12.悩み事と話し合い
今日も、私のトマトには光るぽわぽわが付いている。もう慣れた。日に日に数が増えていても、慣れた。もう、騒がないぞ。
「ほーれ、水をくらえー」
私は、高らかにトマトへ水を恵む。
そんな私を見たお父さんが、額に手を当てて。
「……何かが、違います。僕の理想としたものは、こんなのではなかった」
と、ぶつぶつ言っているけど、気にしない。気にしない。
「ふはははは。赤い悪魔め! 私にひれ伏すが良い!」
「沙樹は、今日も元気ねー」
庭にシーツを干しにきたまりあ叔母さんが、にこにこ笑っている。そんなまりあ叔母さんを、恨めしそうに見るお父さん。
「元気なのはいいですが、とてもトマトに愛着を持った様には見られませんよ……」
「兄さんの目論見は、外れたわね」
まりあ叔母さんはからからと笑うと、シーツを広げた。
「本当に、子育ては難しい……」
「あら、だからこそ楽しいんじゃない」
「……そうですね」
穏やかな時間が流れている。
リコット村にきたばかりの時が、嘘みたいだ。
私は、お父さんやまりあ叔母さんが笑っているのが、嬉しい。家族なんだと、実感出来るから。
私はじょうろを置くと、お父さんたちのもとへ走っていく。私も仲間に入れてもらう為に。
「サキ、どうしました。しまらない顔をして」
「お父さんたちのこと、大好きだと思ったんですよー」
「……そ、そんなことを言うと、食事にトマトを出しますからね!」
「兄さん、顔真っ赤よ?」
「う、うるさい!」
お父さんたちのやりとりを聞いて、思う。
あー、幸せだなー。
「……て、浸ってる場合じゃなかったですよ!」
子供部屋のなか、私は床をだんだんと拳で叩いていた。
のんびりと家族との時間に、幸せを見いだしている場合じゃないのだ。
こうしている間にも、時間は過ぎていく。どうする、私。
「師匠ー」
外から聞こえてきた声に、私はびくんっと体を震わす。
そして、わき目もふらずベッドの布団のなかにすべり込む。
玄関のほうから、お父さんの話声が聞こえた。
「では、研究室に行ってきます」
その言葉が聞こえて、玄関の扉が閉まる音がする。
私は肩から力を抜いた。
「……もう、出てもいいかな」
私は布団からもぞもぞと這い出した。
耳を澄ませて、家のなかにはまりあ叔母さんしかいないのを確認する。
「はあー……っ」
私は盛大に息を吐き出した。
このままではいけないと分かっている。分かっているのだけど。
親指立てプロポーズから、一週間。私は未だに、リディアムくんと話せていない。
「……難しい、話よね」
「うう……」
まりあ叔母さんとお茶を飲みながら、私はリディアムくんのことを相談していた。
「沙樹のやったことは、こちらでは重大なことだし……」
「ぐ……っ」
「話を聞いた限りでは、リディアムくんも本気にしているんでしょ?」
「はい……」
リディアムくんは真剣に考えてくれると、言っていた。
だから私こそが、不誠実なのだ。
まりあ叔母さんは頬杖をついた。
「リディアムくんは、悪い子じゃないし。むしろ、変わってるけど良い子なのよねー」
「そうなんです……」
私とお父さんとの仲直りにも、リディアムくんの助言があってこそだ。
彼は、私たち親子の恩人なのだ。
「あー、私はなんてことを……!」
頭を抱える私に、まりあ叔母さんはため息を吐く。
「……沙樹、こうなったら腹をくくりなさい」
「え……?」
間の抜けた声を出し、まりあ叔母さんを見れば真剣な顔をしている。
私はごくりと、喉を鳴らした。
「つまり、責任を取れと……?」
私はまりあ叔母さんの言葉を、重く受け止めた。
「うーん、というか。素直に話し合いなさいっていうことかな」
「あ、そっちですか」
「そっちも何も、あなたたち全然会話してないじゃないの」
「う……」
確かに、まりあ叔母さんの言うとおりだ。
私とリディアムくんは会話をしていない。避け合ってばかりだ。
「やっぱり、お互いをよく知った方が良いと思うの」
「はい……」
「だから、話し合ってみなさい」
まりあ叔母さんの言うことはもっともだったので、私はこくりと頷いた。
しかし、話し合うといってもどうしたら……?
私は庭の木陰に座り込み、悩んでいた。
リディアムくん本人が私を避けているのだから、どう捕まえるべきか。
「うーん……」
私は腕を組み悩み、そして温かな日差しにうとうとしてくる。うう、急激に眠気が……。
子供の体が、欲求に勝てるわけがなく。あえなく、私は夢の世界へと旅立つのだった。
そこは、温かく幸せな世界だった。
揺りかごに揺られて、私は眠りに誘われる。
『ふふ、サキ。たくさん寝てね』
優しい声。もっと聞いていたかった。
『サキたちの髪は、お父さん譲りなのよ』
その言葉の意味は分からなくとも、声で良いことなのだと理解出来た。
『幸せに、生きてね』
彼女は、いつもそう言っていた。
「……はっ」
私、夢見てた!
ばっちり寝ちゃってたよ!
太陽の光を見れば、だいぶ低い。まずい、まずいぞ。
「じゃあ、師匠ー。また、明日ー」
リディアムくんが、帰る時間だ!
しまった! のんきに寝てる場合じゃなかった!
「リディアム、今日出した課題は一週間以内に答えをだしなさい」
「分かりましたー」
どうしよう、どうしよう。
裏手からリディアムくんが歩いてくる。お父さんはいない。まだ、研究室なのかもしれない。
お父さんがいない今が、チャンスなのかもしれない。
私は、木陰から立ち上がった。
「リ、リディアム、くん……っ」
どうしても声が震えてしまうが、何とか名前を呼べた!
そして、名前を呼ばれた当のリディアムくんは、驚いたように私を見る。すると、顔を真っ赤にさせて、逃げるかのように走り出す。
「ま、待ってください! 返事はいいので……、えっと、お話しましょう!」
私は、必死に叫んだ。
リディアムくんは、立ち止まってくれた。
「お話……?」
「そう! そうです! お話をして、お互いを知りましょう!」
「お互いを、知る……」
リディアムくんは呟くと、こくりと頷いてくれた。
私とリディアムくんは、先ほど私が座っていた木陰に移動した。並んで座る。
リディアムくんの顔はまだ赤い。つられて、私も赤くなる。だ、駄目だ。平常心、平常心だ!
「あ、あの、私たちは知り合ったばかりですから、話し合うのは大事だと思うんです」
「うん……」
「だから、まずは私から話します!」
私は、お父さんと離れていた間、まりあ叔母さんと遠い場所で暮らしていたと話した。日本のことは話さない。話せないとも言う。
「好きなものはうさっちょです!」
「うさっちょ……?」
「うさぎの女の子ですよ。ぬいぐるみを持っているので、今度見せますね!」
「分かったー」
「嫌いなものは、赤い悪魔です!」
「赤い悪魔? 怖い名前だねー」
「はい! やつは恐ろしいのです! お父さんを懐柔し、毎朝食卓に現れるんですよ!」
「食べ物のことだったんだね。サキは面白いなぁ」
「そうですかね?」
私は至極真っ当な人間だと思うけれど。
でも、リディアムくんが楽しそうに聞いていくれてるから、いいかな。
「じゃあ、次は僕の番だねー」
「あ、はい。お願いします」
「えっとねー、僕はガルシア育ちだけど、生まれは他国なんだー」
「そうなんですか」
私とは逆なんだ。私はガルシア生まれだけど、日本育ちだもの。
「うん。えっと、僕の目。赤いでしょー?」
「そうですね」
そういえば、リコット村は色んな種族がいるけど、赤い目の人はいないかも。というか、リディアムくん以外に見たことない。
「……僕のね、生まれた国では赤い目は、魔に魅入られたとして不吉の象徴とされているんだって」
「そ、そうなんですか!」
ファンタジーな世界だから、赤い目も普通だと思ってた!
リディアムくんは、すこしだけ顔を俯かせた。
「僕のお母さんという人は、僕が迫害されない為に、差別のないガルシアに捨てに来たんだって」
「え……?」
「なんだかおかしな言い分だけど、お母さんという人はそれが最善だと思っていたらしいよー」
リディアムくんを生んだ人には、リディアムくんと共に生きるという選択肢がなかったという。
そのことを当然のように受け入れているリディアムくんが、なんだかとても悲しい。
「でも、僕は不幸じゃないよー。院長先生はとても良い人だし、他の子たちも事情は同じなようなものだったし。意地の悪い子もいたけど、返り討ちにしたからねー」
「リディアムくん……」
「同情はしないでね」
「はい」
リディアムくんは、本当に不幸だとは思っていないようだった。
私は自分が恥ずかしくなった。日本にいたころの私には、両親はいなかったけど、血の繋がった私を愛してくれるまりあ叔母さんがいたのだ。
なのに私は、他の子供にからかわれては泣いてばかりいた。立ち向かうことなど、思いつきもしなかった。
リディアムくんは強い。そう思う。
「あのっ、リディアムくん!」
「なにー、サキ」
私は声を掛けた勢いのまま、立ち上がった。
そして、リディアムくんの目を真っ直ぐに見る。
「私っ、リディアムくんと初めて会ったとき、リディアムくんの目、凄く綺麗だと思いました!」
「え……?」
「まるで宝石のようだと、思ったんです……!」
私の言葉に、リディアムくんは目を瞬かせた。
凄く、驚いているようだ。
「今も! 今だって、思ってます! 私、リディアムくんの目、凄く好きです!」
「サキ……」
「目だけじゃありません! 毎日、お父さんと修行しているリディアムくんは、えっと、凄く頑張っていて、尊敬します!」
私は言い切った。リディアムくんに同情しているのではなく、リディアムくん自身をいかに凄いと思っているのか伝えたくて。
「あっ、でも。お父さんを独り占め出来るのは羨ましいですけど……」
あ、つい恨み言も出ちゃった。
慌てて口を押さえると、リディアムくんの肩が揺れているのが見えた。
「リディアムくん……?」
「ふふ……!」
リディアムくんは笑っているようだった。
リディアムくんはひとしきり笑った後、目尻に浮かんだ涙を指で拭った。
「ぼ、僕。そんなに真っ直ぐに目を誉められたの、初めてだよ」
「そ、そうですか……」
自分でもちょっと熱くなり過ぎた気がしないでもないので、ちょっと恥ずかしい。
リディアムくんは、私を見つめた。リディアムくんのルビーのような目に、私が映る。
「僕、君が好きだな」
「え……!」
す、好きって……!
動揺する私に、リディアムくんは笑いかけた。
「僕、今までちょっと逃げてた。でも、今度こそ本気で考えるよー」
それは、親指立てプロポーズのことだろうか。
「サキ、待っててね」
そう言うと、リディアムくんは立ち上がり、家の門へと歩いていく。
「またねー」
手を振り去っていくリディアムくんは、眩しい笑顔を浮かべていた。
結局、状況は変わっていない。ただ、私とリディアムくんの距離は縮まった気がする。
私はそれに対して、今までのような苦悩を感じていないのに気がついていた。
「リディアムくん……」
彼のことを考えると、少し苦しいような恥ずかしいような、不思議な気分になる。
これは、なんなのだろう。
分からないまま、私は立ち尽くしていた。




