萌芽2. 放課後の秘密
早朝―まだ誰もいない校舎の裏で、ビニールハウスは小さな賑わいを見せている。
「うんっ、今日もみんな元気だね。」
「ふわぁ〜…いくらなんでも朝7時は早すぎだよぉ。運動部じゃあるまいし…」
「夏野菜ちゃんたちはこまめに水やらないと枯れちゃうのっ!私は命だって惜しむ気はないからねっ!」
「野菜より先にイチカが枯れちゃうよ!?」
イチカとことは、気心の知れた同級生同士の、ほほえましい掛け合いが展開されている。それと対を成すように、黙々と作業を続けていたのは、カスミとしずくの2人だった。カスミの視線は相変わらず、イチカの腕についてある装置に向いている。凛々しい顔つきだからか、傍からは睨んでいるように見えてしまう。
「せ、先輩?私、なにかしてしまいましたか…?」
「え?あぁ…悪い。なんでもない。」
誤魔化すように否定したカスミを、しずくは一瞬、困った顔で見つめた。
「…みんな、もうすぐホームルームの時間だわ。道具を片付けて移動しましょう。」
「む〜…」
イチカはこの場から離れまいと言わんばかりに、不満そうな表情になる。植物への愛が深い彼女を見て、カスミの顔に少しの明るさと笑顔が戻る。
「遅刻しても知らないぞ〜?お前、この前のテスト生物と現代文以外赤点だったそうじゃないか。成績落とすとヤバいぜっ。」
「ギクッ!」
「ギクギクッ!」
「ことはもかよ!?」
「数学ぅ…10点でぇ…」
「Oh...」
「はいはい、解散するわよ〜。」
部活内での挨拶を済ませ、それぞれが自分の教室へと向かっていく。1年は3階へ、2年は2階へ…二手に分かれた。廊下は日の光で色づく。生徒たちの1日は、まるで閃光のように素早く過ぎ去っていった。
「ねえねえイチカ、今日は放課後の活動ないんだよね〜。」
「事情はよく分からないけど、先輩たちだけ部室に寄って帰るんだって。」
日光が橙色になった頃、カスミとしずくはビニールハウスの方へ歩みを進めていた。
「なぁ…しずく」
「…イチカちゃんのことでしょ?」
「なんでイチカが"改鎧"を持ってんだ?まさか、あいつもブルームに…?」
「しばらくあの華が姿を見せていなかったから、収まったものだと思っていたけれど…まさか今になって再発するなんて。」
「あんな力を持つのは…ブルームになるのは、もうオレたちだけで十分だ。後輩たちを危険な目に遭わせるわけにはいかないっ。」
「ええ、私もみんなを―――っ!!」
次の瞬間、温室の影から怪物が飛び出す。
ドスン、ドスン、という騒がしい足音を立てながら、2人へ襲いかかる。負けじとカスミは怪物へキックを繰り出した。
「こいつ、新手の"ウィザー"か!?」
「仮にあの華が復活しているなら、彼らもまた繁栄を再開しているのでしょうね。」
「あぁっ、クソっ!あの時と同じじゃねぇか!」
「カスミちゃん、落ち着いて。今、私たちがすべきことは…脅威からここを守ることよ。」
「…もう、やるしかねぇのか。久しぶりだけど、いけるか?」
「えぇ、まずはこの華の形をした"コア"を改鎧に取り付けて…」
「誰がそんな最初から説明しろって言ったよ!?…ったく、行くぞ!!」
そして2人は、呪文のように言葉を唱え始めるのだった。
「絢爛術式S!」
「絢爛術式G…」
「「―――――昇華ッ!!」」
カスミの身体には紫陽花のようなまばらな青い結晶が勢いよく固着し、しずくには明るい緑色のツタの如く細い結晶たちがゆっくりと絡みついていく。やがて、兵器の戦士へと変貌した2人が立っていた。
早速カスミがウィザーの元へ駆け寄り、猛攻を仕掛けていく。
「歯ァ食いしばりな!」
両手の大きな拳で、止まらず殴り続ける。荒々しくも、凄まじいパワーを秘めた鉄拳によって、1歩、また1歩と、ウィザーが食い下がっていく。
「ふふっ、私も負けていられないわね。」
しずくは背中の装甲を展開すると、大量のガトリング弾を手際よく放つ。全発的中―仕留め損ねることはなかった。どちらも、お互いの性格がありありとわかる戦法だ。
グワァ゛ァ゛ッと雄叫びを上げるウィザーに対して、2人は休む間もなく攻撃を続ける。彼女たちの表情には、どこか冷静さと必死さが混じっていた。
「早いとこ決めるぞ、しずく!」
「言われなくても!」
カスミがアームの射出スイッチを起動させるとともに、しずくが銃身を一斉に標的へ向け火力を最大にする。
「「殴砲連術、テンジク!!」」
巨大な2つの拳と大量の銃弾が一斉に放たれる。衝撃音とともに、ウィザーの姿は跡形もなく散っていった。
目の前の怪物を倒した後の2人は、少し肩の力が抜けていた。
「にしても、久々の戦闘は体力使うねぇ〜。前は10発殴ってもピンピンしてたんだけど。」
その言葉を聞いた瞬間、しずくの手が少し震える。
「『前は』…ね…」
「…悪い、余計なことを言った。」
「私たちだって、いつまでもつか…もうわからないもの…冗談でも、怖いの…。」
「まぁ、オレはその時はその時…最後まで大切なみんなを守るだけだ。」
「…うん。」
カスミの決意のこもった発言に、しずくは小さく頷いた。
すると、やや背丈の小さな2つの影が迫ってくる。
「あ、いたいた!おーい、せんぱぁーい!」
「大丈夫ですか!?凄い物音がしましたけど…」
「ことはちゃんにイチカちゃん…!?今日はもう帰ったのかと…」
「私たち今日は教室の掃除当番だったので、遅くまで残ってたんです〜。」
「アタシ、イチカと一緒に頑張ってたんだよ!カスミ、ほめて!!」
「よ、よしよし…先輩を呼び捨てすんじゃねぇ…」
―イチカの視点が2人の腕へと向く。
「…あ!先輩たちのそれ…私のとおそろいですねっ♪」
「…っ。そ、そう…だな。」
「3人ともそれ持っててずーるーいー!アタシのもほしいぃー!」
すると、いつも温厚なしずくが、トーンの低い声で告げる。
「…あなたたち、これが何かわかっているの…!?これを使えば、イチカちゃんも、ことはちゃんも、必ず力の代償を受けることになる!もう犠牲者を増やしたくないのよ!」
「しずく!!」
カスミが怒鳴り、しずくは我に返る。目の前には、意味のわからない状況と、普段とは違う厳しい先輩の姿に怯える、後輩たちが映っていた。
「あっ…ごめんなさい、つい…」
「後輩を想うお前の気持ちはよく理解できる。だが、説明せずに逆上するのは、年上としては違うと思うぜ。」
「乾先輩…?どうしたんですか…?」
「…詳しいことは、明日2人に話すわ。…本当に、ごめんね。」
曇り空のように暗い雰囲気―すると、ことはかしずくの元に近づいてきた。
「…ぎゅぅ!」
ことはがしずくの身体に抱きつく。
「えっ…?」
「なんだかよくわからないけど、元気出してよ、しずく!」
「私も、ぎゅっ。」
ことはに続くように、イチカもハグする。
「…この腕輪にどんな力があるのか、正直ちょっと怖いです。でも、大丈夫です。受け止める覚悟をしますから。」
「な?素晴らしい後輩たちだろ?」
「うん…うんっ!ありがとう、みんな…!」
しずくの目から、1滴の涙が頬を伝った。
「ほらほら、カスミもーっ!ぎゅぅ!」
「ちょっ!?オレもかよぉーッ!?」
4人が揃って初めて出来上がる、わちゃわちゃした『いつもの』空気感。果たしてこれが、いつまで保てるかはわからない。けど、今だけは確実に、幸せだと言える。そう思ったのだった。
芽に小さな蕾がついた。
<おまけ-活動日誌>
―闘いの少し前
「しずく!テンジクのさ、前についてる術名ってなんて言ったっけ?」
「えっと確か…オウホウ…あれ?ホウオウだったかしら?」
「(伝説の霊鳥?)た、多分オウホウだった気がするぜ。」
「漢字で書くと鳳凰…」
「ホウオウに引っ張られすぎとるわ!?」
※「殴砲連術」です。




