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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第三章第八節 精神唯存揺篭 ~少女の世界の崩壊~
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精神唯存揺篭 浮遊島群 幻想残滓灰岩島 灰黒の悪魔 Ⅰ

 そこは、何処までも続く灰色の荒野だった。凸凹であるがほぼ平坦な、さえぎるものの無い場所。


 だが、そう遠くは見えない。空気がくすんでいる。くすんでいる。


 それらの原因は、


 ブゥゥゥゥゥ、ビィユゥゥゥゥゥゥゥゥ――――。


 この風だ。乾いた、熱の無い風。そこかしこで地表の灰を巻き上げ、視界を低密度に遮蔽しゃへいしている。だからせいぜい、今の私の視程は数百メートル程度しか無い。


 周囲の様子が視認できていることから、昼であることは分かる。私()()は、灰色の曇天の下にいるのだ。


 当然、私しかいないなんてことはあり得ない。そう認識すると、二つの影が現れる。独りは当然彼女、黒羽根。そして、もう一人。白羽根だ。


 私のすぐ傍、数メートル先に白羽根がはかなげな表情をして、立っていた。私に気付き、一(べつ)し、目線を斜め左横に下ろす。その先に黒羽根が。


 黒羽根はその場に座り込んでいる。お姫様座りをして、両手をひざの上にえて、首を左に傾け、その目からは生気は消えていた。口元からよだれを垂らし、それが衣服に落ちる。






 空に見えるのは、厚い黒い雲と、灰色の金属の、鳥籠かごのようなおりの上辺。私たち三人はそんな場所に立っている。


 黒羽根は壊れた人形のように、先ほどまでと同じ姿勢のまま首をもたげたまま動かない。そんな黒羽根を放置して、私は白羽根に言葉を掛ける。


「どうやら、これがこの世界の真の姿らしいな。もう何一つ残っていない。君たち、いや、君たち二人、いや、一人以外は」


 白羽根はそれに反応して私の方へ首を向けた。


「どうやら答えに辿たどり着いて下さったようですね。本当に有難うございます。」


 彼女は微笑みを浮かべるが、それは作り笑いだった。


「幾つか聞きたい」


 彼女はこくり、とうなづく。


「ここは何処だ?」


 当たり障りの無い質問で白羽根の今の精神状態を探ることにした。姉である黒羽根と違い、彼女は心を隠す傾向がある。この後のために、彼女の心境も知っておかなくてはならない。そう。私は結局、彼女と戦うことを避けられないのだから。


「広さは半径数キロ程度。そんな、灰でできた、一枚のふちの無い平皿のような形状の浮遊島です。私()()の幻想の残()でできています。姉の精神が崩れると、命ある者たちはここに集められるようになっています。ここはこの世界で唯一今も存在している最後の大地なのですから」


 このかごの世界での旅は終わり。ここが終着点。彼女は遠回しにそう、私に答えを示した。


「要するに、ここで殺し合い、ということかな?」


 だから確認の為にそう尋ねるが、


「ええ……」


 彼女の返事にはてい念が見え隠れしていた。だが……、それは自身が死ぬことを悔やむものでは無い。姉である黒羽根が死ぬことを悔やむものでも無い。


 何か、忘れている……。


 ここに来て彼女が悔やむ理由。それは何だ? どうしててい念だと思った。表情が崩れたかのように見えたからだ。だが、それは、気のせいか、一瞬の出来事。


 崩れた顔は? ああ……、悲嘆だ。


 白羽根は私に期待していた。期待して自身の命をも賭けた。賭けた? ああ、成程。それほどまでして、白羽根が賭けたもの。私の勝ちの目を、私へのメリットを作った。その最もたるものは、彼女が姉とした、契約。私が事を成す為の契約。


 賢い彼女のことだ。唯私が彼女の願いをかなえさせられるだけで、私の目的がそこで途切れるなんてことにはさせない。


 彼女には、私を唯利用してやるなんて意図は見られなかった。彼女は本気だった。私に嘘偽り無く、あのとき彼女は話を持ち掛けたのだ。


 彼女が姉を殺そうというのは、自身の後始末を自分でつけるということ。足りない分は私の力を借りて。外からこの世界に来る者なぞ、いやしなかったのだろう。これまでずっと。だから彼女は、私の不利を取引の中に含ませる訳にはいかなかった。


 それが、彼女が願いを成立させる最も確率が高いやり方だっただろうから。






「だが、それだと、私の目的は果たせない」


 彼女の用意していた道筋に私は乗る。大袈裟(げさ)に意思表示する。気付いているぞ、と。


「どうしてです? 貴方が、私を殺して、姉を殺して、それで終わりではないのですか?」


 そう言う彼女は口元が少しばかりほこんでいた。口調も何か、少し柔らかく暖かな気がする。


「それでは私が、この世界から脱出できないだろう? ここが最後の大地。そして、君たち二人がここを維持している。君たちが消失すれば私も消失する。この場所に出口は無いのだろう? 私を招き入れた入口も君たちが一時的に形成したものだろう? なら私は君たちを唯終わらせるだけでは目的を果たせない。それは困る」


 私はわざとらしく、いかにも困っているという仕草をしながら、ちろり、ちろり、と彼女を見る。


「プフッ、し、心配なさらずとも、そうならないように準備はしてあります」


 少々彼女のツボに入ったらしい。そんな変な顔をしたつもりは無かったのだが。気が緩んだということだろうか?


「姉と新しく結んだ契約の中に、貴方が私たちに勝利した暁には自動的に出口が形成されるようにしてあります。そして、その為の手続きがこれです」


 また元の微笑に戻った彼女はぴらり、と一枚の紙片を取り出した。


「私たちは殺し合いをしますが、貴方が勝利した際、私は臨死状態となります。そして、出口を通って貴方がこの世界から出るまでそれは維持されます。貴方が出た瞬間、貴方は私たちをたおした証を手に、この世界の外に立っているでしょう」


 そう微笑を浮かべられてそのようなことを言われても困るのだが……。だが、これこそ彼女の願いなのだから。彼女は私に勝つ気は無い。負けるつもりなのだから。彼女の姉はそうは思っていないだろうが。


 さて、白羽根が消滅したら、黒羽根はどうなるのだろう? それは黒羽根にとって、言葉通り、半身のそう失。


 大体彼女が今言ったことがそのまま書かれていた。その紙片の右下に私は彼女に求められるまま、血印をした。


「後は、姉が起きるのを待つだけです。姉が意識を覚まさなければ殺し合いは始まらないのですから。今の契約書の力で時間を大幅に短縮したとはいえ、暫く時間は掛かります。数分かも知れませんし、数時間かも知れません。一日も掛ることはまず無いでしょう。どうします? 寝て英気を養っておきます? 時が来れば起こしますよ」


 彼女はそう提案してきたが、私はそんな風に時間を無駄に使うつもりは無い。


「なら、君たちの正体について、私のした考察が当たっているかどうか聞いてもらえるかな?」


 彼女は一瞬、しかし今度は確実だろう、顔をしかめた。そして、鈍い動きでうなづいた。そうだろう。今の彼女には、できるだけ私の機嫌を取る必要がある。やる気を高める必要がある。


 彼女は私に終わらせて貰う確率をできる限り高めておきたいだろうから。






「君たちは、元は一人だった。元と言う言い方が悪いか。君たちは合わせて一つの人間だった。生まれてから今まで、ずっとそう。いきなりな結論だったが、当たっているだろう?」


「その、通り、です」


 彼女の表情が少しこわばる。もうつくろう気は無いらしい。分かりやすいのでそちらの方が都合が良い。


「だが、辛い経験から、君たち二人に別れた。そして恐らく、君が良い記憶の大半を保持し、そのような人格を形成した。そして、黒羽根は、悪い記憶の大半を保持し、あんな人格になった。そこまでは分かる。私は、君たち二人が共にいる映像を一つたりとも見ることが無かったからそう判断した。写真はごまかしだろう?」


 彼女はうなづいたが、少し間があったように感じた。


「だが、幾つか疑問が残る。君たちの両親だ。どうして彼らは君たちが本当に二人いるかのように振る舞っていた?」


 そう私が尋ねると、彼女の顔に影が落ちる。


「それは……、いや、言いましょう。知って置いて欲しい。少なくとも私はそう思います。そしてきっと、私の片割れもそう思っていることでしょうから。貴方は少しばかり間違っています」


「というと?」


 軽い気持ちで私は尋ねたが、


「答えは簡単です。私たちは本当に分かれたのです。生まれるその時に互いが互いの写し身として。母体から受けた負荷と感情がその原因です。私たちは母から受けた感情を、良いものと悪いものに分け、互いを切り離したのです」


 帰ってきた答えは重々しいものだった。


「私たちは後天的な双子であり、その境界は極めて緩い。そして、時折元のように一つに結合し、また別れ、蓄積した体験を経験を感情を、良いものと悪いものに分け、互いを切り離したのです。それを繰り返し続けたのが、私と姉です。悪い感情の方がずっとずっと大きかった。だから彼女が姉で、私が妹。そういうことです」


「貴方が見たあの写真は、真実でありつつも、虚偽であると言える訳です。それが私が首を縦に振っていいか迷った理由です」


 確かに私は間違っていた。彼女たちが精神的にも肉体的にも分かれたのは、生まれたその時からだったのだ。そして、時に一人であり、二人であった。


 流石にそこまでひねられた真実だったとは思いもしなかった。


「ん……っ」


 黒羽根の意識が戻りかけているらしい。悪夢でも見ているかのようなうめき声を黒羽根があげた。


「そろそろ時間切れのようですね。それに貴方の疑問も丁度溶けたようですし。姉が目を開けたら、私たちは一つに戻ります。その前にこれを渡しておきます。全部は回収できませんでしたが、貴方の放った矢です。これは統合した私にも通ります」


《[ "黒曜石の抜けない短矢" を7本手に入れた]》


「何とか、私の意志を強く反映させて統合した私の動きを長くは保ちませんが、止めます。止められなくとも、鈍重にする位はやってのけます。せいぜい十秒程度でしょうが。ですから、私たちを、終わらせてください。弱点は体の中を移動する、緑色の小さな球です。ということで、頼みますよ、本当に」


 彼女はそう、微笑みながら、『自分たちを殺してくれ』、と言ったのだ。直接的な表現の言葉にしたのだ。綺麗きれいさっぱり、後(くさ)れ無く、私に終わらされていいと言っているのだ。


 だから、私は言いよどまない。


「ああ。どう転がってもそうするつもりだった。そして私は、君たちのことを決して忘れないだろう。だから、安心して、死んでくれ」


 力強くそう、虚勢を張った。彼女のする保障は、半分なのだ。悪魔少女もそうするかは分からない。だから不安。だから虚勢。だか発した言葉は嘘では無いつもりだ。


「ええ、ええ……。分かります。本当だって。今のうちに言っておきますね。ああ、それが、私の本当の願い、だったんですね……。本当に、有難うございました」


 彼女は涙を流しながら頭を下げ、


「さあ、離れてください。姉が起きてしまう前にゆう合を済ませなくてはなりませんので」


 涙をぬぐって、力強くそう言った。


「ああ。了解した。上手くやってみせよう。では、さよならだ」


 私はそう答えて、走り出した。


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