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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第四章第四節 砂砂漠 識別不能な問いと正誤不明の解答
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唯人天秤則 幼年錘問 Ⅰ

 成程……。こういう趣向だったのか……。


 私は戸惑わずにはいられなかった。あの人形に込められた意味の取りこぼしがあったことに、私は今となって気付いたのだ。


 そこには、私以外の人がいた。一人ではない。少数ではない。多数。数十人。私は、数十人の人が存在する、真っ白な、直方体の部屋にたたんでいた。そして、彼ら全員、幼少期の幼子の姿形をしているのだから……。


 少々まぶしいくらいに明るい、一辺5000メートル……、何かの間違いだろう。やけに広く大きく見える。まるで目が狂ったよう。そんな大きい部屋だとすれば、このような見え方はしない。


 はるか遠くの壁が、唯一の出入り口らしい鉄格子状の扉が、こんなにはっきり見えるはずはないのだ。私の目がいくら優れていようとも、これはおかしい。


 手をかざし、尺度の狂いを調整しようとしたところで、私はその異変の理由に気付くのだった。


 ああ……、私も、か……。


 手が、()()()。丸っこく、柔らかく、しわがなく、張りがあり、些細な傷や黒子や痣といった瑕疵かしが全く見られない。肌の細胞のつなぎ目は見えず、一枚のシルクのよう。毛どころか、毛穴一つ見当たらない。


 それは、幼児の手だった。純真無()な、新品の、幼児の、手だった。身の体を見渡し、事実を確認した。


 私は今、幼児の体に入れられている、もしくは、私自身が幼児にされている。そんな状態に陥っているから、距離感が狂ったのだ。遠くの全てが大きく見えるのはそのためだ。


 自身の手の大きさを目測で至近距離で見たり、かざしてみたりして、目に映る長さの尺度を調整し、再び部屋全体を見渡した。


 おそらく、一辺500メートル程度の広大な真っ白な部屋。部屋の中に置いてあったその中央に、私を含め、数十人ばかりの人が存在している。それも、全員、私と同じような幼児だ。私を含め、全員、麻袋に手足と首を通す穴を開けたようなものを衣服として着ていた。全員裸足(はだし)


 地面はくにゃっと柔らかいため、靴も靴下も履いていない状況だが特に困りはしそうにない。ここから脱出する、となれば話は変わるかもしれないが。


 私以外の幼児たち数十人。男女混合。年齢はおそらく、2~3歳くらいだろう。背丈は似たりよったり。人種も様々。だからきっと私もそう。年齢を均一にした集団として、ここに集められた、と私は考えた。


 目的は今一つはっきりしないが。とりあえず、それについて考えるのは後にする。とにかく今は、情報を集めなくてはならない。


 突然何か訳のわからないことが起こり、それに対処しなくてはならないなんてこともあるかも知れない。


 とりあえず、備えておきたい。






 私の精神は、元のまま。だか、周囲の彼らは中身もどうやら、その仕草からして年相応らしい。


 幼児たちは笑ったり、その辺をはいはいしたり、互いに見つめあったり、色々していたが、泣き出したり、わめいたり、暴れ出したりは全くしていない。


 皆、おとなしそうだった。唾を垂らしたり、鼻くそをほじくったり、おもらししたりしている者は今のところいない。


 それは、私が色々考え事をするのに都合が良かった。だが、何か一人でできないようなことをしなくてはならない場合、かなり都合が悪く働くだろう。


 自身の体が幼児並みになっていることも含め、結局、色々やり辛くなっていると考えるべきだろう。


 そうやって、自身の精神と肉体の持久力を確認しながら私は鉄格子扉の前まで移動した。


 やたらつかれた。


 これが、慣れない体を動かすことによる精神的疲労か、本当に肉体が疲労しているのかははっきりしない。


 短い足で、成人よりはるかに少ない体力で移動するということは苦痛である。私が成人の移動速度と消費体力を実感として知っているからなおさら。


 ともかく、肉体を動かすとなると、かなりの負担が掛かるということは間違いない。


 息がひどく上がっていた。


 それでもまあ、これだけしっかり歩けただけ、ましな方と言えるだろう。






 私は鉄格子扉に張り付いた。


 重厚そうな、鉄格子状の一枚扉があり、その奥には真っ直ぐ通路が続いているのが見える。終わりは見えず、どこまでも続いているかのように見える。


 見たところ、横にスライドすれば開けられるタイプのもののようだが、かぎが掛かっている。赤胴色の南京(じょう)で。しっかりと施(じょう)されている訳ではなく、引っ掛けてあるだけ。


 だが、じょう前まで、私の手では届かない。背伸びしても、ジャンプしても無駄だった。手さえ届けば外せそうだというのに……。


 ガシャガシャガシャガシャ――――!


 ……。駄目、か……。


 不幸なことに、とびらをいくら揺らしても落ちない程度にはうまく引っ掛かっている。


 この部屋には台になるものは一切ない。ない……。いや……、厳密には、ある、のだが、それは駄目だ……。


 私は振り返り、部屋の中央の幼児たちを見た。






 結局、彼らに協力してもらい、あの錠前まで手を届かせるしか無さそうだ……。


 扉と、中央の幼児たちの密集地帯との中間距離まで歩いていって立ち止まった私は、大きく息を吸い込む。


 ただ、声を出すだけ。本来、そんなことのためにこのような深呼吸は必要ない。だが、この体である今は、必要なことだ。


「あああああああああああああああ! ……、あ? あ……」


 声にならない声。これではいいとこ、小動物の叫びではないか……。声は出せなくなっているか。喉の感じからして、そういう気が薄々していたが……。


 そして、その軽薄過ぎた行動は、私が意味なく叫んだだけという徒労に留まらず、周囲に悪影響を及ぼす。


「あぁぁぁぁんん、あぁぁぁぁぁん――」

「あぁー、あぁー、――――」

「あは、ひゃいい、ひゃいい、――――」

「ええええ、うぅふぅ、あああああん、――――」

「ああ、ああ、ああ、ああああああああああんんんん、――――」

「ひゃははは、はははは、ひゃあああい、――――」

「ええええええ、へぇえええええええん、ええ、ええ、えええええええぅぅ、――――」


 泣き声のオンパレード。笑い声も幾らか紛れているが、ほとど全員、泣き叫んでいる。その声は全て、私の方へ向いていた……。


 彼らをなだめる術を知らない私は、それが収まるのを唯、待つことしかできなかった……。






 体感で数時間後。ようやく、静けさが戻った。ここに来たときの状態に戻ったのだ。とはいえ……。私は幼児たちから距離を取っていた。そうせざるを得なかった。


 私が近づくと、彼らは再び泣き始める。一人が泣き始めると、それはどういう訳か連鎖する。そして、不幸なことに。私の記憶の中に、言葉の喋れない、通じない幼児を泣き止ます術など、一切存在しなかった……。


 以前の私が残してくれた映像の中にもこの状況で役に立ちそうなものは皆無だった。


 ここにきて、初めて、全く知らない、理解できない、理解の為の足掛かりすらない、未知に遭遇そうぐうしたのだった。


 以前の私ですら想定しなかったこと。それは起こりうるのだ。それを私は学んだのだった。






 さて、どうする……。


 扉を開けるためには、誰かの手を借りないといけない。私一人で足()いてもどうにもならない。ここにあるものだけで何とかしないといけない。


 外から何かやってきたりは今のところしていない。幼児たちがこれだけ泣いていても、誰一人この部屋へ向かって来る気配は無い。


 そもそも、この部屋の先に誰かいるなんて保障は無く、ここから出て先へと進む意味があるかどうかすら定かでは無い、が、何もしないでいることは解決にはならない。


 これが試練というなら、私を測るというのなら、ここでの私の行動が、きっと、測られるものに相当するのだから。


 踏み台になる物体、無生物は無い。だから……。幼児たちから背を向けるように、とびらと幼児たちの集団との中間点で、幼児たちに対して背中を向けていた私は、後ろをそっと振り向く。


 すると、最も近く、3メートルくらいか? ハイハイ歩きで知らないうちにそこまで移動していた幼児と、私の視線が合う。がっつり、合う。


 不味い。すぐさま目を逸らさなくては。そして、距離を取らなくては。


 私が顔を逸らそうと動き出したとき、既に幼児は顔を真っ赤にして、泣き叫ぶためのチャージを、予備動作を、大きく息を吸うという動作を行っていたところだった。


 間に合えっ!


 私は急いで前を向き、今のこの体で出来得る限りの全力(しっ)走で、とびらの前まで移動する。


 遠い。無駄に遠い。この体でさえなければ、何ともない距離だというのに……。肉体的な瞬発力は著しく低下している……。


 やっとのことで格子(とびら)に到達した私は、身をひるがえし、それにもたれ掛かりながら、ぺたりと座り込んで逃げてきた方向を見た。


 幼児の泣き叫びチャージは解除されていた。顔色は元に戻り、ゆっくりと前へハイハイしていた。


 危な、かった……。


 私はほっと胸をで下ろす。ぐっと疲れた気がした。眠ってしまいたい気分だった。しかし、それは避ける。ここが安全かどうかも分からないのに、眠る訳にはいかない……。


 幼児の眠気、……、予想以上に……重い……。足りない、か……、これでは。


 都合が悪いことを……想定しよう。もし、眠ること……が、気絶……カウント……だとした、ら……っ!


 睡魔程度、他愛ない。






 一時的な、後追いの負荷が心に来たことが原因だろうから、直ぐには再び眠くはなるまい。まあだが、少し気を引き締めなくては。


 私は格子扉にもたれながら、幼児たちを遠巻きに見ていた。この距離だと、私の視線には気付かれないようだったのは、幸いだ。


 耳をふさいでいるでもなく、心を閉ざしているでもなく、言葉が、理が、通じない相手を、どのように説得する?


 私は格子の扉にもたれかかり、考える。


 もう、そんなに時間は無い。


 幼児たちの中には、自身の目をさする者が出てきていた。つまり、眠る、ということだ。そして、それは、周囲に伝染するように広まっていっているように見える。


 そして、私にも……。


 まぶたが重くなっていく。


 まだ、辛うじて、耐えれれている。だが……。いつまで、耐えられる? 寝ずに耐えられる?


 幼児たちが私以外全て寝てしまったとして。私は彼らが目を覚ますまで、起きていられるか? 分かり切っている。無理だ。


 思索もいつまで続けられるか分かったものではない。今のうちに手を考えなくては。


 自傷するという手段は既に試していた。


 腕を引っかいた。特になんともなかった。幼児の力は弱い。私も例外ではないらしい。ちょっと、むずがゆくなっただけだ。それも、すぐに収まってしまった。


 舌を甘()みした。少し、びりっとした、ような気がした。血の味がしたのだから、うまくはいっている、と思いたかったが、無駄であるらしい。すぐさましびれは消え、血の味にもすぐに慣れてしまった。


 爪を折ろうと思ったが、力が足りなかった。


 そして、はっとした。ならば、道具を使えばいいのではないか、と。


 私は矢を何もない空間から取り出そうと念じたが、……何も起こらない。矢が偶々取り出せないだけか、と、他のものも試してみた。


 スコップ!


 ……何も起こらない。


 本!


 ……何も起こらない。


 ……、黒枝樹液筆!


 ……何も起こらない。


 と、こんな風に、念じても何も出てこない。だから、時間の問題なのだ。彼らに、無理やりにでも踏み台になってもらわなくては、いや、しなくてはならない、最終手段として、だが……。


 強硬手段に踏み切ることも視野に入れ始めずにはいられなかった。






 強硬策もそうでない策も、全部合わせて、試行できる回数は1回若しくは、2、3回というところだろう。


 幼児たちを説得する方法は今のところ思いつかないが、もし何かあったとして。


 失敗すれば、最悪、幼児は泣き出す。それは拡散し、私以外の全員が泣き続けることとなるだろう。それはきっと、不満、嫌悪、等々。拒絶の感情といえる。


 幼児たちは、我がままだ。彼らをしばるものなど、自身の肉体が未熟な故の不自由さしか無い。判断の尺度は基本的に自身のみ。常識なんてものは幼児の世界に存在しないのだから。


 唯一の例外は、周囲との同調のみ。それも原始的な、衝動的なものに限られる。特に、感情。同調し、受け取ったもので上書きされる。


 だから先ほど、彼らの間で涙は伝染したのだ。


 幼児であろうが、それは人である。人の性質、同調。それをきっと彼らは持っている。自身と他との境界があい昧である彼らにとって、実質、一人が最初に浮かべた私への印象は、全員の総意となる。


 そんな気がしてならなかった……。

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