02.パッションフルーツ
お題「嫉妬・先約・狂おしい」
「な、なぜじゃ!? 金ならある! 200ドロス上乗せするから売ってくれい!」
酒屋でみっともなく懇願する男に、すわ愁嘆場かと道ゆく者が視線を向けるが、その男がドワーフだと分かると誰もが興味を失くして視線を外す。
ドワーフは頑固で誇り高いが、酒が絡むとどこまでも面倒臭い生き物なのは誰もが知っているからだ。
「悪いとは思うんだが……先約の客が居るんでな。まあ、また入ったら買ってくれや」
「そ、そんな……」
酒屋の番頭にけんもほろろに断られ、この世の終わりの様にうなだれる男。
酒が絡んでいなければ慰める者の一人もいるだろう嘆き方だが、先述の通り酒が絡んだドワーフの話になど関わりたいものはいない。
実際、彼の悲しみは他の種族にとってはバカらしい。
彼が飲んだことのない酒……”情熱の果実酒”がこの酒屋に卸されたと聞いて喜び勇んでやってきたが、生憎入荷した酒には先約がいた。
大人気なく代金を上乗せして購入しようとしたが、結果は御覧の有り様。
正直まともにとり合いたくない話だが、ドワーフという種族にとっては”飲んだことのない酒”という単語は抗いがたい魅力を放つ。
どんな味・香りがするのか、後味はどうなのか、喉越しは、酒精の強さは…………
”情熱の果実酒”という名前から想像だけが掻き立てられ、先約を入れた人物への羨望が嫉妬に変わるのに時間はかからなかった。
飲みたい、狂おしいほどに飲みたい。
なぜ購入者が自分ではないのか。
これほど欲しているのだから、所有権は自分にあるべきなのでは?
これほど求められているなら、酒も自分に飲まれたがっているのでは?
思考が危険な方向に飛躍し怪しげな笑いを浮かべ始めたところで、男は警邏の衛兵に詰所まで連行された。
追記:男が数日経って拘置所から解放され、新たに入荷された”情熱の果実酒”を味わったところ、期待したほど口に合わなかったことを記しておく。