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恵の物語  作者: リンダ


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33/69

光希、クロカンで伸びる

 第33話 光希、クロカンで伸びる


 光希は、伸び悩んでいた。


 ノルディック複合のジャンプは悪くない。

 むしろ、上位でクロスカントリーへ入れることが増えていた。


 けれど、問題はそこからだった。


 クロカンで、思うように差が詰まらない。


 雪が重い日。

 板が返らない日。

 呼吸が乱れる日。

 カーブでわずかに外へ流れる日。


 その“小さな違い”を、光希は拾い切れていなかった。


「……また中盤で落ちたべ」


 練習後、光希はストックを雪に刺したまま、白い息を吐いた。


 相田飛竜が隣で肩を回す。


「俺もっす。今日は雪、なんか変でしたよね」


 佐々木正嗣が低く言う。


「“なんか”じゃ、たぶん足りない」


 その言葉に、光希は黙る。


 そう。

 “なんか重い”では足りない。


 どこが重いのか。

 いつ重くなったのか。

 板が悪いのか。

 雪が悪いのか。

 自分の呼吸が遅れたのか。


 そこまで見えなければ、次に直せない。


 そこへ、恵がやって来た。


「光希、今日、見えてなかったべ」


 光希は苦笑する。


「厳しいべな」


「んだ。うちも散々言われてるべ」


 恵の後ろには、海斗、寄子、コスキネン。

 さらに、なぜかスマホを持った雪。


 光希は嫌な予感がした。


「……何する気だべ」


 寄子がにっこり笑う。


「女子ジャンプ代表でやった観察力トレーニング、クロカンにも導入します」


 相田

「え、何すかそれ」


 恵は少しだけ申し訳なさそうに言った。


「今見えるものを使って、ギャグコントを完成させよ、だべ」


 相田

「はい?」


 佐々木

「……ギャグ?」


 光希

「クロカンで?」


 コスキネンは真顔で頷いた。


「クロカンでも、観察だべ」


 海斗は短く言った。


「逃げるな。やれ」


 その瞬間、雪のスマホがつながった。


 画面に映ったのは――


 博多の双子姉妹、光子と優子。


 だけではなかった。


 その後ろに、美鈴と優馬もいる。


 光子

「光希くん、聞こえるー!?」


 優子

「今日は家族総出たい!」


 美鈴

「うちらまで呼ばれたんやけど、何するんね?」


 優馬

「なんか鉄道ネタって聞いたぞ」


 光希は頭を抱えた。


「もう嫌な予感しかしねぇべ……」


 ◆ お題:複線の函館本線、上り線と下り線の喧嘩


 寄子が発表した。


「今日のお題は――

 複線の函館本線の上り線と下り線が喧嘩して、特急ライラックとオホーツクが巻き込まれる」


 沈黙。


 相田

「情報量多くないっすか?」


 佐々木

「線路が喧嘩するのか」


 光希

「特急まで巻き込むべか……」


 恵はもう笑いをこらえている。


 光子が画面の向こうで立ち上がった。


「よか題材たい!」


 優子

「いや、よかかどうか分からんけど、やるしかなか!」


 美鈴が苦笑する。


「線路役って何するん?」


 優馬が腕を組む。


「上り線と下り線なら、性格分けられるな」


 光子

「お父さん、妙に乗り気たい!」


 ◆ 即興コント

『函館本線 上り線と下り線の仁義なき喧嘩』


 光子が上り線役。

 胸を張って、なぜか偉そうに言う。


 光子

「私は上り線たい。札幌方面へ向かう、都会派のレールたい」


 優子が下り線役。


 優子

「はぁ?こっちは下り線たい。旭川・網走方面へ向かう、北の大地を背負ったレールたい!」


 光希

「線路がプライド高ぇべ……」


 美鈴が駅員役で入る。


 美鈴

「ちょっと二人とも、朝から喧嘩せんとって。ダイヤ乱れるやろ」


 優馬が特急ライラック役。


 優馬

「すみませーん、札幌行きたいんですけど、どっち通ればいいですか?」


 光子

「もちろん私たい!上り線は洗練されとる!」


 優子

「ちょっと待て!下り線がなかったら帰ってこられんやろ!」


 光子

「帰りは気合いでどうにかせぇ!」


 優子

「鉄道を根性論で運行するな!」


 クロカンチーム、すでに爆笑。


 相田

「上り線、ひどいっす!」


 佐々木

「下り線、正論」


 ◆ オホーツク、巻き込まれる


 そこへ、コスキネンが真顔で割り込む。


 コスキネン

「では私は、特急オホーツクやるべ」


 恵

「コスキネンさんまで参戦するべか!」


 コスキネンは少し低い声で言う。


「私はオホーツク。網走まで行きたい。

 なのに線路が喧嘩している。困るべ」


 優馬ライラック

「こっちも困ってます。札幌行きたいだけなのに、上り線が自意識過剰で」


 光子上り線

「誰が自意識過剰たい!」


 優子下り線

「自覚なかとが一番怖か!」


 美鈴駅員

「はいはい、落ち着いて。まず運行管理に従いなさい」


 光子上り線

「でも私、今日は主役で行きたい!」


 優子下り線

「線路に主役も脇役もあるか!」


 コスキネンオホーツク

「線路が主役争いしたら、列車は全部、待ちぼうけだべ」


 一同、爆笑。


 恵

「オホーツクが一番冷静だべ!」


 ◆ ライラック、キレる


 優馬ライラックが一歩前に出る。


「もういい。俺は特急ライラックだ。定刻運行が命なんだ」


 光子上り線

「なら、私を褒めてから通るたい」


 優馬ライラック

「え?」


 光子上り線

「“今日もまっすぐで美しいレールですね”って言って」


 優馬ライラック

「線路にご機嫌取りせなあかんのか!」


 優子下り線

「上り線、めんどくさ!」


 美鈴駅員

「はい、上り線、感情をレールに乗せすぎ」


 相田、雪の上に倒れ込む。


「感情をレールに乗せすぎって何すか!」


 佐々木も肩を震わせる。


「鉄道なのに人間関係が濃すぎる」


 ◆ 光希、観察する


 笑いながらも、光希はふと気づいた。


 上り線。

 下り線。

 どちらも同じ線路に見える。


 でも、役割が違う。


 進む方向が違う。

 乗せる列車が違う。

 求められるリズムも違う。


 クロカンも同じではないか。


 上り。

 下り。

 平坦。

 カーブ。


 全部、雪の上を滑ることには変わりない。

 でも、役割が違う。


 上りでは踏む。

 下りでは受け流す。

 平坦ではリズムを刻む。

 カーブではラインを選ぶ。


 同じ雪道に見えても、同じではない。


 光希は、笑いながらも、少し真剣になった。


(……上り線と下り線、か)


 ◆ 優馬の締め


 優馬ライラックが最後に言う。


「線路さんたち、分かった。どっちも大事だ。

 上りも下りも、役割がある」


 光子上り線

「……まあ、そうたい」


 優子下り線

「最初からそう言っとる」


 コスキネンオホーツク

「役割が違うだけ。優劣じゃないべ」


 美鈴駅員

「はい、今日の教訓。

 違いを見つけることは、喧嘩するためじゃなく、ちゃんと使い分けるため」


 その一言で、空気が少し変わった。


 寄子が小さく頷く。


「美鈴さん、今かなり大事なこと言いましたね」


 海斗も言う。


「クロカンも同じだ」


 光希が顔を上げる。


 ◆ 海斗の解説


 海斗はクロカンコースを指さした。


「お前たちは“コース”と一言でまとめすぎる」


 相田が黙る。

 佐々木も頷く。


 海斗

「上り、下り、平坦、カーブ。

 雪質、風、日向、日陰。

 全部違う。

 だが、お前たちは苦しいと、全部を“同じ雪道”として押し切ろうとする」


 寄子が続ける。


「上り線と下り線は、同じ線路に見えるけど役割が違う。

 クロカンの区間も同じ。

 同じように滑っていたら、そりゃ疲れる」


 コスキネンが言う。


「違いを見つける。

 違いに合う動きを選ぶ。

 これが速くなる方法だべ」


 光希はストックを握り直した。


「……上りは上り。下りは下り。

 全部に同じ力を使ったらダメなんだべな」


 海斗

「そうだ」


 相田が呟く。


「俺、上りでも下りでもずっと力入れてたかも」


 佐々木

「俺は下りで休みすぎてた」


 光希

「うちは中盤のカーブ、全部同じラインで入ってたべ」


 海斗が頷く。


「見えてきたな」


 ◆ 練習再開


 通話の向こうで光子が手を振る。


「じゃあ光希くん、次からは線路の気持ちを考えて滑るたい!」


 優子

「いや、線路の気持ちじゃなくて区間の違いたい!」


 美鈴

「怪我せんように頑張りなさいね」


 優馬

「ライラックとオホーツクも応援しとるぞ」


 恵が笑いながら言う。


「なんで特急が応援団になってるべ」


 通話が切れたあと、雪原にはまだ笑いの余韻が残っていた。


 でも光希の目は、さっきと違っていた。


 彼はコースを見た。


 上り。

 下り。

 カーブ。

 日陰。

 風の抜ける場所。


 全部が、少し違って見えた。


「……行くべ」


 光希はスタート位置に立った。


 今度は、ただ力で滑らない。


 上り線には上り線の走り。

 下り線には下り線の走り。


 役割を見つけて、使い分ける。


 ストックを雪に刺す。


 雪の音が変わる。


 光希は走り出した。


 その背中を見ながら、恵は小さく鈴を鳴らす。


 ちりん。


「見えてきたべな」


 海斗が短く答えた。


「記録は伸びる」


 そしてその言葉通り、

 この日を境に、光希のタイムは少しずつ動き始める。


 大きな変化ではない。


 けれど、確実に。


 雪を見る目が変わるとき、

 記録もまた、静かに動き出すのだった。


 次回予告


 クロカンで手応えを掴み始めた光希。

 しかし、世界を目指す道は甘くない。


 国内強化大会。

 ジャンプで上位につけた光希は、クロカンで初めて“勝負の走り”を試す。


 上りと下り。

 日向と日陰。

 雪の重さと板の返り。


 複線の線路の喧嘩から学んだ“違いの使い分け”は、果たして本番で通用するのか。


 一方、恵は女子ジャンプの試合で、新フォームの真価を問われる。


 次回、

 第4話 世界は恵を研究する


 追われる者と、追う者。

 風を見る目が、勝負の景色を変えていく。

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