第1話 目覚めと無機質な声
初投稿です。
——冷たい。
意識が浮かび上がった瞬間、まず感じたのはそれだった。
肌に触れる空気はひんやりとして、どこか湿っている。
目を開けると、視界に広がったのは岩肌の天井。
青白い光が、洞窟の壁に染み込んだ魔素からぼんやりと滲み出ている。
ここは……どこ?
理由も出所も分からない感情だけが、胸の底にじっとりと張り付いていた。
記憶を探ろうとすると、指先がするりと空を切るような感覚がある。
何かがあったはずなのに、それが何なのか分からない。
右手に、何かが握られていることに気づいた。
小さな、飾りのついた金属片。見覚えはない。でも、手放す気になれなかった。
「……誰か」
声を出してみる。
返事はない。
洞窟の静寂が、ただ淡々とその声を飲み込んでいく。
「……誰かいませんか」
もう一度、今度は少し大きく。
やっぱり返事はない。
「……誰か……」
三度目は、ほとんど声にならなかった。
孤独だ。
目覚めたばかりなのに、もう分かる。
ここには自分以外、誰も——
どのくらいそうしていたのか分からない。
気づいたら、頬が濡れていた。
いつ泣いたのかも、なぜ泣いたのかも、分からなかった。ただ、濡れていた。
右手の金属片を、少し強く握った。
握った瞬間だけ、温かかった。
ふと、視界の端に"それ"があった。
洞窟の中央に、拳大ほどの透明な結晶。
内部に淡い光が揺らめいている。
まるで、呼吸しているみたいに。
「……これ……?」
吸い寄せられるように手を伸ばす。
指先が触れた瞬間——
《???:起動しました》
頭の奥に、冷たい"文字"が流れ込んできた。
声ではない。音でもない。
ただ、情報だけが脳に直接叩きつけられる。
「っ……!」
思わず手を引く。
だが、文字は止まらない。
《接触を確認》
《システムとの接続を開始します》
《接続完了》
《管理権限:ルナリアに付与》
「……私の名前……?」
自分の名前を呼ばれたのに、そこに"呼ばれた"という感覚はない。
ただ、事務的に処理された情報が提示されただけ。
続けて、さらに文字が流れる。
《対象:ルナリアをスキャンします》
《……スキャン完了》
《属性:せいれいが定義されました》
「……精霊……?」
意味は、分からない。
ルナリアは結晶に向き直り、ゆっくりと問いかけた。
「……ここはどこ? あなたは……何?」
《質問を受理》
《回答:ここはダンジョンです。私はダンジョンコアです》
「ダンジョン……コア……」
自分がどこにいるのか、ようやく輪郭が見え始める。
でも、まだ分からないことだらけだ。
「……状況を教えてくれる?」
《ダンジョン状況を表示します》
《階層:1層》
《地形:自然洞窟》
《魔素濃度:低》
《モンスター:未配置》
淡々とした文字列が、頭の中に並ぶ。
本当に、何もない。
「……私は、何をすればいいの?」
《回答:ダンジョンの維持と発展》
「維持と……発展……」
言葉だけ聞けば簡単そうだ。
でも、目の前のこの荒れた洞窟を見れば、それがどれほど大変なことかすぐに分かる。
ルナリアは立ち上がり、洞窟の奥へ歩き出した。
通路はゆるやかに曲がり、枝分かれしていた。
でもどれも途中で途切れ、外へ抜ける道は一本も存在しなかった。
「……外には出られないんだね」
管理画面を開いて、ダンジョンコアに問いかけた。
「現在は準備期間中です。準備期間中はダンジョン外部との接続が制限されています」
「どのくらい続くの?」
「解除まで残り14日です。準備期間中は侵入者の入場も制限されます」
14日。
外にも出られない。誰も来ない。このダンジョンコアだけが、唯一返事をしてくれる存在だ。
無機質で、感情がなくて、定型文しか返ってこない。それでも——いないよりずっとましだと、なんとなく思った。
しばらく眺めて、画面を閉じた。
ルナリアはもう一度コアの方に意識を向け、結晶の光を見つめた。
規則正しく、淡く脈打っている。
「……おはようございます」
なんとなく、そう言いたくなった。
返事があるとは思っていない。
「ダンジョンマスターの活動を確認しました」
「……そう」
やっぱり、そういう返事だ。
ルナリアは小さく笑った。
おかしくて笑ったのか、少し悲しくて笑ったのかは、自分でもよく分からなかった。
「……よろしくね」
コアの光は、変わらず静かに脈打っていた。
その時、管理画面に新しい通知が浮かんだ。
《チュートリアル:初回召喚権を取得しました》
召喚。
この場所に、自分以外の誰かを呼べる。
胸の奥が、少しだけ熱くなった。
《初回召喚対象:ゴブリン》
初めて見たはずなのに。
なぜか少しだけ、懐かしい気がした。
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