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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第三章第七節 精神唯存揺篭 ~剥き出しの対峙~
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精神唯存揺篭 基底 閉環籠姫心中 Ⅴ

「【ねえ、どんな気分? また声出せるようにしてあげたから、貴方の口で、声で、答えて頂戴ちょうだい。】」


 それが先ほどの彼女の目の点滅の意味らしい。一瞬で、予備動作無しで、私に力を及ぼすことが、彼女にはできるのだ……。化け物め……。


 そのたこの化生は笑わない。抑揚の無い、にごった、歪んだノイズのような声で、私に尋ねる。字幕のおかげで何を言っているかは分かる。もうその声は、私には意味のあるまともなものには聞こえなかった。唯のうめきの音にしか……。


「一周回って冷静になったよ。で、だ。一つたずねたい」


「【……。構わないわよ。】」


 ……。何だ、今の意味深な間は。気付かれていないでくれ……。こっちはばれないでくれ。読み取らないでくれ。選びださないでくれ。頼む……。


 今、私が心に抱く本心を見せたくはなかった。それはとても、みにくい気持ち。私とそれとの間に一線を引いた、私とそれとを別視するという、ある種の拒絶判断。


 だからそれを隠すように、浅い質問を頭に浮かべ、口にしようとすると、


【『どうして私に声を与えたのだ? 化け物。』よ、ね。】


 私が言葉を発する前にそれは、そう、読み取り、選び出し、言葉にした……。私が抱いた避感を最も強く示すその言葉を。


【その前に、その魔法がどういうものかを教える必要があるわ。貴方に掛けたその魔法は、以前掛けたのと同じものよ。声を発せないのどで、口で、心で、貴方が私に向かって言いたいことが、そのまま出てくる魔法。】」


 なら、どうして……。私はまだ、口を開いていないだろう? それに、幾重にもごまかしの別の思考を脳に浮かべていたではないか。どうして、読まれたくないその部分を私は読まれた……?


 これまではわざとしなかったのか。だが、そうとは到底思えない……。


「【口にしなくとも、その声は私に聞こえるの。そういう魔法。これまでとは違うわよ。貴方が心でささやいたこと全て。そう。全てが、為す術なく出てくるの。貴方、無()だけど、賢いんだもの。冷(こく)なんだもの。おぼれないんだもの。それでいて、そんなことを悪意とも思わず、心に浮かべる。平気な顔をして、偽りの言葉を口にする。貴方の中の()()のせいかしら?】


「何が言いたい!」


「【最初見たときから気になっていたの、ふふふふふふ。あれだけ、揺さぶったのに、空っぽ。何もあふれてこない。それでいて、咄嗟とっさに、異質な行動を取れる貴方。気になってまたのぞいてみると、空っぽ。貴方の咄嗟とっさの行動ってね、老練で狡猾こうかつな類なの。貴方の貴方らしくない部分と言えばいいのかしら? だから私は、貴方という器自体に何かある、と考えたの。】」


 話があやしげな方向へ向かっていく。


「【ふふふふふ、お小水をかけるなんて、よく、思いついて、実行できたものね。貴方自身もそうできたことに、やった後になって驚いていたみたいだし。】」


 表情を浮かべて、抑揚をつけて、悪魔少女は、ノイズが掛かる前の声で、そうやって、振り返りながら、思い返しながら、とても人間らしく、笑った。


 だが、それは一時的なもの。すぐさま声にノイズが掛かり、表情は消える。


「【私は気付いたの。貴方はどこか、おかしいって。貴方には、背景になる経験が無い。でも、判断の基準は、狡猾こうかつな老人くらいに秀でている。まるで、空っぽの人形に、知識だけ詰め込んだみたい。だって貴方、どんな無茶でも、躊躇ちゅうちょしないでしょ? それこそ、自分が壊れるようなことであっても。そんなのね、貴方が自分を自分と思っていないから、できること。貴方には無いの? 安心っていうものが。安全っていうものが。保身っていうものが。……。あらそう。無いのね。】」


 どんどん話が長くなる……。そして、話は一方的に進んでいく。


 だが、今ので分かった。読めるのは、それが読もうとしたときだけ。常時読心状態では無いのだ。彼女が聞こうとしたときだけ、私の心の声はそれに拾われるのだ。


 悪魔は油断している。気付いていない。よく考えると、当たり前のことかもしれない。悪魔の周囲には、人は、意志を持ち対()する者は、()()()()()()


 私は考え過ぎたのだ。ただ、素直にぶつけてやればいい。


「ははっははは、はははははは、ははははははあっはああああ、ははははははは――」


 私は笑い始めた。狂ったように、何がそんなに楽しいのかという位に、笑った。だが、本当に楽しい。それは愉悦ゆえつだ。答えに私は辿たどり着いた。


 きっと、悪魔からすれば、私は、きっと、きっと、狂っているとしか見えないだろう。役割を与えられているだけのこの悪魔には、読めた答えの意味が分からない。何を躊躇ちゅうちょしていたのだ、私は。彼女の言う通り、ここで躊躇ちゅうちょしないのが、私だ。


 余(いん)を、空気をほうむり去りかねない、切り札。今切るべきだ。私は自身の彼女への同情含む感情を、理解を、そして、直前まで心に抱いていた感情を、一旦全て捨てた。


 そして、新たに構築する。


 感情は捨てても情報は残る。どこまでも俯瞰的な、第三者的な視点で残された情報を元に、私は動き出す。


 私の武器。それは、切り替えの早さ。思い切りの良さ。そして、躊躇ちゅうちょの無さ。


「ははははは、君は愚かだな。無様だな。見ていて滑(けい)だ。もうえられない、ははははは――――」


 そのもろい心、くだいてやる。私はぎろり、と彼女を見据え、わらった。






「可哀想に」


 私はそうぼそりとつぶやく。浮かべるのは、普通の人であれば、彼女の境遇を見て知って、感じるであろう典型的感情。無責任で無関係だからこその、拒絶の意味も込めたあわれみ。


「【もう……、やめてぇぇぇぇ!!】」


 メキメキメキメキ、ムチミチチッ!


 彼女は周囲の壁面に向けて触手を振るう。


 ゴォォォォォォォ、ガラララララララ、ズゥゥゥゥン……。


 崩れ落ちてくる岩。その中には一際大きく、私の方へ向かって飛んでくるものもある。だが私は一切の回避行動を取らない。


 何故なら、


 ブシュゥ、ガッ、バコン!


 彼女が全て弾いてくれるから。


 私はにやりと口を歪めつつ、また、わらった。






「【っ!! どうして? どうしてよ……。】」


 彼女は蛸の口から生えたまま、私に近づき、私の腰辺りに裸のまましがみつき、今にも泣きそうな目をして、そう言って、私を見る。


「放せ」


 私は冷たくそう言い放つ。


「【わかったわ……。これで、いいかしら?】」


 彼女はしゅんとした表情でそう言う。そして、


「【足りないのね、これでは……。分かったわ。誠意を見せる。】」


 触手のうちの一本を振り上げ、降り下し、


 スパァ、プシュゥゥウウウウウ!


 巨大(だこ)の筒状の口を根元から切断する。切断面から黒いヘドロをき散らしながら


 ブチュッ、ドサッ。


 彼女は、ある種()巻きになった状態でその場に転がった。


 ザァァァァァァァァ……。


 そして、その生もののつつと無(げい)たこちりとなって消える。


 あらわになった彼女は、人間の状態に戻っていた。服はまとっておらず、皮()の色も目の色も人のものに戻っていた。


 そしてその場に、私の方に体を向けて彼女は座り込んだ。


 90度くらい足を開いた状態で、両足を曲げて両膝ひざを立て、その上に両肘ひじを置いて、両手を力無く垂らしている。そして首をもたげ、光を失った目で私を無表情で見ている。


 私も彼女に合わせて座り込んだ。


 そんな彼女の見えてはいけない部分には、一際濃い暗黒の靄がまとわりついている。


 そんなすぐそばの彼女からは、灰のにおいがした。この灰のにおいこそが、彼女の本来のにおい。添加されていない状態の自然なにおいであるらしい。


「君がまた意志を持って何かし始める前に、たたんでしまうことにしよう。君という存在の真実を、私は君に付きつける。そうすることで君は崩れ落ちるだろう。だが、止めない。止めてやらない。私は君を壊す。そう決めた。もうくだらないままごとは終わりだ」


 そして、彼女から数センチの距離まですり寄って、


「君と君の妹。君たちは一つ。分かれてなどいない。君たちは二つ合わせて、一人の人間だったのだ」


「【……。そうね、そうだったわね。ああ、あぁぁ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――!】」


 ゴォオオオオオオオオオオオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――


 そうして洞窟(どうくつ)全体が大きく音を立てて揺れ始め、ごう音と彼女のつんざくような叫び声は耳をふさいでいても大きくなっていく。


 これは幻。だから、崩れはしない。ただ、消えるだけだ。彼女はこの幻をもう、維持できない。


 そうして、私の予想通り、周囲の風景は一度消え、新たな景色が現れる。

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