8.身だしなみ……8年放置すれば。
戦士風の男が放った頼雷剣により起きた轟音は、鼓膜が破れるかと思うくらい凄まじかったが、それは一瞬で今では、少し耳鳴りがするだけだった。だが、光を直視してしまった目は、未だに何も見えない。
そう言えば俺は【暗視】スキルのLvを上げた事により、この暗い洞窟でも問題なく生活していられたのだから、強い光を直視すれば、目が眩むのは当たり前だ。
俺は、慌てず騒がず、その場で目を瞑り、目が回復するのを待つことにした。
視覚を頼らずにいる時は、聴覚が冴えてくるものだ。その時、誰かが呟いた、今ここで聴いてはいけない声を聴いてしまった。
「やったか?」
ギリギリ聴き取れた程の小声だったので、本人は思っただけで、口に出して言ったかどうかなんて覚えていないだろう。
でもこの台詞を言ってしまった時点で、間違いなくフラグを立ててしまったことになる。
こんなお約束が起きたのなら、誰よりも先に確認したいところだったが、目の回復には、もう少し時間が掛かりそうだ。
気になるが、目で見て確認出来ない。そんなもどかしさに囚われていたときに、思い出した。そうだ。俺は、確認するだけなら、目で見る必要はなかったんだ。
【座標指定】【能力閲覧!】
俺が勝手に魔法だと思ってる、4文字漢字魔法を使えば観ることが出来ることを。
それに8年間、同じ場所に居る竜に、毎日挨拶していたのだから、見えていなくても【座標指定】で観えるようになっていたのだ。
名 前:閲覧不可※竜さん(仮)
種 族:地竜
生命力:1%(瀕死)
スキル:閲覧不可
やはり、フラグは偉大だ。満身創痍な状態で、あんなとんでもない攻撃を受けたにもかかわらず竜は、瀕死状態ではあるが未だに生きている。生命力が1%だから瀕死なのか、大怪我を負ったから瀕死なのか判らない。
状態を見たいと思っていたら、生き残りの4名も竜が生きている事に気が付いたようだ。
声を上げたのは後衛の魔法使いのようだ、パニック気味になっている女性の声が聞こえる。
「魔王だって倒しきった、この魔法コンボが完全に決まったのに、なんで生きてるのよ。しかも切り落とした腕や尻尾まで元通りってなんなのよ。もう訳がわからない」
状況説明ありがとう。元通りって、すごいな。流石は竜さんだ。そうすると、生命力が1%だから瀕死判定になっていると言うことだな。でも見た目は完全回復した様に見えると言うことは、もしかしたらアレか。
「完全回復ってマジかよ……調子に乗ってこんな所まで連れてきてしまって、みんなごめん。魔神の守護竜が、こんな化け物なんて思いもしなかった」
「稲妻の勇者よ、気にするな。お前との旅は楽しかったぞ。来世も共に旅したいものだ」
「俺もだ、バロン。次は無理せずのんびり旅しようぜ」
「ん……倒す、無理なら逃げる」
「ははは。チモシーが二言以上話すなんて珍しい。けどもう無理だ。魔力を溜め始めてる。ブレスが来るぞ」
あらら、せっかく生き残ったのに、4人共、もうすっかり諦めムードになってる。まぁ。俺だってきっと、全身全霊を込めた一撃を放ったのに、無傷だったらショックを受けるよな。
「私達が負けたの? じゃぁ死ぬの? そんなのやだ。やだよう。シュンは、私の事を絶対守るって言っていたじゃない。何とかしてよぉ」
「ミリィ、ごめん。騎士団が殺られた時、最後の一撃に賭けずに、お前の言う通り逃げれば良かったな。次があったら、俺はお前の言葉を信じるよ」
「次があったらだなんて。そんなの嫌だ。 誰か……誰でも良いから、お願い。助けて……助けてよぉ!」
生き残っていた4人の間に、微妙な空気が流れているようだが、俺は決断した。
この洞窟から脱出する事は諦めていたけど、それは自力で脱出する事をだ。いつかきっとチャンスがある。それだけを支えに8年間、力を溜め続けてきたんだから。
この溜めた力が、弱っているとは言っても、竜を倒しきることが出来るかわからない。でも瀕死状態となった竜を倒せないくらいの力しかないのなら。残りの人生全てを掛けて力を溜めても、倒すことは出来ないだろう。だから、このチャンスを活かすべく力を放出する。それは決めていた。
だが、何の縁もない4人を見捨てるかどうかは決めかねてた。助けるリスクとメリット。助けないリスクとメリット。
その条件は、理性では五分五分だった。でも『助けて』と言われれば感情が後押しする。
そう、俺は助けることを決断した。だから、この世界に来てから初めて他人に話し掛けた。
「すけ べっ……いっ痛ー」
何を言っているのかわからない? そりゃ当然だ。竜がブレスを放つ前に颯爽と出ていって。「助太刀致そう」と言うつもりだったのに、まだ目が回復しきっていないことを忘れて飛び出したから、地面の起伏が見えずに転んだんだ。しかも転んだ勢いでヘルメットも脱げてしまった。
「はぁ? スケベイスって何だ? ところでこの爺さん。現れていきなり倒れたけど大丈夫か?」
「御老体。無理は身を壊すぞ」
「ん……モジャ爺?」
「誰でも良いから助けてって言ったけど。お爺さんじゃぁ」
くそ、失敗した。初めての台詞が、スケベ椅子だと。くそ。一世一代の恥だ。って言うか、爺さんて俺の事か?俺はまだ40歳だ。せめて、おっさんって言いやがれ……。そう言えば、この8年間、髪も切らなければ、髭も剃ってなかったっけ。そしたら風貌からして爺さんに見えなくもないか。
って、そんなこと考えている場合じゃなかった。竜がブレスを放つ寸前だったはず。やばい俺も、纏めて殺られる。
とっさに身構えてしまったが、竜からブレスが、放たれることはなかった。
不思議に思い俺は【疑似修繕】で目を修繕してから竜を見ると。竜は突然現れた俺を見て不思議そうな顔をしていた。だが、すぐに何をしようとしていたか思い出したらしい。その大きな口を開いた。
準備万端で出待ちしていたのに、転んでしまったことを悔やんでいる場合ではなかった。登場に失敗したなら、直ぐに逃げればよかった。今からでは、何をしても間に合いそうもない。
それでも俺は、最後まで足掻こうと、両手を地面に付けて【石細工術】スキルで、防御壁を造ることに集中した。
竜の咆哮が響き渡る。
俺の壁は、漸く持ち上がり始めただけだ。やっぱり間に合わなかったようだ。竜のブレスがどんな力を持っているのか、見ていないからわからないけど。盛り上がっただけの地面では防ぎようがないだろう。
竜のブレスによる痛みが来るのを、待っていたが、何時まで経っても来ない。不思議に思っていたのだが。竜が放ったのはブレスではなかった。
そう。ブレスの代わりに放たれたのは、威嚇の咆哮だった。
俺の8年間は、無駄では無かった。毎日、竜さんと顔を見合わせて、咆哮を貰っていた。そして俺は、元の洞窟に戻るを、繰り返していたのだ。だから竜さんは俺を見て、パブロフの犬の様に条件反射的に咆哮してしまったのだろう。
竜さんを見れば「ほら、何時もの奴をやったぞ。さっさと戻れ」って顔をしている。
ならばと思い。4人組を見ると、放心した様に、視線が定まっていない。戦いに疲弊して、あの咆哮に耐える事が出来なかったようだ。
耐えられなかったのなら仕方がない。今日も咆哮を貰ったのだからと、俺も条件反射的に、元の洞窟に戻ろうとして、何をしに出て来たのか思い出した。
そう言えば、俺は今日、竜さんを倒して、この洞窟から脱出するつもりだったんだ。そう。俺の戦いは、これからなのだ。
俺は、4人を覆い隠すように【石細工術】で半円型のドームを造った。仮初めの防御壁だ。強度が足りなかった時は、諦めてくれ。
これからは、俺と竜さんの戦いだ。決意を込めて、竜を睨み付けた。




