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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第四章第四節 砂砂漠 識別不能な問いと正誤不明の解答
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唯人天秤則 壮年錘問 罪状なき法廷 Ⅱ

 この状態からの脱出。議論を終わらせるか、和解する。そのどちらかでそれは果たせる。だが、その方法は別に、まともに口でやり合うという方法で無くとも構わないのだ。


 てつ学者らしき彼らの外見からして、最初から勘違いを、誤認を誘導するものだったとするならば、ごまかしなだったのだとしたら、最も有り得ない答えを示せばいい。


 よくよく考えれば、別におかしなことではない。最初は、彼らのその哲学者らしい物腰と見掛けから、口での、言葉での勝負と思わせておき、試練の形式が議論であると推定させる。その上で、そこに違和感を足していき、違うと思わせる。迷わせる。そして、いきなり、どうしようもない状況に持っていく。口で勝負できない状況に。拘束によって、口が駄目なら体で、力で、という極自然な選択肢を奪う。あくまで、頭の、口の、勝負だと思わせる。


 つまりこれは、最初からずっと、私をだまし、誘導し、反抗する間を、逆転の手を考える余裕を与えずに、焦燥と恐怖の中、理不尽に負けさせる。


 そういうものだったのだろう。


 これまで渡ってきた世界の共通項、それが今、分かった。明確に、ぶれることなく、存在している。それは、理不尽。理不尽に抗える力を、私は試されているのだ。


 ……。いいだろう。やってやる。そんなもの、あの暗闇の中で意識に目覚めたときからずっと、そうだったではないか。


 それでも震えるひざをごまかしつつ、


「ふざけてなどいない。私から言わせてもらえば、ふざけているのは貴方たちの方だろう」


 虚勢を張り、吐き出するように怒りをぶつけ、叫び、私は彼らの圧に逆らった。


 震えは、止まった。






 私の言葉の後、沈黙が続く。


 唯、互いににらみ合う。


 いつまで続くのだ、これは……。


 汗が止まらなくなっていた。てのひらからあふれ出す汗は、地面に垂れ落ちるほどであり、額からの汗は、水でも浴びたかのように私の髪を、顔を、濡らしながら滴り落ちる。


 足元の絨毯じゅうたんはその色を濃くしていた。


 一方、奴らは、あの剣闘士のような筋肉の男たちは汗一つ流さず、私を冷たい目でにらみ付けている。


 だからだろうか。私は自身の立ち位置から、一歩引いてしまった。そのとき、奴らの口元が一瞬、にやりと歪んだのを見て、私は悟った。


 このままでは、勝てない。


 もう、不意打ちは、効かない……。肉体的にも、精神的にも、奴らを打ち負かせ、この場を逃れる術は無い。






【かの者が有罪であるか、無罪であるか、決を採る】


 再び浮かぶ文字。


「私は無罪だ」


 萎縮する時間すら与えてもらえないのか。私はそう思いつつも、感情を殺し、しかし、大きな抑揚のつけた声で、無表情でそう言った。


【被告人。発言は認めていない】


 表示される文字と共に、奴らからより濃密な圧が向けられる。


 恐ろしい。


 とはいえ、この形だけの裁判を奴らの陣営の思う通りに、一方的に進められることの方が、もっと、恐ろしい。


 だから私は黙らない。


「そもそも、私の罪とは何なのだ? それすら明らかにせず、私を終わらせるつもりか?」


 生か、死か。これは裁判ではないのだ。私刑。だから、二択。どうしてもっと早く気付かなかった。こんな一方的で、第三者のいない、裁判(もど)き。それは、唯の戦争だ。






 こいつはこまだ。こまに過ぎないのだ。数による一方的蹂躙(じゅうりん)の為の、こま


 この部屋を形成して、私を閉じ込めた者のこま。だから、こいつらに怒りをぶつけようが、こいつらを制しようが、大して意味は無い。意思の無いこいつらが、何故、このように、目的を持って動いている? 明らかだそんなもの。それを統括している者が存在するのだ。この部屋の中か外かは分からないが。


 そして、それが解くべき謎だとすれば、それは必ず、何だかの手段を以てすれば手の届く範囲に、いる。


「【今すぐ、その罪深い口から汚らわしい音を発することを閉じよ!】」


 残った6人が同時に発した、威圧的な命令。だがもう、何てことないじゃないか。過度に怯えていただけだったのだ、私は。


 にしても、酷いな、これは。声とは言わず、音呼ばわりか。そして、彼らが動こうとしたということは、


 ジャリリ。


 再び現れる鎖。


 これで黙らせるつもりか。無駄だ、そんなこと。


「ははっ、止めるわけがないだろう。お前のような、唯の、役に従って動くだけのこまに」






 私は彼らに向かって、駆け出した。現れた鎖はゆるんでいた。そして、思った通り、今度は6人全員と繋がっていた。なら、今度は先ほどのような真似はできまい。鎖の重さは枝分かれして繋がる分、長くなったのと変わりなく、単純に6倍程度までその重さは増加している。


 なら、1人では引けない。それは向こうも同じ。だが、奴らにはそんな融通は効かない。効率の悪いその行為をそろえて行われる前に、



 耳の根元付近に力が入る。口角が上がる。脳が脈打つ。


われない罪に問われ、一切の弁明すら、真実の開示すら、罪名すら告げられぬまま、唯一方的に葬られるつもりなど、更々、無いいぃっ"っ"」


 メリリリッ!


 叫びながら、り飛ばす。残った6人の右端の一人を。


 間に合った。これで、更に、鎖を持ち上げる難度は下がった。


 次、


 メリリリッ!


 次、


 メリリリッ!


 次、


 メリリリッ!


 次、


 メリリリッ!


 消えろ! いつまでも鎖に執着したおろか者共め。


 メリリリッ!


 今しがた、砕くように蹴り抜いた彼らの手に分岐して巻き付いた鎖が消えるのを確認し、12人全員の無力化をやり遂げた私は、だん上の胸像を持ち上げ、


 グシャッ、ベシャッ、グショッ、ベシャッ、ブチャ、ブチャ、ゴチャッ、ビチャッ――――、ブッ、ブチュゥゥゥ!


 何度も何度も叩きつけ、最後は、原型を留めないくらいにぐちゃぐちゃになったそれを、両足でスタンプするように、思いっきりぶっ潰した。





 やり遂げた。そう思った。だが、達成感は満ちあふれてこない。むしろ、とても、みじめで……。


 嘆きたかぶる気持ちのせいか、不意に涙があふれてきた。鼻水が流れてきた。声が最後、惨めに濁った。心に押し込んで凍らせていた屈辱くつじょくが溶けだしたかのよう。


 私はどうやら、理不尽というものが、それだけ嫌いらしい。


 当然だ。私が今の自身の意識を持った最初から、そうだった。ひたすら続く理不尽。ただ、それを耐えてやり過ごして、するとまた押し寄せてくる次の理不尽。


 もう、散々だった。りだった。


 それは、これまでは周囲の環境そのものや、人外の何かによるものだった。だから、唯のこの世界における仮想的、再現的な、しかしねっとりとした悪意とちょう笑と侮辱ぶじょくを感じられる、まるで裏で糸を引いているのが人間の手によるもののように感じられた今の理不尽は、我慢ならなかった。


 何としても、これらの人形の先の世界では折れてやらない。負けなぞ認めてやらない。


 お前が悪いのだ。まだ顔も見ぬ誰か。この砂(ばく)の支配者たる存在。それが私にこんな、悪意に満ちた試練を与えたのだ。意志を持ち、現在人として存在する者はこの世界には存在していない。この砂漠の、見知らぬ悪魔。そいつが糸を引いているとしか思えない。


 許せるはずがない。お前が、こんな、汚物をすすらせるような目に合わすからいけないのだ。悪魔だろうが、もう、私に害成す者に折れてなどやらない。


 当然、私をこんな場所に送り込んだ、あのもやの悪魔。奴も当然、許しはしない。奴が糸を引いているという可能性もある。


 どちらが首(ぼう)者だろうが、関係無い。どちらも等しく、関係者なのだから。だから等しく、消してやる。


 手始めに、壮年期の人形の世界も、後に控える青年期の人形の世界も、私の意志で犯してやる、染めてやる、蹂躙じゅうりんしてやる。


 そして、みじめに朽ちろ。


 覚悟しておけ。


 お前が私の目の前に現れたら、お前が何者であろうとも、息の根を止めてやる……。


 私は立った今、揺らがない覚悟を心に抱いたのだから。どれだけおとしめられようが、最後には必ず、じ伏せてやる。


「これで終わりだろうがぁ! 条件は達した。たったと、私を、ここから、出せぇぇぇぇぇぇ!」


 その偽りの法廷は、私の怒りの叫びと共に、がら子のように割れ、砕け散っていき――――現れた砂(ばく)とう俯瞰ふかんしながら、ふわり、と私はとうの頂上へ降り立った。

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