19.ドキッ、湯煙に怯える賢者
王都周辺では魔物や天物の襲撃はなく、急いで移動はしているが移動中はのんびりだった。
だからあんな事件が発生したのだが、国境付近にまで来ると、何度も襲撃を受けるようになったので、その度に遅延工作が必要になってきた。
俺は、数の増えた子スズメを5羽を1チームとして120以上のチームに分けられたので、ミン・リン・メイがそれぞれ2キロ先、1キロ先、500メートル以内を監視すると言う体制を整えた。この事により襲撃を事前に察知することが出来ている。
ミン・リン・メイのスズメさん達は、こちらに向かってくるものだけを取捨選択してくれているので、接敵時間が予想しやすく、十分に備えることが出来たのでジュピター王国内では、危なげ無く切り抜けることが出来た。
だが、国境を勇者の顔パスで抜けて、アフロディーテ女王国に入ると、明らかに接敵頻度が上がった。
いくら雑魚だと言っても油断すれば殺られるのはこちらだ、二足歩行の魔物ならば、馬車で振り切ることも可能だが、四足歩行の魔物や、天物は基本馬車より早い。
下手に振り切ろうとして次に現れた魔物を倒している間に追い付かれ囲まれる愚を犯すよりも、襲ってくる魔物や天物を都度倒していく方がより安全なのだが、戦闘頻度は増えてしまう。
それでもまったく危なげ無いのは、さすがは勇者チームなのだが。
しかし勇者チームとはいえ、疲労は貯まる。馬車での移動は徒歩より圧倒的に速いが、揺れる馬車では十分に休むことは出来ない。しかも移動が早い分、ひっきりなしに戦っているようなものだ。なので。
「救援に急ぐ気持ちはわかるのじゃが、ワシはもう限界じゃ。ここで2日休憩じゃ」
2日と言うのは、今は夕方だからだ、今晩と明日1日は、この場所で休憩して、その翌日の朝、今日から見れば明後日の朝にに出発するってことだ。
見るからに疲労困憊のシュンが。1日到着が遅れれば、助けることが出来た人を助けることが出来なくなる、だから先に進みたいと渋っていたが、行かんぞと言ったワシを無理矢理連れてきたのじゃから、休ませろと否応なしに、強制的に休ませることにした。
俺も、確かに疲れが貯まりつつあるが、直接戦っていない分余裕はあったりする。
だが、シュン達は今はまだ若さの分、頑張ることが出来ているが、それでも数日で限界を迎えるだろう。
そうなってからでは遅いので、まだ頑張ることが出来るうちに休憩させることにしたのだ。
俺も、シュン達が疲れているだけで、闇雲にここで休憩させた訳ではない。実は、この周囲2キロ以内には、魔物や天物が居ないのだ。
その理由は3キロ程先で、おびただしい数の魔物と天物が何故か争っていたからだったりする。
このまま進んでいれば争いに巻き込まれ、いくら勇者チームであろうとも、疲弊しているところに数の暴力を受けることになり敗戦は必至だ。なので俺が限界だとウソをついて、進むのを止めさせたのだ。
この事を感謝されることは無いだろうが、経緯はどうであれ、サポートを引き受けたからには、魔王戦までの道のりは全力でやり遂げたいと考えている。
街道を少し外れた所に小山と言うか丘があったので、その梺に石細工術スキルを使い石小屋を作った。
今日から2日休むからには、いつもの簡易的な石小屋ではなく、馬車も入れるくらい大きく、そして一人でのんびり出来るようにと、人数分の部屋を作った。
今回は嵐が起きている訳では無いので、日中は光魔法を使わなくとも明るくなるよう全部屋窓付きな上、凝りに凝った設備を備えている。
シュン達の為とは言え、休憩を強制したのは俺だ。なので、確実に休むことが出来るようにと、まずは身体と心を癒す最強兵器である、お風呂に入らせた。
前にも言ったが、この世界では、王都であっても湯船に漬かる習慣はない。
初めて見る湯煙が立ち上る湯船に4人とも目を白黒させながら「なにこれ」とぶつぶつ言っていたので「つべこべ言わず、裸になってお湯に入ってこい、肩まで入ったら、まずは100まで数えるまで出てくるな。その後は好きにしてろ。夕飯が出来たら呼ぶからな。因みに、ここは男風呂、女風呂はあっち。タオルは好きなだけつかえ。さぁ、行ってこい」
ロールプレイをすっかり忘れて、地の話し方をした俺の剣幕に押されたシュンとバロン、ミリィとチモシーは、それぞれ男風呂と女風呂に消えていった。
この風呂は、水を溜めて温めただけの、ただの風呂ではない。
まずお湯は、魔法で作ったお湯なのである。この世界の魔法は、手のひらから直接火や水が出るわけではなく、魔神の守護竜戦で見ていた通り光の玉を放ち、対象に当てることにより、それぞれの魔法が発現する仕組みとなっているのだ。
なので、火と水の魔法同士をぶつけても、お湯にはならく、水が出て火柱が上がるだけだ。水に火魔法を当てても同じで水は温かくなったりしない。この現象は火魔法の威力を多少上げたところで同じだった。
条件を変えて風呂釜式にすれば、水を温めることは可能だが、火柱が立っている時間が短すぎるので連続して火魔法を使用しなければならない。
それでも風呂に入ると言う目的だけならば風呂釜式で問題ないのだが、風呂と言うのは1日働き疲れきった身体を癒すために入るものだと、諸説はあるだろうが俺はそう思っている。
だと言うのに、風呂に入る為に、魔法を連発して疲れるだなんてナンセンスだ。だから1ヶ月間、ハウスキーパーをしながらも魔法の実験をしてついに完成させたのが水温魔法。
えっ? 1ヶ月程度で温水が魔法で出せるようになるなら、この世界で既に広まっている筈だって?
それは普通に魔法を使うだけで出来たのなら、その通りなんだけど。
【魔力操作】レベルが100になった時に、魔法と魔法が融合出来る様になったんだ。
因みに雷魔法がレベル80を越えているシュンでさえ【魔力操作】のレベルは7しかなく、他の2人にしてもレベル5しかない。あ、チモシーは【迷える幼女】しか観れなかったから判らないが、もしかしたら宿しているかもしれない。
【魔力操作】が無くても魔法が使えると知らなかった俺は、洞窟ではいつまで経っても才能のままでスキルにならない魔法が使えるようになるには、魔力操作がレベル100になればと考えていた。だから8年間、ひたすら狙って上げていたのだ。まぁ石細工術や錬金術を、魔力の流れを意識しながらしていただけだが。
でもこの世界では、魔力操作なんて無くともスキルさえあれば魔法が使える。その必須そうな魔法スキルでさえ、無くても火付け程度の威力の魔法なら【劣化××魔法】として使えるようにはなるそうだ。
話を戻して【水温魔法】は、火と水を融合させた訳ではなく、水と土を融合させることにより、水温をコントロールすることが出来る魔法である。
なんで火ではなく、土魔法なのかの検証は、長くなるのではしょるが、土魔法で分子振動を起こさせたと言えば、理解してもらえると思う。
水温魔法で出来た40度くらいの温水は、俺の野菜生産と錬金術を駆使した、カモミールやジャスミンなど、鎮静効果のある植物から抽出したオイルや、温泉の基本鉱物をパウダー状にしたものを混ぜながら、キッチンから風呂場に流している。
本当なら俺が一番に入りたかったが、皆が寝静まった後一人でゆっくり入るつもりである。
皆が風呂に入っている間に俺がしているのは、食事を作ることだ。
普通に作ると時間が掛かる下準備も、石細工術スキルや練巾術スキルを使うと一瞬で出来る。現状、誰かに見られる訳もないので、心置き無く特殊なスキルが使える。 こっそり錬金術スキルも使用しながら豪華な夕飯を準備した。
風呂から上がってきた4人は、食卓に座ると風呂の感想を言い合っているようだ。前菜の野菜サラダをつつきながら。
「なんだか良くわからねぇが、すげぇ気持ちよかったなぁ」
「ほんとね。お肌すべすべだし、こんなに気分がスッキリするなんて思いもしなかったわ」
「どれどれ。お。ほんとにすべすべだ」
「なに許可なく触っているのよ! このスケベ! 変態!」
「んが。げふ。ゴフ……痛えじゃないか。減る訳じゃないしちょっとくらい触ったって良いじゃないか」
「まだ言うの? もう2、3発いっとく?」
「ミリィが暴走しやすい俺を止める為に、拳術を覚えたのは知ってるから。ごめんなさい。この通りです。ほんと止めてください」
このやり取りで、ミリィの拳術レベルが高い理由が、昔からシュンを殴っていたからなんだ、と妙に納得した。
今夜のメニューは、疲労回復を主としているので、体内ですぐにブドウ糖となる白米と言いたいところだが、米はやはり食べる文化があまりないらしいので、ミートパスタと肉なしのベペロンチーノにしてみた。
ミートパスタは、トマトは生産出来ないので、王都で買った物だし、肉は魔物肉だし、正直どんな感じになるのかと、心配していたのだが杞憂だった。
「ぬう、旨い。筋肉が喜んでいるぞ」
「こんなにお肉が入っているのに、トマトの酸味がさっぱりさせているのね」
「肉?……肉じゃない」
「チモシー、それは肉は肉でも、ニンニクだ、野菜だぞ。少し辛いけど、チモシーでも食べられるように、肉は一片も入ってないぞ」
「ニンニク……ほくほく……美味しい」
メインディッシュはハンバーグにした。シュンやバロン、ミリィに肉を出さなければ暴れだしそうだからだ。
なので、少しでも消化に良いようにと、選んだのだけどね。
見た目は似ているが、俺とチモシーは豆腐ハンバーグだったりする。
俺とチモシーでは、食べきれなかったペペロンチーノは「これもうめぇぜ」「ぬう、身体の芯から力が沸き上がる」「ほんと、こってりしているのに、口残りがさっぱりしていて……」とシュンとバロン、ミリィが食べきってしまった。
料理を作った俺からすれば、余ったら朝御飯にしようと考えて大量に作ったパスタを綺麗に食べきってもらえて嬉しいのだが、バロンやバロンはともかく、ミリィの身体の何処に消えたんだと、新たな謎が生まれた。
食後のデザートは焼きプリン。 甘味は脳の大好物だから外せない。
これで、夜もぐっすりだ。心も頭もリフレッシュ。明日1日ゆっくりすれば身体もリフレッシュ。
これだけすれば、若い身体の4人は、完全回復するだろう。
その後、しばらく歓談していたが、ミリィが船を漕ぎ出したので、それぞれ部屋に戻って眠ることになった。
「ふぅ、良い湯だ」
俺は8年振りの風呂に入り、長く溜めこんでいた垢を洗い流した。必要最低限のことは済ませたので、このまますぐにあがっても良いが、久し振りの湯を堪能しようと仰向けになり頭を風呂の縁に乗せて、湯の流れに身を預けた。
この状態で目を閉じれば、実際はどうだか知らないが、無重力気分が味わえるので子供の頃から好きで良くやっていたりする。
風呂システムとしては、今の俺には最高のできとなったが、まだ足りない物がたくさんある。石鹸、シャンプー、リンス、ジェットバス、バブルバス……ほんとたくさんだ。
ジェットバスやバブルバスは、風魔法を使えばなんとかなるような気がするし、石鹸はこの世界にもあるから今度調べるとして、リンスなんて原材料でさえわからない。
「ふむ、なるほどのう。ジンはリンスと言う、髪に光沢がでて良い香りのする物が欲しいのか。少し違うが、この世界にも似たような物ならあるぞよ。雌の猿人の貴族と言う輩がのう、香油と言うものをつけておるぞよ」
「香油かぁ。確かにちょっと違うな。でもやっぱりこの世界の女性も美しく見せるために、髪の手入れをしてるんだな」
「ふむ、ジンも髪が美しい雌が好きか」
「この年だし、こだわりは無いけどな。まったく手入れしてない人より、手入れしている人の方がって……」
あれ? おかしいな。俺は一人で風呂に入っているはずだよな。
スズメさん達の情報にも、2キロ以内に接近してきた生き物はいないし。4人は部屋で寝ているのを確認している。
だとすれば、いったい今、俺は誰と話していたんだ。
そこまで考えた瞬間、閉じていた目を開いて周囲を確認したくなった。
だが、これがホラーなら、目を開いて何も無い、そして背後にも何も無いことを確認し、気のせいかと思い前をむくと不明生物に襲われて終了ってパターンだと気が付いてしまった。
なんせ、シチュエーションはバッチリだ。魔物や天物がはびこっている場所にある一軒家で、主人公級の人物は、部屋で寝ている。そして脇役が一人で別行動をとっているのだから、何かあってもおかしくない。
風呂場の中を、何かが動く気配を感じる。そしてその気配は、ちゅうちょする事なく湯船に入って来た。
『目を開けちゃダメだ』
『開けちゃダメだ』
『開けちゃダメだ』
『開けちゃダメだ』
『開けちゃダメだ』
そう頭の中で繰り返し念じることしか、俺には出来なかった。