表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

最終話 ホタルノとナト

「ホタルノちゃん、疲れたでしょ。はい」


 そう言ってベンチで待っていたわたしに佐内くんはクレープを渡してくれた。


「ありがとう」


 大都会、ではないけれども、準中央みたいなハブ都市の街。初デートの緊張というよりはそもそもわたしは街の雑踏が苦手だ。一緒に買いに行く、と言ったのに、いい、いい、と言って1人で買って来てくれた。2人してベンチに腰かけ、


「いただきます」


とわたしが軽く手を合わせると、佐内くんも、


「そっか。いただきます!」


と同じように手を合わせて食べ始めた。

 純真で、素直だな。だから告白OKしたんだけど。

 彼はマンゴーバナナ、わたしはチョコミント。爽やかな甘さに体の芯の疲れが取れるような心地になりかけた時だった。


「あ、ダメだ!」


 突然佐内くんが大声を出して立ち上がり、べちゃっ、と自分のクレープを石畳に落とした。そのまま向こうの映画館の前辺りに向かって駆け出した。その方向で、数名の女性の悲鳴と、わあっ、というどよめきが上がる。状況を把握するのに数秒かかった。


「え? テロ?」


 無意識にわたしも佐内くんの後を追って駆けた。駆けながら確認する。

 30代ぐらいの男が、包丁かナイフを持って誰かを追って走っている。多分、通り魔。周囲に男性の通行人もいるけれども、刃物に立ち向かった経験のある人など普通いない。皆躊躇して近づかない。そして、刃物男が追いかけているのは幼稚園ぐらいの小さな男の子だった。


「何なの!?」


 通り魔っていう犯罪そのものよりも、まるで中型の肉食動物が群れから離れた子羊を狙うかのような光景に怒りを覚えた。男の子は本能で危険を感じているのだろう。泣く暇など無い切迫さで懸命に逃げている。


「こらーっ! やめろー!」


 佐内くんは通り魔に向かって全力疾走している。男を牽制するために、こら! とか、 うおー! とか大声を出し続け、野次馬を払いのけて走る。刃物男ではなく、奇声を上げて走る佐内くんを異常者のように見て、


「やだ!」


とか、


「キモ!」


とかいう女の野次馬たちがいた。


「バカ女!」


 わたしは汚い言葉を吐いて気合いを入れ、今日に限って履いていたハイヒールを脱ぎ捨てて裸足になって全力で佐内くんを追った。わたしも奇女に見えるだろうけど、そんなのどうでもいい。それどころじゃない。


「あ!」


 とうとう男の子が転んだ。周囲の人たちは、危ない! と声を出すだけだ。

 佐内くんはぎりぎりのタイミングで男の子の脇に駆けつけた。


「うおーっ!」


と刃物男を威嚇する声を上げながら転んでうつ伏せになっている男の子を護るように覆いかぶさり、亀のように背を丸めた。


「ねえ、石!」


 間に合わないと判断したわたしは、隣に突っ立っている女に怒鳴りつけた。


「え? 石?」

「投げる石だよっ! もう!!」


 女を怒鳴りつけながら、何かないかとふと自分の右手を見ると、チョコがぐちょぐちょにはみ出したクレープを握りつぶしているのに気付いた。

 無我夢中で持ったまま走っていたのだ。

 他にどうしようもない。


「ナトくんっ!」


 思わずそう叫び、わたしはドロドロのクレープを肩が抜けるほどの力でその方向に投げつけた。

 クレープ本体は刃物男の前を通過し、不発。けれどもチョコミントの幾固まりが男の眼尻辺りにびちゃびちゃっ、と付着した。


「げっ!」


 男は顔をはらおうとした途端、佐内くんの背中につまづいて、がっ、と肩から地べたに倒れ込んだ。


「わああっ!」


 佐内くんの行動に触発されたのか、リストラ間近風のサラリーマン、半ニート風の風の若者、スクールカースト底辺ぽい男子中学生が、どたどたと犯人を抑え込んだ。彼らの掛け声も、”奇声” にしか聞こえないカッコ悪さだったけれども、わたしには分かる。

 かっこ悪いってすごくかっこいい。


 白昼の通り魔にパトカー20台が出動し、あっという間に警官であふれかえった。けれども、この緊迫した衝撃的な事件。

 ネットでどんなニュースになるんだろう。

 男の子を救ったのは、奇声を上げる大学生、裸足女のクレープ、虚弱男子3人組。思わず口の中で笑いをこらえた。

 母親が、きゅっ、と男の子を抱き締め、泣きながら佐内くんにお礼を言う。いえいえ、と佐内くんが立ち上がると、周囲から拍手が起こった。

 拍手だけなら誰でもできる。


 あ。佐内くんと目が合った。彼の行動はさっきまでの事件よりもわたしに取って衝撃だった。

 だーっ、とわたしに駆け寄ってきて、そのままぎゅーっ、とすごい力でわたしを抱き締めたのだ。


「ホタルノちゃん、怖かったよ! 死ぬかと思ったよ!」

「・・・かっこよかったよ、佐内くん」


 そう言ってわたしは手をまわし、背の高い彼の背中辺りをさすってあげた。喜ぶかと思ったけれども、彼の反応はちょっと意外なものだった。


「あれ? ホタルノちゃん、さっき、”ナトくん” って呼んでくれてたよね?」

「そうだっけ?」


 わたしはつい、ごまかした。





おしまい

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ