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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第四章第三節 砂砂漠 ~聳え立つ旧き巨大秤~
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砂砂漠 褐色混じり石竹色 Ⅰ

 唯一未踏だった、love/belongingnessの台座の先へと、私は足を進めた。完全な一つの球となった赤い水晶球が台座にめ込まれていた。私のストックしているアイテムの一覧を確認してみると、赤い水晶半球二つは消えていた。


 だが――――、台座の先に、扉も、時空のゆがみも、特定の建造物も、看板も、何一つ無かった。半径5メートル程度の半円状の、庭園中央部と同じ石の地面がただ在るだけ。


 それと、これ。


 私は少々汗ばんだ自身の指先で、地面に触れる。するとそこには、砂の粒がついた。さらさらとした、とがりのない、乾いた砂。


 赤く、暗い砂。ピンクと褐色を同程度の割合で混ぜ合わせたような、影のあるピンク色。それは、私のかつていた世界の、とある地域の砂(ばく)の砂の色。鉱物が酸化被膜により、そのような色合いを発しているのだ。


 中東と呼ばれた、私の時代に争いが絶えなかった場所の砂によく似ていた。


 助け合わなくては生きていけない地域での争い。それは悲惨さんで、何も生まない無為。誰も得られない。誰も幸福になれない。そしてきっと、最後には誰も残らない。


 私の中の記憶が見せた砂(ばく)の争いのてん末から私はそう感じ取った。


 すると――――突如、風が吹き始めた。点、いや、線のように見える何かを含んだ風だ。徐々に強くなっていくそれは、重く、乾いていた。私は急いで、その場に伏せる。


 しばらくの間その風は吹き続けた。10分程度だったかもしれないし、1時間程度だったかもしれない。時間の感覚はすっかり失っていた。


 とにかく、恐ろしくて、私はただ伏せていることしかできなかった。つかまるものはない。逃げ道はない。だから、やり過ごすしかなかったから。運よく吹き飛ばされないことを祈ることしかできなかったのだから。


 ただ耐えるだけというのは、どこまでも恐ろしいものなのだ。






 風が止んだ。再び吹き出しそうな気配は無い。が、更に数時間、私はそのままじっとしていた。


 そして、もう心配なさそうだという結論が出たところで、伏せるのを止め、ゆっくりと立ち上がる。


 ここは、何処……だ……。


 どうやら、砂(あらし)が吹き始める前と別の場所に私はいるようである。周囲に砂丘一つなく、平坦にならされていた。あの程度の砂(あらし)でこのような地形変化が起こるとは考え難い。


 だから私は、転移させられた、と見るのが自然だろうか?


 あの砂嵐あらし、そう激しいものではなかったが、恐怖を感じさせるあれが、この場所における転移の機構だったということだろう。


 この世界に入ってきた道が消えているのが何よりの証拠。このやり口は、もやの悪魔の世界でやられたのと全く同じものだ。


 つまり、事を成すまでは、ここから出られはしない。


 私はそんな広大な、暗いピンク色のさらさらな砂で構成された、ただ延々と続く砂(ばく)に立っていた。






 今度は直ぐには歩き出しはしない。目印一つないこんな場所で、むやみやたらに歩き回るのは、唯の徒労でしかない。だからしなくてはならないのは、改めて、周囲の観察だ。


 照り付ける熱は無く、凍える寒さがあるわけでもない。砂(ばく)というのは、極暖か、極寒、(降らないところもあるようだが)稀に雨。


 どれにも当てはままらない。


 太陽は無い。背景は、暗いピンクの砂の段丘と、黒の空。にも関わらず、周囲の様子はよく見える。


 とりあえず、何か構造物は無いか探そうと歩き出そうとしたところで、自身の足元からした、硬い音に気付いた私は足元を見た。


 それが正体不明の、この砂と同じ組成をした岩石を加工したものであると判断した私は、スコップを取り出し、それを覆う砂を取り払った。


 少しばかりっただけで、それが何か分かった。方角を示す計器の類であるということが。方角を見るために必要な天体は無く、目印となる構造物も無く、おそらく磁石の類も効かないであろうこの砂(ばく)


 何かしらあるとは思っていたが、携帯不可能なこのような状態で出てくるとは思いもしなかった。


 私の足元には、半径50センチほどの、円盤が出していた。円盤とはいっても、薄くはない。出している部分で全てという訳ではない。


 見掛けが今そう見えているだけである。これは、円盤というより、円筒状の構造物、もしくは、もっと巨大な何かの一部であるだろうという予想が、スコップでこれの表面を出させていく最中に固まっていった。






 円盤と形容したそれの表面に書かれていたのは、十字の掘り込みだった。ただ、それだけ。円盤の端から端まで、その十字は深く、一つだけ刻まれていた。


 スコップで砂を払っていると、薄く、スコップの先端が当たったことによる傷ができていることに私は気付いた。


 実用に足る精度のものが実用可能な形を留めているかどうかは分からなかったが、悪い方向には流れなかったようだ。


 これは、使える!


 そう思った私は、まず、円盤の周囲の土を深く深く、り進めた。さらっとした砂であるため、あっさりれる。だが、崩れられては意味はないため、それらが小さな、私くらいの山を形成した地点で、平たく均したり、遠くへ向かってスコップで砂を投げたりした。


 そして、できあがったのは、円盤を中心にした、半径10メートルほどの、漏斗ろうと状の地形だった。


 斜面はできる限り傾斜が緩やかになるようにした。だが、これくらいが限度だろうか……。なだらかな丘の斜面を目指したのだが、この砂の柔らかさと、傾斜を緩くすればするほど大きくなる為、る面積の労力に見合わない程の広さから断念した。


 まあ、私が歩くくらいでは崩れはしないが、もしこの無風の砂(ばく)に風でも吹けばあっさりまってしまいそうである。


 先走ってしまったことを後悔しつつも、これまでに掛けた労力を無駄にしたくはなかったので、私は次の作業に取り掛かる。


 高さ数メートルとなっていた円盤ではなくなっていた、円盤柱をよじ登った。






 方角は分からない。しかし、目印はある。だから、私は、方角を決めた。


 スコップの先端で、十字の四端付近にマークを書いた。N、E、W、S、と。アルファベット大文字一文字。それを、四端に当て嵌めたのだ。


 こうやって借決めするだけで問題無いのだ。どっちが本当に北なのか、ということが分かっている必要はない。必要なのは変わらない基準。それだけでいい。


 取り敢えず、Nをどこにするか決める。これが、この場所での基準になる。


 私は円盤柱から飛び降り、漏斗ろうと状の斜面から出て、歩き出す。


 ここを起点にして、周囲を探索するのだ。かなり遠くに来てしまって、方角が分からない場所で何かを発見しようとも、真っ直ぐ歩いてあの円盤まで戻れば、その方角は分かる。それを繰り返していれば、この周囲を把握できるだろう。


 のどかわかず、指先がかじかむことも無い、暑さも寒さもかたよっていないこの状況は私にとって幸いだった。


 そうでなければ、まだ水場すら見つかっておらず、屋外天候からの避難場所も、退路も見つかっていないこの状態では、色々とあきらめるしかなかっただろうから。






 そうして、その地面の方角盤からNの方向へ、私は真っ直ぐ進み始めた。


 どうせしばらくは何も見つからないだろう。体感数日掛かりの探索になることも考えられる。そう思って探索していた私だが、開始数時間程度で、いきなり発見があった。


 何もないと思っていたところに、突(じょ)、巨大な建造物が現れたのだ。砂の上に広がる目前の黒い空間が急にゆがんだかと思うと、それは私の目の前に現れた。


 砂色石の巨大天(びん)。私よりも遥かに大きい。距離感はつかめない。実際目の前にあるように見えるそれは、目の前には実際に存在しない。手を伸ばしても届かない。


 そのことから、視界に辛うじて全体が映る程度に見えるそれは、見えている大きさよりもずっとずっと巨大なのだということが分かる。


 これが幻であるとは考え難い。この世界に来て、割と物事の展開は早い。なら、ここで回り道、徒労、そういったものをはさみ込むのは無いだろうから。


 私の世界における、大仏とやらよりもずっとずっと大きいだろう。ピラミッドよりも、スフィンクスよりも、ずっと巨大なのだろう。


 さっきから、大分長いこと走って走って接近していっているはずなのだが、天(びん)の大きさに変化は見られない。それでも私はただ、延々と走り続けた。それにかれるように、ただ、夢中になって、走り続けた。


 真近で見たい、触れたい。そういった思いにとらわれて。それだけの大きさの建造物が、存在しているということ。それだけでも浪漫ロマンがあるのだから。


 先ほどまでの念入りな計画と動きなんてものはもう頭の中から消えていた。私の頭の中を代わりに占めたのは好奇心。


 ただひたすら、走り続けた。


 何度か途中で、息が上がってその場で大の字に倒れ込んで休んで、再び立って、走って――――、何度も何度も繰り返し、そうし続けた。

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