第十話 さあ、これでオシマイ
アレから随分と長い時間が流れた。
俺とアカトシの間でいくつかのタネが生まれ、それぞれが成長するとそれぞれが自分の支配域を持つために俺たちの元から旅立っていった。
親になった筈なのにその実感が全然なくって、何だか物足りないと思うけれど、先ず先ず平穏なのでコレでいいかとも思っている。
俺とヤツの支配域の拡大縮小はもうルーチンワーク。
境界あたりはよく変動するけれど、「中枢」は不動だ。これまで蓄積した経験則のお陰でちっとやそっとじゃあ揺るがない。この界隈じゃあちょっとした古豪だった。
まぁ、同類なんてほぼ出会す事はないのだけれど。
取敢えず、月日くらいは知っておいた方がイイかなと思って、夏至の日とか冬至の日とかに太陽の沈む方角を、ちょっとやそっとじゃあ動きようのないデッカイ岩に刻んで、それをカレンダーの元とした。
単なる暇潰しだ。他にやることもないし。
造った後で、ひょっとして巨石信仰ってヤツはこうして出来たんじゃないか、と気が付いた。まぁ気付いたダケでどうなる訳でも無いのだけれど。
今日や昨日って区別は割と正確。一週間だとまぁソコソコ。一ヶ月だとちょっと怪しい。
でも季節が巡れば日にちを修正出来る。暑いと寒いが巡れば一年、などと、かなりアバウトな暦が出来て、それに寄れば数十年が経過して居た。
でもそれはアバウト歴(俺命名)を作ってからの話だから、円盤が降りてきてからもう百年以上経っているのは間違いない。
それを考えれば結構生きたもんだ。
「でも、俺もそろそろ寿命かな」
「やめろよ、そんな事いうな。すぐに良くなる」
寝転がった俺を介抱するアカトシは半泣きだ。
「胸半分抉られてまだ生きてるんだぜ。コレだけでも相当だ。むしろ、こうして口が利けるのは御の字と云っていい」
原因は空から落ちて来た大小様々な落下物のせいだ。数日前からパラパラと、何かが上から落ちてきていた。範囲はかなり広かった。
上空で何が起き始めているのかだいたい予想がつく。きっと、カカラジマさんが言っていた崩壊とやらが始まって居るんだろう。
あるいは、落ちて来ているのは空中都市じゃなくてリングの部品かも。最終段階では「不必要なモノを全て落として、一気に上昇する」みたいなことを言っていたし。
そのうち落ちてくるだろうと分かって居たけど、どの当たりに落ちるのかがサッパリ分からない。
なので、子供たちはそれぞれかなりの距離を持って分散させた。壊滅的な何かが在ったとしても、どれか一つでも残ればまた増えて行くことが出来るからだ。
そして昨日、トンデモない量の落下物が俺たちの支配域を直撃した。
パラパラどころじゃない。アレはほぼメテオだった。
巨大建造物の豪雨である。
支配域だけじゃあない、その周辺丸ごと壊滅した。そして俺はその破片の煽りを喰らって、胸に大穴が空いてしまったのだ。
俺たちの身体は相当に丈夫だ。ちょっとやそっとじゃあくたばらない。
以前、牛くらいのサイズのゴキブリ(そのサイズでそれと言って良いのか分からないけれど)に腰から下を丸ごと食い千切られたけれど、僅か三日で再生して見せた。
アカトシが顔の半分を酵素で溶かされた時もそうだ。ほんの一晩程度で痕も残らず復帰した。
でも、胸の中心に在る核が傷つくとどうにも為らないらしい。
普通なら直ぐさま再生が始まる筈なのに、一晩経ってもその気配が無いのだ。それどころか、手足の先が徐々に硬化し始めて居るのである。
「タネを作るともう、お役御免なのかも知れないな」
花を咲かせた一年草が種をつくり、枯れて失せてしまうように。
「そんな気弱なことでどうする。ちょっと再生が遅れているだけだ。核の修復に、身体の全部を使っているだけだ」
タネ造って皆が全部成長しきっても、オレ達は今までと変わらなかっただろう。
お役御免なんかじゃない、気をしっかり持て。
食うモン食え、安静にして静かに寝てろ、欲しいものが在るならオレが採ってくる。
そうだ、再生が早くなるあのカビやキノコの群生地を見つけたんだ、それを山盛り食えば……
「待ってろ、今からオレがソレを」
「待て」
俺はアカトシの腕を掴んで引き留めた。
「もう間に合わん」
そう告げた。
何を言い出す、とヤツが喚いて振り向いた。
もう泣いていた。ぐしゃぐしゃだった。
「オマエももう気付いて居るんだろう」
俺の有様はあの時と一緒だ。頼子ちゃんを見送ったあの岸壁、あの瞬間と同じ。
皮膚がぱりぱりと小さな音を立てていた。両足の感覚がもう無くなっていた。コイツの腕を取るこの指先もだ。全身から胸を目指して、何かが集まってくる感触があった。
ぐるぐる回っているモノがぎゅーっと胸の真ん中に集まって。彼女はそう言っていた。
嗚呼コレか、と知るのが妙な気分だった。
あの時あの岸壁で彼女を見送ったのは忘れられない、いや忘れては為らない記憶だ。悲しくて、とても哀しくて、でも俺の大切な思い出だった。
あれが在ったからこそ、今此処に俺が在る。
そしてアカトシもまた同じ様な体験をして、こうして此処に居るのだ。
「すまん」と謝った。直ぐさま「謝るなよ」と返事が在った。
何をあやまるつもりだ、あやまってソレで済むと思っているのか。
叱る声が震えていた。
「オマエに二度も同じ思いをさせて、悪い」
ヤツがふざけるな、と喚いた。
もう完全に声が裏返っていた。
悪いと思って居るなら踏みとどまれよ、コレで終いだなんてオレは認めないからな。
そう騒いで俺の手を引き寄せた。途端、かしゃんと何か割れる音がして俺の腕が崩れて落ちた。
一瞬で絶句、ヤツの顔が青ざめて引きつっている。
「!わ、悪い、こんなつもりじゃあ……」
「分かってる、気にするな。オマエの責任じゃ無い。オマエは何も悪くない」
ただ、時間が来たようだ、と呟く俺の声は自分のものとも思えないくらい静かだった。
胸の中央には俺の大半が集まっている感触が在る。「頼む」と俺は言った。
それは遠い昔に彼女が言ったのと同じ台詞だ。
恐らく、アカトシの相方、俊郎という名の少年も同じ言葉を紡いだに違いない。
「俺の胸の奥に在るタネ、オマエが食べてくれ」
それで俺はオマエと共に居られる。頼子ちゃんも一緒にだ。
彼の少年と共に三人分、背負わせて申し訳ない。
少々賑やかだが退屈しないで済むよな?
「イヤだ、逝くな、オレを独りにするな!」
独りじゃない、独りじゃ無いぞ。子供達だって居るじゃあないか。
俺の言葉がヤツに届いたのかどうかは分からない。もう喉も掠れて舌も上手く回らなくなっていたから。
ゆっくりと視界がぼやけていく。泣き喚くヤツの顔すらぼやけていく。
ふと視界の端に、無数の胞子にけぶる遠くの稜線が見えた。
その向こう側に巨大な影が落ちてゆく。今まで落ちて来た破片とは比べ物にならないサイズだ。何しろ遠くに見える山と変わらぬ巨影であったから。
稜線にブチ当たって、くの字に折れた。山頂の一部が吹き飛ぶのが見えた。影のアチコチから爆発と思しき火花が瞬き、火と黒煙が噴き上がった。
そして見る間に崩れ落ちていくのだ。まるで紙くずが燃えて灰になって、そのままバラバラに散らばっていく様な呆気なさ。
少しだけ遅れて轟音が響く。音に驚いたヤツが振り返っていた。
突風で周囲のカビの森がざわめき、派手に胞子が飛び散っていく。
でも、その程度。
あれがカカラジマさんが言っていた空中都市だろうか。ぶら下がる事が出来なくなって、遂に落ちて来たんだろうな。
他にも都市が在るように言っていたけれど、あんな有様じゃあ期待薄。とても無事とは思えない。生き残って居た他の都市も似たような状況、って考える方が自然だろう。
だとしたら、コレで人類の居住区は全て地球上から消え失せたことになる。
そう考えて間違い無し?
何処の誰が仕組んだのか知らないけれど、すげえサービス精神だ。
いまこのタイミングで、そんなフィナーレを目の当たりにするなんて。
とは言え、この地上から旅立つ送り唄にしては随分と騒々しい。そういうモノは普通、もっと静かというか荘厳なモノなんじゃないのかな。
いいけど。
まぁ、中々に面白い人生だったよ。
少なくとも退屈せずには済んだ。
表情も作りづらくなった顔で何とか笑むと、俺はそのまま目蓋を閉じた。




