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赤月と黒点ならぶは新たなる空〜傲慢令嬢と隠された王子のお見合いとその顛末〜  作者: 高山小石


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中編 惑うは惑星のみあらず

「我らが月よ(お嬢様)、明日の太陽は我らが月の隣なれば?(王太子殿下とお嬢様はすでに婚約されていましたよね?)」


「帷《とばり》を(少し休むわ)。我、星海を渡りたし(考えをまとめたいの)」


 お見合いから帰宅する馬車の中で、ユリイカ公爵令嬢は物言いたげな侍女にそっけなく告げた。侍女の問い正したい気持ちもわかるが、今のユリイカに話す余裕はなかったのだ。


(もしや王家は王太子をすげ替える気では!?)


 ユリイカは扇を弄びながら、思考を巡らせる。


 本日、ユリイカは陛下から直々に『北の辺境領主とのお見合いだと想定し、相手を見極めてほしい』旨を頼まれていた。いったいどこの誰が相手なのかと部屋に入れば、ユリイカの婚約者であるはずの王太子の姿があったのだ。


(最近学園で子爵令嬢に夢中な殿下と疑似お見合いでもして、わたくしたちの関係をやり直せと? とんだ茶番ですこと! と思ってしまっても仕方ありませんわよね)


 話し合うこともなく諸々を無かったことにするつもりなのかと腹立たしくて、最近すっかり口慣れた『いくら払えるの?』と反射的に挑発してしまった。


 どうせすぐに「赤き地に恵みの天雲兆(きざ)しなし(お前に払うのは一欠片だってない)」とでも返ってくるだろうと予想したのだが。


(【雅典《がてん》】での応戦がないなんて手ぬるかったかしらと続けてもどれも流され。率直に話し出したのならば、せめてこの機会に言いたいことを言い切ろうにも、ことごとく普段の殿下とは思えない態度で返された。ありえない態度を、おかしいとは思っていましたのよ)


 もしや噂で聞く記憶操作とやらをされたのかしら、お気の毒だけど自業自得……なぁんて、それこそありえませんわね、きっと陛下からきつく言われたのでしょうと溜飲を下げていたのだが。


 手を取られた時に震撼した。


(あの手! あの掌は王太子殿下とは明らかに違った! ……さきほどの殿下が王太子殿下ではない別人なら、姿も声も王太子と見分けがつかないほど似ているにも関わらず、誰も知らない王族なんて一人しかいませんわ! 王妃教育で聞いた、王国の分岐点で現れるという双子殿下、黒点《こくてん》ですわね。隠されて育てられるはずの黒点を表に出してきたということは)


 今こそが時代は変わる特異点――。


(王国の転換期にわたくしが生き合うとは思わなくてよ。これからどう変わるのかしら。黒点の出現が目安だとしても変遷するでしょうから、もうすでに変わりつつあるのかしら)


 あとから振り返れば「あれがきっかけだった」とわかるとしても、実際にはゆるやかな変化もあるため、現在進行系では気づきにくい。


(もし王太子を黒点と入れ替えて大幅な改革を行うつもりなら、黒点は前々から北の辺境に預けていた体《てい》に? それとも失ったと思われていた王子が見つかった体で、北の領地の領主としてわたくしと婚姻後、わたくしたちが王太子と交代に?)


 ユリイカは忙しなく扇を開けかけては閉じる。


(早々に黒点を王太子と交代させる気なら、すぐさま王太子殿下を体調不良とした後、回復した体ですげ替える? どうなるにしても、王太子殿下か黒点か、それともまったく別の殿方か。わたくしはどなたと婚姻を結ぶことになるのかしら)


 学園で子爵令嬢に夢中な王太子と結婚しない可能性に、嬉しいような悔しいような複雑な、ないまぜな気持ちになっていた。


 ユリイカは物心をつく前から王太子の婚約者だった。未来の国母として恥ずかしくないように努力することは日常で、周囲から常に注目されるなか、模範的かつ王太子を最優先してきた。


 しかしそんなユリイカにとっての王太子は、ろくに話せない相手だった。幼少時の出会いから今までずっと、一度も率直に話せたことはなく、よくて【雅典】での舌戦、最近では挨拶と、どうしても外せない最低限の交流だけだった。


(今日お会いした殿下は、【雅典】はそこそこ王族としてはまだまだながら、本人のやる気と伸びしろはあるようにお見受けしましたわ。お姉様たちと同じように率直に話せて、わたくしの話に聞く耳を持てるのは、なにより得難い素質でしてよ!)


 ユリイカ自身はこの国から出たことがないが、三人の姉はそれぞれ他国に嫁入りし、嫁入り前も、稀な里帰り時も、いつもこう話していた。


「率直に話すことは必要よ!」


 他国に【雅典】はない。【雅典】を知らない相手に、いくら美しい言い回しでも意図が違って伝わるのでは困るのだ。


 姉たちが家にいた頃は、寝る前に四姉妹でベッドに集まって率直に話していた。

 初めは【雅典】がわからない妹に姉が解説する集まりだったらしいのだが、だんだんと本音が炸裂するいわゆる女子会に変わっていった。


「もう素直に伝えれば良いのにって思わない? どちらも好きだと思ってはいるのよ。『好き』のひとことを伝えれば良いだけなのにと、見ていてやきもきしちゃうわ」


「そうよねぇ。でもこちらでは、『好き』だと伝えたのに【雅典】を読み違って気まずくなってたわよ。素直に話せたらすぐに解決するのにって思っちゃったわ」


「様々な解釈ができる【雅典】は、もともとは責任追及をのがれるためだったとも言われているくらい、いき違いが起きやすいのよね」


「美しい【雅典】が、責任者をあいまいにするためだったなんて……」


「まぁ【雅典】に罪はなくてよ」

「【雅典】がない国は楽だけどね」

「でも、苛烈な嫌味や煽りはあるから、結局は同じよね」


「大事なのは伝える気持ちよ」

「だからね」

「「「わたくしたちはいつまでも表裏なく率直に話せる仲でいましょうね」」」

「はい、お姉様」


 そんな毎晩の姉妹会が功を奏して、姉たちは他国との架け橋となっていった。【雅典】に詳しく、なおかつ普通に話せることは、なにが良くて悪いかが判りにくいこの国と取引したい他国にとって得難い技能なのだ。


 ユリイカは年齢的に王太子と釣り合うため、早くから婚約者に選ばれていた。


 当時はまだ王子だった王太子との初対面時、ユリイカが持った感想は、『王子なのに普通の挨拶なのね』だった。


 幼い頃から姉たちの応酬を子守歌に聞いて育ったユリイカは、語学だけはとても恵まれた環境にいたため、自覚はなかったが幼少時から抜きん出ていたのだ。


 そうとは知らないユリイカは『王宮に住む王子なら、きっともっと興味深い言い回しを使うはずだわ!』と楽しみにしていただけに落胆した。


 ユリイカ渾身の言い回しをもじられることなく返される。新しい珍しい言い回しを披露してもくれない。姉妹会での【雅典】の方が、よほど凝っているし楽しいという現実に、ユリイカの王子に対する評価は下がっていった。


 姉たちは、いずれ国母となる妹を助けたい一心で、それぞれの知識を惜しみなく与え続けていた。姉が一人嫁ぎ二人嫁ぎ、三人嫁いだ頃には、ユリイカは揺るぎない才媛に育っていた。

 

 王太子妃とは王母、王妃に続く女性の頂点だが、王太子を、やがては国王と国民を陰日向ささえる者である。ユリイカは王子妃王太子妃王妃教育を受け続けるままに吸収し、王太子の事前準備をし後始末をし、ときには諭して王太子を支え続けた。

 

 それがどうだ。

 学園に入った王太子は【雅典】もろくに知らない子爵令嬢に入れ上げた。それも理由が『【雅典】をうまく話せないみたいだから助けているだけだ』という。


 教師の手配をすればいいのでは? という正論は、大げさだと却下された。

 子爵令嬢にそれとなく注意すれば、「【雅典】で言われてもわかりません」とのたまう。


 ならば仕方ないとこちらも率直に言えば、「傲慢令嬢」と噂が立った。傲慢とは。


 最近落ち目だ今なら落とせると勘違いした輩からは声をかけられるようになったので、ならば期待にこたえつつ身の程を知れと「では婚姻後、毎月わたくしに与えられる費用はいかほどになる予定ですの?」と言うようにした。誤解など起こり得ないよう、【雅典】を使わず率直に。


 思うところは多く含んでいたが、少なくとも気概を見せてくれるのならユリイカだって真剣に考えるつもりではあったのだ。このまま王太子とすんなり婚姻できるとは思えなくなってきたため、良い縁があるならつないでおきたかった。


 今のユリイカはゆくゆくは王妃としての存在だ。婚姻後も今のままのユリイカを望むのなら莫大な必要経費がかかってしまうが、王妃にならないのならそこまで必要ないだろう。そのあたりも理解した上でユリイカを欲っするのかと最初に聞きたかった。


 ユリイカとしては、今のままのユリイカが必要でも予算はないのなら、なにかしら収入を得る方法を考えていた。さらに、相手が違えば必要な自分も変わるだろうから、相手に合わせてふさわしくなろうと思ってさえいたのだ。


 しかし今までの相手には『ユリイカはなにもせずにお金を無心するような女性』だと受け取られただけだった。


 傲慢令嬢の名はいよいよ轟き、声をかけてくる者は減ったが、噂を鵜呑みにした王太子が、涙目の子爵令嬢を連れてやいのやいの言ってくる。


 言われたことには【雅典】で容赦なく言い返していたが、ユリイカは異国風に言うと「知らんがな」の心境だった。


 長年の婚約者である自分よりも、ぽっと出の子爵令嬢の言葉を尊重する王太子には、悲しみなど通り越して呆れに近い無である。皆が期待するような恋愛劇場の舞台に立つ気にもなれない。


 しかし自分が王太子の婚約者である限り、逃げることも出来ない。


 だから、王太子との結婚話がなくなるなら、嬉しいだけのはずだった。それがどうして嬉しいだけじゃないのか。多少の悔しさはまだわかるが、言葉にできないこの気持ちがなんなのか、今のユリイカにはよくわからなかった。


 さきほど、ユリイカの手を黒点はとった。

 黒点は、ユリイカの努力を認め、必要経費がかかることも理解し、辺境を潤す案まで出した。


 ユリイカが欲しかった答えそのままだった。


(わたくしを選んでいただけるのなら喜んでお支えしましょう)

 

 ユリイカは陛下にそのように報告した。

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