第9章 嫉妬という名の監獄
蓮と翼が演劇部の浄化を成し遂げたことで、学園内には「いじめバスターズ」という異分子に対する、奇妙な畏怖と熱狂が渦巻いていた。
カーストの頂点に君臨する聖園 華音ですら、今のところ静観を決め込んでいる。だが、悪意はより深く、より醜い形へと姿を変えつつあった。
今回のターゲットは、2年生の図書委員、結城 蓮。彼と陣内 蓮は名前が同じというだけでなく、学年トップを競う者同士でもあった。
1. 努力が招いた「害」
結城は、他者と競うことに興味はない。ただ、知識欲が旺盛で、放課後は図書室で古今東西の文献を読み漁ることに至上の喜びを感じていた。彼の成績は常に学年首位。しかし、その突出した「優秀さ」が、周囲の凡庸な者たちのプライドを無意識のうちに切り裂いていた。
「また結城だよ。あいつがいると、俺たちの平均点が霞むんだよな」
「本当に迷惑だよね。静かにしてればいいのに、わざわざトップを獲って、先生からの期待を独り占めしてさ」
直接的な暴力はない。だが、結城の机には毎日、黒いインクで汚された教科書が置かれるようになった。あるいは、彼が借りようとした本が、意図的に別の場所へ隠される。
「……なぜだろう。僕は、ただ学びたいだけなのに」
結城は、自分の心の中に広がる寒々とした孤独と向き合っていた。周囲の冷ややかな視線が、針のように肌を刺す。彼は「自分という存在が、誰かの気分を害している」という、理不尽な罪悪感を植え付けられていた。
2. 嫉妬の正体
結城の状況を調査していた翼は、怒りで眉をひそめた。
「蓮、これを見てくれ。今回、結城を排除しようとしているのは、成績が常に二番手、三番手の連中だ。彼らにとって、結城は『超えられない壁』じゃなくて、『自分たちの怠惰を証明する敵』なんだよ」
蓮は、結城が図書室で一人、汚れを落としながら静かに涙をこらえている光景を、書架の影から見ていた。
「……嫉妬か。他者の優れた個性を自分の糧にするのではなく、それを引きずり下ろすことで、自分の停滞を正当化しようとする。これほど非生産的な心理構造はないな」
蓮の声には、珍しく強い怒気が混じっていた。結城の抱える悲しみは、彼自身の「学びたい」という純粋な情熱を、他者の嫉妬という泥で塗りつぶそうとする蛮行だからだ。
3. 剥き出しの醜悪
放課後の図書室。結城を囲むように、成績上位を狙う男子生徒たちがやってきた。
「おい、結城。お前のせいで俺たちの内申点が下がるんだよ。いい加減、少しは手を抜いたらどうだ?」
「お前が優秀なふりをすると、先生が俺たちの努力を認めなくなるんだよ。空気を読めよ、目障りなんだよ」
彼らは、結城の心を砕くために、言葉の刃を研いでいた。結城はただ唇を噛みしめる。
「僕が、僕であることの何がいけないんですか……。努力することさえ、罪だと言うんですか」
「ああ、罪だよ。お前みたいな天才ぶった奴がいるだけで、俺たちの『努力』が馬鹿らしくなるんだ。消えてくれよ、この学校から」
その言葉が結城の胸を深く抉ったとき、図書室の重い扉が、静かに、しかし威圧的に開いた。
4. 蓮の論法、翼の論理
「面白い主張だな」
陣内 蓮が歩み寄る。その姿は、まるで結城の鏡像のようだった。
「他者の優秀さを嫉妬し、それを排除することで自分の現状を維持する。それは、競走馬が隣の馬の足を引っ張ることに熱中し、肝心のレースを放棄しているのと同じだ。……君たちは、自分がトップに立ちたいのではなく、ただ結城の努力を否定することで、自分自身が努力しない言い訳を確保したいだけだろう?」
「な、何を……!」
男子生徒たちが怯んだ。蓮は結城の隣に立ち、結城をかばうように視線を生徒たちへ投げかける。
「翼、彼らの学内順位と、過去のテストにおける『ケアレスミスの傾向』を比較しろ」
「了解。ほら、見てみなよ」
翼がスマホ画面を掲げる。そこには、男子生徒たちが結城を攻撃するために使っていた時間と、テストの成績が相関関係にあることが示されていた。
「お前ら、結城をいじめるためにネットで悪口書いたり、対策練ったりする時間があったら、数式の一つでも解けるんじゃねえの? お前らが勝てない理由は、結城のせいじゃない。お前ら自身が、嫉妬という名の
『自己愛の監獄』に閉じこもっているからだ」
蓮が結城に語りかける。
「結城。彼らの言葉を聞く必要はない。君の優秀さは、彼らの未熟さを映し出す鏡に過ぎない。他者が嫉妬するのは、君が彼らには到達できない場所にいるからだ。それは誇るべきことであり、傷つく理由ではない」
その言葉に、結城の瞳からスッと霧が晴れた。彼は、自分の努力が正当なものだったと認められたことで、堰を切ったように安堵の息を漏らした。
5. 嫉妬の檻からの脱出
生徒たちは顔を赤くし、自分たちの醜さが完全に露呈したことに気づき、逃げるように図書室を去った。
結城は震える声で言った。
「……ありがとう。でも、また同じことが起きるんじゃないかって、怖くて」
「その時はまた、我々が論理で粉砕する」
蓮は短く答え、結城の汚された本を丁寧に拭いた。
「翼、今日のポテトは結城も誘おう。論理的に考えて、栄養補給が必要だ」
「いいね! じゃあ、あそこのカフェに行こうぜ。結城、いいよな?」
結城は、初めて心からの笑顔を見せた。
「……うん。行こう。なんだか、今までよりもずっと、空が広く感じるよ」
三人の影が、夕日に伸びる。
結城という個性が守られたことは、学園のカーストに決定的な打撃を与えた。嫉妬に狂った層が、実力で彼を倒すことを諦め、ただの卑怯な加害者に過ぎないことが全校に知れ渡ったからだ。
蓮は思う。華音が支配するこの学園において、この小さな「真実」の積み重ねこそが、やがて彼女の玉座を覆すための唯一の鍵になると。
二人のバスターズは、また一歩、革命へと近づいた。学園という名の「檻」が、今、内側から確実に崩れ始めようとしていた。
(終)
今の日本社会は理不尽なことが沢山起こっています。
この章もそんな物語です。




