〇4-4
それからの出来事は、今でもよく覚えている。
結論から言えば、五時半までに学校にたどり着くことは出来なかった。
マンションから自転車を漕ぎだしたオレは、スタートこそよかったものの坂道を降りている間に、チェーンが絡まり盛大にこけてしまったのだ。
吹っ飛ぶようにして自転車から放り出されたオレは、コロコロと坂道を転げ落ちた。呆気に取られて辺りを見渡すと、グチャっと車輪の曲がった我が自転車が見える。
「……いてえ」
下校中の女子には笑われるし、新品の制服はボロボロに破れてしまうし、膝元をすりむいて出血するし最悪だった。右足は捻挫で痛むし、左ひざは出血した血がズボンの裏側にくっついて、歩くごとに皮膚がはがれるような気持ち悪い感触があった。
壊れた自転車を押しながら、坂道を下っていく。
体感上、約束の時間はとっくに過ぎていると分かっていたけど、オレは足を止めなかった。いや、止められなかった。
メルや先輩にあんなに力強く宣言してしまった手前、引くに引けなかったのだ。
日が沈み、遠くの方で夕陽がオレを照らす。
そのうちなんだか気持ちが込み上げてきて、今思い出しても恥ずかしいんだけど、自転車を押しながらオレはシクシクと泣きだしてしまった。
「ちきしょう……」
そんなことを呟きながら、沈みゆく夕陽を睨みつけていたことをよく覚えている。
先輩も泣いたし、メルも泣いた。四宮も泣いていたから、あの時のオレたちはみんな泣き虫だった。いや、それは今でもあんまり変わっていないか。
学校に戻れたのは、確か六時くらいだったと思う。当然、生徒会はもうやってなくて、オレはどうしたかと言うと、ボロボロの服のまま職員室へと向かったのだ。
血だらけで現れたオレを見て、先生たちは仰天していた。泣きじゃくりながら、オレは部活のことを説明しようとするが、うまく話せない。
後で聞いた話だけど、先生たちはオレが車に轢かれたと思ったらしい。膝から血を出し、制服はボロボロ、おまけに泣きじゃくっているものだから、そう勘違いしてもムリはない。
秋月先生に背中をさすられながら、オレはポケットから入部届を手渡す。会話の内容は覚えてないが、天文部を存続させたいという旨を話したんだと思う。
後になって気付いたのだが、部として認定されるためには部員の他にも、活動計画書とか、部活の顧問とかを決める必要があった。
つまりは、部活存続には書類が全然足りていなかったのだ。
でも不憫に思った秋月先生が後日生徒会に掛け合ってくれて、特例で天文部は部として認められた。さらに顧問にもなってくれたんだから、秋月先生は本当に良い先生だった。
ただそのことは、当時のオレには分からないことで、月曜日に先生に言われるまでずっと心配だった。
先生に応急処置をしてもらい、「今日はもう帰りなさい」ということで帰された。
夕陽も沈み込むとしていた時間帯。
学校に自転車を放置してトボトボと歩いていると、西の空に一際輝く一番星を見つける。それが金星であり、『宵の明星』という名前が付いているのだが、当時のオレはそんなこと知る由もなく。
だからオレは、その西の空に輝く一番星に『青春星』という名前を勝手につけた。
いつぞやメルに課された宿題を思い出したのだ。
泣き顔をみんなに見られた恥ずかしさからか、その時のオレは妙にムカムカしていた。いつの間にか痛む身体も無視して、オレはその『青春星』に向かって走り出していた。
追いかけていれば、いつか捕まえられるんじゃないかと、そんなバカなことを思っていたわけだ。……結局、二十メートルくらい走ったところで力尽きたんだけどさ。
『青春とは、時間軸を含めて当人には分からないものである』
谷口の定義を全面的に肯定するのは、シャクだし絶対に嫌だ。じゃあ、この青春パラドックスが解けたのかというと、それもまた違う。
高校生の特権だと思っていた青春は、大学生になってからも社会人になってからも、ことあるごとにオレの前に現れ、オレを悩ませた。
本当に、青春パラドックスはオレにとって人生最大の難問だ。
でも、難問だからといって答えを保留することは避けたい。今のオレの当座の解釈を述べたいと思う。
あの日の出来事を、もう一度やりたいかと問われればとんでもない。
間違いなくオレはノーと答えるだろう。
先輩には避けられるし殺されかけるし、メルとは一生仲直り出来ないんじゃないかと不安だった。四宮のボディーブローは今でも思い出せるくらい痛い。
捻挫した足は全治一ヶ月と診断されてしまったし、こけてボロボロになった制服の代わりに、オレは一週間ばかし父親のダボダボで古臭いズボンを履く羽目にもなった。
教室で笑い者にされたことは、今でも恨んでいる。特に谷口にはメチャクチャバカにされたし、今でもネタにされている。
そんな風に最悪なスタートを切ったと思っていた高校生活だったのだが、
あの日の出来事を今、改めてもう一度思い返してみると、
なるほど確かに、
――あれは、青春だったのかもしれない。
コチラにて、完結です。
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ではでは。




