第6話 見せる庭と見せない庭
アルカナさんに言われた言葉を、三日、考えた。
守りたいなら、隠すことも守りのうち。
考えて、決めた。
朝ごはんのあと、ルナリアは3層目の広場にみんなを集めた。
アルス。ブレイブ。エリン。クロと、シロ。膝の上にはコハク。それから、管理画面の向こうのコアさん。
名前のある子、全員。
「今日はね、みんなに相談があるの」
相談、という言葉に、アルスが少しだけ背筋を伸ばした。
「配置の話。みんなの、持ち場のこと」
ルナリアは、息を吸って、正直に話すことにした。難しい話を、難しいまま。この子たちに、ごまかしは使いたくなかった。
「うちにはね、毎日、冒険者さんが来るでしょ。それでね、その人たちは、うちの中で見たものを、外でお話しするんだって」
クロが、首を傾げた。
「みんなの姿とか、名前とか、どんなふうに強いかとか。……そういうのが、外で、数えられてるの」
数えられてる、のところで、エリンの羽が、ぴくりと動いた。
「それでね、数えられたものは、お話にされるの。お話にされたものは——いつか、うちに、悪い形で帰ってくるかもしれない」
広場が、静かになった。
みんな、この半年のことを、それぞれの場所で見てきた子たちだ。ルナリアが夜、画面の前で長く座っていたことも。
「だから、今日から、庭を二つに分けようと思うの」
ルナリアは、地面に枝で線を引いた。
「見せる庭と、見せない庭」
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説明は、こうだった。
1層目と2層目は「見せる庭」。冒険者さんに見てもらう場所。ここにはホブゴブリンのみんな、ウルフのみんな、スプライトのみんな——たくさんいる子たちに立ってもらう。
3層目から奥は「見せない庭」。名前のある子は、原則、ここから浅い場所には出ない。
「つまり——外から見たうちは、『ホブゴブリンとウルフがいっぱいいる、普通のダンジョン』になるの」
アルスが、ゆっくりと頷いた。頷いてから、拳をきゅっと握った。
言いたいことがある時の、癖だった。
「アルス、いいよ。言って」
「主」
いつもの一語。その続きを、ルナリアはいつも通り待たずに察しようとして——
「……我々は、恥ずかしいから、隠れるのか」
続きが、来た。
ルナリアは、少しだけ目を見開いた。アルスが「主」の先を喋るのを、初めて聞いたかもしれない。
それだけ、大事なことなんだ。
直球だった。
そうだよね。そう聞こえるよね。
ルナリアは、首を横に振った。
「逆だよ」
枝の先で、見せない庭の側を、とん、と突いた。
「アルスは、うちで一番強い。ブレイブは、うちで一番硬い。エリンは、うちで一番賢い。クロとシロは、うちで一番速い。——それを外の人に数えられたら、うちの一番大事なところが、全部知られちゃうの」
「…………」
「隠すんじゃなくて、しまっておくの。ほんとに大事な時まで。……切り札って、言うんだって」
切り札。
その言葉を、アルスは口の中で転がした。
「相手が、うちを『普通のダンジョン』だと思って来る。でも、本当に危ない時には、誰も知らない一番強いみんなが、出てくる。……どう?」
少しの間があって。
「……悪くない」
アルスの口の端が、ほんの少しだけ上がった。
鬼の子は、案外、そういうのが好きだった。
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ブレイブは、別のことを気にしていた。
結晶の体を、こつん、と鳴らす。それから、入口の方角を、じっと見た。
「……ん、そっか。ブレイブはずっと、入口の壁だったもんね」
ゴーレムだった頃から、ずっと。盾を壊されて吹っ飛ばされていた頃から、あの子の持ち場は、一番前だった。
ブレイブが、こつ、こつ、と二回鳴った。
「……守れなくなるんじゃないよ。守る場所が、変わるだけ」
ルナリアは、線の奥を指した。
「一番奥には、コアさんがいるでしょ。うちの心臓。……ブレイブには、これからそこの壁になってほしいの。うちで一番硬い壁は、うちで一番大事なものの前に、立ってて」
結晶の騎士は、しばらく動かなかった。
それから、静かに片膝をついた。
承諾の、騎士の形だった。
「ふふ、かっこいい」
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エリンは、話が早かった。
「エリンには、見せない庭の指揮をお願い。それとね、もう一つ。——浅い層の子たちの訓練も」
エリンの羽が、くるりと一回転した。
「見せる庭が弱すぎたら、それはそれで変だから。ホブゴブリンのみんなを、『普通のダンジョンの、ちょっと強い部隊』に見えるくらいには、鍛えてあげてほしいの」
見せる庭は、舞台だ。舞台には、ちゃんとした演者がいる。
エリンが、了解、というように光を一つ灯した。それから、悪戯っぽく二回、点滅させた。
「……『面白くなってきた』って言った?」
当たり、らしかった。
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クロとシロの巡回範囲は、3層目から奥に変更。コハクは——
「コハクは、そもそも戦わないから、今まで通り……あ」
膝の上のコハクが、ぴょこんと顔を上げた。
りん、と鳴く。
「……お外の見回り、やりたいの?」
りん。
「だ、だめだよ。コハクが一番、その、外の人に見られたら騒ぎになるやつだから。白いおきつねさまが庭にいるって」
りん!
不満そうだった。尻尾が、ぱたぱたと膝を叩く。
「じゃ、じゃあ、あれだよ。コハクは、うちの一番の切り札。一番奥で、一番大事にしまっておくやつ」
りん……。
半分納得、半分不満の鳴き方をして、コハクは膝の上で丸くなった。
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午後には、配置換えが始まった。
ホブゴブリンたちが、1層目の新しい持ち場に散っていく。小隊長格の一体が、槍をびしっと立てて、胸を張った。
その背中が、いつもより少しだけ大きく見えて、ルナリアは笑った。隠す側も、見せる側も、ちゃんとそれぞれ、誇らしい。
夕方、通信欄に文字が一つ届いた。
《シエル→ルナリア》
《Dランクの設備解禁、どうせまだ何も選んでないでしょ》
シエルさんだ。図星だった。
〈なんで分かるの〉
《半年先輩だからよ。いい? 派手なやつから取ろうとしたら、やめなさい。後悔するのは大体そこ。地味なやつからよ》
聞いてもいないのに、アドバイスが来た。
〈ありがとう。でも今、ダンジョンの模様替え中だから、設備はそのあとで〉
《模様替え? この時期に?》
〈うん。ちょっとね〉
少しの間があって、返ってきた。
《……何をしてるかは聞かない。でも、順位が近いんだから、変なことして落ちないでよね。私が抜き返す時に、あなたが下がってたら意味がないの》
〈大丈夫。むしろ、落ちないための模様替えだから〉
《ならいいけど。……設備で迷ったら聞きなさい。そこだけは、私の方が先輩なんだから》
順位では抜いてしまったから、そこだけは、を強調する先輩だった。
ルナリアは、ふふ、と笑って画面を閉じた。
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夜、ルナリアは1層目を、上から眺めた。
ホブゴブリンの巡回。ウルフの遠吠え。スプライトの小さな光。
どこにでもある、普通のダンジョンの夜景。
アルスの素振りの音は、もう入口には届かない。エリンの鈴も、ブレイブの結晶の輝きも、外からは見えない場所にある。
「……これでいいんだよね、コアさん」
《……防衛上、合理的な配置です》
「うん。……でもちょっとだけ、寂しいね。みんなの自慢、できなくなっちゃった」
コアさんは、少しの間、黙った。
《……フォローは、62のままです》
「え?」
《……観たい者には、見えています。対戦になれば》
ルナリアは、目を丸くして、それから笑った。
「そっか。……ちゃんと観ててくれる人には、見えてるんだ」
隠しても、消えるわけじゃない。
うちの子たちのすごさは、ちゃんと観てくれている誰かには、届いている。
「じゃあ、いっか」
見せる庭と、見せない庭。
外から見えるものが減った分だけ、うちの中の宝物は、増えた気がした。
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寝る前に、偵察網の明日の巡回路を、確認した。
見せる庭の外側を回る、いつもの道。異変がないかを見る、いつもの偵察。
……少しだけ、東に、曲げた。
東の、ずっと先には、紅理の苑がある。
偵察の、ついで。ついで、だから。
コアさんは、何も言わなかった。
言わないでいてくれたことに、少しだけ、甘えた。




