第38話 みんなゴメン~~‼
「楽しみですわね。玲様のロミオ」
「ワタクシ、この日のために、望遠レンズを新調いたしましたの」
「奇遇ですわね。ワタクシは一眼レフカメラごと新調いたしましたわ」
「ワタクシは推し団扇を作ってきましたの」
「歓声を上げる訳にはいきませんものね。淑女の嗜みですわね」
ステージ袖からチラッと顔を覗かせると、ステージの最前列は叡桜女子高の子達でいっぱいだった。
その熱意の高さは、彼女たちの鼻息の荒さや、漏れ聞こえる会話から窺い知れる。
「うわぁ……満員御礼だよ」
「さっきからソワソワし過ぎだよ才斗」
舞台袖で所在なさげに歩き回る俺を、箱馬に座り悠々とした様子でお茶を飲む玲が笑いながら諭す。
「だってさ……。こんな大勢の観客の前で演劇なんてさ……」
「観客って言ってもたかだか数百人だよ。芸能人でもない素人でも、SNSや動画投稿で平気で数百万人のインプレを集める昨今、文化祭の演劇くらい平気平気」
尻込みしている俺に対し、玲がよく分からないたとえ話で笑い飛ばす。
──いや……。SNSも動画も、スマホ画面の向こう側で、観客は目に見えないじゃん……。
と思ったが、まぁ玲なりの励ましだということで、ツッコまずには居てやる。
何より、今の俺にそんな余裕は無い!
さっきから、心臓がバッコン! バッコン! うるさく脈打って、それどころではないからだ。
「フフッ……。いざとなったら頼りになる才斗が焦ってるのオカシ」
クスクスと笑う玲。
だが、俺には言い分もあった。
「べ、別にセリフは最初から憶えてたし。俺が心配なのは配役がだな……」
「へぇ。じゃあ、才斗に凛奈ちゃんの代わりが務まるの?」
「いえ……ムリです……」
昨夜から何度も問答しているが、毎度、一瞬で封殺されてしまう。
そして、凛奈が劇に出られないケガをしたのは俺のせいなのだから、そもそも俺に文句を言う筋合いなんて無い……。
この件に関しては、完全に俺が諸悪の根源であり、そのために俺は多大な迷惑を周りに掛けた。
いや、でも……。
やっぱりイヤ過ぎる!
この後の、みんなの反応が怖すぎるから。
「大丈夫だよ才斗。ボクが護ってあげるから」
「……ハハッ。格好いいな玲は……」
乾いた笑いを溢しながら、俺は仮面を被った。
「知ってる? 才斗。女の方が強いんだよ。さぁ開演だ。楽しもう才斗」
「ああ、そうだな。じゃあ行こう」
ロミオとジュリエットの冒頭、宿敵である両家同士がいがみ合う背景説明の場面が終わり暗転した舞台に、俺と玲は進み出た。
そして、暗転が終わりステージの照明は、ロミオとジュリエットが初めて出会う仮面舞踏会のシーンを映し出す。
「「「「は?」」」」
どよめきが観客最前列から、淑女の嗜みからは程遠いどよめきが巻き起こったため、俺の冒頭のセリフはかき消えた。
──そうだよな……。みんな玲のロミオを観に来たんだもんな……。みんなゴメン~~‼
心の中で土下座しつつも、俺は自分の役回りを、哀れなロミオをステージ上で演じた。
古典演劇であるロミオとジュリエットは、数多の者たちがロミオを演じて来ただろう。
だが、俺ほどにアンチがいるロミオ役がかつて居ただろうか?
そして、期待していた玲のロミオではないという落胆の後に、観衆はある事に気づく。
「あれ……ロミオ役が、あの憎きアイツという事は……玲様は……」
「え……そんなはずは……そんなの自然の摂理が乱れて……」
「待って……待って……ワタクシ、心の準備がまだ……」
だが、始まってしまった舞台は、観衆の心の乱れなんて一切考慮せず、情け容赦なく進んでいく。
「「「「うぎゃああああぁぁぁぁぁあああっ‼」」」」
ロミオの家が反目し合っているジュリエットの家が主催する仮面舞踏会に、ロミオが仮面と巡礼者の仮装をしてお忍びで参加したら、目が合ったジュリエットと瞬時に恋に落ちてしまうシーン。
パーティという事で、煌びやかなドレス姿の玲が俺の方へ熱いまなざしを向けてくる。
──仮面越しなのに、目力で演技が出来て凄いな……。
と、まさかのフリフリお姫様スタイルの玲の衝撃に脳を焼かれている叡桜女子高の皆さん達の阿鼻叫喚の惨状から、全力で目を背ける俺。
だが、これは文字通りの序章である。
──問題は、この後なんだよな……。
序盤からいきなりの大きな見せ場。
「ああ、神の宮……。どうか巡礼者として、女神の貴女様の手に口づけをさせていただきたい」
ロミオがジュリエットの手を取り愛を囁くシーン。
「おま……てめぇ、ふざけんな!」
「元々この舞踏会に忍び込んだのは他の女狙いのためだろが! 何を、他の女口説いとんじゃ!」
「いくら玲様のジュリエットが麗しいからって一目ぼれすんな!」
「これだから現実の男は!」
叡桜女子高の、強火ファンから口汚い野次が飛んでくる。
君たち、お嬢様女子高の子達じゃないの?
登場して間もないのに、もう俺のアンチの増加が留まる事を知らない。
──これ、セリフ決まってるから、仕方ないんだってば~!
そう、心の中で言い訳しつつ、俺が玲の手の甲に接吻をしようと、膝をついて跪くと。
「……あら? 口づけというからには、唇にはしてくださらないの? 巡礼者さん」
──何でジュリエットの方がキスにノリ気なんだよぉぉぉおおおお!
イタズラっぽく笑う玲のアドリブに、
「え……あ……。っす……」
と挙動不審気味に手の甲に口づけをする、ヘタレなロミオ。
いや、ロミオとジュリエットって、この場が初対面なんだよね?
一目ぼれして軽薄に声をかけるロミオはさておき、この場面でのジュリエットはロミオに話しかけられて戸惑いの感情の方が大きいはずだ。
なのに、なんでジュリエットの方が積極的なんだよ!?
こちとら必死に一晩でセリフの暗記とシーンの確認したのに、本番でアドリブ入れるなよ。
劇が始まる前には、『ボクが才斗のこと護るよ』みたいなこと言ってたくせに!
おかげで、その後のジュリエットが反目する家の娘であることを知って嘆き悲しむシーンは、ほぼ自動人形のように憶えているセリフを再生する大根演技で終わった。




