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葉桜:前篇

魔理沙が療養している間に、外では桜が咲いて、やがて散っていった。


桜が満開を過ぎた頃、少女たちはいつものように、花の下で宴を開いた。仲間の一人が入院していても、宴を取りやめるような連中ではない。魔理沙がいないとつまらないと嘆きつつ、それなりに酒を呑んでいた。霊夢も魔理沙のぶんまで呑んで、酔っ払っていた。



桜がすっかり散って、葉が付き始めた頃。

藤原妹紅は重い鉛の箱を抱えて、里外れの道を歩いていた。行く先は、魔法の森の入り口、封鎖された香霖堂。前を霊夢が歩き、後ろにはうどんげがついてくる。


「そういえば、霖之助さんが退院するときに炉を持ち帰ってきたわね」

「炉?」

「魔道具。ミニ八卦炉」


霊夢は後ろを振り返り、片手を伸ばしてレーザーを撃つ身振りをした。

自分を挟んで前後で会話が始まったので、妹紅は兎に先を譲って後ろに回った。前の二人のやり取りを、聞くともなく聞いている。


「ああ、あれ。……病室に銃火器は持ち込めないので、療養中はこっちで預かっていましたが。霖之助さんが引き取りたいとのことで、観察入院が明けたときに渡しています」

「そう」

「何か気になることがありますか」

「いや。タイミングが良くて助かったわ。あの子の宝物だし、霖之助さんなら扱いも判ってるから」


親父さんはああいうものが好きじゃなくて、と霊夢は声を落とした。口ぶりからすると、何かしらの訳がある話らしい。それ以上深入りしようとは思わず、霊夢も話を変えた。


「馬鹿の面倒見るのも大変よね」


そうぼやくと、隣の兎に向かって、後日なにか奢ろうと言った。巫女がそんなことを言うのは珍しい。



妹紅は歩きながら、永琳の指示を振り返った。

仕事そのものは難しくないが、身体への影響を考えると、頼める相手が他にいないのだという。


香霖堂の店の奥に、銀色の金属棒がある。

鉛の箱を持って店に入っていき、金属棒を回収してほしい。店に入ると線量計から警告音が鳴り、棒を箱に入れて封をすると音が止む。箱は開けずに永遠亭まで持ち帰ること。作業が終わったら必ずリザレクションをするように──と念を押された。


要するに、不老不死だから危ない物の回収を頼まれたわけだ。

一人でさっさと済ませるつもりでいたのだが、永琳から行き帰りの見張りに兎を付けると言われた。直前になって霊夢も付いてくると言い出し、思っていたより大仰な仕事になった。


永琳はこの仕事を頼むとき、間違っても強奪しようとは思うな、と釘を刺してきた。蓬莱の薬を奪って飲んだ件を言っているなら、嫌味なやつだと思う。

まあいい。今回の箱を無事に持ち帰って、黙って渡してやればいい。


里を抜けていき、土を踏みながらしばらく歩くと、奇妙な建物が見えてきた。香霖堂の看板があり、店と住処を兼ねているらしい。今は店主が不在で、戸に板が打ちつけてあった。


手前で足を止めて、建物を眺める。玄関の近くには誰かの胸像や看板など、雑多なものが積み重なっていた。店の中も同じようなものだろう。腰の線量計はまだ静かで、液晶に数字が映っていた。


うどんげはこちらに釘抜きを渡して「気をつけて」と言った。霊夢も兎の隣に立っている。


「ああ。行ってくる」


鉛箱と釘抜きを手にして、扉に向かったとき。


背後から、霊夢が「待って」と短く告げた。

釘を抜こうとする手を下ろして、巫女のほうを振り返る。


「何かいる」


霊夢は真剣な眼差しで、硝子窓を指さした。はめ殺しの小窓で、外側に十字の格子が入っている。

指の先を眺めても、特に怪しいものは見当たらなかった。擦り硝子になっていて中はよく見えないが、扉は外から封じてあるし、物音や気配は特に感じない。


「虫とか?」

「違うわ。形ある生き物じゃなくて、嫌な感じのもの」


硝子の向こうで黒いもやが揺れていて、こちらの出方を伺っている、と巫女は話した。


「……あんたには見えてないのね」

「別に、何も」

「そう。とにかく、行かせるわけにはいかない。私が行くから、ここで待ってなさい」


こちらに手を伸ばして、箱を渡しなさいと言った。体をずらして断る。


「わけが判らない。今から入るとこだ」

「あ?」


霊夢は一歩後ろに下がって、硝子のほうに視線をやった。


「中にたちの悪い物がいるの。皆がいろいろ噂して怖がるから、恐れや不安が一か所に集まって“悪い物”が生まれてしまった。祟りの噂が現実になってるってわけ。今のところ店の中に縛られてるみたいだけど、硝子越しじゃ結界も張れないし──」


再び手を差し出して、鉛箱を触った。


「あんたが入れば霊障に遭って、中で捕まって動けなくなる。そうしたら私は棒を回収して、あんたも連れて戻らないといけないの。二度手間になるわ」


だから私が行く、と続ける。

棒だけ回収して戻るはずが、霊夢が鉛箱をもぎ取ろうとして、不死でもないのに店に入ろうとしている。巫女に何が見えているのか知らないが、店に入らせる選択肢はない。触ったらリザレクションせよと言われる代物だ。


「貸して」

「駄目」


鉛箱を引っ張り合っていると、うどんげが声を上げた。元から縮れた耳が、いつも以上にしなびている。


「あの。一旦戻って、永遠亭で師匠に指示を貰うのはどうですか」


「遠いな」

「手ぶらで帰る気はないし。あの人は頭が良いんだろうけど、霊的な防御は専門外でしょう」


提案を拒まれた兎は、数秒考えて「なら私が行きます」と云った。


「お祓いはできませんけど、妖怪は放射線に耐性があるって説を聞きましたし、人が入るより安全かと」


霊夢はこちらの手首を掴んだまま、兎のほうを見やった。


「あんたの仕事は道中の見張りだけよ」

「ここで待ってろ」

「……そうですか」


口をつぐんだ兎に、早く行って戻ってくる、と告げた。

手首を掴む力が抜けた。霊夢はこっちの手を離し、溜め息をついてうつむいていたが、ふと口を開いた。


「……棒が剝き出しだから危ないのよね。箱に入れたら持ち歩けるし、店に入れるようになる」

「そう聞いてる」

「じゃあ、棒の片付けが済んだら、大きい声で呼んでちょうだい。必要ならそっちに行く」

「わかった」


それなら良い、と妹紅は頷いた。

腰の線量計を確かめると、板を釘抜きで剥がし、隙間をくぐって店内に入った。


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