最終話 お別れ……
フィーとミアは、一旦ギルド「夜の宿屋」がある町に戻って、次にフィーの村に帰ることにした。
二人に別々に頼まれ、私は影に隠れながらついて行くことになる。
その旅に、小さな勇者が私の弟子に同行を願い出たが、フィーは申し訳無さそうに断った。
「ごめんね、ボウズ……。今回だけはアタシとミアの二人だけにして欲しいんだ……。あとでめちゃくちゃ埋め合わせするからさ、そん時は、ミアと仲良くしてあげてね♪」
弟子は、かわいく笑って、小さな勇者を赤面させる。
その旅で、フィーとミアは、今までにないぐらいゆっくりと進んだ。
町に着くまで、しょっちゅう寄り道をする。
道の外れや森の中、気になるところ、思い出したところには、どこにでも。
それは、町に着いてもたいして変わらない。
宿屋の部屋を一つ一つ周り、扉を開けて、ふかふかのベッドに飛び込んだ。
酒場の椅子に一つ一つ座り、テーブルの上を端から端まで手で触ってみる。
行きつけのお店、働いたことがあるお店、食べ物を配送したことがあるところを尋ねて回り、行ったこともない家にまで押し入ってしまった。
どこに行っても町の人たちに喜ばれ、弟子と勇者は大いに笑う。
フィーの故郷の村に辿り着けば、村の人たちの歓迎を受ける。
村の結界を何度も点検し、修道院でお祈りをして、墓参りをした。
また森の中に行って、空き家となっている魔女の家を訪ねる。
さらに奥に入って、弟子が私と出会ったあたりを見て回った。
ようやく落ち着いた二人は、村外れの道端に仲良く並んで腰を落とす。
一緒にそよ風に当たりながら、向こうの野原を楽しそうに眺めた。
「きれいだね……大魔王がいたのが嘘みたい……」
「うん……」
嬉しそうなミアに、フィーは小さな声で答える。
言うべき時が来たのだと、感じ取ったようだ。
後ろにあった木の影に、私はひっそりと潜んで、弟子たちを見守っていた。
「ミアはさ、これからも世界のみんなのために戦うんだよね?」
「そうだよ。大魔王はもういなくなったけど、世界にはまだみんながいるから」
「さすが、勇者さま♪ 自分のことしか考えてないアタシとは違うな……」
「そんなことない……ミアがいなかったら、私は今でも酒場で泣いてるよ……」
「そうかな……」
「私と世界が救われたのは、フィーのおかげだよ。本当にありがとう、フィー」
「アタシだって、ありがとうだよ……」
「フィーは、これからどうするの?」
「アタシは、世界を見て回る。もっとすごい魔法使いになるために……」
「そっか。ずっと言っていたとおりだね……」
フィーとミアの口が、しばらく止まる。
「……ミア」
「なに?」
「アタシさ……」
弟子は目を背けて、親友に話そうとする。
これからのこと、お別れだということを。
「アタシさ……」
なのに、瞳は潤い、唇は震え、言い出せない。
「アタシ……」
「……わかってるよ」
たまらなくなって、ミアから言い出した。
「フィーは……異世界に行くんでしょ? もっとすごい魔法使いになるために。魔法使いさんみたいな、もっとすっごい魔法使いになるために?」
「……うん」
フィーはうなずき、瞳から涙がこぼれ落ちる。
「……違う。アタシ、やっぱり行きたくない!」
「ダメだよ!」
フィーは取り乱すが、ミアは叱咤した。
「フィーは、魔法使いになるんでしょ? それが夢なんでしょ? だから今まで、がんばってきたんだよね!?」
「……うん!」
「だったら行かなきゃ。この世界で満足しないで、次の世界にも行かなきゃ!」
「ミアと一緒じゃなきゃイヤだー!」
「私だって嫌だよ! だけどダメ!」
「イヤだ! イヤだ! イヤだ!」
「ダメ! ダメ! ダメー!」
フィーがどんなにわがままを言っても、ミアは言い聞かせ続ける。
「……いやだよ。ミア、そんなこと言わないで」
「言うよ。フィーが魔法使いになるのが、私の夢だもの」
フィーは涙が止まらず、ミアは優しく抱きしめた。
「フィー……私、忘れないよ」
「忘れない……アタシも忘れない……」
「異世界でもがんばってね。あと、カッコいい人見つけてね」
「ミアも……泣きたくなったらさ、きっといい人が慰めてくれるよ……」
「ふふ……どんな人たちかな?」
フィーはようやく落ち着き、ミアの胸元から離れて見つめ合う。
「ありがとう、ミア。アタシ、もう大丈夫!」
「うん。私も、もう、がまんできる!」
二人は笑い合い、涙を堪えた。
ああ、何という感動的な場面なのか……。
私は、申し訳なく思ってしまう。
「お師匠」
「魔法使いさん」
二人に呼ばれ、私は弟子たちの前に現れた。
「別れは済んだか?」
「うん」
フィーは答え、ミアが私に頼む。
「魔法使いさん、お願いします。私の一番の友達を、あなたのような魔法使いに」
「ああ。約束するとも。この世界を救った偉大なる勇者である君に」
私が答えると、ミアがフィーとうなずき合う。
フィーは親友に背を向けて、私に向かって願った。
「お願い、お師匠! アタシを異世界に連れてって!」
涙で溢れた真剣な眼差しの中に、次の世界でのこれからを思い描いて。
「ああ、連れて行こう。フィーよ。お前を次の舞台となる異世界に!」
私は、弟子にカッコよく答え――、
「………………だがな、残念だ♪」
とうとうおかしくなって笑ってしまう。
「……お師匠?」
弟子がまた泣きそうになって、私は「しまった」と慌てる。
「いや連れて行ってあげるぞ! 連れて行く、連れて行くとも! お前は、私の愛弟子だからな! 連れて行かないと言ったら、その時点で、私が、私を殺してくれる! お前に約束したとおり、ちゃんと異世界に連れて行ってあげるとも……しかしだな……結局、気づけなかったか」
「…………ほい?」
「私もヒントは出していたんだぞ。気づいて欲しいと」
「……なんのこと?」
「いや、本当はしっかりと話しておくべきだったんだが……つい出来心でな♪」
私がニヤッと、ニヤつくと、
「お師匠………………早く言えよ♪」
弟子は涙が止まり、ブチギレた笑顔で聞いてくる。
「お前……なにを隠してたんだ?」
「私の冒険者ギルド『秘密の館』はな、異世界と異世界を渡り歩いて冒険するギルドだ」
私の告白に、フィーとミアはすぐに理解できない。
「……どういうこと?」
「例えば赤騎士も異世界の存在だが、この世界を冒険していたように、今すぐにでも元いた世界で冒険できる。秘密の館を経由することでな」
「あの館の中って……異世界とつながってるの!?」
「そうだ。館の中にある数々の部屋や扉が、私が渡り歩いてきた数々の世界とつながっている」
「それじゃあ、アタシとミアの場合は?」
「お前が次の世界で生き、気が向いたらこっちの世界に帰ることもできるし、ミアがこっちの世界で暮らしながら、たまに旅行気分でお前のいる世界に遊びに行くこともできる。他の異世界で、今まで通りに一緒に商売したり、冒険することもだ」
それを聞いて、ミアは破顔し、フィーは茫然自失となる。
「まあ要するに、これでお別れだというのは、お前の早とちりと勘違いで、これからもミアと一緒にいられるというわけなんだが……」
「お師匠……どうして今までアタシに黙ってたの♪」
「いや、ついイタズラ心で、お前の今の面を見たくなってしまってな♪」
その時の弟子の笑顔は、とてもかわいかったぞ。
「本当にすまなかった。だけど喜んでくれるだろう。私のカワイイ生意気な弟子よ?」
「……すべての世界に存在する神々と天使と精霊と妖精と人間たちよ……アタシのロクでなしでクソッタレなお師匠を跡形もなく木っ端微塵にブッ飛ばせえー!!! 《小さな世界の絶対運命》!!!!!」
フィーがこの私でもヤバすぎる究極の大結界魔法をブチかまし、私は笑いながら必死に防ぐ中、
「まあまあ……許してあげなよ、フィー♪」
ミアは嬉し涙を流しながら、笑顔で止めてあげるのであった。
「決めたーーー! アタシ、いつか絶対にお師匠をざまあしてやるーーー!!!」
やれやれ。全くの自業自得とはいえ、とんでもない弟子を育ててしまったな。
「覚えておけよ! お師匠ー!!」
「ああ、覚えておくとも――」
私は嬉しくて、心から微笑んだ。
「フィーよ、私に並び立つその日を楽しみにしているぞ」
「…………とりあえず、ありがとね」
それからしばらく時が経って――、
「どう……ミア!?」
「うーん……」
食堂で、フィーが鬼気迫る形相で、考え込んでいるミアを凝視する。
「うん! やっぱりフィーより聖女さまの料理がおいし~い♪」
「ぐはあー!」
ミアの素直で残酷な判定に、フィーがテーブルに突っ伏した。
「はい! これでお姉ちゃんの十連勝ー!」
「フフ……。フィーさん、私、これだけは負けませんからね……これだけは!」
妹に宣告されて、聖女が勝ち誇る。
フィーは、新たな世界で聖女の姉妹と仲間になり、前の世界から遊びに来た勇者ミアと一緒に、秘密の館の中にある広々とした食堂で、料理対決をしているところだった。
「聖女さま、やっぱすげえぜ。聖女料理パネエよ、マジパネエよ……ねえ、これで儲けてみない?」
「しません」
また聖女をその気にさせることに、悪戦苦闘する日々である。
「イケるって。聖女さま、美少女だもん。聖女料理を中心に、聖女讃歌? 聖女ダンス? 講演とサイン会もつけちゃう? ヤベえよ、言ってるだけで大儲けできる気がしてきたぜ。グヘヘヘヘ……たまんねえな、おい♪」
「なに考えてるんですか! もう、ダメですよ、フィーさん」
フィーが欲に浸り、聖女に叱られる。
「やあ、君たち。楽しんでいるな♪」
「魔法使いさま!」
そこへ私がやって来ると、聖女が私に駆け寄ってきた。
その姿を、離れたところから見ていたミアが、聖女の妹と弟子に聞いてみる。
「魔法使いさんって、聖女のお姉さんと仲良いんだね?」
「うん。お姉ちゃん、いつも一緒にいるよ〜」
「お師匠、相当お気に入りみたいだね~」
そう答えた弟子が、私の方をちらりと見た。
「けど魔法使いさんって……浮気者なんだよね?」
「やっぱりそうなんだ……」
「うん、そうだよ~♪」
こらこら、何を言うんだ、君たち?
「まあ、とっても優しいけどね」
「わかる!」
「いやいや……ろくでなしだよ」
フフフ、そうだとも。
「だけど……誰か一人でも泣かせたら許せないかも!」
「うん!!」
「おうよ!」
もちろん、そんなことにはならないさ。
それから弟子が一人になると、遠くにいる私に向かって笑った。
「今の聞いてたよね、お師匠? アタシの友達泣かせたら許さないからねえ~♪」
フッ、まったく。生意気な弟子め。