7.桃栗3年柿8年は長いよね
昨日、久しぶりにスズメの数を数えたら、2999羽になっていた。この世界に来てから、俺の体内時計で8年以上この洞窟にいることになる。
昨夜は記念すべき3000羽目のスズメを生産してからベッドで眠った。
さすがに、毎日スズメを生産し続けて3000羽。いつの間にか取得していた【気絶耐性】もLv90となり滅多に気絶することは無くなったが、1羽生産すると魔力が底をつく状況に変化はない。だが、生産されたスズメには変化があった。
見比べると明らかに違う。一番始めに生産したスズメは子スズメサイズだったのに、昨夜生産したスズメは親スズメサイズになっている。傍目では、ほとんどが違いは判らないと思うが、俺は確実に成長している事を実感した。
先程、朝の日課となった竜に挨拶して、変わらずの咆哮を頂き【咆哮耐性】はLv92。そして【咆哮耐性】がLv50になった時に得られた【精神異常耐性】は【咆哮耐性】を越えるLv95になった。
実は【精神異常耐性】が、どんな効果を持つかよくわかっていない。なぜなら、説明文を読んでも<精神異常になりにくくなる>としか書かれていないからである。更に言えば、例え精神異常に陥っていたとしても、誰も指摘してくれないので自分ではわからない。でも何ごとも耐性が無いより、あった方が良いに決まっていると考え、上がるに任せて放置している。
朝食は、アイスプラントと言う、塩分を含む野菜をドレッシング代わりに混ぜたキャベツの千切りを食べて腹を満たした。
因みに、この8年、スキルによって魔法みたいなことをしてきたが、火や水の魔法を使えたことはない。なので【火魔法】や【水魔法】は残念ながら【才能】スキルのままだったりする。でも【魔力操作の才能】は、すぐにスキルとなって、今ではLv98となっていたりする。100になったら何かあるかなと期待している。
魔法は使えないけど、道具を造り火を起こし、穴を掘って地下水を得ているので、野菜炒めや野菜鍋など、火が通った食事は出来ている。朝食に使ったアイスプラントや、シソ、バジル等のハーブを利用して毎日のように味を変えているから、食生活は豊かだったりする。
食後のジャスミンティを飲みながら、今日は浴衣の新調と防具の手入れをしようと考えていた。
浴衣は、何年も簡単な水洗いしかしていないので、着古し感を醸し出しているからだ。因みに防具は錬金術が使えるようになった時、造ってみた物だったりする。
基本、今では竜さんが警護と言うか、移動することもなく鎮座しているので戦う事は無いと思っている。
でも、まったく慣れてくれない上、可愛げの欠片も無い竜さんが突破されたら即終了と言うのも無念だと思い。軽さと動き易さを重視した防具を造り上げた。
守りを重視したところで、俺の与ダメージは1だ。竜を倒せるくらい強い相手を倒せる訳がない。なので、多少ダメージを負っても【疑似修繕】スキルの効果を期待して、逃げ切ることを主眼に置くしかなかった。
材質は【石細工術】スキルで鉱石を分解した時に残った謎の黒い物質。
この物質は魔力が通り易く、それなりに硬くてとても軽い。違うかもしれないが、異世界物質だから何となくミスリルと命名してみた。これを繊維状にして【裁縫術】で服にしてみた。この服は、魔力を通すと鉄で造ったノコギリを当てても切る事が出来なかったので、対刃効果が期待できそうだ。
対打撃には、植物から取り出した繊維をハニカム構造化して、軽さと丈夫さを備え、服と同じ材質で覆った盾にした。
同じ素材で頭は、バイク乗り御用達のフルフェイスのメット、靴は滑り止めを兼ねたスパイク付きの安全靴。踏まれても、これで平気だ。手の保護は手袋代わりの指貫グローブ。
いくら時間が有っても、こう言う防具に装飾する趣味は無いので、見た目は真っ黒になるが、洞窟内なら地味目の方が目立たなくて良さそうだ。
そんな防具の手入れをしようと、ジャスミンティを飲み干した瞬間に、竜の咆哮が響き渡った。
俺は、竜から見えない場所に居るのに、竜が咆哮をあげるってことは、理由はひとつしかない。
この洞窟に8年居て、初めて竜の居る部屋に何かが侵入したってことだ。
侵入者が、何だか判らないし、竜より強いかどうか判らない。でも竜が倒されてしまえば、次は俺の番だ。のんびり侵入者の姿を確認している場合ではない。いつでも逃げ出せるように、準備を整えることにした。
竜の咆哮が何度も響き渡り、爆発音も何度も轟き渡る。
防具服を着込み、その上からマント代わりの浴衣を着て、水や各種ハーブを詰め込んだリュックを背負い。盾と同じ素材で造った武器代わりの棒と盾を持ったところで、竜の居る部屋が静かになった。
静かになった事からして竜が勝ったのだろうか。俺は、まるで照明が点いたかの様に明るくなった竜の居る部屋を慎重に覗いた。
最初に目に入ったのは、異世界ファンタジーで言えば、戦士っぽいのが2人。魔法使いっぽいのが2人の男女4人だった。戦う意思は見受けられるが、立ってるだけで限界の様に見える。
他には、元はヒトだったと思われる肉片と防具が5〜6人分散らかっていた。産まれてこのかた40年。初めて見た凄惨な光景だったのに。恐怖どころか、気持ち悪くなることさえなかった。
なんの心構えも無くバラバラ死体を見たのに『うわ、死体だらけだ』って思うだけなんて普通あり得ないだろう。気が付かない内に俺って異世界に染まっているのか。そんな事を考えている間に、生き残っていた4人が行動に出た。
「俺達も限界だが、奴も限界なはずだ。次で決めるぞ。タイミングを合わせろ」
そう言われて、竜を見ると、両目は潰れ、喉は切り裂かれ、尻尾は切り離されている。両腕も肘から先は無いし、右足の太ももは炭化している。なるほど満身創痍だ。
って、ちょっと待て。あのリーダーっぽい戦士は、日本語を話していなかったか。しかも和製英語込みで……。今更ながら、異世界言語理解のご都合主義かと思ったが、そう言えば巫女さんも天神の使いも、日本語だった事を思い出した。
今までこの世界で出会ったのは、魔神の使いである巫女さんと、天神の使いだけだったので、神の力で、てっきり念話か何かで強制的に言葉を理解させられていたと考えていた。でもそう言うことなら面倒は無さそうだと考え、気にしない事にした。
戦士風の2人が竜を挟み込むように左右に別れて斬り掛かっていく。その空いた隙間を、魔法使い風の2人が放った魔法だと思われるバレーボール大のボールが抜けていった。
魔法の様なボールは、戦士達を追い抜き、竜の足元の地面にぶつかると、その力を顕在化した。
竜の足元が爆発し土砂が舞い上がったと思った瞬間に、竜巻が起きた。どうやらボールは、土魔法と風魔法だったみたいだ。土砂は竜巻を糧に竜の身体を削らんと暴れまわる。
「火炎斬!」左回りをしていた戦士風の大男が、土砂竜巻に突っ込んで行き、剣に炎を巻き付けて竜を斬りつける。
一見自爆技の様な気がするが、戦士風の大男は大丈夫なのか。
すると土砂竜巻に炎が更に混ざり、削られた竜の傷が焼け始めた。
土砂で身体を削った上で炎で傷を焼くとは、なんて情けも容赦もない魔法コンボだ。だがそれだけでは終わらない。もう一人分の攻撃が残っているのだから。
最後に残った戦士風の男は、竜の目の前で大きくジャンプした。普通ならあり得ないことにその到達地点は竜の頭を越えている。そしてその手に握る剣を大上段に構えた時、土砂炎竜巻から光の塊が飛び出して剣に当たると、直視出来ない程の光を剣が放ち始めた。
「これで最後だ。頼雷剣!」
最後の戦士風の男が、光を放つ剣を降り下ろした瞬間。まるで至近距離に雷が落ちた様な光と轟音が、俺の目と耳を打った。