エピローグ
――羊の精霊メリー君、牛の精霊モリー、アヒルの精霊クエールと一緒に精霊界へ飛んで早1年が経過した。ヒンメルとメーラの結婚式も半月前行われた。国を挙げての盛大な結婚式は一種の行事でもある。ラフレーズは当然行かなかった。
“魔女の支配”を持つ疑いのあるマリン・コールドを探る為に、彼女と親しかったメーラに近付き、愛を持っているかのような振る舞いをしていたヒンメル。メーラに何の情も持っていないと最後に聞かされても……もう何もかも遅かった。
婚約者に対しては、冷たい視線を注ぎ、口だってまともに利かなかったのに。目的があって近付いた令嬢には、蕩けるような空色の瞳を注ぎ、剰え愛の言葉を囁いて口付けまでしていたのだ。
「……やっぱり……まだ悲しいな……」
ずっと好きだった。
ヒンメルが正式にメーラと夫婦になっても、まだ好きな気持ちは消えない。
「メエ!」
「モウ!」
「クエ!」
3匹の精霊達がラフレーズから距離を空けて楽しく遊んでいる。大きな岩に座って眺めるのが楽しい。彼等の楽しい姿を見るだけで心が癒される。精霊の癒され度は世界最高レベルと言っても過言じゃない。堪能できるのは精霊を認識出来る者だけ。ラフレーズは、自分だけじゃないと理解しつつも圧倒的少ない特権を持つ数少ない者の幸福に浸った。
――殿下……ヒンメル様……あなたは今……幸せですか? 私が願うのは、あなたが幸せであることです
●○●○●○
今まで色があった世界。
突然、白黒の世界となった。
ラフレーズが好きだと昔教えてくれたゼラニウムの花も、綺麗だと頬を赤く染めて見上げていた噴水も、ヒンメルの名の由来となった空を見上げても……ヒンメルの視界は全て白黒の世界へと変わった。
メーラと結婚式を挙げ、正式に夫婦となった。
日々王太子妃として公務を熟すメーラは、まだまだ勉強不足な部分は多い。だが、完璧に王太子妃教育を熟したラフレーズに追いつくのも時間の問題だと周囲は認識している。
「……」
声なき声でラフレーズを呼ぶ。
もう、2度と会えない愛した少女。
どこで間違えた? ――最初から間違えた。
どうして正せなかった? ――自分のちっぽけなプライドが邪魔をした
メーラを愛している? ――愛していない。これからも愛せない。
偽物の愛ならいくらだって注げる。今までそうだったように。
ラフレーズとしたかった口付けも抱き締め合うことも……全てメーラに変わっていく。
「……」
また、ラフレーズを呼ぶ。
彼女は王国にいない。
精霊と共に精霊界にいると、ベリーシュ伯爵は告げた。何度もラフレーズの居場所を聞き出すヒンメルに遂に折れて話してくれた。
ラフレーズ……ラフレーズ……ラフィ……
ベリーシュ伯爵や兄メルローが呼んでいた、ラフレーズの愛称。
ヒンメルも呼んでみたかった。何度も呼ぼうと練習した。だが、実際に本人を目の前にすると今までの自分の態度を考えると呼べなかった。きっと呼んだら、はにかみながらも極上の笑みを向けてくれただろう。純粋な、恋した少女の笑顔はヒンメルに向けられることはない。
もうすぐ夜になる。
また、夫婦としてメーラを抱かないといけない。
何度、腕の中にいる相手がラフレーズであればいいと願ったか。
名前を出さないようにするだけで一杯で行為の気持ち良さを感じることなど、一生ヒンメルには訪れない。
メーラに愛していると言われても、感情を向けられても、何も抱かない。
「ラフレーズ……」
会いたい。
ラフレーズに会いたい。
王太子の地位を捨て、何もかもを捨ててラフレーズを追い掛けたい。
……ヒンメルには無理だ。
国王と共に王太子として国の為に尽くし、日々精力的に活動に励んでいた彼を慕う者は多い。責任感の強いヒンメルは最後まで王太子として生を終える覚悟はしていた。
「ラフレーズ……もしも……時間が戻れるなら……」
心だけが、覚悟も決められず。ただただ、死んでいくだけ。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。