章第四節 砂砂漠 識別不能な問いと正誤不明の解答
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唯人天秤則 青年錘問 一度垣間見たかのような未開 Ⅱ

 おいおい……。


 その結果には、あきれずにはいられなかった。バランスの調整を明らかに間違えている。


 他にも色々試してみたところ、思った以上に、様々なものが出せたのだ。


 ここが崩れたりしないように、縮小して想像したとはいえ、家なんてものを思い描いて、出てきてしまったことには驚くどころか、め息が出た。


 とはいっても、流石に、どんなものでも出せる、とはいかない。例えば、生きた生物はどう足掻いても無理。


 出せるのは、私が組成を知っている範囲での非生物的な材料と、知っている生物的な自然素材と、手芸的な完成品。


 なお、それらには、技術レベルにひもづけされたロックが掛かっているようで、唯知っているだけでは駄目らしく、例えば、時計などは出せなかった。私に作る技術が無いからだ。細部を詳細に矛盾無く想像できないからというのがその理由だろう。


 ここでいう技術レベルというのは、私自身の知識のことだ。知識として、製法を知らないものは作れない。だが、それだけ労力が掛かるものであったとしてもいい。それを作り上げる能力があれば、出せるのだ。尚、複雑な道具を使わなければ加工できないものも、出せない。


 実質的に、金属製の工作機械の必要ない、熟練工の技術の必要ない、神代などの幻想的なものでもない、ほぼ自然素材に限定された簡易工作がほとど。


 掛かる時間や労力を無視して限られると言っていいだろう。


 但し、自然素材であれば、希少さを無視できる。死んだ生物なら、知っていれば、幾らでも再現できる。


 私はそれなりに手先が器用なだけあって、それなりの物は作れる。そして、技術レベルによる制限の穴を突く方法も存在する。


 工作機械そのものを木で作り出し、それから更に次の技術レベルの工作機械を、ということができるかどうか、ということ。


 それを使えば、精錬が簡単な金属であればある程度の純度のものを作ることができる。各種金属は自然出土の状態で出すことができるのだから、ものによっては手間はほとど掛からない。


 鏡。こいつも出せる。とはいっても、がら子とアルミはくの合いの子のことではなく、自然鏡だ。


 本来なら、広く開けた広大な場所で、様々な条件が整わなければ作れないものであるのだが、自然素材の複合体ともいえるそれは、どうやらイメージして実体化できる範疇はんちゅうに収まるものらしい。


 ウユニ塩湖、天空の鏡。その断片。そこに映る自身の姿は、やはり、どこまでも青々しかった。どう見ても、別人の体になっていると、改めて実感した。


 それと同時に妙なことに気付く。頭髪が無い。それどころか、手にも足にも、毛根の存在が見られない。


 顔を再び見る。睫毛まつげはあるが、眉毛まゆげは無い。傷一つない、つやのある肌であることから、かなり若い体であることが分かる。


 着ている服は、ばん族のそれのようだ……。


 黄金色のわらでできた、スカート状のものを腰回りに巻いているだけ。上半身は裸だった。ひ弱そうでないのだから、まあ……、我慢……できるかっ!


 腰のそれを引き千切るかのように脱ぎ捨てた私は、強く強く想像する。スーツを着た、この青年期の人形によって送られた世界に入る前の自分の姿を。強く鮮明に。


 すると、天空の鏡の断片に映っているのは、庭園のふん水越しに見た私の姿そのものだった。だが……、私の顔はそこに映っておらず、黒いもやが掛かっていた。それはきっと、私が自身の顔を知らないから。


 だがこれで、ばん族は卒業できそうだ。顔も、適当に、想像すれば問題ないだろう。


 私は適当な顔を記憶の中の映像に出てくる者たちから選び、形成した。


 そうして、粗方、具現化だけで、今あるデメリットの大半を何とかできてしまった。そういったことができるということに気付けないように、気を逸らす仕組みはそれなりにしっかり張り巡らされていたとはいえ、余りに甘い。


 つまり、この世界を用意した相手は、私を未だめている、ということだ。いら立つことなどなく、出るのはめ息。


 だから私は呆れずにはいられなかったのだ。


 そうして、私は洞窟くつから出ることにした。






 洞窟くつを抜けた先、黄金の陽気の下、広がっていたのは――――超展開だった。


 というのも、私は今、包囲されているのだ。


私が現在立っている、洞窟の入口のある場所から数十メートル離れた場所を中心として、半径5メートルほど開けて、360度、すき間なく、植物をとがらせて作ったような槍を構えた、青い皮膚をした、原始人らしい者たちに。


 彼らはわらでできた腰巻と植物製の、長さ2メートルほどの槍を構え、私を包囲しているのだ。


 油断していた。


 開幕襲われると可能性いうのは想定はしていたが、時間差で、私の気が緩しきったところでの奇襲とは。それも、数人、数十人ではなく、数百人規模……。


 とはいえ、今、滅多刺しになっていない地点でどうにか乗り切る方法はある、と思いたい……。


 この服装と、この肌の色。それがきっと何よりもいけない……。彼らの仲間であることを示さなくては。嫌だが、やらなくてはならない。それも、不自然に見えないように。


 私は渋々《しぶしぶ》、洞窟どうくつの初期位置での自身の姿を思い描く。今の皮膚が見掛けそのままラバースーツのようになり、その下に先ほど見たこの場所での自身の姿として設定されたあの青い皮膚をした体毛のない体を想像する。勿論、あれらの原始的な服も着込んだ状態を。


 そして、ラバースーツに成り果てたそれを脱ぎ捨て、元の原始人へと戻った。


 これで上手くいってくれればいいが……。念の為、煙幕系の道具も出すことができるように私は構えている。


 流石に少々、油断していた……。






 すると、槍により包囲は解けた。思っていたよりずっとあっさりと。わずか数秒で。彼らが一斉に、カコンという音とともに、槍を短く折りたたがさの柄のように短く収納するかのように仕舞ったことにぽかんとする羽目になった、が……、すぐさま気は引きまる。


 この世界観、一体何なんなんだろうか……。原始的な服装にあまりにミスマッチな実は無駄に高機能な、槍。と、いうのも、削り出した植物でそれを槍としての強度を保持できるように、焼き入れと、他にも何か加工している様子だった。短く収納する機能がありながら、槍として使えるのだとすれば、その加工技術は私の世界のものとは別方向で、それでいて私の世界の技術の水準を越えていたか、それとも、材料自体の質がずば抜けているかも知れない。


 どちらにせよ、折りたたみ機能なんてものを付けていることからして、私が最初想定していたよりもずっと、彼らは高い加工の技術を持っていることになる。


 つまり、相手は原始人のようで、決して原始人ではないのだ。


 そして、このような技術がありつつも、原始的な服装……。これは、あれとこく似している。原始の世界。あの世界の人形、いや、女性が語ってくれた、ずい(かたよ)った発展をした、あの女性と、悪魔となり果てた男の革新による世界と。


 だから、分かる。これは歪だ。その類型と同じように、歪なのだ。


 この技術は、きっと、一人もしくは、少人数の突然変異的天才、異物ともいえる者たちによるものか、外から来た誰かが技術を与えたことによるものか。そのどちらかだろうと。


 それでいて、これまでとは違って、細かく広大に設定された人形の先の世界。となれば、大方の予想が付く。この世界には、元がある。私の保持する記憶と、この世界を作り出した者の記憶を混ぜ合わせ、ここは作られたのだろう。


 つまり、ここを乗り切った後に待ち構えているであろう、砂漠の世界の悪魔を逆にかい間見ることができるかも知れない、ということだ。






 場を支配していた熱気を帯びた緊張感はすっかり解れていた。


 少なくとも、私は次の瞬間、やっぱり槍でくし刺し、なんて展開が無さそうであると思える程度には。


 包囲の種類が、槍を内側へと付き出した密な円陣から、緩やかな途切れ途切れの円弧を幾にも重ねたような人垣がきによるもの変わっただけだが。


 それでもだいぶやりやすくはなった。これなら、目くらまし等からの、間(げき)を縫うような逃走も、可能かも知れない。まあ、完全に逃げ切るかどうかはまた別の話になるだろうが。


 この肉体のスペックについて調べ忘れていたことが痛い。それに、私を取り囲む彼らが、どれだけの肉体のスペックを持っているか分からない、予想もできない。彼らの先ほどのじん速な動きからして、彼らの身体スペック予想の下限が既に、相当なものになってしまっている。甘い見積もりはできやしない。


 そして、それが分かっていても、そう容易く何とかなるとは思えない……。


 私の背後側には、洞窟どうくつの入口が口を開けている。そして、入口は、数多の鋭くとがった岩石から成る、巨大で険しい岩山が上に左右に見渡す限りずっと続いているのだ。そして、私の前側、左右の側は、延々と続く、隠れる場所などない、開けた荒野。



 彼らの目は私をしっかり見据え、目線を切らない。誰一人として。その様はまるで鍛え上げられた軍人のようにも見える。こんな、原始的なかっ好をした者が、統率され、一糸乱れぬ動きをしたことからも、そうであると信じる以外ない。


 だから、私にできることは、彼らが気を抜く瞬間、それを見つけることだ。機を見て、動かなければならない。この状態は決して、良い流れとは言えないのだから。


 だから、私は、周囲を一(べつ)するという行為を、何度も行わなくてはならなかった。

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