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第14話 黒い風


光の中から生まれた。


最初に感じたのは、石の匂いだった。


冷たい。湿っている。でも不快じゃない。鼻を動かすと、いろんな匂いが混ざってくる。草の匂い。土の匂い。何かが燃えた跡。生き物の匂い。たくさんいる。


耳を立てた。


足音。羽音。低い唸り声。遠くで何かが動いている。


目を開けた。


洞窟だった。


周りに同じような生き物がいた。似た匂い。でも微妙に違う。みんな鼻を動かしながら、互いを確認していた。群れだ。自分たちは群れだ。


その中で、一頭だけ毛並みが白いのがいた。


白い。


クロは白いのをじっと見た。白いのもクロを見た。


どちらも動かなかった。


それだけだった。


---


最初の日、大きな何かが近づいてきた。


背が高い。人間の匂いとは少し違う。でも敵じゃないと分かった。なぜ分かったのか分からない。でも分かった。


その何かが群れを見回した。


クロは前に出た。


理由はない。ただ、前に出たかった。


大きな何かはクロを見た。クロも見た。


「主」


大きな何かがそう言った。低い声だった。


群れがざわめいた。クロは動かなかった。大きな何かの目を見ていた。目の奥に、何かがある。よく分からないが、何かがある。


大きな何かは群れの方へ歩いていった。


クロはその後ろをついていった。


---


数日が経った。


ダンジョンの匂いが分かってきた。


1層目は石と罠の匂い。罠には触れてはいけない。


最初の日、クロは罠を踏んだ。


壁から何かが飛んできた。痛かった。クロは吹き飛んで、通路の端に叩きつけられた。しばらく動けなかった。


シロがそこに来た。


クロを見た。それから視線を外した。


何も言わなかった。でも嫌な目だった。


次の日、クロはまた同じ罠を踏んだ。


シロがまた来た。また視線を外した。今度は少し長く外していた。


その後は踏まなくなった。踏みたくなかったからじゃない。シロのあの目が嫌だったからだ。


2層目は森の匂い。木の匂い。湿った土の匂い。ここが一番好きだった。走れる。木の間を縫って走ると、空気が変わる。速くなる。


シロもここが好きらしかった。いつも2層目にいる。


「……上手くなってるね」


声が聞こえた。


上から来た。壁の中から来た。声だけで姿は見えない——正確には、姿は知っている。でもクロは声と匂いで区別していた。その声が、クロたちを見ている。怒ったことがない。心配した声を出すことがある。嬉しそうな声を出すことがある。


その声が好きだった。


クロは訓練を続けた。木の陰から飛び出す。白いのが反対側から挟む。2頭で動くと、1頭より速い気がした。


---


ある日、大きな何かが通路に来た。


「アルス、攻め側で動いてみてくれる?」


大きな何かが歩き始めると、クロはすぐについていった。


なぜついていくのか、考えなかった。ただ、ついていきたかった。


大きな何かは通路の中程で止まった。小さい影のような生き物が先に進んで、安全な場所を示した。大きな何かはそれを見て、動き方を変えた。


クロは側面に回った。


白いのが後ろについた。


自然とそうなった。


小隊が目の前に現れた。クロは唸った。小隊が道を開けた。


不思議だった。なぜ開けたのか分からない。でも開いた。


大きな何かの背中についていきながら、クロは尻尾を振った。楽しかった。


---


別の日、大きな何かに頭を撫でてもらった。


訓練が終わって、クロは大きな何かのところへ歩いた。鼻を押しつけた。


大きな何かは最初、動かなかった。


でも少しして、頭に手が乗った。


撫でられた。


クロは目を細めた。尻尾が揺れた。しばらくそのままでいた。それから群れに戻った。


白いのがクロを一瞥した。呆れているような目だった。


クロは気にしなかった。


---


名前をもらった日のことは、よく覚えている。


声が言った。


「黒い方はクロ」


クロ、という音が自分のことだと分かった。なぜ分かったのかは分からない。でも分かった。


尻尾が揺れた。


声が続いた。


「白い方はシロ」


白いのがゆっくりと出てきた。クロを一瞥した。それから、少し離れた場所で止まった。


「クロ、シロ。これからよろしくね」


クロは声の方へ歩いた。足元をうろついた。声が笑った気がした。


シロはその場を離れなかった。


---


その後も、毎日走った。


朝になると管理画面が開く音がした。声が何かを確認している。それが終わると、ダンジョンが動き始める。侵入者が来る。戦う。追い返す。


クロは1層目の側面から飛び出すのが得意になった。走り抜けるだけで、相手の足がもつれる。体当たりじゃない。ただ、走り抜ける。それだけで十分だった。


白いのは退路を塞むのが上手くなっていた。クロが側面を取ると、白いのが後ろに回る。気づいたらそういう動きになっていた。


ある夜、声が言った。


「37%なんだ、勝率。正直、怖い」


クロには意味が分からなかった。でも、声が不安そうなのは分かった。


「でも、やるしかないから。……明日、よろしくね」


よろしくね、という音は分かる。


クロは低く唸った。


声は少し笑った気がした。


---


翌朝、ダンジョンが変わった。


空気が違う。匂いが違う。いつもと何かが違う。


大きな何かが前に出た。アルスの匂いがする。でも昨日と少し違う。大きくなった匂いがする。


クロは隣に並んだ。


シロがクロの隣に並んだ。


声が言った。


「アルス、突破して。相手を全部倒して、向こうのダンジョンに入って」


「クロ、シロ、一緒に行って」


クロは前を向いた。


通路の先に、知らない匂いがした。


走りたかった。


後ろから、声が聞こえた。


クロは走った。


シロも走った。

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