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理想の孤独死【完結済み21.5万文字】  作者: Shimizu Atsushi


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第三十三話 喫茶「昭和」 一

 次に私が向かったのは亡くなった当日、田中が立ち寄った店、スナック「昭和」だった。この店は、田中のGPSのログから分かったことで、週に二〜三回は顔を出していた。

 店は田中の住んでいたアパートから歩いて一〇分ほどの所で、大きな道からひとつ脇道に入ったごみごみした場所にあった。周囲には同じような小さな飲み屋や事務所が入っている雑居ビルが多かった。

 目指す店「昭和」は、一階に携帯ショップが入った五階建てのビルの二階にあった。いわゆるペンシルビルで、幅は狭い代わりに奥行きがあり、ワンフロアに一店舗入っていた。古いビルで、二階以上は裏手にある階段を上らなければならなかった。店のスチール製のドアには、黒地に白抜きで「喫茶&軽食 昭和」という看板が掛かっていた。その下には紙が貼ってあり、手書きで「当店では携帯電話・スマートフォンの使用はご遠慮いただきます」と書かれていた。ドアにはストッパーが挟まっていて、僅かに開いていた。完全に閉まっていると人が入りづらいという配慮からだろう。(普段なら絶対に入らない店だな)と思いながらドアを開けた。


 ダークブラウンを基調にした店内には、カウンターとボックス席があり、カラオケをするためのスペースもあった。

 長いカウンターの奥にいたマスターらしき男が、「いらっしゃいませ」と気のない声をかけてきた。トタテグモの巣に迷い込んだような気がした。私のほかに店内には客が二人いて、それぞれボックス席でコーヒーを啜りながら本を読んでいるようだった。

 カウンターに座ると、メニューを持ってきたマスターは、


「ランチもできますよ」


と言うと、意外に素早く、サッと元いた奥に戻った。やっぱりトタテグモのようだ。


 私はメニューを見ながら、(どうしたものか)と考えていた。これからやろうとしているのは、刑事ドラマに出てくる、「ガイシャの足取りを確認する」というもので、まったく未体験のことだ。どう切り出すべきか。警察手帳があるわけでもなし、私企業の社員である私に、マスターが素直に協力してくれるだろうか?

 とりあえずコーヒーを注文すると、マスターは手際良く、サイフォンでコーヒーを淹れ始めた。その背中に向かって、私は意を決して声をかけた。


「あの、少しお伺いしたいのですが。実は私はLPTの伊藤と申します。先日、弊社のご契約人である田中一郎さんという方が亡くなりまして。こちらの常連さんだったと……」


 マスターは私の言葉に、驚いた表情でこちらに振り返り、

「え! 田中さんが亡くなったの?! いつ?」

「四日ほど前です」

「どうして? 理由は?」

「すみません、故人の情報は、ご親族以外には非公開なんです」


 私の返事にマスターは口を噤むと、淹れかけていたコーヒーに視線を戻し、作業を再開した。その様子から、田中がこの店の常連であったことが伺われた。マスターは無言で近づいて来ると、私の前にカップを置いた。


「それで、あなたはLPTの……?」


 私はスマートフォンにLPTの社員証を表示させて、カウンターに置いた。


「改めまして、私は田中様の担当をしておりますLPTの伊藤と申します。遺産整理の手続きで、亡くなる当日の行動を確認しております」


 マスターは改めて社員証に視線を落とすと、小さく鼻を鳴らした。


「亡くなった人でお金儲けとは、結構なご商売ですな」


 どうやら弊社に対してあまりいい印象を持っていないようだ。青木の顔を思い出した。


「いえ、そういうわけでは……」

「警察の方であればまだしも、私企業の調査に協力する義務があるとは思えないね」


 マスターはそう言うと、布巾で軽くカウンターを拭き始めた。会話を打ち切るという、意思表示だった。私はカウンターに置かれたコーヒーを一口啜った。諦めて席を立つべきか。いや、ここで引き下がれば、重要な手がかりを失ってしまうかもしれない。私は意を決し、もう一度だけ食い下がってみることにした。


「おっしゃる通りです。ですが、我々はただ、故人が最後にどんな時間を過ごされたのかを知りたいだけなんです。ご家族もいらっしゃらない方だったので」


 ほとんど思いつくままに出た私の言葉だったが、カウンターを拭くマスターの手が止まった。彼は顔を上げず、握った布巾を見たまま、


「それにしても田中さんがLPTに加入しているとはね……」


と呟いた。そして、私の方に向き直り、


「……ええ、来ましたよ。夜八時頃だったかな」

と言った。思わぬ返事に、私は少し身を乗り出した。


「何か、変わった様子はありましたか? 誰かと話していたとか」

「どうだったかな? うちは今の時間は喫茶タイムなんだけど、田中さんは六時からのスナックタイムによく来てたんですよ。三日前かぁ……」


 マスターは少し何かを思い出すように宙を見上げると、


「あ、その日はきょー君と話していたね」

「きょー君?」

「最近ここに顔を出すようになった子でね。その時は、田中さんと盛り上がっていたね」

「どんなことで盛り上がっていたんですか?」

「古いアニメのことだよ、知ってるかな? グレンガーディアンっていう昭和のアニメなんだけど」


(ここでグレンガーディアンか!)


 そう思いながら私は冷静に続けた。


「知ってます。田中さんのご遺品のなかにも沢山ありましたので」

「あ、そうなんだ。田中さん、あんまりお店で喋らない人だったんだけど、その日はよく喋ってね。私は他のお客さんの相手をしていたんで詳しい内容は分からないんだけど、なんかグレンガーディアンのことで盛り上がっているのは分かって、(珍しいな)と思ったんだよね」

「どんなことを話していたのか、分かりませんか?」

「そこまでは分かんないね」

「そのきょー君という方とは連絡が取れませんか?」

「連絡先とかは交換してないから分からないな。もし分かっても普通教えられないでしょ? 個人情報だから」

「それはそうですね」


 話すことがなくなったのか、マスターはまたカウンターを拭き始めた。それ以上の情報を引き出すのは難しそうだった。私は礼を言って席を立とうとした。その時、マスターがぽつりと言った。


「……それで、なんで亡くなったの?」


 私は数秒考えて答えた。


「心筋梗塞です。……それほど苦しまなかったと思います」


 マスターは大きく息をつき、


「そうか、心筋梗塞か……。ありがとね」


と言った。

 そこで終わっていい会話だったが、彼の声には、何かまだ話したいことがあるような香りがした。私はもう一度椅子に座り直して、空になったコーヒーカップを眺めることにした。その様子に促されたのか、マスターが話し始めた。


「――いや、田中さん、それほど話すタイプじゃなかったんだけど、やっぱり常連さんだから時々は話すことがあったんですよ。喋ると色々面白いことを知っている人で、面白くてね」

「どんなことを話していたんですか?」

「昭和のアニメや古いパソコンとか星、天文の話かな。正直説明が難しすぎて、門外漢の人間には分からないんだけど、話し始めると熱心でね。で、随分酔った時に『自分は殺される』って言ったことがあってさ」

「殺される?」


 ザワッとした。


「そう。あんまりそういう冗談とかホラを吹くタイプじゃなかったし、そもそも自分のことはほとんど話さないタイプだったから、こっちもびっくりしてね」

「誰に殺されると言ったんですか?」


 マスターは少し声を潜めた。


「『LPTの堤』だって」


背中に冷たい汗が流れた。


「おたくの会社の偉い人だよね。なんだか物騒だけどやっぱり聞きたくなるじゃない? それで『どうして殺されるんですか?』と聞いたら、そこからは黙りで。急がずにもっとゆっくり聞けばよかったな、あれは……」

「結局、理由は聞けたんですか?」

「駄目。その後も、時々こちらから振ったりもしたんだけど、『酔っていたんで覚えてない』とか『冗談だよ』なんていう返事で。こっちも『そうなんだ』と思ってほとんど忘れてた。だからあなたから『LPTから来た』って聞いて『あっ!』と思い出したんだよ。しかも契約してるなんてさ」


 田中が堤によって謀殺された? そんなことがあり得るのか? 少なくとも田中の死について、今のところ怪しむべきところはなかった。現場の救急隊員が心筋梗塞による突然死であることを確認しているところに立ち会っているし、生体データに不審な点はなかった。

 一方で巷でよく言われるLPTの陰謀論に、「LGIには休眠状態の実行回路、通称『ゴースト・サーキット』が仕込まれており、外部からの信号で契約者をいつでも殺せる」というものがあった。

お読みいただき、ありがとうございました。


次回は本日の21時ごろの更新を予定しています。


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