第25話 海へ行こう!①
退院して叔父さんが迎えに来てくれた。
「別に良かったのに。バスで帰りますよ。」
「俺の妹が大変なことをしでかしたんだ。これくらいはさせてくれよ。」
「ありがとうございます。」
助手席に乗る。叔父さんはポツリポツリと杏と杏の母親の話をし出した。
「あいつはシングルマザーでな。離婚した時にはもう杏がお腹の中にいたんだ。あいつもあいつで杏には立派な人になって欲しかったんだろうな。俺がわざわざ口に出すくらいスパルタ教育をしたんだよ。」
「よくまともに育ちましたね。幼少期の抑圧は大人になってから出るって。」
「俺もそこは安心したよ。ちょっとリスキーな奴になったけどな。」
「そうですね。あ、ちょっとコンビニ寄ってもらえますか?飲み物買いたくて。」
「おう」
コンビニでジャスミン茶を買い、飲んでいると叔父さんが私の頭を撫でた。
「それにしても杏にいいパートナーがいて良かったよ。安心した。」
「運命ですかね。」
「運命だろうな。さ、帰ろう。」
「はい。」
家に着く。杏はどこだろう。買い物かな。あの後、杏の母親は刑務所内で自殺をしたらしい。何がどうなればこうなるんだろう。
「あーあ。杏にとっては良かったんだろうなぁ。叔父さんはいるし、私もいる。寂しくないだろう。」
現に杏は自分の母親の骨を引き取らなかった。代わりに叔父さんが受け取った。
「お母さんも悪気は無かったのかなぁ。なんかモヤモヤする。」
そんな時は料理だ。杏の好きなグラタンを作るのだ。生地を作っていると、杏が帰ってきた。
「結依!!」
「おかえり、杏」
「ただいま結依!!!!」
「だからぎゅってすると傷開くから…もっと優しく…」
「あ、ごめん。帰ってきてくれたんだね。」
「私のお母さんには怒られたけどね」
「ごめん…」
「気にしてないよ。」
2人分のカルピスを作り、テーブルに向かい合う。
「また結衣に傷付けたね」
「それは気にしないで。私は杏が心配だった。いつか壊れちゃいそうで。でも杏は強かったね。良かった。」
「うん…」
「もうお母さんに怯えることはないの。ちょっと遅かったけど、今日からは1人の市川杏なの。それだけは分かってね。」
「うん、ありがとう。」
これはしばらく引きずるな。気分転換が必要かもしれない。
「杏、海行こう、海」
「え、何をいきなり」
「泳がないでただ海を見てるだけでも気分転換になるよ。」
杏がくすくす笑う。何も面白いことは言ってはいないが。
「そうだね。海行こう!海初めてかも!」
「そうなんだね。楽しみだね。」
「時間的に明日かな?」
「そうだね。」
「じゃあ明日ね!」
楽しそうにスマホをいじる杏。
そうか。杏はお母さんと一緒に出かけたりしたことが無いのか。だから…。
これからのその役割は私が担おう。それが私に出来ることだ。
「今日はグラタンだよ」
「グラタン!好き!」
「だよね。グラタン食べてお風呂入って明日に備えよ。」
「うん!」
少し気分が上向いてきたようだ、良かった。
お風呂上がりのストレッチをしている杏を見ていると、彼女が今までどう生きてきたのかに思いを耽った。
wonder初期、あんなに厳しかったのは、まだ母親の支配下だったから。
wonder中期、私と付き合うようになって1人になると寂しくて泣き、私がいると甘えてくる。ゲロ甘なくらい。
私に甘えてくるのは、ある意味で幼児退行に近い。
幼い頃に得られなかった愛情を今私にぶつけているんだろう。
「私が守らなきゃ…」
「ん?何か言った?」
「何にも言ってないよ。ストレッチ終わった?」
「終わった!」
「どれどれ」
杏を抱きしめる。杏も私を抱きしめた。
「暖かいね。よく頑張りました。」
「へへ。」
「じゃ、寝ようか。」
「うん」
「おやすみ」
「おやすみ…」
夜は更けて行く。




