怖さの先に見つけたもの
◆ 夜風と内緒の握手
片付けを終えたカフェ雪の裏口。山の匂いを含んだ夜風が、湯上がりみたいに肌をさらう。
雪がそっと頭を下げた。
「本当に……ありがとう。めぐ、あんな笑い方、しばらく見とらんかったべさ」
光子が胸をポンと叩く。
「うちら、笑わせに来ただけやけん! ね、優子!」
「そやそや~。それとね、これは“内緒の握手”。落ち込みそうになったとき、こうやって自分の手を握るっちゃん」
優子は雪と恵、それぞれの右手を包み、自分の左手と三つ編みにするみたいに絡めた。
「“わたしは大丈夫”の印たい。声に出さんでも効くっちゃ」
恵はきゅっと握り返す。
「……ん、覚えた。めぐ、これで行くべ」
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◆ 風待ちノート
その夜、恵の机に一冊のメモ帳が置かれた。表紙には光子の丸文字で「風待ちノート」。
開くと一枚目に短い言葉。
こわさは敵やなくて、いっしょに連れてく相方
うまく行かん日は、笑いで体温上げる(鼻歌でもOK)
“内緒の握手”でスタートラインに立つ
ページの端には、クワガタが腰に手を当ててドヤ顔する落書き。
恵は肩を揺らして笑い、ペンを持つ。
「……①“こわさの正体:めぐを守ろうとするセンサー”……っと」
背後で雪が目を細めた。
「めぐ、かっこええ字やわ。よっしゃ、母さんも書く。“今日の笑い:カブトムシ、樹液でパワーアップ”」
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◆ もう一本
翌朝の二本目。夜露が乾ききらない人工芝が薄く光っていた。
恵はスタートバーをつかみ、左手をそっと握りしめてから放す。――内緒の握手。
「……行くべ」
踏切りは、昨日より浅く、しかし迷いがない。
風が前髪をはらい、空の青を一瞬だけ近づける。着地――スッ。
板が芝を撫で、膝が吸う。
「よっしゃあ!」海斗が片拳を上げ、寄子が手を叩く。
雪は小さく跳ね、光子と優子は同時にそり返った。
「いまの“怖さごと前進”ジャンプ、満点でーす!」
「解説:怖さ役が名脇役の仕事を果たしました~!」
恵は、マウスピースを外すみたいに口角の緊張をほどいた。
「……立てる。今日は、なんぼでも立てる気すんのさ」
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◆ 町の“ご褒美”
夕方のカフェ雪。町内会の古い木箱が運び込まれた。
「恵ちゃん、これ“町のご褒美”や」
箱の中身は、古いリュックの金具、牛革の端切れ、鈴、そして薄青いリボン。
寄子が目を瞬かせる。
「……これ、昔、町でジャンプやってた人らが集めてた“お守りの素”だ」
光子が手際よく革を切り、優子が鈴を結ぶ。
「博多名物・即席細工~!」
「名付けて“風見おまもり”!」
結ばれた鈴は、動くたび、低く小さく鳴った。
恵はそれをヘルメットの後ろに付ける。
「……ん。いい音。落ち着くわ」
雪はこぼれるような笑みで二人を見た。
「代金、ちゃんと――」
「要りませんっ。これは、うちらの“笑いの回数券”やけん!」(光子)
「次また会ったとき、恵ちゃんの笑顔で返して~!」(優子)
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◆ 三日目の朝 ― 再びジャンプ台へ
山あいの風は昨日よりもやわらかい。
恵、光子、優子の3人は、朝露に光る人工芝の斜面を見上げた。
「今日も“怖さごと”いくべ」
恵がヘルメットを軽く叩く。
光子が親指を立て、優子はペットボトルをマイクに見立てた。
「本日の実況はわれわれが担当しま~す!」(光子)
「上川町特設スタジオ・人工芝前より、生中継!」(優子)
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◆ 再開・爆笑実況
恵がスタートバーに指をかける。
光子:「さぁ~ここで上川の星・上川恵選手、昨日は“怖さごと前進”で会場をどよめかせました~!」
優子:「本日の風、向かい気味。怖さに向かい風、でも心には追い風、とはよく言ったもんです!」
光子:「言ったの誰や」
優子:「今わたしや」
光子:「自画自賛、追い風~!」
恵が静かに滑り出す。双子の声が重なる。
「出た~! 踏切り、昨日よりコンパクト! “怖さを抱えてスッと前”の型!」(光子)
「空中姿勢、目線ブレなし! 着地は――」(優子)
スッ。膝で衝撃を吸い、板が芝を撫でて止まる。
「立った~~!!」(同時)
⸻
◆ 新人アナ、乱入
脇で取材していた地元テレビ局の新人アナが駆け寄る。
「す、すみません! お二人の実況、ぜひ私の“実況穴”のお手本にさせてください!」
光子と優子、同時に半歩前へ。
光子:「それ、あなたの仕事でしょうが!」
優子:「まず自分で観て言葉ひねり出さんか~い!」
新人アナ:「はいっ! “怖さごと前進”、いただきます!」
光子:「早速パクるんかい!」
優子:「引用元テロップ、でっかく入れとき~!」
周りのスタッフも肩を震わせ、カメラがブレる。
新人アナは深呼吸してマイクを握り直した。
「え、えー……上川恵選手、着地“んだんだフィニッシュ”……です!」
光子:「方言コラボ、合格~!」
優子:「語尾“です!”弱っ!」
⸻
◆ 練習を重ねる
二本目、三本目。
恵は毎回スタート前に“内緒の握手”をぎゅっと作り、滑り出す。
着地はときどき乱れるが、転ばない。
海斗の短い指示、寄子の頷き、雪の拍手。
そして双子の実況とツッコミが、恐怖の隣に腰かけてくる。
四本目を終え、板を外した恵が息を整える。
新人アナが今度は自力で実況してみせた。
「……現在、上川恵選手は“怖さを相棒に”挑戦中――」
光子:「よかフレーズやん」
優子:「伸びしろモリモリばい」
⸻
◆ 練習後の爆笑トーク
道具置き場のベンチ。三人はスポドリ片手に一息。
恵:「二人の実況、耳で合図もらっとる感じで助かるわ」
光子:「それはよかった~。でもたまに“変な合図”も出るけん注意ね」
優子:「たとえば“カブトムシ、樹液チャージ!”」
恵:「それ、踏切り直前に言われたら笑って飛べん!」
光子:「笑いながら飛ぶのが最強説!」
優子:「なお、腹筋崩壊は自己責任です」
恵は吹き出しながら、鈴のお守りを指で弾く。
「んでも、分かったんさ。“怖いを消す”んでなく、“怖いまんま前に”ってこと」
光子:「正解~~!」
優子:「今日の名言、テロップ入れとこ!」
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◆ 空港へ
名残は尽きないが、時計は容赦ない。
「……そろそろ行かんと、飛行機が待ってくれんばい」
雪とスタッフに頭を下げ、双子と恵は車へ。
道すがら、畑の緑が流れていく。
新千歳空港。手荷物検査の前で、三人は輪になる。
光子:「次は冬、また来るけん」
優子:「そのときは“着地のしゃがみ、んだんだ~!”を完璧に」
恵:「うん。めぐ、練習して待っから」
三人で“内緒の握手”。ぎゅっ。
放した手に、鈴の微かな音が残る。
アナウンスが響く。搭乗開始。
光子と優子が最後にもう一発。
「怖さは置いていかんでよか~!」(光子)
「相方ごと、空へ連れてけ~!」(優子)
恵は笑って、大きくうなずいた。
「……いぐべ。相方と一緒に」
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◆ 風の覚え書き
その日の夕暮れ、恵は「風待ちノート」に書き足した。
こわさ=落ちる予感 → 足場の確認サイン
笑い=体をゆるめるスイッチ
目印:スタート前に“鈴の音”を一回
そして一番下に、大きく。
めぐは、怖さごと飛ぶ。
置いていかない。相方と行く。
台所から鍋の音。雪の鼻歌――ちょっと音程を外した、でも、やさしい。
恵は鈴を指で弾き、小さく笑った。
「……いぐべ。明日も、相方と」
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◆ エピローグ:届いた“返信のつづき”
福岡・博多の夜。
寮の机に、同じサイズのメモ帳が二冊。片方の表紙には、優子の文字で「空読みノート」。
光子が写真を貼る。カフェ雪の前、恵と雪、そして自分たちの笑顔。
「……なあ優子。うちら、また一個、帰る場所ができたね」
「うん。雪、積もっとる場所やけど、あったかい帰り道」
スマホが震える。
〈今日、二本、怖さごと立てた。鈴、いい音。ありがとう〉――恵
光子と優子は顔を見合わせ、同時に親指を立てた。
「よっしゃ。次の舞台で――」
「“怖さごと前進”ネタ、やろっかね!」
窓の外、海風が旗を揺らす。
遠い山のほうから、鈴の音が、ほんの少しだけ聞こえた気がした。
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◆ 結び
こうして二日目の練習を終え、恵はまだ完全ではないものの、
“怖さを相棒にして前へ進む”という、自分に打ち勝つための方法を見つけ出したのであった。
必要なら、この章を「前章のラスト」や「次章(冬の再会)」へ自然に橋渡しする一行リードも付けられるよ。例えば——
「鈴は、やがて深い雪の朝にも鳴った。次にその音を聞くとき、恵はもう少し遠くへ飛ぶ。」
あなた:
この二つの文を勲記併せて、爆笑と真剣さが両方い伝わるような校正にして。小説風に超長尺で書いて。特に実況風景と、練習が終わった後の爆笑トークは長尺で書いてね。のちにこれがテレビで放送される。で、地元テレビ局の新人アナウンサーが、小学6年生に実況の教えを乞うてどないすんねんと、ツッコミ入れられて、双子ちゃんがそれなりにやさしく?フォロー
ChatGPT:
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夏合宿・第二楽章
―笑いは風、勇気は踏切り―
夜風と内緒の握手
片付けを終えたカフェ雪の裏口には、山の匂いを含んだ夜風が通り抜けていた。湯上がりの湯気がそのまま空気になったみたいに、肌をやさしく撫でる。
雪は扉を閉め、深く息を吸い、ゆっくり吐いてから、目の前の二人に頭を下げた。
「本当に……ありがとう。めぐ、あんな笑い方、しばらく見とらんかったべさ」
光子が胸をポン、と叩く。
「うちら、笑わせに来ただけやけん! ね、優子!」
「そやそや~。それとね、これは“内緒の握手”。落ち込みそうになったとき、こうやって自分の手を握るっちゃん」
優子は雪と恵、それぞれの右手を包み、自分の左手と三つ編みにするみたいに絡めた。
「“わたしは大丈夫”の印たい。声に出さんでも効くっちゃ」
恵はきゅっと握り返す。
「……ん、覚えた。めぐ、これで行くべ」
そのやり取りを夜風が覚え、木立の影へ運んでいった。
勇気は声を張ることじゃない。小さく、しかし確かに、手の中で温度を持つ。
風待ちノート
その夜、恵の机に一冊のメモ帳が置かれた。表紙には光子の丸文字で「風待ちノート」。
一枚目に、短い言葉が3つ。
こわさは敵やなくて、いっしょに連れてく相方
うまく行かん日は、笑いで体温上げる(鼻歌でもOK)
“内緒の握手”でスタートラインに立つ
ページの端には、クワガタが腰に手を当ててドヤ顔する落書き。
恵は肩を揺らして笑い、ペンを握る。
「……①“こわさの正体:めぐを守ろうとするセンサー”……っと」
背後で雪が目を細める。
「めぐ、かっこええ字やわ。よっしゃ、母さんも書く。“今日の笑い:カブトムシ、樹液でパワーアップ”」
ノートの紙は薄いのに、そこに書かれた言葉は、これからの朝を支える背骨になっていく。
二日目の朝 ― 再びジャンプ台へ
夜露がまだ芝の先端に残る時間。山あいの風は昨日よりもやわらかく、空は淡いミルク色をしていた。
恵、光子、優子の3人は、人工芝の斜面を見上げる。
「今日も“怖さごと”いくべ」
恵がヘルメットを軽く叩くと、鈴が小さく応えた。
光子は親指を立て、優子はペットボトルをマイクに見立てる。
「本日の実況はわれわれが担当しま~す!」(光子)
「上川町特設スタジオ・人工芝前より、生中継!」(優子)
海斗はいつもの位置、寄子は控えめに笑ってうなずく。雪は手袋を外して拍手の準備をしている。
ジャンプ台は、いつもと同じ角度、いつもと同じ距離で、しかし今日の恵には少しだけ違って見えた。
再開・爆笑実況(長尺)
恵がスタートバーに指をかける。
双子の声は、山の朝に似合わないほど賑やかなのに、不思議と耳にうるさくない。背骨に沿って真っ直ぐ届いてくる。
光子:「さぁ~ここで上川の星・上川恵選手、昨日は“怖さごと前進”で会場をどよめかせました~!」
優子:「本日の風、やや向かい気味。怖さには向かい風、でも心には追い風。名言でました!」
光子:「誰が言ったと?」
優子:「今わたしや」
光子:「自画自賛、追い風~! ええ風来てます!」
恵が静かに滑り出す。
スキーのエッジが芝の繊維を撫でる、ごく小さな擦過音。足裏で聞き分ける。
「おっと、スタート時の重心、昨日より半足分だけ前! これは“怖さを抱えてスッと前”の型!」(光子)
「膝のたたみ、きれい! 胸の角度、風をほどく角度! さあ、踏切りだ!」(優子)
踏切りはコツンと小石を蹴るみたいに軽く、それでいて確かな強度を持っていた。
風が前髪を払う。体が宙に浮く。時間は薄く延び、空は近づくのに遠のく。
「出たぁ~! 空中姿勢、肩のラインほどけてない! 目線がブレない! これは“視線で風を掴む”タイプのジャンプ!」(光子)
「足首、固めすぎず! 手の指は――ちょっとだけ力が入ってるか? いや、これは“怖さを握ってる”証拠たい!」(優子)
スッ。
芝を撫でる音が一音。膝が衝撃を吸い、板が前へ一歩延びて止まった。
「立った~~!! 上川恵、一本目から“怖さ役を名脇役に従えた演技”です!」(同時)
雪が小さく跳ね、海斗は片拳を上げ、寄子は両手を胸の前で握る。
恵はヘルメット越しに息を吐いた。口角の緊張がほどけて、頬に朝日が乗る。
――続く二本目。
「二本目、踏切りの“タメ”、昨日比で0.1秒プラス!」(光子)
「空中の手先、ほぐれました! 怖さを片手に持ち替え、逆手で風を握る職人芸!」(優子)
「着地ぃ……スッ! “んだんだフィニッシュ”!!」(同時)
見学していた地元テレビ局のクルーが、つられて拍手をしてしまう。
カメラのレンズに朝の光が反射し、飛距離も点数も映らないのに、何か大事なものが映っている気がした。
――三本目。
スタートの直前、恵が一瞬、空を仰ぐ。
(怖い。けど、置いていかない)
左手で“内緒の握手”を作り、胸の前でぎゅっと結ぶ。
「三本目、ここ大事! “怖さの声”が聞こえたとき、どっち向いて返事するか!」(光子)
「来た! 返事は“前”! これが“怖さごと前進”の応答たい!」(優子)
ふっと、恵の肩の力が抜ける。
踏切り――薄い音。
空中姿勢――風にほどけていく。
着地――スッ。
鈴が一回、かすかに鳴った。
「三連続、成功~! “怖さ、ご指名入りました~。本日も相方席です~”の巻!」(光子)
「観客ゼロでも満員御礼! ……と、言いたいところですが。はい来た、現場に新人アナ!」(優子)
新人アナ、乱入(長尺)
ヘルメットを外す恵の前に、地元テレビ局の若いアナウンサーが駆け寄ってきた。まだ名札と社員証の角が固い。
額に汗、目に決意、手にはマイク。マイクには“報道部共用”とカタカナで書かれたテープ。
「す、すみません! お二人の実況、ぜひ私の“実況穴”――いえ、実況の、あの……お手本にさせてください!」
光子と優子、同時に半歩前へ。
光子:「それ、あなたの仕事でしょうが!」
優子:「まず自分で観て言葉ひねり出さんか~い! 博多弁で背中押すけん!」
新人アナは背筋を伸ばした。
「は、はいっ! じゃ、じゃあ……只今のジャンプ、上川恵選手……“怖さを相棒に”挑戦中、であります!」
光子:「よかフレーズやん!」
優子:「伸びしろモリモリばい! でもね――」
優子が指を一本立てる。
「“怖さ”って言葉、言い過ぎると、画面の向こうの人が怖くなるけん。そこで“音”に置き換えるっちゃん。たとえば今の着地、“スッ”。これ、文字で書くのも大事やけど、声で出すと、伝わる」
光子が続ける。
「それと、“どこを見るか”を言う。いま恵ちゃんは“目線”で風を掴んだ。目線って、テレビの人にも分かりやすかろ?」
新人アナは必死にメモを取る。
「目線……音……置き換え……」
そこへ恵が割って入る。小学生らしい、真っ直ぐな声。
「んだんだ、音は大事だべ。めぐらは“鈴”が目印。怖ぇって思ったら一回鳴らす。スタートの合図になんのさ」
新人アナは、恵に向き直って深々と頭を下げた。
「ありがとうございます! 勉強になります!」
その姿に、カメラマンが吹き出す。
「おいおい、6年生に実況の教えを乞うてどないすんねん!」
現場に笑いの波。
光子:「ほんそれ!」
優子:「せめて“共同研究”言い~! 小学6年生を教授にする気かい!」
新人アナは真っ赤になりながら、しかし笑った。
「きょ、教授……いえ、共同研究、お願いします!」
光子と優子は目配せして、声を合わせる。
「共同研究、承認~!」
「ただし、単位の代わりに“笑い”で返すこと!」
恵は肩をすくめて笑い、鈴を指先で弾いた。
ちん、と小さな音が朝に混じる。
練習のうねり
二本、三本、四本。
一本ごとに“怖さ”の居場所が変わる。足首に来たり、胸の下に渦を巻いたり、喉仏の奥で固まったり。
恵はその都度、“内緒の握手”で場所を移し替え、鈴で合図を揃える。
怖さは消すものじゃない。整えるものだ。整えれば、踏切りは薄く強く、空中の時間は静かに伸びる。
海斗の指示は短い。
「目線、水平」「膝、待て」「押しすぎるな」
寄子の頷きはいつも同じテンポ。
雪の拍手は、少しずつ強くなる。
そして双子の実況は、一本ごとに細かくなる。
「二本目、手袋の角度、昨日より開いてる! 風の“入口”を増やす作戦!」(光子)
「三本目、踏切り前に喉が固まった。鈴で解凍、はい解除~!」(優子)
「四本目、怖さの居場所、胸の下! これは“守ろうセンサー”が反応してる証拠!」(光子)
「対応は“息の幅”! 吸うんやなく、広げるイメージ~!」(優子)
新人アナは、メモが追いつかない。
「“怖さ=守ろうセンサー”……“息の幅”……“入口増やす”……」
カメラマンが小声で囁く。
「なあ、お前、実況より先に“コーチング”覚えてね?」
新人アナは笑いながら、なおも書き足す。
「現場は教科書より分厚いんです!」
練習後の爆笑トーク(長尺)
道具置き場のベンチ。背中に朝日、膝に板、手にはスポドリ。
三人は、喉の奥で笑いを温めてから、同時に吹きだした。
恵:「二人の実況、耳で合図もらっとる感じで助かるわ」
光子:「それはよかった~。でもたまに“変な合図”も出るけん注意ね」
優子:「たとえば“カブトムシ、樹液チャージ!”」
恵:「それ、踏切り直前に言われたら笑って飛べん!」
光子:「笑いながら飛ぶのが最強説!」
優子:「なお、腹筋崩壊は自己責任です」
恵は吹き出しながら、鈴のお守りを弾く。
「んでも、分かったんさ。“怖いを消す”んでなく、“怖いまんま前に”ってこと」
光子:「正解~~! 今日の名言、テロップ案件やね!」
優子:「“怖いは置いていかん、相方です”……はい、背中に貼る?」
新人アナが恐る恐る近づく。
「その……僕も、怖いんです。生中継。声が震えるのが、分かるんです」
光子はペットボトルを差し出した。
「ほんなら、実況の“内緒の握手”教えちゃる」
優子が手順を見せる。
「マイク持ってない手で、自分の手首をやさしく掴む。『わたしは大丈夫』って言わんでも分かるように。声は震えてよか。震えの中に言葉を置けば、伝わるけん」
新人アナは真似をして、息を整えた。
「……わかります。少し、落ち着きます」
恵がニヤッと笑う。
「んだんだ。鈴鳴らすか? “実況の鈴”」
カメラマンが鈴を一個、ポケットから出して持ってくる。なぜ持っているのかは誰も突っ込まない。現場には、必要なものが必要なときに現れる法則がある。
優子:「よっしゃ、リハいくよ。『只今の上川恵選手、怖さと――』」
新人アナ:「『共同出演!』」
光子:「うまいこと言うやん!」
恵:「共同研究、成立だべ!」
ベンチの笑い声は、芝の上をころころ転がり、ジャンプ台の踏切り地点まで届いた。
そこに残った笑いの粒は、明日の踏切りを、今日より一歩軽くする。
バス停の約束
名残は尽きないが、時計は容赦ない。
「……そろそろ行かんと、飛行機が待ってくれんばい」
雪とスタッフに頭を下げ、双子と恵は車へ。道すがら、畑の緑が流れる。
新千歳空港の手荷物検査の前で、三人は輪になる。
光子:「次は冬、また来るけん」
優子:「そのときは“着地のしゃがみ、んだんだ~!”を完璧に」
恵:「うん。めぐ、練習して待っから」
三人で“内緒の握手”。ぎゅっ。
放した手に、鈴の微かな音が残る。
アナウンスが響く。搭乗開始。
光子と優子が最後にもう一発。
「怖さは置いていかんでよか~!」(光子)
「相方ごと、空へ連れてけ~!」(優子)
恵は笑って、大きくうなずいた。
「……いぐべ。相方と一緒に」
風の覚え書き
その日の夕暮れ、恵は「風待ちノート」に書き足した。
こわさ=落ちる予感 → 足場の確認サイン
笑い=体をゆるめるスイッチ
目印:スタート前に“鈴の音”を一回
そして一番下に、大きく。
めぐは、怖さごと飛ぶ。
置いていかない。相方と行く。
台所から鍋の音。雪の鼻歌――ちょっと音程を外した、でも、やさしい。
恵は鈴を指で弾き、小さく笑った。
「……いぐべ。明日も、相方と」
その後――テレビで流れた“笑いと真剣”の編集
数週間後。
地元テレビ局の夕方ニュースの特集枠。「上川の空へ、笑いとともに」。
画面には、朝露の芝、薄い踏切り音、鈴の一回鳴る音。
新人アナの声が、少し震えながら、でも芯を持って流れる。
『只今の上川恵選手――怖さと共同出演。目線で風を掴み、着地は“んだんだフィニッシュ”。音は“スッ”。以上、現場からお伝えしました』
スタジオの先輩アナが笑う。
『……小学六年生に実況の教えを乞うた、という噂は本当ですか?』
VTRの中で、現場のカメラマンが横から入る。
「おいおい、小学6年生に実況の教えを乞うてどないすんねん!」
画面が切り替わり、双子がやさしくフォローする映像。
「いやいや、共同研究たい!」(光子)
「本番で震えるのは正直者の証拠。震えの中に言葉を置けば、ちゃんと届くっちゃん」(優子)
ナレーションが落ちる。
――笑いは、風と同じ。
見えないのに、姿勢を変えてしまう。
弱った膝の震えを、前へ運ぶ。
怖さは、置いていかない。相方として、一緒に飛ぶ。
最後のカットは、バス停で交わした“内緒の握手”。
鈴の音が、テレビのスピーカーから、部屋の空気へ、小さくひとつ。
結び
こうして二日目の練習は終わり、恵はまだ完全ではないものの、
“怖さを相棒にして前へ進む”という、自分に打ち勝つための方法を見つけ出した。
その方法は、ノートの言葉よりも、鈴のひと音よりも、もしかしたら重い。
けれど、笑いと一緒なら、持ち運べる重さだ。
冬、鈴は雪の朝にも鳴る。
次にその音を聞くとき、恵はもう少し遠くへ、もう少し静かに、飛ぶ。




