思わぬ再会
新学期に疲れています……もうちょっと投稿ペースを上げたい。
そして翌日、二人は国境の山を超えてインリアへ足を踏み入れた。
大きな山脈を一日がかりで越えると、一番近いアブルム地方へとたどり着く。このまま街道に沿って進むと、首長家のあるビリデ地方に到着するはずだ。
馬から見下ろす景色は、リーベルタスと全く違っている。
石やレンガの造りが多いリーベルタスに比べ、ここは木造の長屋のような家が並ぶ。
それに気温はやはり温かく、アリゼは長袖のシャツ一枚だが暑いぐらいに感じていた。
街を歩く人を見ると、五分袖の服の人が多いように見える。広袖にのシャツにインリア独自の何学模様の刺繍が裾に施されているものを着ている人をよく目にする。女性は膝下丈のスカートに、男性や子供はサルエルのように裾が絞ったパンツを着ている人が多い。
何となく、前世での東洋的な匂いがする街だぁと一人考えていた。
そしてこの街の外れの宿で一泊し、翌日にはビリデ地方へと到着する。
ビリデ地方は首長家直轄の場所で、一番活気のある場所だと言うことは聞いていた。
だが正直の所、街の中心は"中心街"に相応しくないような仄かに暗い雰囲気が漂っている。暑さもより増していて、余計に気だるげな空気を醸し出していた。
この状況を見ると──首長家がうまく行っていないことに、正直納得はできる。
一応インリアの首長家には、二人が行くという手紙は一方的に送りつけてはいる。
だが歓迎されるのかされないかはよくわからず、二人は不安なまま首長家の屋敷に到着した。
首長家の屋敷は、それこそ前世で見たアジアの宮殿のような佇まいをしている。
大きな朱色の木造の門に、奥の館は瓦屋根の大きな建物だ。
門の前で馬から降りると、数名の門番全員が目を見開きクロビスを見つめていた。
「私はリーベルタス王国、ギルベール伯爵家のクロビスと申し上げる。本日は首長であるイズリアル様と面会をお願いしたく参りました」
そう威勢良く言うと、門番同士が慌ただしく動き回る。そして「どうぞ」と大きな門が開き、中に通された。
そして館の玄関では、一人の高齢の男性が頭を下げて立っていた。
「ようこそいらっしゃいました。お話には伺っております」
彼はローマン・シドロフという名前で、イズリアルの側近を勤めているらしい。アリゼとクロビスは挨拶をし、中に案内されることになった。
「えっ……」
アリゼは途中の廊下で、思わず立ち止まった。
長い廊下には肖像画が並んでいる。所々取り外したような空白がある中に、ぽつんと飾られている絵に驚いたのだ。
それは若い青年期の女性の肖像画だったが──クロビスに、非常によく似た女性だったのだ。
「あなた様は、オレーシャ様に非常に似ております」
ローマンは噛み締めるように、クロビスを見つめてそう言った。
確かにクレジットには、五十年ほど前の日付と『オレーシャ』の名前が刻まれている。
アリゼはクロビスのことを実母にそっくりだと思っていたが、なるほどなーと。ギルベール家には晩年の肖像画しか残っていないので、祖母の若い頃の姿は見たことがないし、アリゼは会ったことすら無いので想像できなかったのだ。
まじまじと肖像画を見つめるアリゼと違い、クロビスはやけに冷めた目で、そのアリゼの様子を見つめている。
そして「やっぱり似てるんだな」と呟いた。恐らく心当たりがあったのだろう。
そしてこの長い廊下の先に、イズリアルの寝室がある。
ローマンがドアをノックし、扉を開ける。
アリゼ達もローマンに続き、中に足を踏み入れる。
部屋の中央には大きなベッドがあり──ベッドの上には、白髪頭の男性が静かに横たわっていた。
「イズリアル様」
ローマンが男性に近付き肩を叩くと、ほんの少し目が開いた。
瞳の色は、アリゼやクロビスと同じ、黒に非常に近いブラウンの色をしていた。
「私はギルベール伯爵家のクロビスに、こちらは妹のアリゼと申します。オレーシャの孫に当たります」
クロビスがベッドの脇に立ち、膝立ちで頭を下げる。
顔を上げて微笑みかけると──イズリアルも、ほんの少しだけ広角が上がる。
そして擦れた声で「よくも呪われた我が家にいらっしゃってくれた」と言う。
微笑む皺だらけの顔には、爛れたような傷痕がいくつもあり──これが彼の歩んできた道だと思うと、アリゼの心は締め付けられた。
*
「イズリアル様はご覧の通り、病に伏せられています。最近特に、季節の変わり目にはあのような感じで寝込むことが増えました」
イズリアルはそのままベットから動くことができず、対面を終えた二人は応接室に案内され、ローマンと懇談することになった。
出されたお茶は烏龍茶に近い味がして、何だかアリゼは懐かしく感じていた。
「持病のせいでしょうか?」そうクロビスが質問すると「いいえ」と首を横に振る。
「十年ほど前に毒による暗殺未遂がありまして、その後遺症だと思われています」
二人の脳裏に、さっき見た赤黒い跡が残る顔が浮かんだ。
「その寝込んでいる間は、あなたがインリアの取り仕切りを?」
「確かにそうですが、以前よりも各領主への采配を大きくしています」
「首長家の影響力が弱くなっている背景は、そういうことか」
「……正直場所により待遇のバラつきが生まれているのは、間違いありません」
クロビスははぁ、とため息をつく。
首長家の弱体化は、首長家が各領主を管理しきれてないのが原因であると、いずれ力を持ちすぎた領主が首長家を裏切ることも充分に予想できてしまうだろう。
「只でさえ、首長家内部の争いで評判は落ちています。そもそもイズリアル様が首長になったのも、妹のラリーサ様が当時の首長であったバフティヤル様をはじめ、自分のご兄弟の暗殺に乗り出したのがきっかけです。そのラリーサ様も、自分のお子様を兄弟により殺された過去があるので……」
二人は言葉を失う。
まさか自分に近い"血族"の人達が、そんな血みどろな争いをしていたとは、と。
「確かに呪われているな」
クロビスがそう呟いた言葉が、やけに遠くに響いていた。
*
その後二人は、屋敷の中を案内されることになった。
館の造りは、当たり前だが全く違う。白い漆喰の壁に黒い木造の梁と柱が張り巡らされてあり、木製の窓枠にはインリア独自の幾何学模様が掘られている。アリゼは初めて見るが──どこか懐かしさを感じる装飾に、一人心を踊らせていた。
「失礼、ローマン様……」
廊下を歩いていると、数名の騎士らしき人がローマンの元にやってくる。
兜に幾何学模様のマントで、綺麗な模様にアリゼは思わず見入る。
(これアングラード領で見た……?)
アリゼがじーっとマントを見つめていると、振り向いた騎士の一人と目が合う。
「どうかされましたか?」
「いや、非常に綺麗な模様をされているなぁーと……」
「ありがとうございます。インリア特産の織物なんです」
と言うことはやっぱりアングラード領で見た、あの織物の原型があると言うことだよなと。
あの技術はここで産まれたものなんだ、と妙に感慨深くなる。
「どうです?私は一度騎士団の方に行かなければならないので、一緒に参りませんか?」
そうローマンからの申し入れがあったので、せっかくなのでアリゼ達は騎士団の見学に行くことになった。
「ここの騎士団は、インリアの人のみの構成なのですか?」
「そうですね。一応帝国側の『中央軍事委員会』が監査をしてますが、基本的な運営はインリアのみで行っています」
騎士団の訓練場へ向かおうとしたが──その途中、まさかの人物を目にした。
「えっ……」
まさか……と思いクロビスを見ると、クロビスもその人を見つめながら、ごくりと息を飲んでいた。
「なぜあなたがここに居るんだ?!」
クロビスが覚悟を決めて一歩踏み出すと──その人物は、目を見開いて二人を見つめる。
「グレコワール卿、なぜあなたがここに?!」
そう、そのまさかの人物は──行方不明だった、グレコワール・ベッティーニだったのだ。