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第九話 ヒトって何者だよ

「わたしの身体に菌やカビを侵蝕させて、その感染状況を観察記録することを命じられました」


 彼女はまるで他人事のように淡々と語った。


 この瞬間もわたしのバイタル・データはテレメトリにて送信。リアルタイムで空中都市のデータバンクに蓄積されています。人体実験?いいえ違います。そもそもわたしはヒトと認定されてません。ですから人権云々(うんぬん)は関係無いですね。


「わたしは、マスターのiPS幹細胞からクローニングされた調査用生体ロボットです。培養槽の中で成人まで急速成長させた後に脳を摘出。代わりに電子脳を埋め込んでます。記憶や人格をコピーする技術はまだ確立されて居ませんので」


 人格が在るように見えるのもただのプログラムです。このやり取りもAIによる対話機能が反応しているに過ぎません。お気遣いは無用ですよ、と彼女は笑んだ。


「わたしの頭蓋の中に在る電子脳は内部電源により二、三年は稼働します。その間、この身体の侵蝕状態や菌やカビの成長および周囲の状況を菌糸の伝達物質を使って記録し、空中都市に送信し続けます。

 なので、このまま此処ここに放置しておいて頂けませんか。埋葬などの手間は不要です」


 そもそも、人類の大半が地に伏してそのまま苗床になったでしょう。それが一つ増えるダケです。そう言って肩をすくめる彼女に、俺たちは掛ける言葉を見失っていた。


「あと、最後におわびびを」


 そう切り出したは良いものの、しばし続く言葉を躊躇とまどう気配が在った。


「サヨリさん。我々は、あなたの分身をさらい、その身体を分析し研究対象としました」


 申し訳ございません、と、ぎこちなく頭を垂れるのだ。


「……遺体を解体し標本にしたのですね」


 人体解剖、という台詞は辛うじて呑み込んだ。


「……はい。お気づきでしたか」


「自分の一部ですので。そして分身は支配域から離れたら、養分をれなくなって三日で枯れ果ててしまいますから」


「我々は、ソコまで早く衰弱するとは思っていませんでした。当初の予定では体表のサンプルを採取した後、カウンセリングや行動様式を観察記録するなど穏当な手段で調査するつもりでした。殺すつもりなど、微塵も無かったのです」


何故なぜこの状況になってから話すのです。謝罪を申し入れて許しを得たかったのならば、いの一番に口にするのが筋では?」


「おっしゃる通りです。弁明の余地はありません。ですが、我々も必死でして。最初にこれを明かして調査を拒絶される訳にもいかず……」


「遺体を返すという判断は無いのですね」


「……」


「貴重なサンプルを手に入れた、手放したくない、そうコトなのでしょうか?しかもコチラからは何も手出しが出来ません。共存共栄と言いながら随分と不誠実ですよね。身勝手で傲慢ごうまんな措置、そうは思いませんか」


「……申し訳ございません」


「返せ、と言ったら返してもらえますか」


「それも、わたしの一存では何とも。の身はタダの調査端末ですので。交渉権も持っておりませんし」


「腐ってやがるな」とアカトシの吐き捨てるような台詞が在った。


「てめえら、やりたい放題じゃねぇか」


「……申し訳ございません……」


「それしか言えねぇのか!謝って済むとでも」


「止めとけアカトシ。彼女には何の権限もないんだ。ただの調査員に過ぎない。

 カカラジマさん、そもそも何故なぜ告白したのです。黙って居れば、しらばっくれて済ますコトが出来たでしょうに。事実を告げて、俺たちの反発を招くコトも無かったでしょうに」


「お身内をさらい死に至らしめ、それを隠蔽いんぺいするなど不義に過ぎます。たとい許されることがなくても、明かすべきだと考えました」


「それは誰かからの指示ですか」


「いえ、わたしの一存です」


「罰が与えられるとは思わなかったのですか。あなたが言うマスターにとんでもない迷惑がかかるとは思わなかった?」


「協力を申し込んだ相手に不実を働くよりはマシです。少なくともそうプログラミングされました。いえ、あるいは、ここ数日の対話データの果てにそういう選択肢が構築されたダケなのかもしれません」


 そう返答した顔はまた、泣き笑いの表情をしていた。


「それにいま此処ここに居たって、マスターたちがわたしに罰を与えるコトは出来ません。精々遠隔操作でプログラムをデリートするくらいのものでしょう。しかしソレをやってしまえば、この身体のデータ採取をあきらめるコトになってしまいます」


 あの方々がそんな非効率的なコトをするとは思えませんと、小さく肩をすくめてみせた。


 要はこの告白、自分の現状を盾にした造物主に対してのささやかな反抗といった所だろうか。ある意味、捨て身の忠告と言っていいのかも。はらをくくった者に怖いモノは無いなと思った。


 このヒト、本当にロボットなのかな。


 本人はそうだと断言する。けれど、どうだろう。こんな物言い、こんな判断をする人物を機械と言い切るには抵抗があった。


 ひょっとして本当は人間で、ロボットだと思い込まされて居るんじゃないか。

 感染データ採取の為に、洗脳か何かで自滅を強要する命令を実行させられて居るだけでは。

 そんな不穏な想像が瞬くのだ。


 空中都市の連中がどんなヤツラなのかは知らない。でもやっていることはどう見たって身勝手だ。

 そりゃあ、こんなご時世である。人の道に外れようが何しようが生き残ったモノが勝ちと、そんな価値観に縛られてもおかしくはない。


 しかしソレにしたって、協力を求める相手にコレはどうかと思う。それとも標本さえあれば後は自分達で何とか出来る、そう考えている人達なんだろうか。

 そして自分達さえ良ければそれで良いと。


 果たして、あの空に円盤を浮かせている連中と、何がどれ位違うのだろう。


「どう言いつくろおうと、傲慢ごうまんで在る事に変わりはないです」


「はい、本当に申し訳ありません。許してもらえるとは思っていません。ですが、どうか謝らせて下さい」


「別に、カカラジマさんがやらかした訳ではないのでしょう?」


「え?」


「違うのですか」


「は、はい。わたしが構築されたのは現時刻より五日前でしたので、意識を持った時には既に、サヨリさんの分身さんはお亡くなりになっていました」


「でしたら、あなたは何も悪くはありません。むしろ告白してくれたあなたを尊敬します。あなたは公平な人格者です」


「い、いえ、わたしは、わたしはタダの自動端末。自立機械スタンド・アローンです。ヒトではありません」


「いえ、立派な人ですよ」


 彼女は二の句が告げられないまま、ただこちらを見返すばかりだった。


 彼女の身体に腕を伸ばし続ける菌糸は今や、猛烈な勢いでその肉体を覆い始めて居た。


 それはもう何度も目の当たりにした、ヒトの最後の一時だった。


「サヨリさん、アカトシさん。お世話になりました。サンプル調達への協力、大変助かりました。ありがとうございます。そして謝罪を受け容れて下さって、本当に、心からの感謝を」


 アカトシが何か言いたげだった。だが何を言って良いのか分からず、戸惑っている様が見て取れた。


「これで、これで良いのですか」


「良いのです。予定通りの、結末です。スケジュールの一部に、へ、変更が在りましたが。わたしが、変更してしまいましたが」


 取敢とりあえずずの成果ではないかと、と付け加えた。


 全身が白く変色し始めて居た。瞳孔が白く濁り、急速にハイライトが無くなっていった。耳を澄ませば、パリパリと小さな硬化音が聞こえて居た。


「カカラジマさんっ」


問題無し(ノープロブレム)です。わたしはタダの、ロボットですので」


 大丈夫です、怖くはありませんから。どうかお気遣い無くと、再び呟く声が在った。


「……もう目が見えません。み、耳もかなり聞こえ辛くなって。コレがヒトの感ずる死というものなのですね。あ、あ、こ、声も」


 見えず


 聞こえず


 喋れず


 ……コレで全部が終わり。


「さ、寂しいもので……す」


 その言葉を最後に彼女はコチンと固まって動かなくなってしまった。身体が見る見る内に菌糸に包み込まれていく。相変わらず見事で呆れるほどだ。

 そしてものの数分で、彼女は真っ白なヒト型の固まりになってしまったのである。


「呆気ないもんだ」


 何度も何度も見てきたけれど、やっぱりこの瞬間は慣れなかった。


「このヒトが言っていたのは本当に本当だったのかな」


 アカトシがポツリとつぶやく。うっかり洩れてしまったような物言いだった。


「頭の中身が機械だってコトか?」


「うん、そう」


「確かめたいならこの菌床を掘ってみればいい。頭の部分にソレっぽいものを見つけたらそうなんだろう」


「そんなコト、出来る訳ないだろ」


「だよな」


 それに、AIだからその会話はただのプログラムとか言っていたけれど、それをいうならヒトの性格や人格も複雑なプログラムだって言い換える事が出来る。


 たとえ模倣品フェイクで在ろうとも、極めて高度な技術で造られれば本物オリジナルと遜色のない出来映えに為るのではないか。

 無数の言葉を無機質に組み立てていたダケと云うのなら、最後の最後に「寂しい」なんて漏らさないのではないか。


 そもそも俺たちに、あんな告白なんかするはずないのである。


「……」


 カカラジマさんの言っていた事が本当なら、ヒトの姿をした調査機械が菌床の中に埋まったダケ。

 自分が機械だと思い込まされた人体実験の犠牲者だったとしたら、空に浮かんでいる連中はトンデモない外道の集団というダケ。

 事実がどちらだとしても、確かめたところで気分が良くなるなんて在り得ない。


 まぁ確かに。生きるか死ぬかの瀬戸際なら、ホントになり振り構って居られないんだろうけれど。

 外道だろうが畜生だろうが、生きて居る者だけが勝者だ。


 だいたい、ヒトって何者なんだよ。


 小難しい理屈は放っておいて、俺は彼女の「遺骸」に黙祷もくとうした。アカトシも俺にならって頭を下げた。いま此処ここで菌床に成果てたのは、間違いなく一人のヒトなのだ。


 彼女の頭の中に在るという電子脳。それが本当なら、いまこの瞬間も朽ちた身体の状態を送信し続けて居るのだろうか。ただひたすらに、自分を造り出し送り出した空中都市に向けて。


 本当かどうかは分からない。

 確かめるつもりもないし、その必要も感じない。


 でも、律儀なものだな、とは思った。

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