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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第四章第二節 掌の上
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書海 沈花緑青路 Ⅰ

 細長く続く通路を進む。通路外からは分からなかったが、通路内の天井はアーチ状になっており、手を伸ばせば届く高さだった。左右の壁の間隔は70センチ程度。通路に一切分()はなく、真っ直ぐ続いている。


 数分ほど歩いたところで手前の部屋の4分の1程度の、開けた空間へ出た。部屋の奥には部屋の幅を全て使った下り階段が見えるのだが……、それはしん水していた。しかも、その水は光っている。光を発しているのだ。


 階段の幅は、部屋の横幅と同じ。幅のやたらに広い、しかし高さ5センチほどと、一段一段が薄い下り階段であり、真っ直ぐ何十、いや、何百段も続いているように見える。


 そして、階段の上から十段目辺りから張っている液体。それは明度の高いエメラルドブルーの液体であり、目をつぶってしまうほどまぶしくはないが白色光を放っていた。透き通っていて底まで見える。


 今の水位より上がることはなさそうであることは、壁についたこけ? のようなものが今の水面より上には無いことから判断した。


 下り階段の先はまた平坦になっている。階段で地面の高さが降りた分よりも天井は低くなっているようで、階段下では、顔を出したまま進むことはできなさそうだ。


 エメラルドブルーの液体の正体が分からないにも関わらず、先へ進むにはその中を潜行していくしか無いようである。


 おまけに、階段手前左(かべ)側にはこのような木の立て札があった。


【"君が持ち込めるのは、君自身のみ。君の眼前に広がる液体の層は、君以外の物質を拒絶する。"】


 私を誘っている相手の言葉遣いが知れただけで、他は少々、意味が分からない。いや、全く分からない。だが思考を停止してこの液体の中を通っていきたくはないので私はその文章を分解して理解を試みることにした。


 前半部分。私が持ち込めるのは、私自身のみ。これは? とりあえず置いておこう。


 後半部分。それは、最も重要そうな記述でありながら、この文章の中で最も不可解な記述。私以外の物質を拒絶する? 拒絶? こればかりは、試してみなくては分からない。


 とりあえず、どうするかは決まった。


 私以外の物質の拒絶というなぞの文の意味を確かめ、液体の正体に迫り、安全であると判断できれば、潜って進む。無理なら自身の体で試すしか無くなる……。


 だが、その前に、周囲の観察を。この液体を消す仕掛けでも見つけることができれば、念は立ち消えるのだから。






 回路なぞは存在していないようだ。かすかに期待していた水位の低下も無いようだ。


 そう甘くはない、か。


 私はめ息をつく。


 もぐって進むしかない、ということだ。しかも、どれだけの長さがあるかも見ただけでは分からないこの、あやし気な液体の中を。それが嫌なら立て札のなぞを解くしかない。


 なら、実験だ。


 私は階段の一段目の上でしゃがみ込み、"緑の代用紙片"を一枚出し、その先を水面へ……、からない。


 紙片の先は、水面へと沈むことなく、弾かれている。波(もん)一つ発生しない。ただ、エメラルドブルーの半(とう)明の固体に、やわい紙片がただ当たっているだけ。そういう風に見える。


 どう見ても、見掛けは液体なのに……。液体らしく、投射される光が揺らいでいるというのに……。この結果は想定していなかった。


 沈まないのはこの紙片が軽過ぎるからか? それとも、この紙片だからこそ、沈まずこんなことになっているのか? 目に見えない位の遅い速度で沈んでいっていて、沈んでいるように見えるまでに時間が掛かっているだけか?


 分からないのでしぼり込みをかける。


 他にも幾つかの、沈んでしまっても構わない品々を取り出し、投げ入れるつもりで水面に置いてみたりしたのだが、どれもこれも、水面の上に、全く沈むことなく静座している……。


 今まで置きっ放しにしていた紙片を手に取り、確認してみるが、やはり全く湿しめっていない。


 液面に何か固いものでも張っているのか?


 そう考え、弓を使ってあの例の風を巻き起こす矢を何発か打ち方を変えて放ってみたがかんばしい結果は得らえなかった。


 経過を見たかったこともあって、最初の一射は、かなりゆるめにちょっとしたアーチを描くように放った。放たれた矢は、発射から暫くして風をまとい始め、水面へ触れる直前には風の球となっていたのだが、水面に触れたかというところで、突如、風はるように消え、衝撃波すら起こすことなく、それどころか、一切水面に作用せず、一切めり込まず、ただ、運動を止め、他のものと同じように、水面上の数あるもののうちの一つに成り下がったのだ。


 次の一射は、ななめ下の水面に向かっての全力射出。だが、結果は同じだった……。






 駄目だ……。


 これではどうしようも無い。張った液体の正体は知れず、その特性はほとど分かっていない。こんな中を進んでいくことなど、危険が大き過ぎる……。


 足場があれば……。天井が無ければ……。道があれば……。


 ん……?


 私は自身が握っている弓を見た。正面の天井を見た。そして至る。道が無ければ作ればいいのだ。


 そして、更なる一射。それは、水平方向への一射。風をまとった矢は、破壊の化身となり、正面の水面の天井をくだきつつ進んでいった。そしてその瓦礫がれきは水面に落ち、沈むことなく静置された。


 向こう側が見える。数十メートル先。本(だな)、か?円柱状の部屋の壁に沿った上から下までくまなく存在しているようだ。


 なんでこんな場所に。私は思わず、前へと足を踏み出してしまう。


 ジャボッ!


 私の右足に履いた靴は、水面の下に抵抗なく、すんなり、しずんでいた。運悪く、そこは瓦礫がれきが無かったのだ。


 !?


 慌てて右足を液体の中から出し、矢を使って、右足に履いた靴を裂いて取り除く。そして、スラックスの液体がみた部分から少し上の部分から、裂くように千切る。


 "ほたる色の液体"のハンカチを取り出し、それを手に巻き、右足の靴下を脱ぎ捨てる。


 そして、そのハンカチの、くつ下に直接触れなかった部分で右足の、エメラルドブルーの液体に触れた部分を一心不乱にく。


 私は青()めつつ、経過を見守る。"ほたる色の液体"のハンカチの色が薄れていないことから、一見害は無さそうではあった。だがそれは偶々だ。毎度このように運よく損傷無し、なんてことにはならない。それに、エメラルドブルーの液体が遅効性の悪性効果を私にもたらす目は消えていない。


 やはりもぐるのは最終手段に……、いや、やはりあの中をせん行するのは避けたい。他の部位、例えば目。そういった部位に悪影響が無いとはまだ言い切れないのだ。そんなこと、試す気にもなれない……。


 まあいい。今は気にしても仕方ない。この不安をぬぐう手立ては無い。それに先へ続く道もひらけた。


 あの弓で放った矢の効果が、これまでとは違うが……。この場所の素材の特性だと考えるのが、エメラルドブルーの液体のことからして順当だろう。


 すると、


 メキメキメキッ!


 右横壁面、階段が始まる手前の床から新たな看板が生えてきた。


【"臆病で、神経質で、それでいて不用心だね、君は。君が触れたその液体は、()()()害は無いよ。"】


 私は立ちあがり、左足を降り降ろすように叩きつけ、その看板を粉砕する。それでも怒りは収まらない。


「何者だ!! 何処から、私を見て居る? 何故姿を現さない? 何がしたいのだ、貴様は?」


 そう、無意味と知りつつも、叫ばずにはいられなかった。当然、答えは返ってこない。


 声が、出ている……?


 かごの世界のあの双子をたおしたことによる、何やらの体の機能の付加か? まあ、それは今はどうでもいい。それよりも、こんなふざけた看板を出し、私をあおる奴の方が今はずっと重要だ。


 この先にそいつはいるのだろうか? こんなことをしているのだ。私に姿をずっと見せずにいるなんていう可能性も十分にある。


 腹立たしい。私はこんなお遊びに付き合っている暇は無いのだ。何としても、見つけ出して、問いめてやる!


 そして、看板の断片をみしだいた。






 先に進むしかない。だが、靴がこのままでは困る。そう思って"ほたる色の液体"のハンカチを断面に試しに触れさせてみた。するとそれは元通りになった。スラックスも同様に。


 この世界では、衣服は時間経過で知らないうちに自動修復されているものなのだ。なら、"ほたる色の液体"の効果でそれを促進できないかと試してみたのだ。


 というのも、この眼前に広がる瓦礫がれきの道のことがあるからだ。何やら特殊な効果が付与されているようで、壁には消(めつ)の効果は十全には発揮されなかった。他にも何やらの効果が付与されていても可笑しくないのだ。


 例えば、瞬間的ではないがある程度の早さの元通りの形への再生や、粉砕への耐性付与など。


 なら、早く渡ってしまった方がいい。そう判断したからここで私は"ほたる色の液体"のハンカチを使用したのだ。まだ十分濃さは残っている。だからまあ問題にはならないだろう。


 考え過ぎは時に毒。


 だからそのことは一旦頭の端に追いやって、新たな看板に書かれた文章の意味を考える。『()()()害は無い』という部分がやはり引っ掛かる。私自体には、害はないが、そうでないものには害がある、ということが読み取れる。


 靴とスラックスの断面に触れさせたとき、"ほたる色の液体"のハンカチの色が少しばかり薄れたことには、それらの害の除去の意味合いもあったかも知れない。とはいえそれはきっと、そう強くない害だったのだろう。


 そうしてあっさり、あの液体にかった右足関連の念は消える。


 だが、新たに現れた看板のなぞ解きは未だ半分だ。


 残った部分を分割すると、『君の眼前に広がる液体の層は、君以外の物質を拒絶する』と、『君が持ち込めるのは、君自身のみ』の二つに分けられる。


 前者が示しているのは、あのエメラルドブルーの液体の性質。だが、後者の意味は分からない。それがどこまでを指しているのかが分からない。


 私の体は、通す。それ以外のものは、通さない。先へ持っていけない。……持ち込めない? だが、履いていた靴も、スラックスも、通した。ストックしていた道具の類は液面で弾かれた。


 ということは、これは、持ち物検査みたいなもの、か。向こうが認めないものは持ち込めない。認めるものは持ち込める。


 私が矢で道を開いたのが想定されていないこの場所の踏破法であるとすれば、想定されていた踏破法は、液体の中を泳いで進むことになるだろう。


 そう考えると、やはり、ストックしてあるアイテムはこの先に持ち込めないという意味合いだと考えるのが妥当ではないだろうか?


 その意図は恐らく、この先にいる者の自衛。つまり、そいつは、私に会う意図があるのだ。


 弓矢が消滅の効果を発揮できなかったことも、この先に待ち受ける存在の自衛の為と考えると納得がいく。


 まあだが、その者の想定外の方法で先への道筋を作れたのだろうからもう問題は無い。


 私はスコップを出し、数々の、水面の上に分離され、沈むことのない、私が置いてみた物品の全てを、慎重に、液体に直接私の手が触れないように全て回収した。念の為に、"ほたる色の液体"のハンカチでそれらの表面をぬぐって。


 だいたいこれで予想がついた。この液体に沈まないのは、私の所持品においては、空間にストックされない類のものに限るだろう、と。


 考察はこの辺にして、とっとと渡ってしまうことにしよう。


 私は崩れた天井を飛び石を飛ぶかのように数分掛けて渡り切り、大量の本棚がそびえ立っている円柱状の空間へと辿たどり着いた。

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