〇4-2
「どうしたのソウタ? 昨日から全然元気ない、んだよ。なにかあったの?」
「相当疲れてるわね。疲れているというより、やつれてる?」
「顔が真っ青、なんだよ」
「目の下のクマもヒドイし、あんたちょっと休んだ方がいいんじゃない?」
弁当も食べないで、窓に映る自分の顔を見つめてみる。
昨日から一睡も出来ていないせいで、そりゃーヒドイ顔をしていた。
「いや、オレは大丈夫だよ。それより朝倉は?」
「ひーちゃんはオカルト部の集まりがあるから今日は来れないって、言ってたんだよ」
「そっか」
良かった。ケンカしたわけじゃないんだな。
「そういや、昨日行ったカラオケはどうだった? 楽しかったか?」
「ソウタ、カラオケに行ったのは先週の話、なんだよ」
あれ、そうだったっけか? 記憶が混乱している。先輩に避けられていることが、ここまで身体的精神的に影響を与えるとは思わなかった。
「三嶋、あんた本当に大丈夫なの?」
「ああ、問題ないよ。昨日から寝れなくてさ。朝も早いし、ちょっと疲労が蓄積してるのかもしれん」
高校生なのに体力がないこった。こりゃ、少し走ったりして体力づくりにも励むべきか? こういう時は、運動部の体力がうらやましいと思う。
昼食を食べ終え教室に戻ろうとした時、四宮に脇腹を小突かれた。彼女は睨みつけるようにして、オレを見上げる。
「さっき、何であんなこと言うの?」
「さっき?」
はて、オレは何を言っただろうか? 寝不足でよく覚えていない。
「朝が早いって、そう言ってたじゃない」
「ああ、確かにそんなことは言ったけど。でも、それがどうしたんだ?」
「佐竹のお迎え行ってるんでしょ? それって佐竹のせいで疲れてるって言っているようなもんじゃない」
「いや、オレは自分の体力のなさを嘆いただけなんだけど……」
「佐竹はそう受け取らないと思うわよ」
悪気はなかったのだが、でも確かに言われてみれば言葉が悪かったかな。
「ちゃんと謝っときなさいよ」
「うん、そうだな」
放課後、先輩には会えず消沈しながらメルを迎えに行く。迎えに行きながら、昼のことをどう謝ろうかと考えていた。
「メル、帰るぞ」
四宮にはああ言われたけど、メルは特に気にする様子もなく普通に話してきた。怒っているとかか、悲しんでいるとか、そういった表情ではない。
どう謝ろうかと悩んでいたが、気にすることなかったのかも知れない。オレはそう思っていた。だからメルからそう切り出された時、オレはひどく狼狽してしまった。
いつものようにマンションまで送った後、メルはマンションに引っ込まずにしばらくそこに佇んでいた。
「どうしたんだ?」
小さな身長だから、見上げるようにしてこちらを見つめてくるメル。小さいけど、彼女の瞳にはしっかりとした意思が感じられた。
オレをハッキリと見つめたメルは、キッパリとそう告げた。
「ソウタ、明日からもう迎えに来なくていい、んだよ」
「え? 急になんだよ……」
「もう、わたし一人で学校に行ける、から」
「やっぱり、昼間のことで怒ってたのか? それだったら――」
「怒ってない。むしろいい機会だったんだよ。いつまでもソウタに頼ってはいられなかった。昼間は独り立ちする良いタイミングになった。明日からは一人で学校に行くから、ソウタはもう必要ない、んだよ!」
オレが何か言い返す前に、メルはマンションへと駆けてしまった。
「なんだよ……」
言い切れぬモヤモヤとした気持ちを持ったまま、その日は布団にもぐった。……結局、眠れなかったんだけどさ。
メルには来なくていいと言われたが、翌日はいつもの時間に起きて学校へと向かう。そのままの足で図書室に行くと、メルの姿はなかった。
「……やっぱり来てないじゃん、あいつ」
メルは朝が弱いから、誰かに起こして貰った方が良いんだ。これまでにも何回か、オレが迎えに行かなかったら遅刻していた場面もあった。せめて、朝の連絡くらいはしてやった方が良かっただろうか?
そんなことを思いながら教室に入る。メルの迎えがない分、いつもより早く教室に着く。まだ誰もいない教室で、やることもないからダラっと机に突っ伏す。昨日も全然眠れなかったから、ボーとしているとウトウトしてきた。
もうメルは図書室に来ただろうか?
もしかして、このまま学校に来ないんじゃないだろうな?
また不登校に元通りというか、そんな結末を迎えるなんてことはないよな?
教室にかかっているカレンダーに目をやる。
今日は四月の最終週。そんでもって週の後半、水曜日に差し掛かっている。先生は四月中に教室に来れなければ、出席日数が危ないといっていた。
そのタイムリミットまで、気が付けばあと三日しかないじゃないか。
「また振り出しに戻るのか? メル」
考えている内に、ガラガラだった教室にもクラスメイト達が登校し、少しずつ騒がしくなる。その喧騒がオレの胸をざわつかせた。
とりあえず図書室に行ってメルの姿を確認して、いなかったらマンションまで迎えに行こうか。友達も出来たし、教室に連れてきてもいいかもしれない。
そう思い至り席を立とうとした時、ホームルームを告げるチャイムが鳴った。
「はいみんな、席に着いて下さい!」
秋月先生が、いつもの調子で教室に入って来た。
――教室がシンッと静まり返った。
クラスメイトの視線を一身に浴びながら、佐竹愛瑠が教卓の前に立っていた。
前回と同じような緊張した面持ち。
でも前回とは違って、今の彼女には決意のようなものが見える。
「はい三嶋君、席に座って下さい」
先生に注意されて、自分だけが立っていたことに気が付く
慌てて座ると先生がウインクして来た。
「はい、みんな静かに。四月から体調が悪かった佐竹さんが回復したということで、今日からまた一緒に勉強しますよ。いいですね?」
「はーい!」
一人だけ、みんなに聞こえるような大きな声で返事をする。最前列に座っていた朝倉日葵は、ニコニコとしながらメルに手を振っていた。
朝倉の声によって、緊張したメルの表情が安堵に変わる。
先生に指示され、メルが自分の席へと歩いていく。ずっと空席だった座席が埋まった。
メルは終始緊張しっぱなしだったけど、朝倉のおかげもあって少しずつクラスに溶け込んでいった。
以前のように何も喋れないということはなく、笑ったり、話したりできている。元来の人懐っこい性格が、他のクラスメイト達を引きつけたのだろう。
彼女は一人ボッチを脱出したようだった。
昼休みに入ると、わざわざメルがオレの前までやって来た。
「ソウタ、わたしはもう一人で学校に来れる、教室で勉強もできる、友達も出来た。だからもう、ソウタはなんの心配もいらない、んだよ! わたしに構う必要はない、の!」
そう宣言すると、図書室で待っている四宮と昼飯を取るため朝倉と共に教室を出ていった。帰りも朝倉達と一緒に帰るからと断られてしまった。
二人と話したいのだが、その機会がない。ただし、チャンスがないわけではなかった。今日は水曜日。夜になれば二人ともじっくり話せるだろうとオレは考えていた。
帰ってすぐに観測用の服に着替えたし、図書室で借りた天体観測の本を読んで待ち合わせの時間まで待機していた。
――結論から言えば、二人と話すことは出来なかった。
せっかくのチャンスは、空から降って大粒の雨によって潰されてしまった。
『天体観測雨天中止』
先輩からは、申し訳程度にそんな連絡が届いていた。




