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聖樹にまつわる交響曲  作者: ファル
― third Mov. 星とにゃんこの輪舞曲 ―
16/35

c-5

「え? リンちゃん、今なんて……」

「……ふふ、やっぱり簡単には靡かないわね。なら ―― 力尽くでいくだけよ!」


 戸惑うレディアの前で、今までより一際鋭い眼光を煌めかせた少女が宣言するや、その身体が唐突に膨れ上がる。と、まるで鳳仙花の実の如くにその外皮が弾け、異様な巨体を誇る肉食獣がその場に出現した。否……大きさこそ異常だが、それは確かに、宵闇色の毛皮を持つ「猫」だった。


「あはは、やっぱりね。 ―― この塔ではね、レディア。神官達が番犬ならぬ番猫を何匹も飼ってたらしいんだ。それは猫が夜の使い、星空の番人と見做されてた為でもある。でも気の毒な事に、ここの主たる人間達が滅んじゃった後でも彼らはこの塔を守り続け……長い年月の間に、何度も復活した魔王の魔力を浴びた影響で、聖なる獣から魔に属する一族に変貌しちゃったんだよ」


「って、呑気に説明してる場合じゃないでしょ!」


 さしも学者の一面を持つレディアでも、この緊急時にそんな解説を聞く余裕はない。叱咤を飛ばしつつ、激しい威嚇と共に飛びかかってきた化け猫へと光属性の剣技・サザンクロスを放つが……如何に巨躯と言え相手は猫だ、その身のこなしは下手な魔物より余程すばしっこい。その後の剣先も難なくかわすや鋭い爪はレディアではなくリンの方に奔る。庇う暇もない、と彼女が焦った時。


「君も認めてなかったっけ? 僕、それなりに戦闘力もあるんだよ」


 いつの間に、何処から出したのかその手に握られたのはかなりの業物と見える槍……そして。


 今までの道中では魔法しか使わなかった彼の繰り出した技に、レディアが目を見開いた。それは槍の技の中でもかなりの難易度を誇る高速連打攻撃・ラピッドスティングだったからだ。


 ―― しかもそれを連発だなんて……どこが「それなり」なの、どこが?


 思うレディアを余所に、更にピアシングやデザートレイドといった技まで連続で繰り出す彼に、流石の魔猫も苦境に立たされつつあった。と、不意に彼女の耳に奇妙な声が届く。それは、どうやら眼前の化け猫のものらしかった。人間の発声ができなくなった魔獣の、魔力による音声変換での言葉らしい、何処となく雑音が混ざるそれが訴えかける。


【貴女には、『金色の猫』の捕獲依頼をした筈よ“紫玉のレディア”。私の邪魔より、あの猫を取り押さえて。そうしたら、貴女にはあの宝玉をあげようじゃないの】

「……宝玉?」


 そう言えば、と暗紫色の瞳が祭壇の方に向けられる。まだ説明が途中だったが、あの宝石は確か特殊な力が篭っているとか……しかし一瞬考えはしても、悩みはせずにその唇が返答を紡ぐ。


「あいにくだけど、私は貴金属の類には興味がないの。それより ―― 色々役に立ちそうな“相棒”の方が欲しいから、依頼は正式に、断るわっ」


 同時に、上級火炎魔法のサークルブレイズを魔猫に放つ。それ自体はかわした巨体だが、背後から襲ってきた槍先には無防備となってしまい、その身がやや離れた所に蹲る様に着地して、怒った様な唸り声を上げた。


「こうなったら、一思いに退治しちゃうしかなさそうね。……て、リンちゃん。何呑気に歌なんて」


 怪訝な声を上げたレディアだが、ふと何かに気づいて、剣を軽く振ってみる。


「これ……もしかして威力が、増してる?」

「今のは“勇気の歌”っていう特殊歌謡の1つさ。この民族、鍵だけじゃなく戦闘に使う歌も幾つも持ってたんだよ。さ、今の内攻撃してて。僕はちょっと時間を貰いたい」


 その言葉に、今度は疑問も何もぶつけずに素直に従ったのは、いつの間にか胸中に居座った深い“信頼”故だろう。理由は判らないが、この青年の言葉なら何であっても間違いはあるまい、との不可思議な信頼が、この短い付き合いの中でしっかりと築き上げられていたのである。


 自身でも、魔猫の動きについていける様、敏捷性をあげるヘイストを唱え斬りかかる。何度となく仕掛ける内には、流石の化け猫でもその身に幾つも大きな傷が出来、次第に動きも鈍ってきた。だが、合間に放つレディアの攻撃魔法には全く動じぬ所からして、猫又というのは魔法耐性は異様に高い生物らしい。ならば剣のみで ―― 再び猛攻に入ろうとした、その時。


【っ!? まさか、いくら貴方でも……それを使いこなせる筈が!?】

「悪いね、猫又君。僕は、興味を持った事はとことんまで調べ尽くす主義なんだ。だから当然、この石の“力”を解放する歌も ―― 『浄化のアリア』も覚えてきてるのさ」


 どこまでも掴み所のない、目の前の魔猫より余程「猫らしい」笑顔で言い放つと……リンの瞳に、だが初めて済まなそうな色が浮かび。


「さ、君も還るといいよ ―― 星の道、その先の『輪廻の環』へと、ね」


 その言葉に反応したかの如く、彼の掌中に移されていた蒼い宝玉が鋭い、けれど神々しい輝きを放つ。それは最早、光の津波とさえ表現できる勢いで小さな石から溢れ出し、忽ち広い聖堂を染め抜いた。そして、その奔流の中、宵闇色の巨獣は絶叫を放ちつつ姿を消していったのである。


「……終わった、のかしら?」

「うん。この塔の守護者の一頭が、これで消滅しちゃった訳だけど……まぁ“一族”と言っていたからには、きっとまだ彼女の仲間が残ってるだろう。なら、後はこの石さえ置いていけば、この先も塔が荒らされる事はないと思うよ」


 そう言ってリンが祭壇へ宝玉を戻すと、心得たかの様に祭壇が音もなく地へと潜っていく。やがて足元の魔法陣も消えてしまい、後には静謐な空気の広間だけが残された。


「スターダスト・キャッツアイは、人類の歴史の中でも稀にみる威力の“浄化の魔石”なんだ。その能力を鍵となる歌で引き出せば、どんな魔物でも忽ちその光に焼かれ消滅したって言う話だよ。 ただ、その性質故に、扱うには一切の邪気がない心で石を持つ必要がある。だからこそ、この石の魔力を戦争に使う事は出来なかった……ある意味では、そうした扱いの難しい品が民族最高の“魔法具”だからこそ、彼らは国を維持できなかったのかもね」


「……中々、興味深い話ね……ところで。そんな貴重な石をあっさりと封印し直しちゃっていいの? ここに来るまでだって相当の危険を払っているってのに」


「あはは、僕はあくまで、謎をこの手で直接解き明かせればそれでいい。この塔に関しては、だからもう全てが『終わった』のさ ―― あの宝玉もまた、この塔を守る力の一環だからね、持ち出す訳にもいかないよ。それに、そう言う意思を少しでも感じ取ったら、まずあの宝玉がこの部屋に人を入れようとはしない。その意味じゃ君がこの旅の連れで良かったよ」


 レディアにもまた、貴重な過去の遺産を持ち去ろうと言う意思がないとの確認が、宝玉を介して取れたと言うリンに彼女が苦笑を見せる。恐らく、この奇妙な青年は、そんなものがなくとも自分の事は解っていたのではないか? と、何か確信めいて思った為だった。

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