11.友達と遊ぼう!
親指立ててプロポーズ事件から、二日。
私とリディアムくんは、顔を合わせていない。
正直、合わせる顔がない。
リディアムくんの恥じらう姿を思い出すたびに、私は羞恥からごろごろしてしまう。
「うあー……」
今も居間で、ごろごろと転がった後だ。
「なんですか、サキ。みっともない」
ソファーに座り、魔道具の点検をしているお父さんが、呆れたように言う。
「お父さんが、悪いんだもんんんん……っ」
「なっ、いきなり父親を悪とするとは! サキ、お父さんは悲しいですよ!」
「うわあああん!」
泣きながら、また床をごろごろする。
「……まったく、リディアムといい、貴女といい。最近の子は、情緒が不安定なんですかね」
リディアムくんの名前が出たことで、私はピタリと動きを止めた。
「リディアムくんもおかしいの?」
全てを知っているまりあ叔母さんが、苦笑を浮かべてお父さんに聞く。
「ええ。リディアムも、上の空かと思えば、突然顔を両手で覆って悩み出すし……困ったものですよ」
「ですって、沙樹」
「うー……」
まりあ叔母さんの意地悪な話の振りに、私は唸った。
「ん……? サキ、何か知っているのですか?」
「……知らないです!」
私が成り行きでリディアムくんにプロポーズしたのは、お父さんには秘密だ!
本能的な何かが、知らせたら危ないと告げているのだ。
「おかしな子ですねぇ」
お父さんに呆れられても、こればかりは譲ってはいけない、気がする。
「そういう年頃なのよ」
「女の子を持つ男親は、大変ですよ」
お父さんがしみじみと言っている時に、玄関からノッカーが響いた。
「し、師匠ー」
リディアムくんだ!
「おや、リディアムがノックをするとは珍しいこともあるものですね」
「そうね。いつもは、ノックしないものね」
まりあ叔母さんが、私を横目に見ながら言う。うー、意地悪だ。
「……それで、なぜサキはソファーの陰に隠れているんでしょうね」
「な、なんでですかね。お父さん」
それはリディアムくんから、身を隠す為だよ!
「本当に、女の子は難しい……」
お父さんはそう言うと、ソファーから立ち上がった。
「リディアムも来ましたし、研究室に行きます」
「いってらっしゃい、お父さん」
「何かあったら、通信機を使うんですよ」
「分かりました」
お父さんがこう言うのも、午後からまりあ叔母さんが出掛けてしまうからだ。
つまり、お留守番再びである。
「では、行ってきます」
お父さんは、玄関に向かって行った。
「じゃあ、沙樹。私も行くから」
「はい、まりあ叔母さん。いってらっしゃい」
うさっちょのぬいぐるみを抱きかかえ、私は手を振る。
「いい、誰か来たら必ず兄さんに知らせるのよ?」
「分かってますよ」
そう言って笑顔を浮かべたけど、まりあ叔母さんの目はうさっちょのぬいぐるみに注がれている。
まりあ叔母さんは、私がどれだけうさっちょを愛しているのか知っているから、厳しい目を向けてくるのだろう。
「いい? うさっちょが尋ねてきても、気をつけるのよ?」
「うさっちょが!」
「沙樹!」
うさっちょの名前に思わず反応した私に、まりあ叔母さんの雷が落ちてきた。
「はっ、気をつけます! うさっちょがきても、警戒します!」
私は敬礼をして、まりあ叔母さんに誓う。
ようやくまりあ叔母さんは満足そうに、頷いてくれたのだった。
まりあ叔母さんを見送った私は、うさっちょのぬいぐるみを抱きしめて絵本を見ていた。文字は読めないので、イラストを見るだけだけど。綺麗なイラストなんだよ。
「ふんふーん……」
「サキちゃーん」
鼻歌を歌っていると、玄関の向こうから名前を呼ばれた。聞き覚えのある声だ。
「カレンちゃん!」
私は扉を開けた。扉の先には、カレンちゃんが立っている。
「あのね、学校が終わったから。サキちゃんと遊びに行こうと思って……」
「カレンちゃん……!」
私は感動した。内気なカレンちゃんが、わざわざ家まできてくれたのだ。
これはもう誘いにのるしかない!
「ちょっと、待っててください!」
「うん」
私は、通信機まですっ飛んでいった。
通信機を起動させると、日本の電話みたいにコール音がする。数回鳴って、コール音が切れる。お父さんが出たのだ。
『サキ、どうしました?』
「うん、あのね……」
カレンちゃんと遊びに行くと伝えようとしたら、通信機の向こうで何か物を落としたような派手な音が響いた。
『リディアム、何をしているのですか! 怪我はないですか?』
どうやら、リディアムくんが何かしたらしい。
『ええ、ええ。あなたに怪我がなくて何よりです。ですが、気をつけなさい』
通信機越しにお父さんが注意する声が聞こえる。リディアムくん、大丈夫かな。
凄い音がしたけど……。
「お父さん、大丈夫ですか?」
『え、ええ。リディアムは大丈夫ですよ。それで、サキ。何の用だったんですか?』
お父さんの問いかけに、リディアムくんのことは気になったけれど、本題を切り出すことにした。
「あのね、カレンちゃんが遊びに誘ってくれたので、外に出ます」
『カレン……、アイテム屋の娘ですね。いいでしょう、気をつけて行きなさい』
「ありがとう、お父さん!」
私は通信機を切ると、うさっちょのぬいぐるみをソファーに置き、カレンちゃんのもとに走った。
「カレンちゃん、遊びに行きましょう!」
「うん!」
カレンちゃんの尻尾が、ふりふりと揺れている。喜んでもらえて、何よりです。
私は玄関の扉に鍵を掛けると、カレンちゃんと手を繋いで外へと歩いて行った。
カレンちゃんが言うには、村の近くには色んな草花の生えた草原があるという。異世界の草花、気になります。
「今の季節だと、バクダン草があるんだよ」
「バクダン!?」
何とも物騒な名前だ。
カレンちゃんは意味を分かっているのかな。
「うん。本当は、ミーセス草っていうの。だけど、いつの間にか、バクダン草って名前になってたんだ」
「へ、へー……」
それは、確実に日本の影響がありそうだ。
「バクダン草は、凄く面白いの。サキちゃんは知らない?」
「う、うん。知らないです」
「なら、驚くと思うよ」
カレンちゃんは、楽しそうに言う。バクダン草、どんなものなんだろう。
村のなかを歩いていると、色んな大人に声を掛けられた。
これが地域での見守りというやつか。
「あっ、サキちゃん。見えてきたよ」
カレンちゃんが指差した先に、広い草原が見えた。色んな色彩の花々が咲いているのが見える。
想像よりも華やかな場所のようだ。
「良い匂いがします」
「ルナリアの花の匂いかも」
ルナリア。可愛い名前だ。
「花冠にすると、お姫様みたいで可愛いんだよ」
「そうなんですか」
花冠、経験ない。やってみたいな。
草原には、私たち以外誰もいない。貸切だ。
カレンちゃんが、草原にある花畑に走っていく。獣人だからか、カレンちゃん走るの早い。
「サキちゃん、サキちゃん。きて!」
「うん!」
私はカレンちゃんのもとに、走り寄る。すると、甘い匂いが胸いっぱいに広がる。ルナリアの匂いかな。
「サキちゃん、これがバクダン草!」
「ほお!」
カレンちゃんが差し出したのは、七色という奇跡の配色になったタンポポの綿毛みたいな花だった。
「これをね、こうするんだよ」
そう言うと、カレンちゃんはバクダン草に向かって、息を吹きかけた。
すると、驚きの現象が起きた。
バクダン草を中心にして、七色の光が飛び散ったのだ。パンッ、ポンッという軽快な音を立てて。
キラキラとした光が、私たちの周りに降り注ぐ。
「わあっ!」
私は、七色の光に目を輝かせて魅入る。
「ね、凄いでしょ?」
カレンちゃんがいたずらが成功したような顔をして、私を見た。
「はい! 花火みたいです!」
「はなび……? なんか、綺麗な響きだね!」
「そ、そうですか」
危ない、つい日本のものを口走ってしまった。自重せねば。
「はなびかぁ。ね、サキちゃん」
「なんですか、カレンちゃん」
カレンちゃんが手招きしたので、私は顔を近付けた。
カレンちゃんは、私の耳元で囁く。
「私たちの間だけで、バクダン草ははなび草って呼ぼう」
「え?」
「ね、二人だけの秘密」
そう言ってカレンちゃんは私から離れて、はにかんだ。
「二人だけの、秘密……」
「駄目、かな……?」
「う、ううん! 良いですね! 二人の秘密です!」
私が力いっぱい頷くと、カレンちゃんはほっと息を吐いた。
「良かったぁ」
カレンちゃんの嬉しそうな姿に、私の心は温かくなった。
秘密。友達との秘密。
今までの私には、なかったもの。
これが、友達といる喜びなんだ。
私とカレンちゃんは、友達なんだ。
私は、悲しくないのに泣きそうだった。でも、堪える。友達と一緒にいて、泣くのはおかしいもの。
だから、私は笑顔を浮かべた。
「ね、サキちゃん。花冠作ろう?」
「うん……!」
私はカレンちゃんから花冠の作り方を教わり、お姫様気分を楽しんだ。
友達と遊ぶって、楽しいな!
私はカレンちゃんと一緒に、日が暮れるまで遊んだ。
世界が茜色になると、心配したお父さんとカレンちゃんのお父さんが迎えに来てくれた。
「またね、サキちゃん」
「うん、また!」
私たちは草原で別れた。
私はお父さんと手を繋ぎ、家路を歩く。お父さんの手、ゴツゴツだ。
「サキ、楽しかったですか?」
「はい! 凄く楽しかったです!」
「それは、良かった。さあ、マリアが夕食を作って待ってますよ」
「お腹空いたー!」
私とお父さんは、笑い合う。
幸せだと、心の底から思った。




