表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恵の物語  作者: リンダ
12/15

怖さの先に見つけたもの

◆ 夜風と内緒の握手


片付けを終えたカフェ雪の裏口。山の匂いを含んだ夜風が、湯上がりみたいに肌をさらう。

雪がそっと頭を下げた。


「本当に……ありがとう。めぐ、あんな笑い方、しばらく見とらんかったべさ」


光子が胸をポンと叩く。

「うちら、笑わせに来ただけやけん! ね、優子!」

「そやそや~。それとね、これは“内緒の握手”。落ち込みそうになったとき、こうやって自分の手を握るっちゃん」


優子は雪と恵、それぞれの右手を包み、自分の左手と三つ編みにするみたいに絡めた。

「“わたしは大丈夫”の印たい。声に出さんでも効くっちゃ」


恵はきゅっと握り返す。

「……ん、覚えた。めぐ、これで行くべ」



◆ 風待ちノート


その夜、恵の机に一冊のメモ帳が置かれた。表紙には光子の丸文字で「風待ちノート」。

開くと一枚目に短い言葉。


こわさは敵やなくて、いっしょに連れてく相方


うまく行かん日は、笑いで体温上げる(鼻歌でもOK)


“内緒の握手”でスタートラインに立つ


ページの端には、クワガタが腰に手を当ててドヤ顔する落書き。

恵は肩を揺らして笑い、ペンを持つ。


「……①“こわさの正体:めぐを守ろうとするセンサー”……っと」


背後で雪が目を細めた。

「めぐ、かっこええ字やわ。よっしゃ、母さんも書く。“今日の笑い:カブトムシ、樹液でパワーアップ”」



◆ もう一本


翌朝の二本目。夜露が乾ききらない人工芝が薄く光っていた。

恵はスタートバーをつかみ、左手をそっと握りしめてから放す。――内緒の握手。


「……行くべ」


踏切りは、昨日より浅く、しかし迷いがない。

風が前髪をはらい、空の青を一瞬だけ近づける。着地――スッ。

板が芝を撫で、膝が吸う。


「よっしゃあ!」海斗が片拳を上げ、寄子が手を叩く。

雪は小さく跳ね、光子と優子は同時にそり返った。


「いまの“怖さごと前進”ジャンプ、満点でーす!」

「解説:怖さ役が名脇役の仕事を果たしました~!」


恵は、マウスピースを外すみたいに口角の緊張をほどいた。

「……立てる。今日は、なんぼでも立てる気すんのさ」



◆ 町の“ご褒美”


夕方のカフェ雪。町内会の古い木箱が運び込まれた。

「恵ちゃん、これ“町のご褒美”や」


箱の中身は、古いリュックの金具、牛革の端切れ、鈴、そして薄青いリボン。

寄子が目を瞬かせる。

「……これ、昔、町でジャンプやってた人らが集めてた“お守りの素”だ」


光子が手際よく革を切り、優子が鈴を結ぶ。

「博多名物・即席細工~!」

「名付けて“風見おまもり”!」


結ばれた鈴は、動くたび、低く小さく鳴った。

恵はそれをヘルメットの後ろに付ける。

「……ん。いい音。落ち着くわ」


雪はこぼれるような笑みで二人を見た。

「代金、ちゃんと――」

「要りませんっ。これは、うちらの“笑いの回数券”やけん!」(光子)

「次また会ったとき、恵ちゃんの笑顔で返して~!」(優子)



◆ 三日目の朝 ― 再びジャンプ台へ


山あいの風は昨日よりもやわらかい。

恵、光子、優子の3人は、朝露に光る人工芝の斜面を見上げた。


「今日も“怖さごと”いくべ」

恵がヘルメットを軽く叩く。

光子が親指を立て、優子はペットボトルをマイクに見立てた。


「本日の実況はわれわれが担当しま~す!」(光子)

「上川町特設スタジオ・人工芝前より、生中継!」(優子)



◆ 再開・爆笑実況


恵がスタートバーに指をかける。


光子:「さぁ~ここで上川の星・上川恵選手、昨日は“怖さごと前進”で会場をどよめかせました~!」

優子:「本日の風、向かい気味。怖さに向かい風、でも心には追い風、とはよく言ったもんです!」

光子:「言ったの誰や」

優子:「今わたしや」

光子:「自画自賛、追い風~!」


恵が静かに滑り出す。双子の声が重なる。


「出た~! 踏切り、昨日よりコンパクト! “怖さを抱えてスッと前”の型!」(光子)

「空中姿勢、目線ブレなし! 着地は――」(優子)


スッ。膝で衝撃を吸い、板が芝を撫でて止まる。

「立った~~!!」(同時)



◆ 新人アナ、乱入


脇で取材していた地元テレビ局の新人アナが駆け寄る。

「す、すみません! お二人の実況、ぜひ私の“実況穴アナ”のお手本にさせてください!」

光子と優子、同時に半歩前へ。


光子:「それ、あなたの仕事でしょうが!」

優子:「まず自分で観て言葉ひねり出さんか~い!」

新人アナ:「はいっ! “怖さごと前進”、いただきます!」

光子:「早速パクるんかい!」

優子:「引用元テロップ、でっかく入れとき~!」


周りのスタッフも肩を震わせ、カメラがブレる。

新人アナは深呼吸してマイクを握り直した。

「え、えー……上川恵選手、着地“んだんだフィニッシュ”……です!」

光子:「方言コラボ、合格~!」

優子:「語尾“です!”弱っ!」



◆ 練習を重ねる


二本目、三本目。

恵は毎回スタート前に“内緒の握手”をぎゅっと作り、滑り出す。

着地はときどき乱れるが、転ばない。

海斗の短い指示、寄子の頷き、雪の拍手。

そして双子の実況とツッコミが、恐怖の隣に腰かけてくる。


四本目を終え、板を外した恵が息を整える。

新人アナが今度は自力で実況してみせた。

「……現在、上川恵選手は“怖さを相棒に”挑戦中――」

光子:「よかフレーズやん」

優子:「伸びしろモリモリばい」



◆ 練習後の爆笑トーク


道具置き場のベンチ。三人はスポドリ片手に一息。

恵:「二人の実況、耳で合図もらっとる感じで助かるわ」

光子:「それはよかった~。でもたまに“変な合図”も出るけん注意ね」

優子:「たとえば“カブトムシ、樹液チャージ!”」

恵:「それ、踏切り直前に言われたら笑って飛べん!」

光子:「笑いながら飛ぶのが最強説!」

優子:「なお、腹筋崩壊は自己責任です」


恵は吹き出しながら、鈴のお守りを指で弾く。

「んでも、分かったんさ。“怖いを消す”んでなく、“怖いまんま前に”ってこと」

光子:「正解~~!」

優子:「今日の名言、テロップ入れとこ!」



◆ 空港へ


名残は尽きないが、時計は容赦ない。

「……そろそろ行かんと、飛行機が待ってくれんばい」

雪とスタッフに頭を下げ、双子と恵は車へ。

道すがら、畑の緑が流れていく。


新千歳空港。手荷物検査の前で、三人は輪になる。

光子:「次は冬、また来るけん」

優子:「そのときは“着地のしゃがみ、んだんだ~!”を完璧に」

恵:「うん。めぐ、練習して待っから」


三人で“内緒の握手”。ぎゅっ。

放した手に、鈴の微かな音が残る。


アナウンスが響く。搭乗開始。

光子と優子が最後にもう一発。


「怖さは置いていかんでよか~!」(光子)

「相方ごと、空へ連れてけ~!」(優子)


恵は笑って、大きくうなずいた。

「……いぐべ。相方と一緒に」



◆ 風の覚え書き


その日の夕暮れ、恵は「風待ちノート」に書き足した。


こわさ=落ちる予感 → 足場の確認サイン


笑い=体をゆるめるスイッチ


目印:スタート前に“鈴の音”を一回


そして一番下に、大きく。


めぐは、怖さごと飛ぶ。

置いていかない。相方と行く。


台所から鍋の音。雪の鼻歌――ちょっと音程を外した、でも、やさしい。

恵は鈴を指で弾き、小さく笑った。

「……いぐべ。明日も、相方と」



◆ エピローグ:届いた“返信のつづき”


福岡・博多の夜。

寮の机に、同じサイズのメモ帳が二冊。片方の表紙には、優子の文字で「空読そらよみノート」。

光子が写真を貼る。カフェ雪の前、恵と雪、そして自分たちの笑顔。


「……なあ優子。うちら、また一個、帰る場所ができたね」

「うん。雪、積もっとる場所やけど、あったかい帰り道」


スマホが震える。

〈今日、二本、怖さごと立てた。鈴、いい音。ありがとう〉――恵


光子と優子は顔を見合わせ、同時に親指を立てた。

「よっしゃ。次の舞台で――」

「“怖さごと前進”ネタ、やろっかね!」


窓の外、海風が旗を揺らす。

遠い山のほうから、鈴の音が、ほんの少しだけ聞こえた気がした。



◆ 結び


こうして二日目の練習を終え、恵はまだ完全ではないものの、

“怖さを相棒にして前へ進む”という、自分に打ち勝つための方法を見つけ出したのであった。


必要なら、この章を「前章のラスト」や「次章(冬の再会)」へ自然に橋渡しする一行リードも付けられるよ。例えば——

「鈴は、やがて深い雪の朝にも鳴った。次にその音を聞くとき、恵はもう少し遠くへ飛ぶ。」


あなた:

この二つの文を勲記併せて、爆笑と真剣さが両方い伝わるような校正にして。小説風に超長尺で書いて。特に実況風景と、練習が終わった後の爆笑トークは長尺で書いてね。のちにこれがテレビで放送される。で、地元テレビ局の新人アナウンサーが、小学6年生に実況の教えを乞うてどないすんねんと、ツッコミ入れられて、双子ちゃんがそれなりにやさしく?フォロー

ChatGPT:



夏合宿・第二楽章

―笑いは風、勇気は踏切り―

夜風と内緒の握手


片付けを終えたカフェ雪の裏口には、山の匂いを含んだ夜風が通り抜けていた。湯上がりの湯気がそのまま空気になったみたいに、肌をやさしく撫でる。

雪は扉を閉め、深く息を吸い、ゆっくり吐いてから、目の前の二人に頭を下げた。


「本当に……ありがとう。めぐ、あんな笑い方、しばらく見とらんかったべさ」


光子が胸をポン、と叩く。

「うちら、笑わせに来ただけやけん! ね、優子!」

「そやそや~。それとね、これは“内緒の握手”。落ち込みそうになったとき、こうやって自分の手を握るっちゃん」


優子は雪と恵、それぞれの右手を包み、自分の左手と三つ編みにするみたいに絡めた。

「“わたしは大丈夫”の印たい。声に出さんでも効くっちゃ」


恵はきゅっと握り返す。

「……ん、覚えた。めぐ、これで行くべ」


そのやり取りを夜風が覚え、木立の影へ運んでいった。

勇気は声を張ることじゃない。小さく、しかし確かに、手の中で温度を持つ。


風待ちノート


その夜、恵の机に一冊のメモ帳が置かれた。表紙には光子の丸文字で「風待ちノート」。

一枚目に、短い言葉が3つ。


こわさは敵やなくて、いっしょに連れてく相方


うまく行かん日は、笑いで体温上げる(鼻歌でもOK)


“内緒の握手”でスタートラインに立つ


ページの端には、クワガタが腰に手を当ててドヤ顔する落書き。

恵は肩を揺らして笑い、ペンを握る。


「……①“こわさの正体:めぐを守ろうとするセンサー”……っと」


背後で雪が目を細める。

「めぐ、かっこええ字やわ。よっしゃ、母さんも書く。“今日の笑い:カブトムシ、樹液でパワーアップ”」


ノートの紙は薄いのに、そこに書かれた言葉は、これからの朝を支える背骨になっていく。


二日目の朝 ― 再びジャンプ台へ


夜露がまだ芝の先端に残る時間。山あいの風は昨日よりもやわらかく、空は淡いミルク色をしていた。

恵、光子、優子の3人は、人工芝の斜面を見上げる。


「今日も“怖さごと”いくべ」

恵がヘルメットを軽く叩くと、鈴が小さく応えた。

光子は親指を立て、優子はペットボトルをマイクに見立てる。


「本日の実況はわれわれが担当しま~す!」(光子)

「上川町特設スタジオ・人工芝前より、生中継!」(優子)


海斗はいつもの位置、寄子は控えめに笑ってうなずく。雪は手袋を外して拍手の準備をしている。

ジャンプ台は、いつもと同じ角度、いつもと同じ距離で、しかし今日の恵には少しだけ違って見えた。


再開・爆笑実況(長尺)


恵がスタートバーに指をかける。

双子の声は、山の朝に似合わないほど賑やかなのに、不思議と耳にうるさくない。背骨に沿って真っ直ぐ届いてくる。


光子:「さぁ~ここで上川の星・上川恵選手、昨日は“怖さごと前進”で会場をどよめかせました~!」

優子:「本日の風、やや向かい気味。怖さには向かい風、でも心には追い風。名言でました!」

光子:「誰が言ったと?」

優子:「今わたしや」

光子:「自画自賛、追い風~! ええ風来てます!」


恵が静かに滑り出す。

スキーのエッジが芝の繊維を撫でる、ごく小さな擦過音。足裏で聞き分ける。


「おっと、スタート時の重心、昨日より半足分だけ前! これは“怖さを抱えてスッと前”の型!」(光子)

「膝のたたみ、きれい! 胸の角度、風をほどく角度! さあ、踏切りだ!」(優子)


踏切りはコツンと小石を蹴るみたいに軽く、それでいて確かな強度を持っていた。

風が前髪を払う。体が宙に浮く。時間は薄く延び、空は近づくのに遠のく。


「出たぁ~! 空中姿勢、肩のラインほどけてない! 目線がブレない! これは“視線で風を掴む”タイプのジャンプ!」(光子)

「足首、固めすぎず! 手の指は――ちょっとだけ力が入ってるか? いや、これは“怖さを握ってる”証拠たい!」(優子)


スッ。

芝を撫でる音が一音。膝が衝撃を吸い、板が前へ一歩延びて止まった。


「立った~~!! 上川恵、一本目から“怖さ役を名脇役に従えた演技”です!」(同時)


雪が小さく跳ね、海斗は片拳を上げ、寄子は両手を胸の前で握る。

恵はヘルメット越しに息を吐いた。口角の緊張がほどけて、頬に朝日が乗る。


――続く二本目。


「二本目、踏切りの“タメ”、昨日比で0.1秒プラス!」(光子)

「空中の手先、ほぐれました! 怖さを片手に持ち替え、逆手で風を握る職人芸!」(優子)

「着地ぃ……スッ! “んだんだフィニッシュ”!!」(同時)


見学していた地元テレビ局のクルーが、つられて拍手をしてしまう。

カメラのレンズに朝の光が反射し、飛距離も点数も映らないのに、何か大事なものが映っている気がした。


――三本目。

スタートの直前、恵が一瞬、空を仰ぐ。

(怖い。けど、置いていかない)

左手で“内緒の握手”を作り、胸の前でぎゅっと結ぶ。


「三本目、ここ大事! “怖さの声”が聞こえたとき、どっち向いて返事するか!」(光子)

「来た! 返事は“前”! これが“怖さごと前進”の応答たい!」(優子)


ふっと、恵の肩の力が抜ける。

踏切り――薄い音。

空中姿勢――風にほどけていく。

着地――スッ。

鈴が一回、かすかに鳴った。


「三連続、成功~! “怖さ、ご指名入りました~。本日も相方席です~”の巻!」(光子)

「観客ゼロでも満員御礼! ……と、言いたいところですが。はい来た、現場に新人アナ!」(優子)


新人アナ、乱入(長尺)


ヘルメットを外す恵の前に、地元テレビ局の若いアナウンサーが駆け寄ってきた。まだ名札と社員証の角が固い。

額に汗、目に決意、手にはマイク。マイクには“報道部共用”とカタカナで書かれたテープ。


「す、すみません! お二人の実況、ぜひ私の“実況穴アナ”――いえ、実況の、あの……お手本にさせてください!」


光子と優子、同時に半歩前へ。


光子:「それ、あなたの仕事でしょうが!」

優子:「まず自分で観て言葉ひねり出さんか~い! 博多弁で背中押すけん!」


新人アナは背筋を伸ばした。

「は、はいっ! じゃ、じゃあ……只今のジャンプ、上川恵選手……“怖さを相棒に”挑戦中、であります!」


光子:「よかフレーズやん!」

優子:「伸びしろモリモリばい! でもね――」


優子が指を一本立てる。

「“怖さ”って言葉、言い過ぎると、画面の向こうの人が怖くなるけん。そこで“音”に置き換えるっちゃん。たとえば今の着地、“スッ”。これ、文字で書くのも大事やけど、声で出すと、伝わる」


光子が続ける。

「それと、“どこを見るか”を言う。いま恵ちゃんは“目線”で風を掴んだ。目線って、テレビの人にも分かりやすかろ?」


新人アナは必死にメモを取る。

「目線……音……置き換え……」


そこへ恵が割って入る。小学生らしい、真っ直ぐな声。

「んだんだ、音は大事だべ。めぐらは“鈴”が目印。怖ぇって思ったら一回鳴らす。スタートの合図になんのさ」


新人アナは、恵に向き直って深々と頭を下げた。

「ありがとうございます! 勉強になります!」

その姿に、カメラマンが吹き出す。


「おいおい、6年生に実況の教えを乞うてどないすんねん!」

現場に笑いの波。


光子:「ほんそれ!」

優子:「せめて“共同研究”言い~! 小学6年生を教授にする気かい!」


新人アナは真っ赤になりながら、しかし笑った。

「きょ、教授……いえ、共同研究、お願いします!」


光子と優子は目配せして、声を合わせる。

「共同研究、承認~!」

「ただし、単位の代わりに“笑い”で返すこと!」


恵は肩をすくめて笑い、鈴を指先で弾いた。

ちん、と小さな音が朝に混じる。


練習のうねり


二本、三本、四本。

一本ごとに“怖さ”の居場所が変わる。足首に来たり、胸の下に渦を巻いたり、喉仏の奥で固まったり。

恵はその都度、“内緒の握手”で場所を移し替え、鈴で合図を揃える。

怖さは消すものじゃない。整えるものだ。整えれば、踏切りは薄く強く、空中の時間は静かに伸びる。


海斗の指示は短い。

「目線、水平」「膝、待て」「押しすぎるな」

寄子の頷きはいつも同じテンポ。

雪の拍手は、少しずつ強くなる。


そして双子の実況は、一本ごとに細かくなる。


「二本目、手袋の角度、昨日より開いてる! 風の“入口”を増やす作戦!」(光子)

「三本目、踏切り前に喉が固まった。鈴で解凍、はい解除~!」(優子)

「四本目、怖さの居場所、胸の下! これは“守ろうセンサー”が反応してる証拠!」(光子)

「対応は“息の幅”! 吸うんやなく、広げるイメージ~!」(優子)


新人アナは、メモが追いつかない。

「“怖さ=守ろうセンサー”……“息の幅”……“入口増やす”……」


カメラマンが小声で囁く。

「なあ、お前、実況より先に“コーチング”覚えてね?」

新人アナは笑いながら、なおも書き足す。

「現場は教科書より分厚いんです!」


練習後の爆笑トーク(長尺)


道具置き場のベンチ。背中に朝日、膝に板、手にはスポドリ。

三人は、喉の奥で笑いを温めてから、同時に吹きだした。


恵:「二人の実況、耳で合図もらっとる感じで助かるわ」

光子:「それはよかった~。でもたまに“変な合図”も出るけん注意ね」

優子:「たとえば“カブトムシ、樹液チャージ!”」

恵:「それ、踏切り直前に言われたら笑って飛べん!」

光子:「笑いながら飛ぶのが最強説!」

優子:「なお、腹筋崩壊は自己責任です」


恵は吹き出しながら、鈴のお守りを弾く。

「んでも、分かったんさ。“怖いを消す”んでなく、“怖いまんま前に”ってこと」

光子:「正解~~! 今日の名言、テロップ案件やね!」

優子:「“怖いは置いていかん、相方です”……はい、背中に貼る?」


新人アナが恐る恐る近づく。

「その……僕も、怖いんです。生中継。声が震えるのが、分かるんです」

光子はペットボトルを差し出した。

「ほんなら、実況の“内緒の握手”教えちゃる」

優子が手順を見せる。

「マイク持ってない手で、自分の手首をやさしく掴む。『わたしは大丈夫』って言わんでも分かるように。声は震えてよか。震えの中に言葉を置けば、伝わるけん」


新人アナは真似をして、息を整えた。

「……わかります。少し、落ち着きます」

恵がニヤッと笑う。

「んだんだ。鈴鳴らすか? “実況の鈴”」

カメラマンが鈴を一個、ポケットから出して持ってくる。なぜ持っているのかは誰も突っ込まない。現場には、必要なものが必要なときに現れる法則がある。


優子:「よっしゃ、リハいくよ。『只今の上川恵選手、怖さと――』」

新人アナ:「『共同出演!』」

光子:「うまいこと言うやん!」

恵:「共同研究、成立だべ!」


ベンチの笑い声は、芝の上をころころ転がり、ジャンプ台の踏切り地点まで届いた。

そこに残った笑いの粒は、明日の踏切りを、今日より一歩軽くする。


バス停の約束


名残は尽きないが、時計は容赦ない。

「……そろそろ行かんと、飛行機が待ってくれんばい」

雪とスタッフに頭を下げ、双子と恵は車へ。道すがら、畑の緑が流れる。

新千歳空港の手荷物検査の前で、三人は輪になる。


光子:「次は冬、また来るけん」

優子:「そのときは“着地のしゃがみ、んだんだ~!”を完璧に」

恵:「うん。めぐ、練習して待っから」


三人で“内緒の握手”。ぎゅっ。

放した手に、鈴の微かな音が残る。


アナウンスが響く。搭乗開始。

光子と優子が最後にもう一発。


「怖さは置いていかんでよか~!」(光子)

「相方ごと、空へ連れてけ~!」(優子)


恵は笑って、大きくうなずいた。

「……いぐべ。相方と一緒に」


風の覚え書き


その日の夕暮れ、恵は「風待ちノート」に書き足した。


こわさ=落ちる予感 → 足場の確認サイン


笑い=体をゆるめるスイッチ


目印:スタート前に“鈴の音”を一回


そして一番下に、大きく。


めぐは、怖さごと飛ぶ。

置いていかない。相方と行く。


台所から鍋の音。雪の鼻歌――ちょっと音程を外した、でも、やさしい。

恵は鈴を指で弾き、小さく笑った。

「……いぐべ。明日も、相方と」


その後――テレビで流れた“笑いと真剣”の編集


数週間後。

地元テレビ局の夕方ニュースの特集枠。「上川の空へ、笑いとともに」。

画面には、朝露の芝、薄い踏切り音、鈴の一回鳴る音。

新人アナの声が、少し震えながら、でも芯を持って流れる。


『只今の上川恵選手――怖さと共同出演。目線で風を掴み、着地は“んだんだフィニッシュ”。音は“スッ”。以上、現場からお伝えしました』


スタジオの先輩アナが笑う。

『……小学六年生に実況の教えを乞うた、という噂は本当ですか?』

VTRの中で、現場のカメラマンが横から入る。

「おいおい、小学6年生に実況の教えを乞うてどないすんねん!」


画面が切り替わり、双子がやさしくフォローする映像。

「いやいや、共同研究たい!」(光子)

「本番で震えるのは正直者の証拠。震えの中に言葉を置けば、ちゃんと届くっちゃん」(優子)


ナレーションが落ちる。

――笑いは、風と同じ。

見えないのに、姿勢を変えてしまう。

弱った膝の震えを、前へ運ぶ。

怖さは、置いていかない。相方として、一緒に飛ぶ。


最後のカットは、バス停で交わした“内緒の握手”。

鈴の音が、テレビのスピーカーから、部屋の空気へ、小さくひとつ。


結び


こうして二日目の練習は終わり、恵はまだ完全ではないものの、

“怖さを相棒にして前へ進む”という、自分に打ち勝つための方法を見つけ出した。

その方法は、ノートの言葉よりも、鈴のひと音よりも、もしかしたら重い。

けれど、笑いと一緒なら、持ち運べる重さだ。


冬、鈴は雪の朝にも鳴る。

次にその音を聞くとき、恵はもう少し遠くへ、もう少し静かに、飛ぶ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ