前編 黒点おもてに現れし
お見合いの席についた公爵令嬢、扇を片手に第一声。
「殿下、婚姻後、毎月わたくしに与えられる費用はいかほどになる予定ですの?」
「なんて?」
私は思わずツッコんでいた。
そもそも私が「太陽の欠片は太陽の元に」と、お金の入った袋と引き換えに、家族だと思っていた宿屋一家から王宮へ連れ去られたのは、ほんのひと月前なのだ。
その日から休まず高位貴族の常識というものを学ばせてもらってはいるものの、知識も意識もいまだ追いついていない。
言い訳になってしまうが、貴族ならではの言いまわし【雅典】が高い壁となっていた。
【雅典】とは、知の宝庫と呼ばれる我が国の様々な分野を引用した比喩や装飾を駆使した貴族の会話術のことで、平たく言うと『皮肉も情報も優雅に表現できる暗号のような言い回し』だ。
貴族として生まれると、幼い頃から【雅典】を聞いて育つので違和感なく使えるそうだ。むしろ率直な言い回しをする方が、『似合わない服を着て人前に立つような羞恥を覚える』らしい。
実際には『素足を見られるような』という内容で例えられたものの、「足を見ようが見られようがなんとも思わない」と伝えたらこう言われた。
足よりわかる気もするが、庶民はそこまで服にこだわれない。一着は晴着を持ってはいても、普段はそこそこ清潔で着られればいい。似合わない普段着だっていいものだ。「その服はヤバい」などと話題作りとして重宝するからだ。
このように庶民育ちの私には貴族の感覚がないため、【雅典】を教わるのも一苦労だった。
まず、初対面の場合は、などと状況を説明され、その場での具体的な会話例を教わり、そこで使われている【雅典】の由来を学ぶ、という順番になる。
が、これまた比喩と装飾過多な言葉で教えてくれるものだから、本来の意図にたどり着くまでにかなり時間がかかってしまうのだ。年齢を重ねると率直な話し方ができなくなるものらしい。
私の周囲でズバリ話してくれるのは、【雅典】研究者でもある年若い側近だけだ。
この側近は【雅典】が好きすぎて、伝えたい情熱が羞恥に勝るため、羞恥を感じることなく率直に話せるのだ、と自慢げに話してくれた。
私は【雅典】を使う自分を意識してしまうとムズムズするので、素直にうらやましい。
側近にとって【雅典】を知らずに育った私は良い研究対象なのだとか。【雅典】教師として出会ったのに、いつの間にやら側近も兼任していた。
まぁ『太陽の欠片』が王子の比喩だとこの側近から率直に教えてもらえたのは良かった。そうでなければ、わけもわからず王宮に軟禁状態だった私は「育ての親から毒見役として城に売られるほど嫌われていたのか……」と今も鬱々としていたことだろう。
そんな経緯があり、目の前の令嬢然とした女性から聞くにはありえない直球な言い回しに、思わず素でツッコんでしまったわけだ。
それでもひと月でなんとか王子のフリが出来るまでにはなった私は、頼りになる側近に視線を向け、大真面目な顔でもって、それらしく頼む。
「我が光をもって足元まで照らせ(答えられる範囲で具体的に回答してくれ)」
「光の差すままに(殿下の意向うけたまわりました)」
……ムズムズする私の気持ちがおわかりいただけただろうか。
なにが光だ! 変にカッコつけないで普通に話せよ! と自分自身にツッコみたい。むしろ毎回ツッコまないとやっていられない。
大真面目に大層な言い回しをしなくてはならなくなった私は、ムズムズしながらも表情は微笑のまま変わらない。宿屋勤務歴18年。内心どうであれ接客は笑顔が基本だ。
「僭越ながら回答させていただきます。あくまで予定額となりますが、最低で五百くらいかと」
「まぁ。領地の広さの割に少ないですわね」
「っ」
「!」
我が側近と令嬢の侍女の二人が息をのんだ。
え。そんなに少ないのか。
宿屋の年間収入を超えているくらいじゃあお貴族基準は満たせないか。
「朝露照らすは曙なれば(私は就任したばかりだから)、我が呼び笛で天雲を乞う(本格的に内政に着手したら今より潤う予定だ)」
「あら。伸びしろはあると」
「まにまに(そうだ)」
しかしこの令嬢、笑い出しもせず、よくもまぁこんな会話を続けられるものだと感心する。生粋の貴族令嬢おそるべし。
私は習いはじめ、ありえない比喩と装飾過多な表現に頭の中はツッコミと笑いとで、とても会話どころではなかった。今も表情だけはつくろえているが、令嬢との言い回しの温度差にカゼをひきそうだ。
令嬢といえば、この見合いの前に、会話の練習として、幾人かの令嬢たちと話す機会があった。
呼ばれた令嬢たちは、黙って頷くか、令嬢から侍女に扇越しに伝え、さらに侍女から側近、側近から私と伝言され、直答も稀だった。おかげで側近が通訳を果たしてくれたから助かったが。
そんなやりとりを数回経て、ようやく令嬢から直接話してくれたかと思えば、意味不明な内容だったり、前の話からずれていたりした。
だから令嬢というものは『察して詩人ちゃん』だと思っていたが、ハッキリした令嬢もいるのだな。身分が公爵令嬢といと高いとやはり違う。
あ。もしや私が勘違いしていただけで、高位者同士は率直な話し方が普通なのか?
いや、皇族相手にうっかりしたことを話したら不敬罪みたいなことも習ったよな? いやいやでも、相手に合わせるのが基本とも聞いたし。
つまり私はどう話せば正解なんだ!?
あぁもう令嬢があんな質問を率直な言い回しでしなければ悩まなくて良かったのに!
考えすぎて混乱してきた私はついポロっと口にしていた。
「だいたいどうして『月にいくらもらえる?』などと聞いた? 私との婚姻が不満だからか?」
「違いますわ」
令嬢からすれば庶民育ちの雑種王子など嫌なのだろうと思ったが、違うらしい。
率直な言い回しを失言とはとられなかったようだし、【雅典】で詳しく話すには私の技術が足りていないので、このまま続けさせてもらおう。
「では、厄介払いに付き合わされるのが不満で、王家側からこの話を断らせたいのか」
王家には、すでに立派だと噂の王太子と、研究者気質の第二王子がいるらしい。王は私を認知したものの、火種になるような雑種はいらないのだろう。体よく追い出すためか、王都から離れた広い領地の領主になったらどうしたいか考えるように言われていた。
察するに、婚姻後はそこに引きこもり表に出てきてくれるなよ、ということだろう。
いきなり殺されないだけマシだが、付き合わされる令嬢はたまったものではないよな、と危惧したのだが。
「それも違いますわ。わたくし真剣にお相手を探しておりますもの。これまでの皆様にも同じ質問をしてきましてよ」
「は?」
『貴方と結婚したら私にお小遣いを月いくらくれる予定なの?』と、見合いの席で顔を合わせて秒で聞いてきたと?
「皆様、いきなり激昂されたりお席を立たれたりで。お答えしていただけた方はそれほど多くはありませんけれど」
え。それはそうなるのが普通では?
それとも、私の感覚がおかしいのか?
いったいまともな貴族令息というものはどんな対応をするものなんだ?
「……差し支えがなければ、これまでの回答を教えてくれないか」
「よろしくてよ。わたくし今回でこのように尋ねるのがちょうど三十回目ですの。そのうち四割の方は質問を黙殺してお答えいただけず。その時点でご縁がなかったのだと、こちらからお断りさせていただきましたわ」
今の私と同じように頭が真っ白になったのか、本当に知らなかったのか。あるいはそのどちらもか。なんにしても黙殺は論外だな。
「三割の方はお答えいただけたのですが、わたくしが『少ない』発言をした時点で先ほどお伝えした反応でしたので、そんな相手など願い下げですわ」
『令嬢から馬鹿にされた』と感じたのだろうが、怒りをそのまま返したり無言で去ったりは三流だ。
「二割の方はどう考えても多めに粉飾されておりましたので、やはりお断りいたしました」
当然だな。粉飾決算、ダメ、絶対。
「残りの一割だけが次に進めたのか。続けてなにを聞かれるのかも興味深いが、その前に、どうしてそこまで金が必要なんだ? 私が住む予定の領地は王都からかなり離れている。社交もそれほど頻繁ではないので交際費などそこまで必要ないと思うのだが」
「ふふ。殿下、今日のわたくしの装いを見てどう思われまして?」
「あ」
しまった。女性と会ったら、まずはひと言、もしくはこれでもかと言葉を尽くして褒めるのが貴族だった。
「伝え忘れていたな。流行りの装いでありながら、その他多数の令嬢よりも際立って感じられるほど、貴女に大変似合っている。つまり美しい」
「まぁ。初めていただくお言葉、新鮮ですわ。殿下、このような今のわたくしは、昨日今日で作られたわけではございませんの。体型や髪、肌の状態などは、日々のお手入れの積み重ねあってこそ。このドレス一着にしても、登城用かつお見合い用に厳選された珠玉の一着なのですわ」
このひと月だけでも貴族教育を受けてきて、貴族の知識も振る舞いも、一朝一夕で身につかないことは我が身に沁みている。
「貴女が大変な努力家であることはよくわかる。そのための費用がかかることも」
「ご理解いただけてなによりですわ。『令嬢らしいわたくし』を形作るためには、もちろんわたくし自身が至らなければなりませんが、前提として、隙を見せないようにあらゆる分野で最新の情報を仕入れる者、いつでも美しくあるためにわたくしを手入れできる者、わたくしの個性を理解して活かせる服飾品を作る者、健康を保つための日々の料理を作る者が必要ですの。中でも、わたくし付きの使用人や料理人のお給金はわたくし持ちなのですわ」
そういうものなのかと側近に視線を投げれば、その通りだと頷かれた。
「なるほど。ならばお茶会や舞踏会など北では華やかな場が少ない分、服飾費だけは減らせるだろうか」
「まぁ殿下。確かに作る数は減りましょうが、世間の流れをつかむための情報収集や、流行りを作るための情報操作、型を決めるまでのやりとりは必要ですわ。私か針子かが、王都から領地までの移動なども考慮いたしますと」
「あー。運搬料金はバカにならないな」
宿屋でいうところ年間通じての食材確保のようなものだなと、規模は違うが想像できた。
「納得していただけたようでなによりですわ。そうですわね。これから1年間の、領地でのおおよその予定はご存知でしょうか。それがわかれば、もっと具体的な数字を出せましてよ」
側近に視線を投げると、心得ている側近は前置きなしで流れるように話し始めた。
「領地の定期行事といたしましては、秋の収穫祭が一番大きなもので、次いで年末年始の婚姻式になります。あぁ、お二人のお披露目式は盛大になさったほうが領民に喜ばれるでしょう」
「お祝い事は領民の息抜きになりますものね」
そうか。事前に辺境をどうしたいのか考えておくよう言われていたのは、ここで話すためか。
「実は内政について、こうしてはどうかという案はあるのだ」
「まぁ! ぜひ聞きたいですわ」
私のふんわりした案に、ユリイカ嬢は的確で率直な相槌をはさむ。
打てば響くような会話は心地良く、気がつけば私は彼女の足元に膝をつき、たおやかな手を取って、華やかな顔を見上げていた。
「ユリイカ嬢、どうか私と結婚してほしい!」
「! ……今すぐにでもお返事したいのですが、形式上、まずは父に報告せねばなりません。このお話は一旦持ち帰らせていただきますわ」
「それも当然だ。良い返事を心待ちにしている」
「ふふ。それではごきげんよう」
ユリイカ嬢が去った後、私は他の侍女を下がらせ、側近を同じ机に促した。反省会という名目で、具体的にダメ出しをしてもらうためだ。
席に着くなり、側近はため息をついた。
「赤き月求むるにも弓もなしとは」
「待て。反省会なのだから、直接的な話し方で頼む。その言い回しだと問題点もわからないし、日が暮れても理解できそうにない」
「そうでしたね。ではあらためて言わせていただきますけど。殿下、いくらなんでも、傲慢令嬢とはいえいきなり求婚はナイです!」
いやさ。だからなんで、
「赤き月求むるにも弓もなしとは」
が、
『傲慢令嬢とはいえいきなり求婚はナイ』
になるんだ!?
と言いたいところだが、そこを掘りさげると長くなるのは今まででわかりすぎるほどわかっている――
『王族女性や個人にとっての特別な女性のこと』を『月』と表現するのだから、『月を求める』が『求婚』になるのは、まぁわかる。
『赤き』は察するに『傲慢』を意味しているのだろうが、どうして『赤』が使われるのかがわからない。私が忘れているか習っていないかのなにかしら由来があり、他の色なら意味が違ってくるのだろう。
『求婚』に『弓』が出てくるのは、『相手を射止める』的な意味合いと、月の女神が携えているのが弓だから、結婚にまつわる女性相手への贈り物や持ち物の一番重要な物を『弓』に例えている。まではわかるのだが、今回の『弓』は結局なんなんだ?
などと聞いたが最後、お見合いの反省会どころではなくなるのが目に見えている。
【雅典】研究者でもある側近は、私みたいな【雅典】知らずが、【雅典】のどの部分がわからないかを明確にしたくてたまらないらしいから。
――ので、私はあえて聞きたいことだけを口にする。
「ユリイカ嬢のどこが傲慢なんだ?」
「率直に言い過ぎるところでしょうが! あちらの侍女の顔を見ていなかったんですか? すぐに青ざめた顔になっていましたよ。『王城で王族相手にこんな話し方をして、手打ちになってしまうのではないか、巻き添えになったらどうしよう』と、気が気じゃなかったと思いますよ」
「そんなに? たしかにユリイカ嬢の物言いには驚いたけれど、あれくらいハッキリ言ってくれないと、私はなにを言われているかもわからないんだ。怒るどころかありがたかったくらいだよ」
「貴方はそうかもしれませんが、一般的な貴族はそうじゃないんですよ」
「だろうね」
貴族になってひと月の私が、貴族の感覚にたどり着けるはずもなし。
もちろん私だって手を抜いていない。
いないが、言葉が同じなだけで、前提となる知識が足りてないわ、翻訳しながら会話するようなものだわで、どうしたって会話も途切れがちになってしまう。
だから側近に任せているのだが、本来それが許されているのは、子どもか子女だけらしく……あぁそうか。ユリイカ嬢はあの調子で話すから『傲慢令嬢』などと呼ばれているのか。
「それに『領地の広さの割に少ない』は明らかな失言です!」
「そうか? 実際に少ないのだろうし、公爵令嬢の維持費にはそれくらいかかるのだろう?」
「ですから、理由があるとはいえ、正直に言えばいいってものじゃないんですよ! なんのために貴族の間で【雅典】が発展してきたと」
「うん。それはユリイカ嬢だってわかっていると思うよ。彼女は私が必死に話していた【雅典】を理解していたのだから、あえて率直な言い方をしていたのだろうし、わざとこちらを挑発しているようにも感じたよ」
「……まぁ確かにそうですね。王族ヘの不敬を命懸けでする理由など見当もつきませんけど」
「とにかく私はユリイカ嬢となら一緒にやっていけそうだから、結婚できるように動いてほしい」
「あっ、そうでした。いいですか! 婚姻の申し込みなど、一生に一度あるかないかなんですから、せめてもっと雰囲気を作ってからしてくださいよ!」
「あー。『弓』は『良い雰囲気』だったのか」
「本来『弓』は、『花束』とか『装飾品』とか『詩』とかなんでもいいんです。ただ妻問いに場の雰囲気すら無いってのはさすがにナイでしょ」
「言われてみれば確かにナイな。わかった。今すぐユリイカ嬢へ手紙をしたためるから、その間に花を用意してほしい。彼女に似合うのは」
「求婚時の花は決まっています!」
「なら、それとは別にもう一束たのむ。私が個人的に贈りたいんだ」




