20.俺の正体と朝チュン
「ふむ、戯れもこれくらいにしとこうかの。もうわらわが誰だかわかっているのだろうて。それともアレか、ジンの妄想通り、大口を開けてパックンと襲って欲しいのかの」
そう俺は、あの独特な言い回しから誰が風呂場に居るのか、実は途中で気が付いていた。
気が付いてはいたが、それが正解だった時、目を開けてしまったらマズイことになることは明白だったので、状況が変わるまで目を開けることが出来なかったのだ。
だからと言ってパックンは冗談だとしても、プレッシャーはまだ無いが、あの大玉転しが出来そうな巨大魔法なんて放たれたりしたら堪ったもんじゃない。なので妄想おふざけは終了だ。でも確認だけはしておかなければならない。
「もう肩まで湯に浸かって頂けたのでしょうか」
そう、あの人物ならば、風呂場の中とか関係無く裸でいるに違いない。
だからと言ってあの人物ならば、気にもしていないと思うが、俺が気にしてしまう。
「ふむ、わらわは気にしないのだがのぉ」
「私の方が気にしますゆえ。平にご容赦を」
「ふむ、ジンはわらわを猿人の娘っ子のように扱うか。わらわの身体は、それほどまで美しく魅力的かの」
「あ、え、は、はい。私好みのお姿なので、穢らわしい姿を見せてしまったとしても、ご容赦下さいませ」
「ふむ、承知した。安心するが良い。わらわは、ジンの言う温水に浸かっておるゆえ。目を開けて見るが良い」
「では、失礼ながら……ブフォ」
開いた俺の目に飛び込んできたのは、両手は前髪を掻き分けているので、身体の何処も隠すことが出来ない……って言うか、隠す気がないかと思いきや、何故か胸の先は深緑の長い髪で隠れており、そして下半身の大事なところは、見えないギリギリの角度に腰をひねって悩殺ポーズを決めている、森の管理者であるアリス・タニアであった。
「な、な、なんで」
アリスがいることは、わかっていたが、肩まで湯に浸かり、トップ5でもアンダー5でもない、10人並みの顔だけが見える姿を想像していた俺は、ただの全裸を通り越して、悩殺ポーズを決めているなんて、まったく予想外の状況に慌てることしか出来なかった。
「ふむ、ちゃんと肩まで湯に一度浸かったぞよ。ほれ、良く見るがよい。滴が、わらわの身体を流れ落ちているぞよ」
アリスのきめの細かい肌が水を弾いて、身体の線に添って滴り落ちてる。これが見えそうで見えないギリギリの焦れったいポーズと相まって、ヤバいことになりそうだ……って、何じっくり見てるんだ俺は。
「ふむ、わらわの身体は言葉を失うほど魅力的か。これは愉快だのぉ。ここ数百年、いや数千年、何度も人族の前に姿を見せたことがあるが、わらわが姿を見せるだけで、萎縮して平伏するというのに。ジンのような身体の反応を返すものなど皆無であったぞ」
俺は湯の中で見えないと思っていた下半身を、両手で慌てて隠した。
「ふむ、穢らわしいとは言え、わらわを見ての反応、約束通り赦してつかわす。この事態の原因は、わらわの戯れでもあるからな。それにしても、ジンはこのようなポーズとやらがまこと好きなのだな。次々と書物の様に色んなポーズが浮かんできておるぞ。こんなポーズが良いのか、これも好きなのか……。ではこうか……。それからこうすると……。ふむ、次はこのM字開脚とやらを……」
「ごめんなさい。それは赦してください」
次々に悩殺ポーズを決めているアリスを見て、しばらく凝視してしまっていた。なんせ、ポーズが変わっていくというのに、その合間でさえ、髪の毛が意思を持っているが如く確実に隠しているのだ。
でも、M字開脚はダメだ。裸でそんなポーズを紙面に載せてはいけないからだ。
「なんだ、つまらないのう。ここからが本番だと言うのに。それにしても、まことジンの居た異世界とやらは、なつ、いや面白いのう」
やっぱりアリスは、俺の考えている事や記憶を見ることが出来るようだ。そう考えでもしないと、この状況が成り立つわけがないからだ。
そんな事を考えている間にアリスは、肩まで湯に浸かっていた。そして。
「ふむ、良い香りのする湯だ。気持ち良いぞぇ。仕方がない、戯れもここまでにするぞ。してジンよ、わらわに聞きたい事があるのだろ」
実は、からかわれていたことはわかっていたが、本気でヤバいことになってたりして。
それはともかく、折角質疑応答タイムになったのだから、冷静になりたい。本当なら冷水を浴びて落ち着かせたいところだが、一人だとわかっていたので下半身を隠すタオルが近くになく、冷水を浴びに行こうとすれば見られてしまう。
なのでこの状態でも出来るだけ冷静になろうと、当たり前の質問から入ることにした。
「アリス様は、なぜこんな所に居るのですか?」
「ふむ、様付けかの。さっきまではアリスと呼び捨てであったのにのう。ジンとわらわの仲だと言うのに、寂しいのう」
どういう仲なのか判らないけど、確かにアリスと頭の中では言っていた。だが口に出していないはず。でも呼び捨てにしないと話が進まない気がしたので。
「わかりました。アリスは、なぜこんな所に居るのですか?」
「ふむ、くるしゅうない、それで良いぞ。して回答だが、なぜこんなとジンは言うが、この辺りの森もわらわの管理地、たまたま見回っていたらジンが面白い物を造っていたので見に来ただけだぞ」
そう言われて、頭の中で地図を開くと、なるほど確かにアリスに出逢った森から南西に進んだ所にジュピター王国の王都があって、今は東南にあるアフロディーテ女王国に居るのだから、あの森がここまで繋がっていると言うのは、あながち間違いでは無いと思えた。
だが管理地と言うには、随分と広い範囲だなと思いはしたが。
「管理地の見回り、お疲れ様です。では次に、この先で魔物と天物が争っているのですが、明日中には終わりそうですか? 何しろ今回の目的は、再開した魔王の進行を止めるべく、討伐に向かっているので」
「ふむ、この先にいる魔王と言えばキリンか。わらわから見れば、あんな臆病で弱い生物が何故魔王になれたのか謎であるがの。ふむ、助言を一つくれよう。あやつの姿かたちに騙されるなよ。一見穏やかそうに見えるが、あの紫色をした舌が明確に語っておる。あやつは狡猾だ。何をしてくるかわからないやつぞ」
「この先にいる魔王は麒麟ですか、情報ありがとうございます」
麒麟と言えば顔は龍、身体は鹿、尻尾はウシとかいう鱗のある伝説上の生物だったような。舌の色が紫色だったかどうかは覚えていないが。
たしか、性格は地面に生える雑草でさえ踏むことを躊躇してしまうほどの、穏やかで優しい生き物のはずだが。同じじゃないんだろうか。
まぁ雑草を踏んで歩くのも躊躇するくらいだから、それを見たアリスが臆病で弱いと思ってしまっても仕方がないか。でも狡猾なやつだと言うし。いったいどんな性格なんだ。
情報のせいで余計に混乱してる気もするが、後で整理しよう。
「ふむ、この先で起きている魔物と天物の争いだがの。明日中ならば間違いなく魔物の勝利で決着しているぞよ。なぜなら、魔王がすぐ近くまで来ておるからの」
魔王が既に近くまで来てるのか。それは想像外だったぞ。
隠れていた魔王が進行を再開したって言うくらいだから、何処かに拠点を持っていて、そこから魔王軍が攻めてきているのかと考えてた。
でも良く良く考えてみれば、魔神の使いである巫女さんが、魔王の集団の魑魅魍魎に、自由だ好きにしろと言っていたような記憶がある。
だとすれば、拠点を持たずに身軽に動く魔王がいてもおかしくないか。
「ふむ、理解した。ジンは魔王のなり損ねなのだな」
「んなっ」
「ふむ、だからと言って慌てることはないぞ。わらわは森の管理者。無闇矢鱈と森を破壊しようとしなければ何もせぬ。今、魔物や天物が争っている地は、草原であるからわらわは不干渉としているぞ」
なるほど、アリスのたち位置はわかった。わかったが、俺が驚いたのは。
「ふむ、わらわとて考えや記憶のすべてを見れる訳ではないぞ。表層に浮かび上がった考えや記憶を見れるだけ。さっきの悩殺ぽーずとやらも、裸のわらわを想像したジンが、関連した記憶をよみがえらせていたのを見ただけだぞ。して、こういう事を、ムッツリスケベと言うのだろ」
そうだよ。俺は、女性経験があると言っても、お手手繋いでデートしたことがあるだけだよ。
40歳になったと言うのに、ムッツリスケベの童貞さ。
アリスの言葉に驚いていたはずが、いつの間にか怒りに変わり、そこから自己嫌悪に陥っていた。
ちくしょう、それの何が悪い。悪いのは俺か。女運が無かったのも俺のせいか。そうかそれは悪かったな。
留まる事なく漏れ出す負の感情にアリスが、慌てて。
「お、落ち着くがよい。ムッツリスケベと童貞ははジンの地雷だったんだな。そもそも性交なぞ、己の意思を継ぐ子供を作るための作業ではないか。今のジンに必要ないだろ。とは言え、その事に触れたわらわが悪かった。もうその事には触れぬゆえ、許してたもれ」
と、フォローどころか訳のわからない事を言ってきた。
「必要ないってどういうことだ。アレか、俺みたいな老い先短いジジイは、子供なんて作るなってことか」
男40代、この世界ではジジイでも、元の世界ならばまだまだこれからだというのに、アリスの一生童貞でいろと言わんばかりの話を聞いて、つい興奮して言葉使いが悪くなってしまった。
「ふむ、これがジンの本来の言葉使いか。わらわに向かってよくぞ言えたものだの」
あ。ヤバい。やっちまった。急速に興奮状態が萎えていき、冷静になった。こう見えてアリスは、天使にも魔使にも一目を置かれている存在だ。その気になれば俺なんて一瞬で消せるだろう。
そんな存在に、話しやすいからと言って食って掛かるなんて、なんてことをしてしまったんだ。
土下座か? 俺の処世術となっている土下座をするべきか。でもここは湯船だ。湯船の中で水中土下座って意味があるのか。
と、思考を巡らせていると。
「よい、よい、土下座などしなくてよい。わらわは怒ってなどいないぞ。逆に感心していたのだ。こんなやり取りも良いものだの。さっきまでのジンの言葉使いは堅すぎる。ジンとわらわの仲だ。もっと気軽に話してたもれ」
はっきり言って終わったと思っていたのに。アリスが怒ってなくて良かった。そうか、俺とアリスは友達なんだ。だから少しくらいなら寛容になれるんだ。でも親しき仲でも礼儀ありだから、これからは気をつけよう。
でもなんで行為が必要ないんだろう。
「さっきはごめんなさい。でも許してくれてありがとうございます」
「ふむ、赦す。でもまだ堅いな」
「言葉使いか堅いのは、元の世界で何年もこの言葉使いで働いていたからです」
「ふむ、理解した」
「ありがとう。じゃ、じゃあ、話を戻すけど。なんで必要ないんです、だ」
「ふむ、気を抜くと笑ってしまいそうだの。だが努力は認めよう。して、必要ないと言うのは、ジンにも理解しやすいように簡単に言えば、そもそも魔王は魔神の魂を持つ存在だ。そして魔神の魂は不死不滅なのだ。そんな魂を受け入れる器である肉体が、惰弱な訳が無いことは理解できるな」
言っていることは理解は出来たので取り合えず頷いたが、それは魔王のことだ。俺のことではない。
「ふむ、理解したなら上々。そう言う訳で魔神の魂を持たないジンの肉体は不滅なのだ。だから意思を継ぐ存在など不要。その為の性交も必要ないと言うことだ」
えっと、俺が聞き逃したのか? あいだを吹っ飛ばして突然結論を言われた気がするのだが。
とにかく、俺は不滅だから子孫はいらない。だから必要ないってことで納得…………出来る訳がないだろ。どういうことだとアリスが引くくらい詰め寄り、更に解説をしてもらった。
さすがに長風呂し過ぎて頭の回転が悪くなってきていたが、漸く魔神の魂の有無なんて関係無く、俺が不滅だと理解できた。
アリスから聞いたことを纏めると。
俺や魔王のように、異世界からこの世界に転移してきた者は、世界の理により、この世界でも生きられるように魔力を使って肉体が改善され、その情報が魂に記憶されるのだそうだ。
なぜ記憶しないといけないのかと言うと、魂に改善情報が記憶されていないと、元の状態−−改善前の肉体に魂が修復しようとしてしまうからだ。
そうなってしまえば、修復すればするほど肉体はこの世界を拒絶し、最後は崩壊することになると言っていた。
そして魂に記憶された改善情報を元に、異世界からこの世界に転移した者は常に魔力が新陳代謝の様に肉体に変換されていくこととなる。
話しは変わるが。
新陳代謝とは、細胞が分裂して古い細胞が身体から排出されていくことだ。
そして1個の細胞が分裂出来る回数は限りがあり、分裂回数が増えると劣化し分裂速度が落ちる。これが老化だ。そして細胞分裂速度が更に落ち、細胞分裂の限界まで着てしまうと、肉体を維持出来ず生物は死んでしまう。
話を戻して。
俺の場合、魔力で肉体が構成されているので、この世界に魔力が有る限り時間は掛かるが肉体を何度でも再構成することが出来る。
なので、俺が死を受け入れない限り肉体が死ぬことは無いと言うことだ。
同じく異世界からこの世界に転移したのに、魔王の場合は、魂は魔神の魂の欠片なので肉体と言う器が無くなると、魂は近くの器のある魔神の魂の欠片に引かれ、結合してしまう。その結果、倒された魔王は肉体を再構成出来なくなると言うことだ。
この事を理解して最初に思ったことは、もしかして俺ってジジイじゃないんじゃないかと言うことだ。
魂に記憶された肉体年齢は32歳なのだから、俺は永遠の32歳ってことなんだろ。言い換えれば、永遠のオッサン? なんか嫌な感じがするが。
年寄りでもなく、若くもなく、なんか微妙な気もするが、下手に年寄りなら敬われるだろうし、若ければ舐められるだろうし、ちょうど良い肉体年齢なんだろうと思うことにした。
でも、過去に俺みたいに、生き続けている存在がいるのではないかと、ふと疑問がよぎり聞いてみたのだが。
「ふむ、世界の理を知らぬものは、肉体の死に引きずられて魂も死ぬだけぞ」
なんだか答えて貰ったのか、誤魔化されたのか、良く判らない答えを貰えただけだった。
その後、もう少し湯に浸かると言うアリスに、背中を向いてもらって、俺は湯中りしそうな身体に、何度も冷水を浴びてから部屋に戻り、ベッドに寝転がった。
だが、今夜は色々ありすぎて目を瞑っても中々眠ることが出来ない。
目を瞑ると脳裏に浮かぶのは、
アリス、麒麟、アリス、裸、麒麟、アリス、裸、悩殺ポーズ、麒麟、悩殺ポーズ、悩殺ポーズ、悩殺ポーズ……。
とてもじゃないが眠れない。
落ち着こうとして2の乗数を計算することにしたが134,217,728まできてしまった。
以前の俺なら、途中で訳がわからなくなってしまっていただろうが、分割思考を使える今は、余裕で計算できてしまう。
一向に眠れないし、悩殺ポーズだし、麒麟だし、32歳だし、訳がわからない。
こうなったら、最終手段を取るしかない。
俺は目を瞑ったままズボンに手を掛けた。すると。
「ふむ、戯れが過ぎたようだの。わらわが悪かった」
いきなり聞こえてきた声に驚いて、目を開けると、目の前にアリスの顔があった。
その事に再び驚き、身体を動かそうとしたが、腰に感じるアリスの体重は軽いのにも関わらず、まったく動かせなかった。
これは夢か、幻か、でも腰に感じる湯上がりで温かなアリスの体温が、これが現実だと訴えてきている。
「ジンもまだ若いのう。見るにしのびないゆえ。わらわが手伝ってやろう」
気が付くと、アリスの両手が俺の顔を包むように伸ばされている。
どうして? なんで? これはどういうことだ?
俺の頭の中では、疑問が渦を巻いているだけで、何がどうしてこうなったのかわからない。
そして真っ赤に染まり、恥ずかしそうな表情を見せるアリスの顔が徐々に近付いて来た。
ここまできて漸く、俺は理解した。
そしてアリスの吐息を感じる距離になったとき、俺は目を瞑った。
チュンチュン
朝チュンで、目覚めた俺の朝一番の仕事は。
40歳にもなって、誰にも気が付かれないように行わなければならない、パンツの洗濯からだった。




