【報告】俺、まだ生きてます。
「んー!!よくねたぁ…」
ぐっと伸びをして、窓から差し込む柔らかな朝日を浴びる。
昨日、アザリア村に辿り着いた俺は、ネロリアさんの計らいで彼女の家の二階にある客間を使わせてもらっていた。
湖畔や森での野宿続きだった身には、雨風をしのげる屋根と壁があるだけで文明の極致だ。ましてや、藁を敷き詰めた簡素ながらもふかふかのベッド! これはもう俺基準ではリッツ・カールトン級の快適さである。
おまけに昨夜は、久しぶりに湯浴みまでさせてもらった。シャンプーもボディソープもないけれど、魔力で温められたらしいお湯で体の垢を流せただけで、ステータスが全回復した気分だ。
さて、と。寝転んだまま手を伸ばし、枕元のスマホを手に取る。通知バーに表示された数字に、俺は思わず目を見開いた。
「コ…コメント11件!? なんだこれ!」
慌ててタップすると、そこには俺の拙い動画に対するコメントがずらりと並んでいた。
『これすげー!3D?もしかしてプロの方ですか?』
『すご』
『登録しました。迫力がすごいです!本当にいるみたいでワクワクしました。次の動画もたのしみにしています』
『この景色は微妙だな!AIで生成したのまるわかりだよ』
『こんなリアルなCGあり得ない。何使ってるんですか?』
『ドッキリ?それとも新しいARゲーム?』
『神回!あの雷獣は何!?』
『これガチだったらマジやばいっすね』
『翼のトカゲ可愛い!飼いたい!』
『登録者1000人ちょっとのオッサン I Tuberがいきなりこんなの投稿しだして草』
『更新が途絶えてますが、生きてます?次の動画楽しみにしてます!』
最後のコメントは、最初にヴォルトラの動画に反応してくれた人からだった。
名前はSNRさんというらしい。覚えておこう。
ってか心配かけちゃってたのか。バッテリー切れと疲労で、動画どころじゃなかったもんな…
CGだのAIだの言われているが、好意的なコメントも多い。特に神獣ヴォルトラの動画は再生数も「いいね」も一番伸びている。
『異世界?初日の風景:双月夜と浮遊島』(再生 29・いいね 3)
『【Vlog】異世界2日目の朝、ボサボサ頭で現状報告』(再生 21・いいね 1)
『崖の上で発見!虹色に輝く鳥』(再生 31・いいね 3)
『【神回】雷を纏う神獣!? まさかのファーストコンタクト』(再生 88・いいね 10)
『羽根付きトカゲ? 不思議な爬虫類を発見』(再生 17・いいね 2)
よし、SNRさんも心配してることだし、生存報告も兼ねて何か動画を撮っておきたいとこだが、問題は何を撮るか、だな…。
そう考えた時、ふと枕元に置いた予備の『星の欠片』が目に入った。昨日ネロリアさんが「もしもの時のために」と持たせてくれたものだ。
「おお、ちょうどいい題材があった。これなら絵になるし、充電方法の紹介もできるな」
俺はベッドに座り直し、スマホのカメラを自分に向ける。
「えー、こんにちは。青山拓人です。ご心配おかけしましたが、生きてます! 実はスマホのバッテリーが完全に切れてしまって……」
バッテリー切れの経緯と、この世界の『星の欠片』を使った充電方法を、実演しながら簡潔に説明していく。予備の黄色い石をカメラに見せ、スマホに近づけると、キラキラと光の粒子が放たれ始めるが、すぐに吸収は止まった。
「こんな感じで、星の欠片のエネルギーをスマホに移して充電できます。中のエネルギーがなくなると石は真っ黒になりますが、今はバッテリーがほぼ満タンなので吸収が止まりました。ほら、少しだけ光が弱くなったのが分かりますか? 気になる方は動画の最初と見比べてみてください」
これで安否確認はバッチリだろう。動画をアップロードし、さて、階下へ行こうかと階段へ向かうと、下からフィーラとネロリアがエテルニア語で会話してるのが聞こえてきた。二人とも、もう起きてたのか…
俺は朝の挨拶をする為に翻訳アプリ「言霊共鳴」を起動させる。するとー
『師匠には調査と伝えてあるから大丈夫よ』
『マレイン様が許すはずないでしょう。あんなに頑固なのに』
『そうだけど…。今は、あの古文書の解読の方が優先だわ!だってお母様の命を奪ったあの魔……』
(……!)
まずい。これは聞くべきではない会話だ!そう思った俺は階段をまた上がろうとする…も足が絡まり、階段下へと滑りおちてしまった。
ズドドドドドド…ドスン!!!
しりもちをついて登場した俺に、案の定、二人はビックリした表情で見てくる。
「お…おはようございます」
ネロリアさんはクスクスと笑いながら
「おはよう…ククッ…た、拓人君、大丈夫~?」
ああ…穴があったら入りたい。
とりあえず俺は「大丈夫です。」といっておきあがる。本当はめちゃくちゃ痛いが、心配をかけたくないので、やせ我慢をした。
「それならよかった。どう?よく眠れた?」
「はい、おかげさまで。久しぶりに熟睡できました」
俺たちは食卓につく。
机にはネロリアさんが作ってくれたパンの様なものと、サラダを食べながら、たわいのない会話を交わす。
「今日は村の中を見て回ろうと思うんです」と2人に伝えると、フィーラが少し困ったような表情で言った。
「そうなんですね…ちょっと朝は予定があるので、それが済んでからでよければ、ご案内いたしますよ?」
「ほんとですか? それはありがたい! ぜひお願いします!」
「わかりました」と笑顔で返してくれた後、続けてフィーラが
「あの……できれば、敬語はやめてほしい、です……?」と言ってきた。
なぜ疑問形? まあ、それはどっちでもいいか
俺は意外な申し出に少し驚いたが、正直こちらとしてもその方が気楽だった。
「わかった。じゃあ、遠慮なく。……よかったら、フィーラも俺に気を遣わず、もっとフランクに話してほしいんだ」
「タクトさんが、それでいいなら……」
「もちろん! あと、『拓人さん』も、もういいよ。拓人って呼んでくれ」
俺がそう言うと、フィーラの尖った耳がぴこ、とわずかに動き、はにかむように微笑んだ。
「わかったわ、拓人さ…拓人。」
おお、急に距離が縮まった感じがする。俺は隣のネロリアさんにも向き直る。
「ネロリアさんも、俺のことタクトって呼んでください!」
「ええ、わかったわ、タクト! もちろん私のことは——」と答えを待つように言葉をとめる。
「ネロリアだよな! わかってるよ!」
「さすがー!話が早くて助かるぅー! これからよろしくね、タクト」
「こちらこそ! 色々頼むよ、二人とも!」
フィーラとネロリア。気兼ねなく話せる仲青山拓人間が、異世界で初めてできた。