第39話 ジュリエットだけは元気いっぱい
「おーいロミオ~! どこだ~? ったく。あいつ、パーティの帰りの夜道に姿を消して、どこ行ったんだろ?」
「まぁ、成人男性だから見られたくない夜もあるだろうさ。ここは帰るが吉だ」
「男性って、そういうもんなんですの? 女子校だから分かりませんわ」
清水会長以下、叡桜女子高生徒会の面々のロミオの友人たち役のナレーションにより、観客席に笑いが捲き起こり、少し場が和らぐ。
こういう、メタネタみたいなのを古典演劇の劇中に交えると親しみやすくていいな。
流石は清水会長。
メインストーリー部分には絡まない所で、こういうコメディポイントを入れてくれて、普段は古典演劇に馴染みの薄い叡山高生にも配慮していただいてくれて、素晴らしい脚本だ。
ようし、この良い流れに乗って。
「あのバルコニーから見える輝く月の光より美しい人は……。ああ、ジュリエットだ」
現代的感性からすると、ひどく歯の浮くようなセリフだ。
もし玲のような王子様が演じたら、さぞや板に付いただろう。
だが、現実は……。
「引っ込め~! この浮気男ぉ!」
「もしもし警察ですか? 自宅に忍び込んでいる男がいるので、即刻逮捕してください。はい、叡山高校1年生のくそ野郎です」
「ジュリエットの家の壁を乗り越える時に落っこちて頭打って○○すればいいのに」
ロミオ役の俺が再度登場したら、この野次の嵐である。
これが本当に、叡桜女子高校というお嬢様女子校を招待して行われている文化祭の姿か?
今、叡山高校と叡桜女子高校というお互いの事をよく知らない同士なのに、不思議と俺へのヘイトという点では一つになっている。
すごい一体感を感じる。今までにない何か熱い一体感を。風……なんだろう吹いてきてる確実に、着実に。
俺という生贄を犠牲にしてだが……。
既に、古典演劇の観劇を叡山高校で楽しもうという目的は半ば達成され、半ば破綻していると言えた。
もはや、投げ出したい気持ちでいっぱいだったが、ここが正念場だ。
なにせ、一番の見せ場シーンだからだ。
「おお、ロミオ、ロミオ……。どうして、あなたの名前はロミオなの?」
ロミオとジュリエットという戯曲をオペラやバレェなどで観た経験がなくても、おそらく誰しもが知っている名ゼリフを玲のジュリエットが、悲哀の情感たっぷりに演じる。
──こんなワチャワチャに荒れた観客の状態で、よく自分の役に没我できるよな……。
まさしくジュリエットが憑依したかのように、恋した男が、宿敵の家の名を持つ人であるのに、恋する気持ちが止められない苦しさを独白する玲。
「「「「おお……」」」」
その意気に、俺ロミオへ野次を飛ばしまくっていた観客も、思わず息を呑む。
そして、俺の方も玲の演技にあてられる。
この後、ジュリエットの熱い心の内を聞いたロミオは、辛抱たまらなくなって熱い愛をジュリエットに説く。
ジュリエットと結ばれる事をただ切実に願っている事を伝える。
これは、既にお家事情は2人の間においてだけは、もはや何の愛の障壁になっていないということを意味している。
──ロミオの真っすぐさが羨ましいな……。
帝王学教育の一環で初めてロミオとジュリエットの観劇をした際の俺の率直な感想だった。
家の事なんて微塵も考えず、愛する人へ正面から向き合う。
そんなロミオを、その後の家を巻き込んだ騒動を考えたら、貴族の息子としてはあまりに浅慮であると外野が断じるのは簡単だ。
でも、だからこそ、止められない自分の想いに突き動かされるロミオは魅力的な人間なのだ。
そんな風に、観劇の後のレポートを書いたら、書き直しを命じられたっけ。
九条家の男が、たかが地方貴族の愚かなヤサ男に共感するなと。
でも、俺は……。
「才斗」
ザワつきから静寂に変わる刹那。
ステージ上に居る玲が、俺にだけ聴こえるように名前を呼び、微笑み返す。
『才斗も自由にしていいんだよ』
なぜか、玲の言葉が聞こえた。
そう言葉を発した訳ではないのに不思議だ……。
そして不思議と身体が軽くなった。
──そうだよな……。俺はあの頃の、無力だったガキの頃とは違う。自分の面白いは自分で決める!
元より、すでにグッチャグチャになってしまっている劇だ。
じゃあ、楽しまないのは損だ。
ビクビクするのは、もうヤメだ。
ニヤリと俺が口元に笑みを浮かべると、玲も同じくイタズラっぽく笑うと。
「はぁ……ロミオ様。好き過ぎる……」
ここで突然、今までの戯曲調を崩して現代ナイズされた事を言い出すジュリエット。
再び、観客がザワつく。
「さっきといい、この子、真夜中にめっちゃ俺の事呟くな~。うれし過ぎて一刻も早く登場したいけど、カワイイからもうちょっと隠れて聞いたろ」
そして、それに呼応するように俺の方も、現代版ロミオで応える。
「一緒に駆け落ちしたいな~。そうすれば私の全てをあげちゃうのにな……」
「バルコニーの柵に頬杖ついて独り言で俺のこと呟くなんてめっちゃカワイイな俺の天使たん。あの子の手に着ける手袋になりたい」
「え!? 聞いてたんですかロミオ様……恥ずかしい……」
この『おお、ロミオ……』のシーン。
実は作中屈指の萌えポイント満載のシーンでもあるのだ。
自宅の庭を臨むバルコニーで、素直にロミオへの好意を叫んでいたら、ご本人様登場でジュリエットが恥ずかしがるシーンは、まさしくラブコメ展開だ。
戯曲調のセリフ回しだと伝わりづらいけどな。
でも、これだけあざとくすれば。
「叡桜女子高の王子様カワエエ……」
「カッコいい演技以外にも、あんな女の子女の子した感じも出せるんだ……」
「ジュリエットってこういう、男を萌えさせるポイントを抑えた子なんだな」
「そりゃ、ロミオもメロメロになるわ。演じてる男優はウザいけど」
観客の男たちは、玲の演じるジュリエットに、しっかり心を掴まれた様子。
ラブコメにおいては、何より冒頭のヒロインの可愛いシーンは読者を掴む上では重要だもんな。
あと、叡桜女子高の子たちがたくさん居るんだから男優言うな。
で、その叡桜女子高の子たちはというと……。
「あ……あ……玲様が女の子になっちゃった……」
「あざとカワイイ玲様の破壊力よ……」
「姫役も行けますのね玲様は……ステージ上であんなにイキイキと楽しそうにしているのは初めて観ましたわ」
「知らず知らずの内に、私たちが玲様に王子役を強制してしまっていたのでしょうか……」
何やら意気消沈のご様子であるが、玲は俺と遊んでるだけだと思うぞ。
──だって、あんなに楽しそうにしてるもんな。
これから悲恋に進む物語の中で、玲の演じるジュリエットだけは元気いっぱいだった。
その元気に俺のロミオも引っ張られる形で躍動した。




