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悪役令嬢、猫になる  作者: 舞原文花
後日譚
16/16

ルイフリッドの生き方

お久しぶりです。はたして、続きを読みたい人がどれだけいらっしゃるのか分かりませんが、後日譚のスタートです。彼らがその後、どう過ごしたのか、気になる方はどうぞ。「暗い話はいいからサナリアの笑顔をよこせ」って方はもうしばらくお待ちください。




 ルイフリッドは部屋を見回し、苛立ちも露に椅子を蹴り上げた。

「くそっ、この私が、何でこんな目に合わないといけないんだ……!」

 元の部屋とは比べるべくもない狭い部屋。窓は無く、今し方入ってきた扉が一つ。案内してきた騎士の男が、ルイフリッドを押し込んで外から鍵を掛けた。

 家具はベッドと椅子、テーブルのみ。全て白で統一されている。

__こんな所で生活なんて冗談じゃない!

「おい!誰かいないのか」

「はい、何か」

 扉に向かって叫ぶと、思いがけず返答があった。

「おい、父上に伝えろ。こんな部屋では生きていけないと。それから紙とペンを持って来い」

「出来かねます」

 まさか拒否されるとは思ってもみなかったため、言葉に詰まった。

「わ、私の言うことがきけないのか!そもそも、姿を見せないなど無礼であるぞ!」

「出来かねます」

 これまで王太子である自分の言うことは絶対であった。使用人如きが否やを唱えるなど有り得ない。

 ルイフリッドは顔を真っ赤にして憤慨した。ドアノブを自ら握り、がちゃがちゃと回す。当然開きはしない。

「何たる無礼!父上に報告してやる。貴様はクビだ!おい、他には誰かいないのか!」

「いません」

「そんな訳はないだろう!使用人がたった一人など」

「いいえ、私一人でございます」

 改めて部屋を見回す。

 これまで多くの使用人に囲まれて生活してきたルイフリッドには、自分一人しかいない白い部屋はがらんと広く感じた。



◆◇◆



「そもそも、私は何も悪くないじゃないか!」

 そうだ、悪くない。悪いのはいつもあの女だったではないか。

「サナリア・ケティライト…………!」

 苦い思いで、憎い女の名前を口に出す。

「おかしいではないか。私は王子だぞ?その私が、このような扱い…………。それに、マリアは無事なのか?あいつ等のことだ、きっと酷い目に会っているに違いない」

 不安で仕方なかった。こんな事は間違っている。

 間違っているのだ。



◆◇◆



 そして、ルイフリッドの幽閉生活が始まった。

 食事は一日二回、扉にある小窓から差し出される。トレーに、パン、スープ、サラダと果物が載っているそれは、これまでの食事とは比べ物にならないほど質素だった。

 メイドは翌日から全く口を開かなくなり、部屋は耳が痛くなる程静まり返っている。

 何も無い部屋ではすることも無く、初めのうちはメイドに話しかけたり、体を動かしたりしていたが、次第に飽きてきた。どれだけ努力しようと、それを披露する場も無ければ役立つ将来も無いのだ。

 何も、する気が起きない。



 独り言が多くなった。当然応える者はなく、静寂に空しく響いた。

 ベッドから出なくなった。動く必要も、体力も無かったから。

 食事の量が減った。動かないからお腹も空かない。

 月日を数えなくなった。寝る時間が短くなり、昼夜の区別も付かない。

 感情の制御が出来なくなった。理由もなく涙が流れ、暴れ出した。

 話すことを忘れた。自分の声すら、思い出せない。

 少しずつ、確実に、死が近付いていた。



◆◇◆



 色がある。

 最初にそう思った。

 鮮やかな緑の草木、赤い花、青い空。

 真っ白な空間で過ごす内に忘れていた刺激に、目を細めた。

 同時に、これは夢なのだと確信した。

 視線が低い。見れば手足が短く、小さい。

 子供になっているようだ。

 この頃、自分はどう過ごしていただろう。

 確か…………。

「殿下!どちらに行かれたのですか!?でんかぁ!」

 若い従僕の声。私を呼んでいる。

 そう、この頃は彼らから逃げ出してばかりだった。

 何故?

 …………気を引きたかった。

 何故?

 ………………寂しかった。

 何故?

 ……………………。

 何故?

 …………………………。

 何故?

 …………………………だって、あの子が来なくなったから。



◆◇◆



 小さな頃から私の周りには大人が沢山いた。

 彼らは私に優しかったけれど、どこか一歩、距離があった。

 当然だ。私は雇い主の子供で、この国の王子なのだから。

 何かあってはいけないと、ぴりぴりとした空気を子供ながらに感じた。

 いや、子供だったからこそ、かもしれない。

 その緊張は私にも伝播し、常に気を張るようになった。

 父と母の前では自然と笑えたが、なかなか会いに来ては下さらない。

 私は、そんな生活に疲れていたのだと思う。

 だから逃げ出した。何かが変化することを期待して。

 何も変わらなかった。もう一度。

 何も変わらなかった。もう一度。

 何も変わらなかった。もう一度…………。

 彼らは怒ることもしなかった。ただ、顔を真っ青にして言うのだ。

「何かお気に召さないことでもございましたか?直ちに対応いたしますので、どうかお許しください」

 そして私の世話をしていた者に罰が下った。

 私は後に引けなくなった。ここでやめてしまえば、罰を受けた彼らが本当に悪かったかのように見えてしまう。

 私の、所為で。

 毎日、彼らの隙を突いて逃げ出す。以前と何も変わらない、息苦しさ。

 変わったのは、あの時。あの子に会ったから。

 どうして忘れていたのだろう。

 青い花の咲く生垣の隣で過ごした温かい記憶。

 そうだ、あの子は輝く銀髪をしていた。

『るいさまっ』

 僕を見つけて、嬉しそうに名前を呼んでくれた。

『るいさま!』

 悪いことをしたら、心を籠めて叱ってくれた。

『るいさま?』

 気持ちの変化に、一番に気が付いてくれた。

 何より……。

『るいさま、いっしょに』

 僕の名前を呼んで、隣を歩いてくれた。

 とても嬉しかったのに、白く霞んで思い出せない。



◆◇◆



 あの子が言った。

『あなたにはあたたかい場所がひつようだったのよ。はねを休める場所。もしよければ、ここにいらっしゃい』

 それから、逃げ出すことを止めた。使用人達には、何故か素直に謝ることができた。代わりに、自由時間にはここに来る様になった。


 あの子が言った。

『わたしね、おべんきょうがはじまったの。あなたも、しょうらいは大事なお仕事につくのでしょう?おたがいに、がんばりましょう!』

 それから、勉強に力を入れるようになった。次の日に、あの子に教えるためだった。


 使用人の態度が変わった。

『殿下の雰囲気が変わられたからです』

 それから、部屋に居ても気が楽になった。毎日が楽しかった。


 あの子が来なくなった。

 初めは、少し都合が悪かったのだろうと思った。

 何日か経って、体調を崩しているのではないかと心配した。何しろ、お互い自己紹介をしていなかったので、安否確認のしようもない。

 数週間経って、何か、傷付けることをしてしまったのかと不安になった。手紙を書いたけれど、届けることも出来なかった。

 数ヶ月経って、裏切られたのだと思った。会う約束なんてしていなかったのだから、裏切るも何もないだろうに、そう思えて仕方なかった。

 悔しくて、悔しくて。

 何もかもから逃げ出した。



◆◇◆



 そうか…………そうだったのだ。

 僕は、怖かったのだ。

 何も出来ないまま失うことが。

 また、裏切られることが。

 無意識の内に追い遣られた記憶が、密かに影響し続けていた。

 だから僕は予防線を張ったのだ。

 私は王子であると。

 最高位の権力を持ち、決して間違いを犯さない。

 せめて、自分は悪くないのだと、思いたかったから。

 そんな僕にマリアの言葉は都合が良かった。

「さすがはルイ様!」

「なるほどぉ、ルイ様はやっぱりすごいです!」

「ルイ様だから信じられるんです!」

 私を持ち上げ、信じる様から愉悦を得られた。

 僕は間違えない、完璧な王子様なのだと、そう思えた。

 そして、あの言葉。

「ルイ様には羽を休める場所が必要なんですよぅ」

 私の伴侶には彼女しかいないと思った。

 彼女の敵は自分の敵で、延いては間違いなのだと。


「でも、そっか」

 青く澄んだ空を見上げる。

「ぼく、まちがえたんだ」

 さあっと心地よい風が吹く。

 そっと、目を閉じた。



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