第43話 最強夫婦
――シノンの姿が、消えた。
アリアナ、エルザ、リリィの目には、そう映った。
だが、三魔将の目には、はっきりと見えていた。彼女が、ただ『踏み込み』だけで音速を超え、肉薄してくる姿が。
「速い!」
闘将ゼストが、反応する。彼は、エルザの大剣すら指一本で止めた剛腕で、シノンの拳を迎え撃とうとした。
だが。
「『基礎』崩し」
シノンの拳が、ゼストの防御の『芯』を、正確に打ち抜いた。
ドゴォォォン! ゼストの巨体が、まるでボールのように弾き飛ばされ、遥か彼方の岩山を貫通した。
「なっ……!?」
氷の魔将グレイが、即座に反応する。
「『絶対零度領域』!」
自分の周囲一帯を、原子すら停止する極低温の空間に変える。物理攻撃も魔術も、この領域に入れば凍りつく。
「『基礎』歩法」
シノンは、止まらなかった。彼女は、凍りつく空間の『魔力の継ぎ目』を、まるで散歩でもするかのように、すり抜けた。
「ば、馬鹿な……!」
グレイの目の前に、シノンが現れる。
トン。軽い掌底が、グレイの胸に触れた。次の瞬間、衝撃波がグレイの背中から抜け、彼を後方の地面に叩きつけた。
「させません!」
闇の魔将マモンが、無数の『魔法武具』を空間収納から射出する。全方位からの飽和攻撃。
「『基礎』払い」
シノンは、片手でそれを払った。まるで羽虫を払うかのように。伝説級の武具たちが、飴細工のように砕け散る。
そして、マモンの目の前に立つ。
「……降参しますぅ」
マモンは、両手を上げた。商人の勘が告げていた。これ以上は『大赤字』だと。
静寂。ものの数十秒。魔王軍最強の三魔将が、たった一人の学生に完封された。
「……う、嘘でしょ……?」
アリアナが、震える声で呟く。
「師匠たちが……手も足も出ないなんて……」
エルザもリリィも、言葉を失っていた。
シノンは、息一つ乱していない。彼女は、倒れた師匠たちに一礼すると、玉座のディアブロに向き直った。
「……終わりました」
「クク……。見事だ」
ディアブロが、ゆっくりと立ち上がった。その全身から、どす黒い『覇気』が立ち上る。空間が、軋む。
「だが、シノン。……私を忘れていないか?」
ディアブロが、楽しそうに笑った。
「部下たちを倒したは終わったか。今度は私と遊ぼう」
「はい!」
シノンは改めて構え直した。さっきとは比較にならないオーラと、純粋な闘志が宿っていた。
「ディアブロさん。……いきます!」
「来い!恋人! 夫婦のスキンシップといこうか」
ドォォォォォン!! 二人が同時に動いた瞬間、荒野の地形が変わった。衝撃波だけで、地面がえぐれ、岩山が消滅する。
「『重力魔牢』・最大出力!」
ディアブロが、シノンに山脈級の重力を叩きつける。
「『基礎』呼吸法・改!」
シノンは、それを『気』だけで弾き飛ばす。
「遅い!」
ディアブロが、背後へ転移し、漆黒の魔剣を振り下ろす。
「見えてます!」
シノンは、振り返りざまに『裏拳』で魔剣を受け止める。素手対魔剣。火花が散り、空間に亀裂が走る。
「「「…………」」」
アリアナたちは、もはや悲鳴を上げることも忘れていた。目の前で繰り広げられているのは『戦い』ではない。『天変地異』だ。魔法も、剣技も、常識も、何もかもが通用しない、神話の領域。
▶(アリアナ)◇
(……これが、シノンさんの『世界』……)
ずっと、守ってあげなきゃと思っていた。世間知らずで、危なっかしくて、私たちがついていてあげなきゃって。……違った。守られていたのは、私たちの方だったんだ。
あの『魔人幹部』との戦いも。奈落での冒険も。シノンさんは、ずっと、この力を隠して、私たちに合わせてくれていた。
(……悔しい。……でも)
アリアナは、戦うシノンの『横顔』を見た。それは、今まで見たどんな顔よりも、生き生きとして、楽しそうで、……美しかった。
(あんな顔、私たちには見せてくれなかった。あの人だけが、シノンさんの『本当』を引き出せるのね……)
▶◇◇◇
「はぁ……はぁ……!」
「……クク。……やるな」
数十分後。荒野は、完全に更地になっていた。シノンとディアブロは、互いに拳を突き合わせ、動かない。拮抗。どちらも、一歩も引かない。
「……引き分け、ですね」
シノンが、汗を拭いながら笑った。
「ああ。……今日のところはな」
ディアブロも、満足げに笑い返す。
二人は、戦いの中で、再び『心』を通わせていた。言葉はいらない。拳と魔力の交差だけで、互いの『存在』を認め合い、愛し合っていた。
シノンは、ディアブロの手を離し、仲間たちの元へ歩み寄った。
アリアナ、エルザ、リリィは、呆然と立ち尽くしていたが、シノンが近づくと、ハッとしたように顔を上げた。
「……みんな」シノンは、深々と頭を下げた。「ごめんなさい。……ずっと、黙ってて。これが、私の……本当の『基礎』です」
沈黙が流れる。シノンは、拒絶されるかもしれないと、怖かった。『化け物』だと、怖がられるかもしれない。
だが。
「……バカね」
アリアナが、泣き笑いのような顔で言った。
「謝る必要なんてないわ。……あなたが『規格外』なことくらい、最初から知ってたもの」
「そうだぞ! シノン!」
エルザが、シノンに飛びついた。
「すっげえ! すっげえよお前! 師匠より強いなんて! ……私の目標、変更だ! お前に勝つ!」
「ふふふ。やはり、私の目に狂いはありませんでしたね」
リリィが、電卓を叩く。 「この『戦力』……。国家予算どころか、世界を買えますよ」
三人は、シノンを受け入れた。『規格外』のシノンごと、全部ひっくるめて、『仲間』として。
「みんな……!」
シノンは、涙を流しながら、三人と抱き合った。
その様子を、ディアブロと三魔将が、遠くから見守っていた。
「……良い『仲間』を持ったな、嫁よ」
ディアブロが、優しく呟く。
「我々も、負けてはいられませんね」
グレイが、眼鏡を直す。ゼストもマモンも、同意するように頷いた。
シノンの『秘密』は開示された。もう、隠し事はない。『アベレージ・ワン』は、真の意味で『最強のチーム』となった。




