ルイフリッドの生き方
お久しぶりです。はたして、続きを読みたい人がどれだけいらっしゃるのか分かりませんが、後日譚のスタートです。彼らがその後、どう過ごしたのか、気になる方はどうぞ。「暗い話はいいからサナリアの笑顔をよこせ」って方はもうしばらくお待ちください。
ルイフリッドは部屋を見回し、苛立ちも露に椅子を蹴り上げた。
「くそっ、この私が、何でこんな目に合わないといけないんだ……!」
元の部屋とは比べるべくもない狭い部屋。窓は無く、今し方入ってきた扉が一つ。案内してきた騎士の男が、ルイフリッドを押し込んで外から鍵を掛けた。
家具はベッドと椅子、テーブルのみ。全て白で統一されている。
__こんな所で生活なんて冗談じゃない!
「おい!誰かいないのか」
「はい、何か」
扉に向かって叫ぶと、思いがけず返答があった。
「おい、父上に伝えろ。こんな部屋では生きていけないと。それから紙とペンを持って来い」
「出来かねます」
まさか拒否されるとは思ってもみなかったため、言葉に詰まった。
「わ、私の言うことがきけないのか!そもそも、姿を見せないなど無礼であるぞ!」
「出来かねます」
これまで王太子である自分の言うことは絶対であった。使用人如きが否やを唱えるなど有り得ない。
ルイフリッドは顔を真っ赤にして憤慨した。ドアノブを自ら握り、がちゃがちゃと回す。当然開きはしない。
「何たる無礼!父上に報告してやる。貴様はクビだ!おい、他には誰かいないのか!」
「いません」
「そんな訳はないだろう!使用人がたった一人など」
「いいえ、私一人でございます」
改めて部屋を見回す。
これまで多くの使用人に囲まれて生活してきたルイフリッドには、自分一人しかいない白い部屋はがらんと広く感じた。
◆◇◆
「そもそも、私は何も悪くないじゃないか!」
そうだ、悪くない。悪いのはいつもあの女だったではないか。
「サナリア・ケティライト…………!」
苦い思いで、憎い女の名前を口に出す。
「おかしいではないか。私は王子だぞ?その私が、このような扱い…………。それに、マリアは無事なのか?あいつ等のことだ、きっと酷い目に会っているに違いない」
不安で仕方なかった。こんな事は間違っている。
間違っているのだ。
◆◇◆
そして、ルイフリッドの幽閉生活が始まった。
食事は一日二回、扉にある小窓から差し出される。トレーに、パン、スープ、サラダと果物が載っているそれは、これまでの食事とは比べ物にならないほど質素だった。
メイドは翌日から全く口を開かなくなり、部屋は耳が痛くなる程静まり返っている。
何も無い部屋ではすることも無く、初めのうちはメイドに話しかけたり、体を動かしたりしていたが、次第に飽きてきた。どれだけ努力しようと、それを披露する場も無ければ役立つ将来も無いのだ。
何も、する気が起きない。
独り言が多くなった。当然応える者はなく、静寂に空しく響いた。
ベッドから出なくなった。動く必要も、体力も無かったから。
食事の量が減った。動かないからお腹も空かない。
月日を数えなくなった。寝る時間が短くなり、昼夜の区別も付かない。
感情の制御が出来なくなった。理由もなく涙が流れ、暴れ出した。
話すことを忘れた。自分の声すら、思い出せない。
少しずつ、確実に、死が近付いていた。
◆◇◆
色がある。
最初にそう思った。
鮮やかな緑の草木、赤い花、青い空。
真っ白な空間で過ごす内に忘れていた刺激に、目を細めた。
同時に、これは夢なのだと確信した。
視線が低い。見れば手足が短く、小さい。
子供になっているようだ。
この頃、自分はどう過ごしていただろう。
確か…………。
「殿下!どちらに行かれたのですか!?でんかぁ!」
若い従僕の声。私を呼んでいる。
そう、この頃は彼らから逃げ出してばかりだった。
何故?
…………気を引きたかった。
何故?
………………寂しかった。
何故?
……………………。
何故?
…………………………。
何故?
…………………………だって、あの子が来なくなったから。
◆◇◆
小さな頃から私の周りには大人が沢山いた。
彼らは私に優しかったけれど、どこか一歩、距離があった。
当然だ。私は雇い主の子供で、この国の王子なのだから。
何かあってはいけないと、ぴりぴりとした空気を子供ながらに感じた。
いや、子供だったからこそ、かもしれない。
その緊張は私にも伝播し、常に気を張るようになった。
父と母の前では自然と笑えたが、なかなか会いに来ては下さらない。
私は、そんな生活に疲れていたのだと思う。
だから逃げ出した。何かが変化することを期待して。
何も変わらなかった。もう一度。
何も変わらなかった。もう一度。
何も変わらなかった。もう一度…………。
彼らは怒ることもしなかった。ただ、顔を真っ青にして言うのだ。
「何かお気に召さないことでもございましたか?直ちに対応いたしますので、どうかお許しください」
そして私の世話をしていた者に罰が下った。
私は後に引けなくなった。ここでやめてしまえば、罰を受けた彼らが本当に悪かったかのように見えてしまう。
私の、所為で。
毎日、彼らの隙を突いて逃げ出す。以前と何も変わらない、息苦しさ。
変わったのは、あの時。あの子に会ったから。
どうして忘れていたのだろう。
青い花の咲く生垣の隣で過ごした温かい記憶。
そうだ、あの子は輝く銀髪をしていた。
『るいさまっ』
僕を見つけて、嬉しそうに名前を呼んでくれた。
『るいさま!』
悪いことをしたら、心を籠めて叱ってくれた。
『るいさま?』
気持ちの変化に、一番に気が付いてくれた。
何より……。
『るいさま、いっしょに』
僕の名前を呼んで、隣を歩いてくれた。
とても嬉しかったのに、白く霞んで思い出せない。
◆◇◆
あの子が言った。
『あなたにはあたたかい場所がひつようだったのよ。はねを休める場所。もしよければ、ここにいらっしゃい』
それから、逃げ出すことを止めた。使用人達には、何故か素直に謝ることができた。代わりに、自由時間にはここに来る様になった。
あの子が言った。
『わたしね、おべんきょうがはじまったの。あなたも、しょうらいは大事なお仕事につくのでしょう?おたがいに、がんばりましょう!』
それから、勉強に力を入れるようになった。次の日に、あの子に教えるためだった。
使用人の態度が変わった。
『殿下の雰囲気が変わられたからです』
それから、部屋に居ても気が楽になった。毎日が楽しかった。
あの子が来なくなった。
初めは、少し都合が悪かったのだろうと思った。
何日か経って、体調を崩しているのではないかと心配した。何しろ、お互い自己紹介をしていなかったので、安否確認のしようもない。
数週間経って、何か、傷付けることをしてしまったのかと不安になった。手紙を書いたけれど、届けることも出来なかった。
数ヶ月経って、裏切られたのだと思った。会う約束なんてしていなかったのだから、裏切るも何もないだろうに、そう思えて仕方なかった。
悔しくて、悔しくて。
何もかもから逃げ出した。
◆◇◆
そうか…………そうだったのだ。
僕は、怖かったのだ。
何も出来ないまま失うことが。
また、裏切られることが。
無意識の内に追い遣られた記憶が、密かに影響し続けていた。
だから僕は予防線を張ったのだ。
私は王子であると。
最高位の権力を持ち、決して間違いを犯さない。
せめて、自分は悪くないのだと、思いたかったから。
そんな僕にマリアの言葉は都合が良かった。
「さすがはルイ様!」
「なるほどぉ、ルイ様はやっぱりすごいです!」
「ルイ様だから信じられるんです!」
私を持ち上げ、信じる様から愉悦を得られた。
僕は間違えない、完璧な王子様なのだと、そう思えた。
そして、あの言葉。
「ルイ様には羽を休める場所が必要なんですよぅ」
私の伴侶には彼女しかいないと思った。
彼女の敵は自分の敵で、延いては間違いなのだと。
「でも、そっか」
青く澄んだ空を見上げる。
「ぼく、まちがえたんだ」
さあっと心地よい風が吹く。
そっと、目を閉じた。




