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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第四章第四節 砂砂漠 識別不能な問いと正誤不明の解答
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唯人天秤則 少年錘問 Ⅰ

 私の視界に映ったのは、あの砂(ばく)とう。上空から、歩く程度の速度でゆっくりとゆっくりととうの頂上へと私の体は降ろされていった。


 そのときに見た。


 巨大天(びん)の片方の皿の周囲を、老年期の人形が白いもやまとって飛んでいるのを。反対側の皿の周辺には、依然として、幼年期の人形が黒い靄をまとって飛んでいるのを。


 そして、先ほどとは違い、天(びん)は左右、り合っていた。


 そういう、こと、か。


 つま先から、すたり、と私は着地した。


 恐らく、私が正解すれば、その証として年代世界を展開する人形が白いもやを放つ。不正解なら、黒いもやを放つ。


 不正解と看做みなされる条件ははっきりしないが、何かしらの、やってはいけない行為、出してはいけない結論があるのではないかと思う。それと、場合によっては時間制限などもあるかも知れない。とにかく、そういった誤答をするか、解答不能になった場合が、不正解と判定されるのだろう。


 消費した時間や掛けた労力は関係ない。正解か不正解か、どちらか。答えから遠いか近いかも関係ない。年代人形が示す重さは不正解でも正解でも一対一の等価。黒いもやを放つ人形と白いもやを放つ人形は向かい側の皿へ乗り、同乗はたぶんしない。


 そうして、最後には、天(びん)が、私に、総合的な判定を下すのだろう。……。とはいえ、まだ、二つだ。判断するには早計。仮説くらい立てておくべきだろうが、それをもう信してはいけない。






 天(びん)を、白いもやの人形側が重くなるように傾ける。それがきっと、私がすべきことなのだろうが、まだ、先の展開は不確定。


 となると、次の人形は、これ、だ。


 私は少年期の人形をふところに入れた。


 私の推測の通りだとすれば、5回のうちあと、3回。そのうちあと2回は正解を出さなくてはならない。各人形が司る重さが同等として、だが。


 私は大人だ。最初から大人だった。だから、幼年期も少年期も、無い。もう一人の私は、それらを理解するだけの情報を残していない。


 幼年期は意味が分からなかった。あまりに意味が分からなかった。


 これを偶々最初に選んで良かったと思う。あれほど訳が分からず、頭脳が役に立たない世代は無いだろう。


 偶々運が良かった。あの訳の分からない幼年期の後に、ここは順番に、少年期、といかなくて本当によかった。


 そんなことをしていれば、私には全く余裕がなかった。


 敢えて順番を無視し、幼年期の正反対にあたりそうな老年期を攻めたのはうまくいった。あれほどあっさり済むとは思わなかったが、得たかった情報は得らえた。


 だから、3番目は、少年期。


 情報がある程度あり、なおかつ、まだ失敗が許されるという段階で挑めるのだから。おそらく、この5つの中で、2番目に難易度が高い、おそらく無理難題をぶつけられるであろう世界に。






 たぶん、どっちの皿に乗ろうが一緒だろうとは思ったが、白いもや側の皿へと私は降り立つことにした。天(びん)は最初と同じくらいの揺れ幅になっていたので、そう怯えることなく移動することができた。


 少年期の世界。私はそれがどんなものか少しばかりわくわくしていた。子供というのは、無邪気なものだ。とても楽しそうなのだ。そう深い悩みなどなく、悠長ゆうちょうに、伸び伸びと、偽りなき感情を表に出す。そして、それは大部分は、笑顔。


 私の中に以前の私によって残された、第三者視点での、大人視点での、映像。そこから私はそのように感じたものである。


 かごの世界で見たあの少女たちも、あのようにいびつな環境に置かれていなければ、映像の中の少年少女たちと同じように邪気含まぬ心からの笑顔を浮かべたのだろうか。


 そんな、意味のない、もしも、を想像しつつ、私は次の世界へと、飛ばされた。






 ……。


 どうしろと、いうのだ……。


 鉄パイプとべニア板でできた小さな椅子に綱引き用の太縄でくくりつけられた、少年期の私。その周囲を今の私と同じ年頃の少年期の少年少女が取り囲む。


 年は9歳から10歳。小学4年生。胸についた名札に書かれている文字の種類と、名札なんてものが付いていることからして、1990年代辺りの日本の小学校であろうと、私は判断した。本当に私の頭の中の知識通りのそれに相当しているのなら、だが……。


 そして、私の肉体年齢も彼らと同等なのだろう。だとすると、相当に厳しい展開だろう。来た瞬間、こんな状態から始まるなんて……。


 少年期の世界に降り立った私は、囚われの身という初期位置にがわれたのだった……。






 明らかに異常な状態。私自身の今のこの、しばり付けられた体はもち論のこと、周囲の彼らのかもす空気がどう見ても正常なものではないのだ……。見渡した感じでは、全員が同調して行動しているように見える。


 彼らの目は等しく、光を灯しておらず、たけってもおらず、怒りも悲しみも、軽蔑べつも同情も、私に向けていない。等しく、無関心に見える。


 ただ、時折、何かに怯えるような雰囲気を見せるのが、気になる。そしてそれは明らかに私には向いていない。そのおびえの視線が向けられる先はまばらであり、一箇所に集中していない。規則性も見られない……。だから、何に対して恐れているか、恐れの根源はどこにあるのか、全く分からない。


 だから、こんなにも不気味なのだ。恐ろしいのだ。不協和音が低く鳴り響いているかのように……。それでいて、彼らは何か一つの意志に従って、同調して動いているかのように見えるのが……。


 こんな、密閉された場所で、人の密度が高い場所で、たった一人を中心に置き、身動きを封じて……。


 まるで、儀式のにえのよう……。


 取り囲んでいる少女たちの輪は、二重になっている。およそ、ここに居るのは私含めて40人程度といったところか?


 カーテンが閉め切られた教室であるようだが、その端から微かに夕陽が差し込んでいる。この部屋の照明が薄暗いからだ。


 点滅するけい光灯。それは、この場所に感じる不安定さを象徴しているようだ。それが、子供たちの、口元を強調するかのように照らす。これらは、悪意を含んだわらい。感じる気配もそれを裏付けている。


 机や子は教室の後ろに寄せられていた。私が今座って、いや、座らされている子以外は。壁に掛けられた時計で時間を確認しようと思ったが、どういうわけか、長針と短針が無い。秒針だけが付いていて、動いている。






 当然ながら、教師はこの教室にはいない。姿形どころか、こん跡すらない。教師用の机すらないのだから。だからここは、空き教室か何かなのだとは思うが、それにしては、ほこりっぽくない。


 順当な推理が成立しない……。相反する要素が含まれていて、片方に注目すると、もう片方がそれを否定する。


 そういう場ということか、ここは? 何か順当ではない法則が支配しているとでもいうのだろうか……?


 一刻も早く、ここから出たい。この世界が、この教室一つで完結しているようには考え難い。学校という場なのだから、この部屋から出ても、この世界での試練は続くのは間違いないだろう。


 助けが欲しいところだ。自力でこの場を脱するのは無理だと、首から下が雁字搦がんじがらめで動けやしないということからして疑いようはない。


 おそらく、声をあげても無駄だろう。ろう下側は、段ボールが幾層にも重ね上げられて、ガムテープで張られて覆われていた。そして、これらのガムテープは、私が逃げ出せないように、だけではない。ここに居る誰もが逃げ出せないように、だろう。


 これだけの人数が恐らく、この場所の外の者たちからは人知れず集まっている、となれば、外に見張りの類がいてもおかしくはない。それか、誰も近づいてこないように仕掛けを打っているか。


 少しばかりは漏れ出るかもしれないが、漏れ出た声を、この状況を打破できる者に聞き取ってもらわなければ意味はない。


 矛盾をはらんだ場所でありながら、この場所がこの場所の私含む全員を閉じ込めた密室として綻びなく完成してしまっているという結論を出す過程には、一切の破(たん)が無いのが、憎らしい……。


 なら、その、揺るがぬ事実を基に問題は作られているはずだ。そうでないと、答えのある問題にならない。正誤がはっきり出ないと、天秤の左右どちらにおもりが乗るかは定められない。


 そう考えると、問題文の候補は二つ。一つは、ここからの脱出。もう一つは、この閉(そく)した、詰んだ状況の破壊。そのどちらかだ。それとも、両方か。






 この状況は組織めいている。誰か、力を持った子供が率いている。これだけの数の子供がいて、その動きは協調したものとなっている。皆、同じ目的に向かって動いている。


 そう見えた。


 声を上げても、部屋の外にも内にも、意味はないのだ。とりあえず赦しを乞うというのも、無駄。今の私への同情など、誰もきっと、この状況では見せはしない。


 分かることはこれくらいしかない。


 結構情報が多いように見えるが、全然、足りない。


 この状況を説明することすらできていない。どうしてこうなったのか、くらいは知りたかったのだが。願わくば、体の自由を取り戻すヒントくらいは掴みたかったのだが。


 開幕から、私は既にこの状態だったのだから。この状態で降り立ったのだから、この世界に。まるで、誰かの立ち位置に、立場に、置かれた状況に、そのまま当てめられたかのように……。






 そうして気付いた。一つだけ自由になり、他に干渉できるものがあるということに。それは、言葉。


 こんな状態である私ではあるが、その口は塞がれていないのだ。声を出すという方向性はよかった。間違っていたのは、それの使い方だった。


 意思疎通。それが私にできる唯一の手段。こんな状態にしておいて、首から上は自由なことから、間違い無い。


 交渉。


 手の打ちようはそれしかない。そう思って口を開き、言葉を発しようとした私は、ここが、幼少期の世界とは違う意味での、理不尽、を備えた世界であることを知った。


「どうして私は捕ま――……」


 そこで私の、以前よりも高く幼く柔らかく周囲に響く声が消える。


 ガッ、

 グザァァ……。


 私は横たわっていた。主に黒い汚れの付着した、くすんだアイボリー色の床に、受け身も取れずに突如倒れ込まされたのだ。


 周りにいた少年少女たちのうちの、一人の少年に飛ばされて。

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