3月に出会って (裏)
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「……ぃやぁーーーーーーっ」
アイツは、いきなり悲鳴と共に逃げ出した。
一瞬前までは固まったように身動き1つしないどころか、声さえも出さなかったのに……。
その突然の変化に驚いたのと、逃げられたショックで、今度は俺が固まっていた。
狼族の中でも優秀だと言われる、この俺が……。
……という話を、いきつけの酒場のカウンターでぼやくようにして幼馴染みに話す。
笑われるのが判ってるから、こんなことは、たとえコイツにでも普段の俺なら話さない。
あの後で気付いた諸々を含めて、俺のショックは相当大きかったようだ。
「お前が逃がすとは、ね。」
「……追いかけることさえ忘れていた。」
意外にも、笑うことなく、まともに話を聞いている……そう思って横を見ると、オン(幼馴染)はなんとも微妙な表情をしていた。
「で、その出来事の始まりは?」
もこもこもこ……トテトテトテトテ……もこもこもこ……トテトテトテトテ……
町の中を歩いていて後ろ姿を見た瞬間、何を考える暇も無く声を掛けていた。
もこもこもこ……トテト───右左右───テトテ……もこもこもこ……トテトテトテトテ……
一瞬立ち止まって左右を見廻してたから、俺の声が聞こえてはいたんだろうに、その後ろ姿は何事も無かったように歩き出す。
あの様子だと、呼ばれたのは自分じゃないと思ったんだろうが、なんとなく面白くなかったから、また声を掛けた……何も考えないままに。
もこもこもこ……トテト───右左右……そろーり─── っっっ!!!
『水色』で呼ばれたのが自分だと分かったのか、立ち止まって振り向いたと思ったら、アイツは固まった。
とりあえず引き止めることが出来たので、話を続けたら、いきなり逃げられた。
そう簡単に話すと、オンは一層微妙な表情になる。 なんだ?
「具体的なセリフは?」
「? よく覚えていないが、『お前をよこせ』とか『食わせろ』だったかな?」
「……お前、アホか。」
溜息と同時にペシリと頭を叩かれる。
なおも訳がわからないでいる俺に、オンが説明するには───
「狼族の中でも大柄で、威圧感の出やすい真っ黒な体で、しかも声もドス効いてるくらいに低いのに、背後からいきなり声を掛けて、相手は初対面の女。 それだけでも怖かっただろうに、時期が悪かったとはいえ、羊族相手に、よりによって、そのセリフ。 絶対、誤解されたぞ。」
とのことだが、俺には今一つ意味が判らない。
それは素直に顔に出てたようで、またもや溜息と同時にペシリと頭を叩かれる。
「その様子じゃ何にも判ってねぇな。 家に帰って、当時の状況と俺が言ったことをじっくり考えやがれ!」
「……そうする。 だが、アイツのことは───」
「まだ関わるな、保留だ。 少なくとも、お前が理解するまでは、な。」
それ以上は何も言おうとしないオンに店を追い出されたわけだが、混乱から抜け出せない俺に簡単に答えが導き出せるわけもなく……オンの言う『理解する』前に偶然にアイツに再会することになった。